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下.月下の墓標

 主を失い、開け放しになっている教会の中にはお月様の光が差し込んでいます。

 ステンドグラスを通った光が赤や青など鮮やかに色づき、床や長椅子を照らしているのを見た青年は感心したように言いました。


「へえ。昼間に見るのとはまた違った雰囲気で、綺麗ですね」


 長椅子の間の通路を進みながら、少年が答えます。


「でしょう。僕はステンドグラスを通ったこの月の光が一番好きなんですよ」


「なるほどなあ」


 祭壇の前までやってきた少年はぴたりと立ち止まりました。

 そしておもむろに跪くと、両手を広げて真上にある天窓を仰ぎ見ます。

 お月様が真っ直ぐに降り注ぐその真下で、少年は独り言のように呟きました。


「ああ、本当に心があらわれるようだ」


 青年は少年の気分転換を邪魔しないようにじっと黙っていました。

 勿論、いつ現れるかもしれない人狼に備えて出入口の方に気を配ることも忘れません。


「……少し懺悔をしたくなりました。聞いていただけませんか、僕の罪を」


 先程よりも幾らか大きな声で少年が言います。

 青年が返事をするよりも早く、祭壇の方に向いたままで面紗の少年は語りはじめました。


「僕は毎日毎日、何人もの村人の命を奪ってきました」


 “聞いていただけませんか”と問い掛けはしたものの、少年にとって青年の意思なんてどうでもいいことでした。

 ただ、自らの思いを誰かに聞いてほしかっただけなのです。

 そして、自分に恩義を感じている彼ならこの我侭を受け入れてくれるだろうことを分かっていてそうしたのです。


「身を守るためとは言え、無罪かもしれない人々を処刑しなければならないことに心を痛めているのです」


 声を出すことこそしませんでしたが、青年は少年と同じ気持ちでいました。

 ちょっとした失言から吊るされそうになったときはその理不尽さに心底肝を冷やしましたし、処刑協議で自分が投票した相手が吊るされた日の夜にはどうにも居心地が悪く、一晩中寝付けませんでした。

 年長の自分でさえこうだったのですから、自分よりも幼く、心優しい少年にとって今の生活は耐え難いに違いないでしょう。


「おお、神よ。罪深い我を赦し、どうか我々をお救いください」


 少年は深々と腰を折り、頭を床に擦りつけて熱心に祈りを捧げました。

 その声が今にも泣き出しそうに震えていたので、青年は慌てて少年の元に歩み寄ります。


「そんなの、八卦見さんのせいじゃ――」


「なあんて、まるで人間みたいなセリフを吐いてみたけれど」


 早足で通路を奥へ進みながら、慰めの言葉を掛けようとした青年を遮ったのは、他でもない少年自身の声でした。


「生きるために人間を喰らうことは罪なのかい? 処刑された仲間の仇を討ちたいと願うことは罪なのかい? なあ、“伝説の狩人”さんよ」


 そう言って振り向いて面紗をたくし上げた少年の顔を見て、青年はひどく面食らいました。

 何故ならばその口元は裂け、鼻先は伸び、まるで狼のそれのようになっていたからです。


「お前ッ――!」


 青年は全てを察しました。大急ぎで矢を番え、力任せに弓を引き絞ります。

 自分に向けられた矢尻を真っ直ぐに見据え、少年はゆるりと立ち上がりました。

 それから、わざと編み靴のかかとをカツカツと鳴らして、青年を脅かすように通路を引き返しはじめたのです。


「知ってるぜ。ソレ、月の下じゃないと使い物にならねえんだろ?」


 そうです。青年の持つ“退魔の銀矢”は、お月様の光を直接浴びないことには退魔の力を得られないのです。

 弓矢を構えたまま後退りをする青年と、両手を床に付けて四本の足を使う少年との距離がじわじわと詰まっていきます。

 いつの間にかその頭には三角形の大きな耳が、手足には灰色の毛が生え揃い、少年は既に人間というよりも狼に近い姿をしていました。


 困った青年は矢尻に少しでもお月様の光を当てようと、壁際のステンドグラスの方に手を伸ばしました。

 しかし、赤や青の光を浴びても銀矢は鈍い光を返すのが精一杯といった様子です。

 これでは人狼退治なんて到底できそうにありません。


「くっ! 駄目か!」


「さっき言ったろう? ステンドグラスを通った月の光が一番好きだって」


 しゃがれた声が、青年の上がった息遣いと二人の足音に重なります。

 それ以外の物音は何もせず、教会の中は恐ろしいぐらいに静まり返っていました。


「――硝子でも薄絹でも、何でも構わねえ。モノを一枚隔ててしまえば月光は我々人狼の食事を演出する、最高の照明になるんだからなあ。ハハッ」


 人狼は一笑いすると、破れかぶれに放たれた“ただの銀矢”を軽く躱しました。

 それからバネのように四肢をしならせ、絶望に満ちた顔をした青年の喉笛めがけて勢いよく飛び掛かったのです。


 * * *


 あくる朝、丘の上の教会で青年の変わり果てた姿が発見されました。

お読みくださりありがとうございました。


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青年 ゲーム内での役職:狩人

月光の清浄な力を増幅する“退魔の銀矢”の持ち主。

人狼である少年を護衛した挙句、銀矢の効かない屋内に誘き出されて襲われる。


少年 ゲーム内での役職:人狼(占い師騙り)

八卦見を生業とする少年に成り済ます人狼。

退魔の効果がある月光を直接浴びないよう常に面紗を身に付けている。

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