ツクヨミ―MOON PHASE1ー
月を舞台にしたショートショートシリーズ「ツクヨミ」です。
連載ではないので短編でその都度上げていく予定です。
地上から見上げると、透き通った青空に浮かぶ白い丸。今立っている大地からおよそ38万キロメートル。誰しも数字は分かっているが、どのくらいか遠いかなんて想像できない。つまりはもの凄く遠いということ。
行ったことのあるどこよりも地球を一周するよりも、見えているのに遠いところ。
晴天の下、少し暖かくなってきた帰り道を今さっき電話を切った女子高生のハルカはめずらしくウキウキしていた。卒業旅行が決まったからである。徐々に実感がわいてくるに伴ってその女の子の歩みも早くなってくる。
海まで続く坂道を下っていく。海まであとすこしとなったところでハルカは完全に走っていた。突き当りのガードレールを飛び越えたらそこは砂浜。2メートル弱のテトラポットをトントンと小気味よく降り、最後の数段はジャンプしてその白い砂浜に両足で着地する。しかし、勢いが有り余ったらしく、柔道の受け身よろしく、ゴロっと回転し、体にかかる負荷を逃がす。背中にはすこし暖かい砂の熱を感じ、眼前には青い空とぽっかり浮かぶ白い月。少し息を切らしたハルカの口元は緩んでる。
左手につけている時計型ウェアラブル端末に予定日時の天気がどうかと聞く。
「新千歳ポートの天候は晴れ。信頼度はA+デス。」
続けてウェアラブルの中から聞こえる女性は言う。
「太陽嵐の観測ナシ。」
「国際ポートの隕石確率、5%」
「現時点での航行予想状況は概ね良好デス。」
そっか、ありがと。と、ハルカは左手に向かって喋る。
大の字になりながら、遠くに見える白い月に手を伸ばす。手を伸ばしても届くはずのない遠近法の彼方。その球体はハルカの手の中にすっぽりと入っている。
ハルカの頭ではすでに旅行が繰り広げられている。そして一人で浮かれ、足をバタバタとさせている。
気づけば数か月後に一緒に旅行に行く友人達が立っていた。どれ位経ったのだろう。横になり月を眺めていたらウトウトしてしまっていたらしい。
細身の男子高校生が眼鏡を長指で上げながら嗜める様に言う。
「何にやけてるんだよ。」
「うるさい。」
と一蹴。眼鏡の男子高校生は「なっ」っと口をあけて呆気にとられている。
「かっこつけて登場したっぽいけど、何その眼鏡の上げ方。」
ハルカはさらに眼鏡の男子高校生を追い立てる。強気に返してみるが、にやけているのは自分でもわかっている。だからそんなくすぐったい所を言われてムキになって返してしまった。でも、この友人達と何かをするときは、自分でも分からないくらい高揚する。
「まあまあ。私も楽しみだし。二人ともむきにならないの。」
ふわっとスカートをひらつかせて、上品なソフト巻き髪が印象的な女子高校生が二人を交互に見つめながら続ける。
「ハルカもタカも仲良くね。」
二人はばつが悪そうに互いの目をちらっと確認する。そしてタカは気を使うように返事をする。
「ナミのおじさんには本当に感謝だな。」
ハルカもその流れに乗り、タカに相槌を打つ。
「そうそう!おかげで楽しい卒業旅行になりそう!ありがとね!」
二人は口をそろえてナミを持ち上げる。
「ねー、レンも。」
ショートカットの女の子は無表情。頷いてハルカ達に同意する。
この四人でいつも行動をしている。学祭も、修学旅行も、夏休み冬休みも、常時ひっきりなしに一緒にいる校内でも有名な四人組だ。そして、この四人は今度、旅に出る。それは38万キロ離れた、彼方の地。
四人はそれが楽しみで仕方がない。もうすぐ月旅行が始まる。