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俺達の喫茶店

作者: 日光さんDX

 喫茶店。

 それは憩いの場。誰しもくつろぎを求めて喫茶店へと入る。その店が出すコーヒーは普段飲むコーヒーとはまだ別で味わい深いものがある。

 店内でクラシック音楽をかけているのがまた良い所で整った環境の中、何でも集中できる。

 仕事でも勉強でも休憩でも、集中したいしたくない何でもござれ。

 それが喫茶店の醍醐味といえるのではないだろうか。


 ここ、喫茶店「バルサミコス」もそのような素晴らしい環境になっているはずなんだが……。

 俺こと、美作みまさか 竜太郎りゅうたろうは軽く息を吐いた。


「人、いませんねー」


 俺は店内全体を見渡す。店内では従業員以外人一人いない。見事に朝から閑古鳥が鳴いていらっしゃる。

 規則正しく並べられたテーブル席を拭いてみるが、うん相変わらずピカピカだ。

 何にもすることがない。することがないので、近くのある姿見で身だしなみを整える。

 清潔感のある白シャツに腕まくり、黒いズボンの制服が映し出される。ついでに茶髪で何かチャラチャラしてそうな雰囲気の男が視界に入ってきた。

 うわ、なにこの店員。うざそう。

 ……。

 ……あ、これ俺でした。


「どしたー、美作。ついにナルシストに目覚めたかー。自分の美貌っぷりに感涙してんのか」


「のの子さんの中で俺はどんな立ち位置なんですか……」


 俺の後ろからひょっこり顔だけ出して、俺と共に姿見を覗き込む。

 俺と背丈が大分差があるのにもかかわらず、背伸びをして肩に首を乗っけてくる女の子。

 数少ない従業員の一人、園崎そのざき のの子さんだった。黒髪のポニーテールを揺らし、ずっと見ていたくなるような猫目がチャームポイント。男勝りな口調と活発的な見た目が個人的にグッドだ。


 ちなみにのの子さんの制服姿は男性のものと同じだが唯一異なるのは黒いズボンの代わりに黒いスカートを穿いている。

 のの子さんは仕事歴では後輩であるが、年齢的には年上だ。こんな中学生と変わらぬ容姿をしているくせに年齢は23歳とか年齢詐欺以外の何物でもない。


「はい、どーん」


「ぶべらっっっっ!!!!!!」


 のの子さんは良い笑顔で俺にパーンチ。彼女の拳は俺の頬にめり込み数メートル飛ぶ。

 冗談抜きで痛い。


「いきなり何するんですか。俺が何をしたっていうんですか!」


「いや、なんか……そこにいたから?」


「圧倒的理不尽な理!?」


 そんなのあんまりだ。弁護士を呼べ、弁護士を。


「いいからいつまでも鏡見てないで、仕事しろ」


「はいはい、わかりましたよ~」


 俺は殴られた頬を擦りながら、自分の持ち場に戻る。戻るといっても客もいないもんだから近くの客席でも掃除する。そこまで店は広くないはずだが、こうも人がいないと広く感じるなぁ。

 お客さんが誰一人居ないのとあまりにも俺がやる気のなさを感じ取ったのだろうか。

 カウンターの中で顔見知りの男性がコーヒーカップを拭きながら話しかけてきた。


「竜太郎」


 俺の名前が呼ばれる。俺の名前を呼ぶ主はこの喫茶店「バルサミコス」のマスター、児玉こだま 明人あけひとだった。見た目の年齢は40代ぐらいのオッサンで彼を一言で言い表すならば紳士的なダンディ。そして、もう一言で言い表すなら、


「欲求不満だ。合コンを開いてくれ」


 アホだ。

 というか今ので、のの子さんがこちらを睨んでいるんですが。

 そんなことマスターはお構いなしで口を開く。どうしようもないぐらいに真面目な顔つきで。


「竜太郎、俺はな。今、非常に合コンがしたい。いや、違うな。合コンをしなければならないんだ。使命といってもいい。まるで前世の俺が頭の中で語りかけてくる。『明人よ、女遊びをしろ』とな」


「いや、合コンについてまるで言ってないですよねそれ」


 最早、女遊びがしたい腑抜けではなかろうか。


「何を言うか。女遊びと合コンは同じだ。常日頃、男性が女性のブラジャーの色を知りたい事と男性が女性のパンツの色を知りたい事と同じようにな」


「その例え方おかしい! 同じじゃないですよ!?」


「確かにブラジャーの色とパンツの色、求めている色は同じでもどの部位が好きかという質問者の気持ちを考えていなかったな、そこは訂正しよう」


「いやいやいやいや! そこじゃありませんよ!? 俺が言っているのは色がどうこうじゃなくてですね……」


「まあ、聞け。俺は気づいてしまったんだよ。合コンをしてパンツの色を聞けば、俺は救われるんだって。だから俺は女性のパンツの色が知りたいんだ」


「マスター、目的すり替わってますよ!? 最終的にパンツの色を知りたいだけになってますよね!?」


 ドン! という音が俺とマスターの会話を中断させる。

 恐る恐ると音がする方へと振り返るとテーブル席に拳を叩きつけているのの子さんの姿。


 こ、殺される。

 俺がそう思っている頃にはマスター自身いつの間にか自分の持ち場にいた。熱心にグラスを磨いている。まるで自分は関係ないかのように振る舞っていた。かすかにマスターの背筋にキラリと光る汗が見える。

 成程。この人も生きるのに必死なんだ。


 俺は悟った。


 この世は弱肉強食の時代。弱きものは食われるそんな社会の現実に俺は何も抗うことができない。ただただありのままを受け入れて、俺は無に返るんだ。

 のの子さんはこちらに近づいてくる。悔いがないといえば嘘になってしまう。しかし、弱きものには後悔の有無もかかわらず、選択肢すら与えられない。

 ただ、せめて――――――。


「楽に、殺してください」


「そんなバンザイ突撃するような覚悟に満ちた兵士的顔つきで泣くなよ。私をなんだと思っているんだ。ただ話しているのを注意しに来ただけだ」


 のの子さんは呆れたように溜息を吐く。

 どうやら命までは取らないつもりらしい。良かった良かった。めでたしめでたし。


「でも、のの子さん。流石に限界がありません? 出来ることは大体やり尽しましたし」


「それでも仕事を探すのは従業員の務めだろ」


 そうはいっても掃除も終わったし、食器洗うのもお客が来てないからないしどうしたもんか。

 せめて、お客が来店してくれたら。

 待てよ。来ないんだったら呼べばいいんじゃないか。


「なら、どうすればお客が来てくれるのか皆で考えませんか?」


「今からか? 業務中だぞ?」


 のの子さんはあまり気乗りしないらしく、腕を組みながら唸る。

 咄嗟に出たアイデアだったので、少し厳しいかと思ったがマスターが援護に入る。


「良いんじゃないか。幸いお客もいない。なんだったらお昼時になるまで臨時休業にしても良い」


「マスターもこう言っている事ですし、どうですかのの子さん?」


「……わかった。マスターがそう言うなら少しだけだからな」


 流石にこの店の責任者が許可したので、あっさりとのの子さんは折れる。

 俺はマスターに小さくガッツポーズ。マスターものの子さんにバレないように親指を立てる。

 これぞ上司と部下の信頼関係ではありませんか。なんと素晴らしきかな、男の友情。


 と、いうことで。


「第一回緊急会議を始めまーす。司会進行はこの俺、美作 竜太郎でお送りします! 今回のテーマはいかにお客を呼び込めるかというもの。思いついた人から挙手をお願いします」


「いきなり始まったな、おい」


 のの子さんのぼやきはスルーして、俺は進行重視で事を進める。


「それでは誰かいませんかー? 案のある人ー」


「はい! はい! 僕あります!」


「おおっ、元気の良い子は好きだよ。では、明人くん!」


 俺は無邪気に手を挙げてアピールする明人くん(マスター)を指名する。

 嫌な予感しかしないけど、その人以外に発案者はいないので仕方なく、だ。

 明人くん(マスター)は声高らかに案を発表する。


「はい! 僕は喫茶店の雰囲気を変えてみたら良いと思います!」


 おっ、この人にしては結構まともだ。


「ほほう。では明人くんはどんな雰囲気の喫茶店にしたいと考えていますか?」


「指定の制服をブルマにして新たな改革ブルマ喫茶にすれば良いと思います!」


 相変わらず、マスターはマスターだった。

 肝心の女性店員であるのの子さんを見てみるととても良い笑顔。でも、何だろう背後に般若が見えるぞ。


「竜太郎、この変態をコンクリ詰めて海に捨てよう」


「さらっと怖い事言わないで!? マスターなりの冗談ですからいつもみたいに軽く流してあげてください」


「無理だ。こいつのキモさは常軌を逸している」


 のの子さんの目は養豚場の家畜を見る冷たい感じになっていた。

 マスター自身、ぶれる気もないようで「ふむ」と顎に手を添えて考える仕草をする。

 これ以上は本当にコンクリに詰めそう。俺はそう察知して、こっそりと聞こえないようマスターに耳打ちをすることにした。


(マスター、油に火を注ぐのはやめてください。誰が鎮火すると思ってんですか)


(大丈夫だ、竜太郎。たった今、良い案が浮かんだ。もう一度俺を指名してはくれまいか)


(おおっ、流石マスター。わっかりました! 期待してますよ!)


 コホンと俺は咳払いをして、進行役に戻る。


「はい、それでは冗談が入ったところで他に良い案ある方はいますかー?」


「はい! はい! 僕あります!」


「おおっ、元気の良い子は好きだよ。では、もう一度明人くん!」


 頼みましたよマスター。

 俺は心の中で願いつつ、マスターを指名する。


「靴下とカチューシャ以外の服装を撤廃。全裸喫茶というものを――――――」


「もしもし、警察ですか?」


「のの子さん良いですか。今すぐ警察の方に何でもありませんでしたと謝罪して静かに受話器を置いて下さい」


 冷静に俺が説得に入る。警察沙汰はまずい。確実にマスターがセクハラで捕まってしまう。

 まあ、自業自得だが。


 のの子さんは「ふんっ」とそっぽを向いて、受話器を置く。


「冗談だ。しかし、仏の顔も三度までだぞ」


 マスターは「なぜだ!」と言い張る。


「園崎。なぜ全裸喫茶の良さがわからん。そこには男のロマンと情熱が注ぎ込まれてるんだぞ」


「あー、ちなみにマスター。全裸喫茶を認めたら、マスターも竜太郎も全裸になりますが宜しいですか?」


「なん……だと……」


「だって、マスター。制服を全裸にするんですよね。女性に限らず、男性のものまで。誰が何を着るか分からない以上そういう事になりますが」


「お、おえええぇぇぇぇぇぇ!!!! そ、想像してしまった! の、の、の、脳が腐るうううぅぅぅ!!!!」


 マスターはいまでかつてない苦しい表情をしながら倒れ込む。そこから頭を抱えながら、バタバタと足掻き始めた。

 数秒経ってもマスターは元に戻らず、大の大人が泣きながら嗚咽を漏らす。最早、目がイっている。

 のの子さんはその様子に鬱陶しいと感じたのか頭を掻きながらマスターへと近づく。


「もうめんどくせーな。衝撃を与えれば戻るかな」


「ぐはっ!!」


 のの子さんはマスターがいるカウンター内に入り、2、3発蹴りをマスターに食らわせた。

 お、鬼がここにいる……。


 そして、のの子さんは何事もなかったようにスタスタと俺の隣に戻ってくる。

 この衝撃のお蔭でマスターの瞳に輝きを取り戻した。


「はっ! 俺はいったい何を。分からない。ただ、心地よいお花畑に全裸で駆け巡っていたことぐらいしか記憶にない……」


「それはそれで問題だなオイ」


 のの子さんは肩をすくめる。

 もういつものグダグダした感じになってしまった。

 マスターはそれ以降考えることを放棄したのか、幻想の中で蝶と戯れている。いや、これは考えることを放棄したというより、現実を放棄したといった方が正しいかもしれない。意識はあるが、我に返ってない様子だ。


「あっはっはっはっは~。待てよ~、ミッチェル~」


 訂正。蝶ではなく、ミッチェルらしい。


「それで? 美作はどうやったらお客さんが来ると思う」


「この状況でまだ続いてるんですか!? ウチの最高責任者がとんでもない醜態を晒しているのに!?」


「じゃあ、何か手立てでもあるのか?」


 二文字でかつ一言で表すなら、ない。


「と、とりあえず、マスターは経過観察してじっくり後で考えるとしましょう」


「最悪、今度はグーで殴ればいいな」


 俺とのの子さんの意見は一致する。のの子さんが「ふふっ」と暗い顔しながら拳を握りしめていたのは見なかったことにした。

 マスター、強く生きて。


 俺がマスターに対してご武運を祈ったところでカランコロンと音がした。途端に空気が凍りつく。のの子さんも不意を突かれた様子だった。

 お客さんが店内に入るのがわかるように入口に鈴をつけてある。しかし、今は一時的にCLOSEDの状態だ。通常ならお客さんに断りをいれてもらえば良い話だが、マスターがこんな状態なのにタイミングが最悪だった。

 変な噂が回る方が一番の問題だ。

 

「のの子さん、マスターにコンクリ詰める準備を!」


「おっけー。すぐに支度する、待ってな」


「はい、治ったああああああああ! 今治ったああああああああ! 竜太郎、園崎そこまでだ!」


 マスターはすぐに我に返る。しかし、のの子さんには聞こえていないようで、どこからか出したかわからない人一人分入るドラム缶を取り出す。

 そこに笑顔でセメントを投入中。


「とぽとぽとぽとぽ……うふふ」


「園崎、聞いてるか園崎! 返事をしてくれ、頼む!」


 マスターはのの子さんの説得を試みているが、もう手遅れだろう。

 ありがとうマスター、さよならマスター。あなたのことは俺の背中が痒くなるまで忘れない。

 あっ、背中痒い。


「あのう」


 俺が声のある方へ振り向いて対応する。既に従業員がマスターの為に、コンクリを詰めようとしているカオス状態はもう弁解できない。

 せめて俺は笑顔で接する。


「何でしょうか?」


「えっと、先日お電話を致しました前川と申します。今日はバイトの面接に伺いました」


 育ちの良さそうな女性で丁寧にお辞儀をする。

 お客様と思っていたら、バイト面接の方だった。そういえば、マスターがバイトを募集するとかしないとか言ってたなと思いつつ、


「少し今立て込んでおりますので、しばらくお待ち―――」


 下さいと言おうとしたところで物凄い速度で何かが前に通り過ぎる。


「君がバイトの前川くんかー。いやー、美人だなあ、私はこの「バルサミコス」のマスターだ。宜しく」


 マスターが俺とバイト希望の子の間に割って入ってきた。

 手が早いな、この人。


「あっ、そうでしたか。今日はよろしくお願い致します」


 深々とお辞儀をするバイト希望の子。マスターはそのお辞儀に答え、マスターもお辞儀で返す。

 真面目な子が来たなーと意外に思いつつもそう感じてしまう。


「で、前川くん。早速なんだけど」


「はい?」


「今日のパンツは何色ですか?」


 空気が凍った。と、同時に。


「死ねやああああ。この変態エロクソマスターがあああああああ!」


「ぐほっ!!!! ちょっ!? マジでそのドラム缶は洒落にならな―――ごぼぼぼぼぼぼ」


 のの子さんの怒りの鉄槌とコンクリ詰めが炸裂した。それで肝心のバイト希望の子は頬を赤らめながら、口をパクパクと動かして放心状態だ。

 数秒後、彼女は涙を目一杯溜めながら、マスターに背を向ける。


「ごめんなさい! 私、その面接内容は恥ずかしすぎて答えられません! また出直します!」


「ええっ!? 今の面接じゃないですよ、ただのセクハラですよ!?」


 俺は盛大にツッコむものの、彼女は脱兎の如く去っていった。

 なんだか一瞬の出来事だったな。


「あ」


 偶々、時計を見るとお昼時に針が示していた。お昼ぐらいになるとお客様も少し増えるので唯一の稼ぎ時だ。


 開店させましょうか、とは言わなかった。いや、言えなかった。

 のの子さんはマスターに怒りの鉄槌をしているので、飛び火が怖いし、マスターも声をかけていい様子でもない。それどころか、店内はセメントで散らばっていてかなり汚いし、臭かった。

 俺は一人勝手に掃除を始めることにした。たまにはお昼時も臨時休業なんて良いかなとは思わない。この有様だ。開店したら、セメント臭い喫茶店として悪評を轟かせるに違いない。


 でも、この感じ俺は嫌いじゃない。


 マスターの叫び声とのの子の怒鳴り声、そしてこのシュールな光景とそれを眺める俺。全くもって嫌いじゃない。


 喫茶店。


 それは憩いの場。誰しもがくつろぎを求めて喫茶店に入る。


 その誰しもの中に従業員がいても別に不思議じゃないだろう?



「マスターァァァアアア! 今日という今日は許しませんからね!」


「なぜだ、なぜお前は分からんのだ! いいか、園崎今日という今日はお前にエロの何たるかを教えてやろう」


「いらんわ! このセクハラエロクソマスター!!!!」







 まあ、少し五月蠅すぎるかもしれないが。

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