希望の話
「・・・なんで、お前がそこまでする必要があるんだよ・・・」
フォレスタ城でユウヒとミルアの前でぶつけた言葉を、あの時とはだいぶ違った声でコウキは再びリンに投げかけた。
あの頃と比べてずっとずっと距離が近くなった分、込める想いも違った。
胸に額を寄せて呟いたまま動かないコウキの髪をそっと撫でながら、リンは言葉を探す。
「・・・私・・・私ね・・・ずっと月で寂しい思いをしてきたの。私もあなたと同じ・・・。ここから出たいってずっと思ってた・・・」
リンはコウキの髪を優しく撫で続ける。
「・・・おばあちゃんも、きっとそのこと知ってたの。だから私を地上に寄越したんだわ・・・。おかげで守りたいものができたの」
歪ませた表情で顔を上げたコウキの瞳を、リンはじっと見つめた。
「私が地上に来るときにおばあちゃんに言われた言葉を教えてあげる。『リンの希望は、地上にある』。・・・ねぇわかる?あなたのことよ」
リンはそっとコウキの頬に触れた。
「あなた達のことよ。私を受け入れてくれて、守ってくれて、愛してくれたあなた達が私に力をくれた希望そのものだったんだわ。・・・私は、あなた達が生きる世界を守りたい」
「リン・・・」
「欲張りだけど、それは何かを犠牲にして成り立つ世界じゃダメなの。私の望みは、みんなの心からの笑顔よ」
それは、守護神たちや『黒い月』の民たちも全て含めた、みんな。
だが、リンの言葉の中には肝心な者がひとり抜けていた。
コウキはゆっくりと口を開いた。
「・・・みんなの笑顔って、俺もか?」
腕をついて少し体を浮かせたコウキを、リンはきょとんと見つめた。
「当たり前じゃない」
リンにとっては誰よりも一番に名前が出てくる重要人物だ。
コウキはリンを真っ直ぐに見下ろした。
「・・・なら、お前は絶対に死ねないからな」
「え・・・?」
「地上でも『黒い月』でも守ればいい。お前が守りたいってんなら、俺だって全力で守る。でもその為に無茶して勝手に命掛けてお前がいなくなったら、俺は永遠に笑えない!わかってんのかよ!?俺を幸せにしたいんだったら、絶対に離れんな!!聞いてんのか!?返事っ!!」
「・・・・」
急に堰を切ったかのように怒り出したコウキに驚き、リンは呆然として目を瞬いた。
それでも返事をしないリンに、コウキは更に怒鳴る。
「お前が無茶したらミルアとユウヒだって絶対に許さねぇぞ!!あの二人怒らせたらどうなるかわかってんだろ!?八つ当たり食らうのは御免だからな!!そうなったら泣き暮らすぞ俺は!!それでもいいのか!?」
それは、脅迫なのか愛の言葉なのか。
めそめそ泣き暮らすコウキなど、想像もできないが。
「・・・・それはイヤ・・・」
思わずそう呟いていたリンに、コウキは勝ち誇って鼻をふんと鳴らした。
「そうだろ!?そうならない為に、自分のこともきっちり守れよ!!解ったな!?」
「・・・・」
「解ったかって聞いてんだよ!!言っとくけど、解ってなくても命捨てる気なら全力で邪魔するからな!!お前がいなきゃ何がどうなったって意味ねぇ!!俺のものだってんなら覚悟しろよ!!」
絶対に離す気はないと真っ直ぐに見詰められ、リンは急いで目を瞬いた。
そうしなければ涙がこぼれてしまいそうだった。
「・・・前言撤回してもいい・・・?」
「俺のものだって言ったことなら、却下っ!!」
手の甲で涙を隠したリンの腕を、コウキはその声とは裏腹にそっとどけさせた。
「・・・っ・・・!」
泣きそうなのがバレてしまい、リンはぎゅっと目を閉じる。
「・・・とっくに手遅れなんだよ。何があっても一緒に生きる。解ったな?」
「・・・っでも・・・!」
「でもじゃない。言霊使いだろ?言葉には力があるんじゃないのか?」
「・・・・っ」
やっと素直に感情を表して涙するリンを、コウキは強く抱き締めた。
そして、リンの代わりに言葉を口にする。
「大丈夫だ。俺たちは、誰一人欠けない。どの世界も助かる道を見つけて、成し遂げる。そうだろ?」
コウキの言葉を聞き、リンは必死に嗚咽を堪えてその体にしがみついた。
「んで、全部終わったら誰にも邪魔されないところで二人で暮らす。旅暮らしもいいけど、子供じゃんじゃん作るには不向きだろ。広くて静かで近くに大きな湖とかあるようなとこで、のんびり畑でも耕して・・・笑うな!」
「・・・ご、ごめんなさいっ・・・」
まさかコウキの口から畑を耕すなどという、全く想像できないような言葉が出てくるとは思わず、とんでもない不意討ちを受けて、泣いていたリンは思わず笑ってしまっていた。
そうなったらいいなという夢を当のリンに笑われ、コウキはムッとして不機嫌な顔でぐいぐいとリンの涙をぬぐった。
「・・・畑なんて、やったことあるの?」
まだ収まらない笑いと戦いながら、リンは声を絞り出す。
「ない!でも不作でも大丈夫だ。俺にはミルアからの成功報酬がある!」
全てを成し遂げたなら、望むものはなんでも与えるという無敵の報酬だ。
「それを最初から当てにしてちゃダメじゃないっ・・・」
またクスクスと笑い出したリンに、コウキは顔を近付けた。
「・・・楽しそうだろ?お前がいなきゃ叶わない夢だ」
汗をかいて仕事をし帰る家で賑やかな子供達の声と共に待っているのは、他の誰でもないリンでなければだめなのだ。
「・・・コウキ・・・。・・・・ありがとう」
リンはコウキの首に両腕を回してしがみついた。
その温かいぬくもりから、じんわりと力が伝わってくるようだった。
「私も・・・あきらめない。今度こそ、誰も犠牲を出さずに世界を救ってみせるわ」
「・・・今度こそ・・・?」
リンの言葉の一部が引っ掛かりコウキはその言葉を反芻した。
コウキが思わず繰り返してしまった言葉を聞き、その首にしがみついたままリンは目を瞬いた。
「・・・今度こそ・・・?どうして私、今そんなこと言ったのかしら・・・」
「・・・さぁ・・・?」
その言葉はまるで、以前にも同じようなことを体験したことがあるような言い回しだ。
言った本人もわからないことが自分にわかるはずがないと、コウキも同じように目を瞬く。
自分でもなぜそんな事を言ったのかわからすま眉を寄せて首をひねるリンの耳に、コウキは唇を寄せた。
「・・・まぁ、まずは輝かしい未来に向けて、子作りの予行練習を・・・」
「あ~、ごほんごほん。畑作りなら、種蒔きよりも先に土壌を整える必要があるんじゃないかなぁ?」
「っ!?」
「きゃあっ!?」
突然入口から聞こえたユウヒの声に驚いたコウキが声もなくベッドから転がり落ち、コウキの首に掴まったままだったリンが巻き込まれて悲鳴を上げながら一緒に落ちた。
「・・・ってぇ・・・」
「あ~ごめんごめん。そんな激しい反応するとは思わなかったよ」
言って爽やかに笑いながら扉から入ってきたユウヒの後ろから、目を手で隠したミルアと、ぶすくれた顔のヒエンも一緒に入ってきた。
(・・・畑の話から聞かれてたのかよ・・・)
アイズベルグでの告白に続き一生の不覚がまた一つ増えてしまい、コウキは虚ろな笑みを浮かべて天井を見つめた。
「・・・リンちゃん・・・薬飲ませたってそんな積極的になんなかったのに・・・」
ヒエンの地を這うような恨めしい声が聞こえ、突然のことに驚いて事態について行けず、やっとのことでコウキの胸に手をついて体を起こしたリンはぎょっとした。
コウキにまたがるようにして上に乗っているこの姿は、まるでコウキを押し倒しているように見える。
「うん。まぁ、もっと恋人らしく親密な時間を持てって言ったのは僕だけどね」
腕組みをしたユウヒにまでニコニコと見詰められたリンは真っ赤になり、慌てて立ち上がろうとしたが、慌て過ぎて足がもつれてもう一度コウキの上に倒れ込んでしまう。
また自分からコウキに密着したリンを見て、ヒエンは涙する。
「・・・リンちゃ~ん・・・」
別にリンを好きなわけではないが、コウキに負けているいう事実が悔しくてヒエンは口をへの字に曲げた。
今まで、国のどの女も必ず自分を選ぶのが当たり前だったのだ。
「・・・ユウヒ~、もう目を開けてもいいか?」
「うん、もう少し」
年若いミルアの教育に良くないからと目を隠すよう指示していたユウヒは、笑みを浮かべながら否を告げた。
「ユウヒ様・・・ミルア・・・」
今度こそコウキの上から退けたリンは、二人の名を呼んだ。
ミルアに目を開けていいと合図をし、ユウヒはリンにニッコリといつもの笑顔を向ける。
「話は途中から聞いてたよ。全くコウキの言うとおりだ。いくら特別な力があると言っても、リンだけが力を尽くせばいい問題じゃないからね。それに、君がいなくなったら、手綱を無くした獣は僕達の手には負えない。それだけは忘れちゃダメだよ?」
「・・・・俺のことか・・・?」
よっこらせと体を起こした獣ーーーーコウキは眉をひきつらせた。
リンに近付いてその手をしっかりと握ったミルアは、真っ直ぐな瞳を向ける。
「それに、リンには月で待ってる家族や友人たちがいるんだろう?地上で幸せになるならともかく、勝手に死んではダメだ!」
「・・・え、ええ・・・そうよね・・・」
「それに、全部が終わって月に帰ってこいって言われた時には私も一緒にお願いするぞ!リンがコウキとずっと一緒にいられるように!」
「ミルア・・・」
以前に一度、もし言霊で守護神を封印しようとすれば命掛けだと言ったリンの言葉を、ミルアはずっと気にしていた。
人を優先しすぎるクセのあるリンがどこか儚く見えて心配だった。
だからこそ、未来への希望をしっかりと植え付けたい。
ユウヒも微笑みながら頷く。
「そうだね。『リンの希望』と称された僕達としては、リンの笑顔も守りたいんだよ」
「ユウヒ様・・・」
感激して目を潤ませるリンの後ろで、コウキは脱力して額を押さえた。
(『希望』って・・・ほとんど最初から聞いてたんじゃねぇか・・・)
どうもユウヒの気配に慣れ過ぎてしまったのか、気付かずに醜態をさらすことが多いコウキは唸る。
それだけ気を許しているのだろうが、本人は絶対に認めたくないだろう。
「よし!じゃあ、さっそく話し合いだ!」
ミルアの元気な掛け声に、リンは笑顔を返した。




