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とある生徒会長の本音は日誌だけが知っている  作者: 『黒狗』の優樹
女子ボクシング部に、愛梨がやってきた
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第百話 沽券(be beneath one's dlignity) 巧、愛梨の挑発に乗っかってしまう

後輩である紅壱が、笑って怪異に立ち向えるほど強い事に、愛梨は引っ掛かっていた

当人の気質や努力があるだけでなく、師匠も優れているのでは、そんな自分の発想が近からず遠からずとは思いもしない愛梨は、己に怪異との闘い方を指導してくれた存在を頭に思い浮かべる

もしも、紅壱が『組織』の汚い大人どもの計略によって、敵となったら、どうしようか、そんな彼女の迷いを振り払ったのは、先輩である魚見だった

彼女の言葉で、自然と心が軽くなった愛梨は、「いっそ、紅壱と全力を出して戦えるなら、敵に回った方が面白いんじゃ」と考えてしまう

 (派閥云々は抜きにしても、魔属にゃ、相手を操っちまう能力がある奴もいるらしい、シチュエーションとしてはあるよな、うん)


 紅壱は、もっと強くなる。「きっと」や「だろう」と言った、あやふやな表現を用いる必要が無いほどの確定事項だ、これは。

 敵となった彼と全力で戦いたい、そんな欲望は脇に置き、愛梨は真面目に考える、成長した後輩の足を、先輩である自分が引っ張ってしまったら、屈辱だ、屈辱でしかない、と。

 瑛と紅壱が、恋愛の力で更に地力を高めるならば、自分も今の数倍、いや、数十倍の努力をして、差を作らないようにすればいいだけだ。

 本音を言えば、愛梨も修一と交際して、その歓喜を成長の糧にしたかったが、修一はこちらに、まだ引き込めない以上、我慢するしかない。


 (さすがに、カガリ級はキツいな、単独ソロじゃ。

 せめて、パーティでミノタウロスや土蜘蛛、ソロでデーモンくらいは倒せるくらいにならないとな)


 これから強くなる、その決心を強めた愛梨の脳裏に過った姿、それは、かつて、自分達から親友を奪った上位の悪魔。


 「!!」


 刹那、愛梨が放った殺気に、魚見がファイティングポーズを取ってしまったのは、闘技者として当然の反応だった。

 ほとんどの部員が腰を抜かす中で、彼女だけが瞬時に汗だくとなり、血の気が顔から無くなりながらも、拳を握れたのだから、全国大会常連のボクシング部を実力と人柄で一つに束ねている部長の立場は伊達じゃない。


 「ちょ、魚見さん、おっかねえ面して、どうしたんすか」


 自分が、友の仇の事を思い出した拍子に、殺気を出してしまった事には気付いていなかったのか、愛梨は臨戦態勢の魚見に、ギョッとする。


 「あ、いや、何でもない」


 全身の毛穴から「ドブァッ」と音が聞こえるほどに、勢いも良く噴き出した汗が一気に冷え、シャツが肌に貼りつくのを感じながら、魚見は今、生きてる事に感謝すると同時に、次の試合は勝てる、そんな確信に到っていた。相手はオリンピック金メダリストの娘で、なおかつ、プロにも連勝しているらしい。だが、今の愛梨ほどの殺気を出せるはずがない。


 (コイツが、何か危険な事に関わっているのは、確かだ。

 会長さんや鯱淵がいるから、最後の一線は越える危険性は低いにしろ、せめて、日常の中でくらい、先輩の私が止められる時は止めてやらないとな)


 頼りにしている瑛が、その危険に飛び込む筆頭だとは露も知らぬ魚見が愛梨に感謝しながら、彼女の力になろう、と決めたタイミングで、巧が部室に戻ってきた。

 全身から汗が流れ、息も絶え絶え、魚見の元へ向かう足取りも危うい巧だが、入部当初は半周も走れず、へばってしまっていたのだから、一周を走りきって、部室に入るや、倒れ込まないだけ、成長しているのだろう。


 「も、戻りました」


 「遅いな。次は、6分以内に戻って来い」


 「はい!!」


 魚見の要求に、巧は嫌な顔をせず、気合の入った返事で頷く。彼は解かっているのだ、魚見は無茶なタイムを言ってはいない、と。

 一朝一夕では無理だが、このまま、地道に走り込みを続ければ、一周を6分以内に戻って来られ、なおかつ、そうなるまで走り続けた分だけ、スタミナは付く、と。


 「そう言えば、アタシ、まだ、マネージャーさんに、今回の報酬、何にするか、伝えてなかったな。

 何でもします、って言ったよな、確かに」


 「!! 先輩、ちょ」


 「ほぅ」


 巧が井上を敗北で、ボクサーとして成長させるために、愛梨を焚き付けたのは察していたが、まさか、愛梨に対して、何でもする、そう言ってしまっていたとは思ってもいなかったのだろう、魚見は額に青筋を浮かべた。

 しかしながら、恐る恐ると振り返った巧の、雷に怯える仔犬めいた表情を目の当りにしてしまったら、怒りが霧散してしまったようだ。

 まったく、と溜息を呆れ気味に吐いた魚見から、怒気が消えたのが感じ取れたのか、巧はホッとしつつも、新たな緊張に苛まれながら、愛梨に向き直る。


 「えっと、何をすればいいんですか、ぼく」


 「明日、アタシに飯、奢ってくれよ」


 「え?」


 「ちょっと、明日、自分の飯代がキツくてさ。

 な、頼むよ、マネージャーさん。

 それとも、約束を反故にするのかい?

 それは、男らしくないし、栄光ある女子ボクシング部のマネージャーとして、失格だよな」


 そこまで煽られて、困惑の色が滲んだ笑みを浮かべていられるほど、巧も穏やかな気象ではない。彼だって、それなりのものを持った男だ、ここまで、あからさまに喧嘩を売られたら、買うだけの度量もある。


 「いいですよ、明日、先輩にお昼ご飯を奢りますよ、僕が!!」


 「おい、巧」


 「部長、これは僕の沽券に関わる事です。止めないでください」


 「・・・・・・止めはしないさ。

 しかし、明日の昼食、私も同席させてもらおう」


 「え、部長も!?」


 大きく驚いた巧に頷いた魚見は、ニヤニヤしている愛梨に睨みを利かせる。


 「太猿にも、節度はある、と信じたいが、お前に、どんな高額なメニューを集るか、判らないからな」


 「やだなぁ、魚見さん、アタシがそんなみみっちい真似すると思ってるんですか?」


 「信じてはいるさ。だが、高額なメニューは頼まずとも、大量に注文するかもしれないだろう」


 魚見の鋭い指摘にハッとした巧は、少し躊躇うが、自身の経済事情の事を考え、男らしくないな、と嘲笑されるのも承知で、条件を今の内に出す事にした。


 「1、いえ、2000円までですよ、先輩」


 「・・・・・・まぁ、妥当な金額だな。いいぜ、2000円までしか注文しない」


 意外にも、愛梨がごねる事なく、自分の提示した金額をすんなりと飲んだ事に驚かされはしたが、財布への大ダメージを軽減できたのなら、それは助かる話なので、安堵した。

 もし、この時、油断することなく、愛梨の様子を窺っていたのなら、巧は気付いただろう、愛梨のプランに。だけれども、まるで察知できなかった巧は明日の昼、とんでもない目に遭う事になるのだ・・・・・

 一方で、愛梨から、魚見は目を逸らしていなかったので、彼女は愛梨の笑みが、わずかに深まったのに気付いた。


 (怪しいな)

 

 自分が同席する以上、問題は起こさない、と期待したいが、何せ、相手は愛梨だ、警戒しておくに越した事は無い。


 「じゃあ、明日、12時45分頃に、食堂の入り口で待ち合わせな。

 席は、アタシが取っておくから」


 先輩に席の確保などさせられない、と巧は焦ったのだが、魚見が小さく、左右に首を振ったので、頷き返し、愛梨にそれを任せる事にした。


 「そんじゃ、長居して、すいませんでした。

 また、ガス抜きしたくなったら来ると思うんで、相手してくれたら助かります」


 「正直な所、いつでも大歓迎だ、とは言いたくないが、まぁ、来るなら来い。

 今度こそは、返り討ちだ」


 魚見のリベンジ宣言が聞こえたのか、壁際のベンチで横にされていた井上も、その体勢のままで、愛梨へ拳を突き出してきた。

 井上が顔に乗せているタオルは、彼女の悔し涙をたっぷりと吸ったのか、随分と重くなっていそうだ。

 心を折ってしまったか、と気にしていた愛梨は、井上がボクサーとして死んでいないのを感じ取り、破顔し、拳を突き返す。もちろん、スピードは加減して。

 愛梨が、あまり勢いよく、拳を突き出すと、装着している指輪の効果で、魔力が砲丸状に形成され、打ち出されてしまうからだ。


 「ありがとうございました。

 じゃ、タク、明日なッ」


 帰り際、愛梨が自分も出来ていない、巧のアダ名呼びを、何の躊躇いもなくやったものだから、魚見は「くわっ」と目を見開く。

 けれど、心中でゴチャゴチャと渦巻いた感情から飛び出した彼女が一言物申そうとした時、すでに愛梨の姿はそこになかったのだった。



 「おぅ、コーイチ」


 色々とスッキリとも出来たので、愛梨は生徒会室に戻るべく、階段を登ってきていた。丁度、そのタイミングで、紅壱が生徒会室のある層から降りてきたので、愛梨は「帰るのか?」と呼び止めた。


 「うっす、今日はバイトなもんで。お先、失礼します」


 「そっか、頑張れよ。

 けど、お前も結構、大変なんじゃないか?」


 「何がっすか?」


 紅壱は、今の日常に肉体、精神、どちらにもキツさは感じていないので、自分を心配そうに見てくる愛梨に首を傾げてしまう。

 

 「だってよ、日中は授業を受けて、その後、生徒会業務があるだろ。

 夜は夜で、パトロールもあるし、闘う事もある。

 帰ったら帰ったで、出た課題もやらなきゃいけない。予習と復習もある。

 そこに、お前はバイトもプラスされるんだから、体がもう一つくらい欲しくなるんじゃないか?」


 指折り数えた愛梨は、「もっとも、アタシは宿題はダチに見せて貰ってるけどな」、そう堂々と言い切った、底抜けに明るい笑顔で。


 「まぁ、大変っちゃ大変な状況かも知れないですけど、充実感はありますから、楽しいな、って気持ちの方が強いっすよ、実際。

 生徒会に誘ってくれた会長、色々と教えてくれる先輩らには、ほんと、感謝してます」


 紅壱に、ペコリと頭を下げられてしまうと、彼の報酬をちょろまかしていた愛梨としては実に気まずい。

 一瞬、「厭味か」と疑ってしまう愛梨だが、コイツはそんな小さい奴じゃないな、と思いを改めた。


 「バイトの方にしても、俺が生徒会に入ったんで、店長が担務を巧みに成長してくれたんで、そんなにはハードじゃないんですよ」


 そうなのか」と安堵する愛梨に頷き返しながら、紅壱は多部の顔を思い出す。

 多部ならば、生徒会が何をしているのか、どんな目的の為に存在しているのか、知っていても不思議ではない。だが、そこに在籍した自分にそちらでの活動を優先させてくれるのならば、その配慮にあるのは優しさだけではなく、何らかの思惑があるのだろう、と考えてしまう。


 (まぁ、深読みが過ぎるかも知れないけどな)


 何せ、「うみねこ」の厨房に立てる事には、自信が持てるし、調理の技術も上がる。また、客との交流も楽しい。人であろうが、人でなかろうが、良い客ばかりなのだから。


 「先輩も、一度、来てくださいよ」


 営業のチャンスは、いつであっても逃さない。紅壱は、財布に入れている、割引券クーポンを愛梨へ渡す。

 デザート一品サービスチケットもあるのだが、愛梨の食嗜好を考えると、肉系の料理の値段が安くなる方が喜ぶだろう、そう判断したのだが、正解だったようだ。


 「おー、悪いなぁ」


 嬉しそうな表情で受け取って貰えると、紅壱としても、心が満たされる。

紅壱と敵対したら、楽しい戦いが出来るな、と考えた愛梨は、もっと強くなろう、と決意する

そんな折、彼女は、かつて、自分達の友達を奪った仇敵の事を想い出してしまう

自身の殺気で、ボクシング部が緊張に包まれているとも気付かず、愛梨はペナルティの外周ランニングから戻ってきた巧へ、今回の報酬を要求する

温厚ながらも、強い心を持つ巧は愛梨の出した条件を飲むのだった

明日の事を楽しく思いながら生徒会室へ向かっていた愛梨は、バイトに赴くべく、業務を中抜けした紅壱と雑談をする

愛梨は紅壱がくれた割引券にハシャぎながらも、ある質問が胸中で渦巻くのを感じていた

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