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とある生徒会長の本音は日誌だけが知っている  作者: 『黒狗』の優樹
紅壱、修一、巧の友情は、こうして始まる
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第百六話 呼出(tell to come) 愛梨、紅壱と修一を呼び出す

紅壱は、自身がバイトする飲食店に、客として来た、合唱部の特別コーチである馬止辺恵理砂が、瑛を相手に激闘を繰り広げた女吸血鬼である、と察知していた

しかし、彼にはポリシーがあった、腹を空かせている者は、どこの誰であろうとも、美味い飯を食べさせる、というものが

瑛らへの罪悪感を誤魔化すように、紅壱が悩みの矛先を向けたのは、『組織』による、新人の健康診断

アバドンの事は絶対に隠さねばならない以上、計測を誤魔化せるようになるしかない

早く、魔術を覚えなければ、焦りと同時に、やる気も漲らせる紅壱に、多部は大きな期待を寄せ、微笑むのであった

 「うっし、昼休みだ」


 就業のベルが鳴るや、世界史の教科書とノートを鞄の中に突っ込むと、修一は早速、紅壱とジャンケンをするべく、拳を握る。

 毎日、これだけ全敗していたら、並みの男ならば、挑む事がバカらしくなり、自発的に飲み物を買いに行くだろう。

 けれども、規格外の猛者である辰姫紅壱の親友である矢車修一もまた、桁違い。

 昨日の負けは受け止めた上で、今日は勝つ、と真正面から挑める強さを持っている。


 「今日こそは、買いに行って貰うぜ」


 「たまには、他の言い方してくれねぇかな。さすがに、耳タコだぜ。

 しまいにゃ、こいつでたこ焼き作って、食わせてやろうか」


 呆れたように言いながらも、紅壱は鼻息を荒くしている修一とジャンケンをするのが、毎日の楽しみの一つなのだろう、目は可笑しそうに笑っていた。


 「っしゃ!!」


 空間を圧縮するようにグーを作る修一。

 最近は、彼の放つ気合にも慣れてきたのだろう、クラスメイトは恐れる素振りもない。

 修一と同じクラスになってしまった事を嘆いていた当初は、彼の握力に空気の精霊が上げている悲鳴が聞こえたのか、青褪めている女子ばかりだったが、一流家庭のお嬢様が多いからか、適応力も高いようだ。

 さすがに、紅壱と修一、どちらが勝つか、賭ける者はいない。

 紅壱が勝つのは確定事項なので、賭けが成立しないのだ。頭が良いからこそ、例え、お遊びでも、負けると判っている相手に金は出さないようである。

 それでも、諦めが悪く、負けん気の強い修一は、徐々に女子の間で人気が高まっていた。ちなみに、紅壱も玄人のファンが定着しつつあった。

 

 「行くぞっ」


 高まった気合をぶつけるように、修一はグーを振り上げた。


 「待った」


 しかし、紅壱は躊躇いもなく、勝負を中断する。グーを振り降ろし損ねた修一は、プルプルと小刻みに、全身を震わせる。結果が分かり切っていても、勝負の熱さそのものは楽しんでいるクラスメイトらも、紅壱の「待った」に口を尖らせた。


 そんな修一とクラスメイトからの抗議の視線も痛痒と感じず、紅壱は懐から出した携帯電話を操作する。


 「シュウ、喜べ。今日はジャンケン、なしだ」


 「何!?」


 「「「「エッッ」」」


 何故か、クラスメイトらまで驚いた事に、紅壱は訝し気な表情になったが、気にしない事にして、憤っている親友に携帯電話の画面を見せた。

 しばらく睨んでいた修一だったが、画面に表示されているメールの文面を見て、「急ぐぞ」と態度をころりと変え、教室を飛び出していく。


 「おい、廊下を走るな」


 一応、生徒会の役員らしく、注意する紅壱だが、とっくに修一の姿は見えなくなっていた。


 「・・・・・・喧しくして、すまなかった」


 紅壱はクラスメイトが、戸惑いの目で自分たちを見ているのに気付き、教室を出る間際に振り返って、軽く頭を下げたのだった。そうして、彼自身も急行いそぐ、目的地へと。

 修一がジャンケンで負けたくらいで本気で悔しがる様、素っ気ない風に見えて、実は勝ち誇っている紅壱の顔を見られず、女生徒らはガッカリとする。


 「ねえ、もしかして、あの二人、食堂へ行ったんじゃない?」


 「・・・・・・あ、たまには食堂のカレー、食べようかな」


 「そうね、今日は教室じゃなくて、食堂でお昼にしましょう」


 校内のイケメンランキングで一位争いを繰り広げられる、クラスで二人しかいない男子が中庭ではなく、食堂でお昼ご飯を食べる光景はレア。

 是が非でも、写真、できれば、動画に撮りたい、と判断した女生徒らの動きは早かった。

 この日の昼休み、紅壱らの教室は誰も残らない、と言う珍しい状態になった。皆、ミーハーね、と呆れつつ、委員長も最後に施錠をしてから、食堂に向かったのは、本人らが知らない所で、紅壱と修一の人気が高くなっている証拠に違いない。



 「おっす、太猿先輩。

 お待たせしてしまい、すいませんっ」


 食堂前にいた愛梨の前で急ブレーキをかける修一。

 高等部は体育館を除き、土足での行動が許されている。修一が履いているのは、爪先に鋼芯を仕込んだ安全靴だ。

 その靴で急制動がかけられたのだ、改造車のドリフト音か、と勘違いするかのような大音量が炸裂し、付近にいた生徒は、咄嗟に耳を掌で塞いでしまった。


 「まぁ、ギリ遅刻じゃないからな、勘弁してやる」


 「ありがとうございます」


 腰の後ろで手を組み、頭を愛梨へ深々と下げていた修一は、その言葉で勢いよく、体を起こし、すぐさま、先程よりも強い勢いで頭を下げ直した。


 「エリ先輩、さすがに、俺らの教室から食堂に5分で来るってのは、地味にキツいっすよ」


 ほぼ同じタイミングで到着していた紅壱は、頭こそ小さく下げたが、断固とした抗議のアピールは愛梨にしておく。もっとも、愛梨はそんな文句は通じず、厚い面の皮に跳ね返されてしまうのだが。


 「けど、来れたじぇねぇか。次は、4分30秒以内な」


 教師に見つかったら、停学じゃ済まないルートを使って、ここまで来ていた紅壱と修一は、「げっ」と呻いてしまい、顔色も変えてしまった。


 「遅れたら、ケツキックか、腹筋ストンプな」


 愛梨は、やると言ったらやる凄味があるので、後輩の二人に出来る事と言ったら、首を縦に振り、「ハイ」と返す事だけだった。


 (無理じゃねぇが、ちょっと、ルートを練り直さないと、マジィな)


 どこをどう、ショートカットすれば、タイムを30秒も縮められるか、イメージするだけでも頭痛がしてきそうな紅壱。

 更衣室やトイレは使えない。修一は気にするな、と無責任に言いそうだが、紅壱としては、生徒会役員としての立場もある。

 気配はお互い、完全に遮断できるが、さすがに、女生徒でごった返している部屋に入ったら、その特技も意味がない。

 もし、そのルートを通らないと、どうにもならないとなったら、透明化など、姿を一般人の目に映らない魔術を使えるようになる必要があるだろう。

 走る速度を速めるのも、一つの手なのだが、こちらは違う意味で選択するのに抵抗がある。

 これ以上にスピードを上げたからと言って、コントロールが効かなくなるような体幹でない自負はある。

 ただ、自分達の地面を蹴る力に、廊下が耐えられるか、そこも不安だが、女生徒に接触した場合がマズイ。

 もちろん、自分達なら、避ける事は出来る。しかし、素人である女生徒は驚きと恐怖のあまり、こちらが想定しない動きをする可能性がある。

 接触しただけでも、骨を折り、内臓を破裂させてしまう危険性が大だ。衝突などしたら、女生徒の肉体はどうなってしまうだろうか。特に、修一は正面からぶつかった中型の二輪車を大破させた事がある。女生徒の肉体は、バイクよりも脆いだろう。

 肉片が飛び散った廊下を想像し、紅壱は食欲が失せそうになる。


 (やっぱ、ルート改善の方が現実的だな)


 小さく肯いて、頭を切り替えた紅壱は、ここまでの道中で気になっていた事を愛梨へ尋ねる事にした。


 「ところで、エリ先輩、今日こそは昼飯を奢ってくれるんですか?」


 「マジか。

 太猿先輩、ゴチになりますッッ」


 敬意の念を抱いているからこそ、この状況で遠慮しない、それは修一の長所と言ってもいいだろう。


 「あぁ、今日はアタシの奢りだ。

 でも、約束通り、Bランチだぞ」


 「そういう約束でしたから、構いませんよ」


 有耶無耶にされたなら、それはそれで気にしなかったのだが、愛梨が太っ腹になってくれたのなら、その気分が変わらない内に、と紅壱も頭を下げる、先程よりも深く。


 「でも、まだ、席ありますかね」


 「大丈夫だ。四時間目の前に、席をキープしておいた。

 生徒手帳を置いてあるから、誰も座らないぜ」


 「・・・・・・手帳、そんな使い方したら、また、会長に雷、落とされますよ」


 学生術師としてはトップクラスの瑛の場合、本物の雷を愛梨へ落としそうだが、彼女も彼女で、魔力を纏ったパンチで雷を殴って弾きそうだ。さすがに、直撃して無傷でいられるのは、祖父と自分、そして、修一くらいだろう。


 「お前が、アキにチクらなきゃ問題ない」


 「・・・・・・誤解を招くかもしれませんけど、俺は会長の味方をしますからね、いざとなったら」


 「分かってるよ。

 ただ、今日はお前達だけじゃなくて、他の友達も来るから、席はしっかり確保しておきたかったんだって」


 「俺らの他にも、誘ってたんですか」

 

 紅壱にメールをしてきた時点で、愛梨と二人きりでないのは承知していたので、修一はあからまさに落胆はしない。むしろ、愛梨の友人に興味津々のようだ。


 「もう、そろそろ来るだろうし、お前ら、先に席へ行ってていいぞ」


 愛梨がそう言ったのも束の間、待ち人はやってきた。


 「待たせてしまったか、太猿」


 「すいません、僕が迷ったせいで」


 一緒に来たらしい魚見と巧は、愛梨の隣に男子生徒が二人も立っていたので、一瞬ではあるが、言葉を失っていた。

 しかし、良くも悪くも、校内で噂になっている紅壱と修一は、その顔や容姿も他の生徒に知れ渡っていたので、魚見と巧はすぐに正体を察したらしい。

 女子ボクシング部の主将だけあって、魚見は他者の強さを見抜く眼力は鋭い。その為、他校のボクシング部員から、人間ス〇ウターと揶揄される事もあった。

 巧も同学年だけあり、紅壱と修一を直に見る機会が、この一カ月で多かったのだろう。魚見よりも先に、正体を悟った巧は顔面蒼白となり、後ずさっている。けれど、中学時代と違い、そのまま、衝動に任せて逃げなかったのは、魚見が隣にいる事に対する安心感からか、それとも、惚れた女にカッコ悪い所は見せられない、そんな意地か。


 「あ、誰っすか?」


 「女性の方は知らねぇけど、そいつは何度か、廊下で見た事あるな。

 女子ボクシング部の部室に入っていった事もあったぞ」


 「下着ドロか、盗撮ヤローか」


 修一が眉を顰めると、それまで怯んでいた巧は一転して、「僕はマネージャーです!!」と腹から声を出して抗議した。

 中々の気迫に、修一も少しだけ吃驚したらしく、「悪ぃ」と素直に詫びた。


 「俺のダチの口が悪くて、すまねぇな。

 一応、知ってくれてるみたいだが、自己紹介させてくれ。

 辰姫紅壱だ」


 「に、西尾巧です。よろしくお願いします、辰姫さん」


 「よろしくな、西尾。

 タメなんだ、辰姫でいいぜ」


 「俺は矢車修一。仲良くしてくれや」


 「はじめまして、矢車さん」


 修一は紅壱が離した巧の手を握り、ブンブンと上下に振る。体格とパワーの差が、二人の間には、相当にあるため、巧の足裏は床から浮き上がってしまいそうだ。それでも、どうにか、愛梨に小突かれた修一が握手を止めるまで、彼の手を全力で握り続けていた。


 「へぇ、大したもんだな、シュウのそれで泣かないってのは」


 紅壱は、先に手を握った際に、巧がマネージャー業の傍らで、自己鍛錬は欠かしていない事を察していたのだが、彼が見せた根性には瞠目する。


 「もうちょい、激しくしても良かったな」


 巧の握力は、普段から鍛えると言っても、平均の数値ほどしか出せない。火事場の馬鹿力が発揮されたにしても、修一の手の骨を握り砕くには、些か、足りない。それでも、修一も巧の根性に賞賛の姿勢を示し、右手をプラプラとさせた。


 「シューイチ、お前な、この子に怪我させたら、アタシが魚見さんに怒られるだろうが」


 「ちゃんと、手加減はしてましたって」


 「そうですよ、セーブしてましたよ、シュウは」


 「お前らの感覚はアテになるか!!」


 ゴヅンッ、と愛梨の拳骨が二人の腹にメリ込む。

 巧は思わず、「ひぅ」と恐怖の声を漏らしてしまう。けれど、紅壱は顔を顰めて、腹を擦ったのみ、修一に到ってはケロッとしているので、自らの目を疑ってしまう。

 想定外の事態に動揺を覚えたのは、魚見も同じだったようで、「噂以上だな」と強張った声に恐れの響きを込めてしまう。


 「魚見さん、すいません、コイツらがヤンチャして」


 「いや、俺は何もしてないっすよ」


 「シューイチを止めなかった時点で、コーイチ、お前も同罪だ」


 「巧が気にしていないのなら、私はとやかく、言うつもりはない」


 どうだ、と魚見に目で問われた巧は「大丈夫です」と頷く。


 「君らの事は、色々と耳に入ってきている。

 強いそうだな」


 「まぁ、それなりに」


 「先輩も強そうっすね」


 修一から好戦的な視線を向けられ、魚見は口角を上げる。

 威圧感を強めようとした修一と、逆に威嚇を仕掛けようとした魚見の間に割って入ったのは、誰でもない、巧だった。


 (なるほど、西尾はこの先輩の事が)


 またもや、彼の強さを見た紅壱はニヤリと笑う。修一が纏う怖さとは異なるそれに、巧は腰を抜かしてしまいそうになるが、何とか堪えた。


 「お前、いいな。気に入ったよ」


 紅壱にはニヤニヤ笑いを向けられ、修一には肩へ手を置かれた巧。

 傍目から見たら、紅壱と修一が、巧から昼食代を脅し取ろうしているようにしか見えないだろう。もしくは、勇気だけは一丁前な小型犬を挟むように陣取る、惡竜と邪鬼だろうか。

 周囲がざわつき出したので、マズイな、と感じた愛梨。


 「そろそろ、食堂に入ろうぜ」


 「そうっすね」

 

 「全力疾走して、腹も減っちまった」


 紅壱と修一は、空腹を訴えている腹に手をやりながら、食堂に入っていく。

 まさか、とは思っていたが、紅壱と修一も、愛梨との昼食会に同席すると知り、巧は愕然とする。一方で、魚見は巧と共に昼食が食べられるだけでも十分だったし、これを機に新たな同性の友人が二人も、巧に出来るのであれば嬉しかった。


 「あの、太猿先輩」


 「・・・・・・西尾君」


 「は、はい」


 「君は昨日、誓ったよね」


 ウッ、と怯む巧に、愛梨は畳みかける。


 「良いのかな、男が約束を破って」


 噂の不良が一緒に、なんて聞いていない、と抗議したくなるが、そうなると、二人の怒りを買ってしまいそうなので、巧はその言葉を飲み下すしかない。


 「・・・・・・分かりました」


 いくら、何でも、人目のある食堂では横暴な振る舞いはしないハズ、特に、愛梨と同じ、生徒会に所属している紅壱の方は、と自分に言い聞かせたらしい巧が、渋々と首を縦に振ったので、「よし」と愛梨は満足気に白い歯を見せたのだった。

翌日も、昼休みに入るや、修一は飲み物をどちらが奢るか、決めるジャンケンにやる気マンマンであった

彼と紅壱のジャンケンは、もう、このクラスの日常であり、女子らは楽しみすら感じていた

さぁ、始まる、と修一のグーが振り上げられ、観衆の期待が高まりかけた時だった、いきなり、「待った」をかけた紅壱

不満を口にしかけた修一であったが、自分達を愛梨が呼び出している、と知るなり、即座に教室を飛び出していく

食堂の前には、既に愛梨が待っており、彼女は紅壱と修一だけでなく、魚見と巧も呼び出していた

このメンバーが集まった事で、一体、どのような昼飯時となるのだろうか

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