夢の話
とにかく、今は一旦休もう。
そう言ったのは、やはりユウヒだった。
酷使した体と頭と精神を正常に戻さなければ、人は正しい判断などできない。
「・・・ヒエン様も、悪い人ではないのね・・・」
竜巻の被害の無かった部屋をそれぞれ与えられ、朝日が昇る少し前に一同は体を休める為にベッドに入った。
風奏神の話を聞いてからは、一度も『黒い月』をぶっ倒すとは言わなかったヒエンを思い出し、リンはそっと呟いた。
今まではこの世界を脅かす邪悪な存在だと思っていた『黒い月』に対する考えが複雑になってしまったのは皆同じだった。
守護神たちの苦しんでいた理由がやっとわかった。
自分用の部屋を与えられたものの、この城内でリンを一人にするのは二度とあり得ないとリンの部屋に侵入していたコウキは、その呟きにムッとしながらもため息をつく。
「・・・まぁ、バカが暴走しなかっただけでも上等だな・・・」
ドレスがボロボロになってしまったリンとミルアだけでなく、戦いで汚れてしまったコウキとユウヒにもきちんと着替えが準備された。
今はお互い楽な部屋着姿で一緒にベッドに入っている。
とは言っても、風奏神が現れる前の甘い時間の続きという気力体力はもはや残っておらず、本当に一緒に体を休めているだけだった。
リンに至っては言霊を使い過ぎた上に、重大過ぎる話を聞かされ、今にも気を失いそうだった。
そんなリンの状態を知っているコウキは、そっと手で触れ瞳を閉じさせた。
「・・・・コウキ・・・」
「・・・・ん?」
温かな胸に包まれて力強い腕に守られながら、リンはその名を呼んだ。
「・・・私に出来ることって・・・」
それぞれの気持ちや想いを考え、言霊使いとして悩むリンの唇を、コウキは自分の唇でふさいだ。
「・・・・ユウヒの言った通り、今は寝ろ」
「でも・・・・」
「いいから寝ろ」
「・・・ドキドキして、寝られない」
「・・・・・・・・寝なさい」
一生懸命にポーカーフェイスを保とうとしつつもやはり照れた顔を見せたコウキに、わざと甘い言葉を囁いてみたリンはクスクスと笑ってから、素直に瞳を閉じた。
世界で一番安心する場所のぬくもりのなかで、リンはほどなく眠りに落ちる。
初めて出会った晩に見せたのと同じに安心しきった寝顔で眠るリンを見て口元をゆるめたコウキは、しかし自身は瞳を閉じずにリンの少し伸びてきた黒髪をそっと撫でながら考えていた。
風奏神から聞かされた話と、リンの考えそうなことを思うと、思わず眉間にしわが寄る。
だが、それでは本当の解決にはならないとリン自身わかっているからこそ悩んでいるのも、わかっていた。
風奏神の言葉通りに例え守護神の一人を封印したとしても、それは『黒い月』の民を見殺しにすることになる・・・・。
きっと仲間たちも、その事で悩んでいることだろう。
大戦を終わらせることが目的だったこの旅が、とんでもない方向に動いてしまった。
大きく息をついたコウキは、瞳を閉じる。
今の体力気力でこれ以上考えても、答えは出ない。
悔しいが、ユウヒの言うことはいつも正しいのだ。
しばらくして、コウキも眠りに落ちた。
腕の中の柔らかなぬくもりだけに集中して。
そして。
リンは夢を見ていた。
小柄で華奢な少女だった。
何も変わったところなど無い、普通の可愛い女の子。
守護神たちに囲まれながら、とても楽しそうに笑っている。
その瞳はキラキラと希望に輝いていた。
迷いのない、とても純粋な瞳。
(・・・ああ、そっか・・・・)
リンは唐突に理解した。
その純粋で心正しい少女だったからこそ、神のごとき力を持って生まれたのだと。
邪気の無い、真っ白な心がキラキラと七色に輝いているようだった。
きっと、『黒い月』の希望という名をその魂に刻んで生まれてきた少女なのだ。
(・・・かわいい・・・)
天使のような笑い声を上げる少女と、微笑む守護神たちの姿がまるで一枚の絵のようで、リンも思わず唇に笑みを浮かべた。
愛にあふれた光景だった。
守護神たちが少女を大切に思う気持ちが伝わってくる。
(・・・だから、守りたいのね・・・)
少女の生み出した世界と。
少女が生まれた世界を。
ふと、リンはその少女の髪の色に目を留めた。
今まで気付かなかったが、少女の髪の色はとてもよく知っている色だった。
そうだ。
今は毎日見ている。
あれは。
「・・・ユウヒ様・・・」
「・・・・こら」
突然耳元で低い声がし、リンはびくりと体を震わせてからぼんやりと瞳を開いた。
閉められたカーテンの隙間から午後の日差しが差し込んでいた。
一瞬自分がどこにいるのかわからなくなり、リンはもう一度ゆっくりと目を瞬いた。
いつの間にか寝返りをうったリンは、背中からコウキに抱き締められるようにして眠っていた。
「俺の腕の中でユウヒの名前呼ぶって、どういう事だ?」
半分からかい、半分責めるようなその声に、リンはゆっくり休んで体を動かして振り向き、じっとコウキの顔を見た。
「夢を・・・見たの・・・」
まだ半分夢の中にいるような目をしているリンに、コウキは眉を寄せる。
「ユウヒの?」
「・・・・ううん、違う。・・・あれは・・・」
ボーッとしているリンの言葉を根気強く待つコウキの瞳を見ながら、リンは自分の見た夢に確信めいたものを感じていた。
「・・・でも、わからない・・・色んな話を聞いたせいかも・・・。でも、私のおばあちゃんも、夢見の力があって・・・」
不思議そうな顔をしているコウキに、リンはさっきの夢のことを一生懸命に説明した。
「・・・本当に、昔の光景だって言うのか?」
眉を寄せるコウキに、リンは自信なさげに首を振る。
「わからないわ。私にはおばあちゃんみたいな力なんて無かったし。・・・でも、前にも一回不思議な夢を・・・」
「前にも?」
間近で目を瞬いたコウキに覗き込まれて先を促され、リンはハッとして一気に赤くなり黙り込んだ。
アイズベルグで見た不思議な夢。
コウキの瞳の色と、リンの髪の色を持つ一人の少年。
不思議なドラゴンと共に神々しいオーラを放つ若き騎士。
あれがコウキと自分の子供だと直感で思ってしまったことを思い出し、リンは一人であたふたする。
「?・・・・どんな夢だよ?」
「な、なんでもないっ!」
意味深なことを言ったくせに教えようとしないリンの態度にコウキはムッとした。
「俺に言えないような夢なのかよ?」
口に出せないような恥ずかしい夢だとか、他の男の夢なのかと色々と想像を巡らせている様子のコウキにリンは慌てる。
「ち、ちがっ・・・そうじゃなくてっ・・・」
「なくて?」
「う・・・・」
先を促されると黙り込んでしまうリンに、コウキは眉をひきつらせた。
「お前・・・しゃべんねーと、潰すぞ?」
言うなり体の上にのし掛かってきたコウキの重さに、リンはびっくりして喘ぐ。
「ちょっ、重っ・・・苦し・・・!」
「言うか?」
「やっ・・・ちょっ・・・重いってばっ・・・!」
「言えって」
どんなに押してもびくともしない体に必死に抵抗するリンの首筋に、コウキは唇を落とした。
「んっ・・・や、どこ触ってるの・・・!?」
どさくさにまぎれてあちこちに手を伸ばされ怒るリンの耳元にコウキは唇を寄せた。
「・・・お前は、俺のものなんだろ?」
「・・・っ・・・」
自分の口で確かにそう言った記憶のあるリンは息を飲んだ。
そんなリンの髪を撫でながら、コウキは続けて口を開く。
「・・・だったら、絶対に勝手な真似すんなよ?」
「・・・え・・・?」
コウキとリンは間近で見つめあった。
「俺の許可なしに、勝手に命掛けたりすんなよ?これだけは言っとかねぇと、お前危なっかしいんだよ」
「・・・コウキ・・・」
言霊は、どんなこともイメージを言葉に表すことができれば現実にすることができる力。
だが、大きなことをしようとすればとてつもない精神力と、生命力まで使うことになってしまう。
「返事は?」
「・・・・・・・」
唇を引き結んだまま返事を返さないリンをコウキはにらんだ。
「返事は!?」
強い口調で促してはみたものの、瞳をさ迷わせながら返事を渋るリンの正直な反応にコウキは思わず大きなため息をつく。
自分と同じ事を考えていたことは明白だったが、バカ正直なリンは絶対にそんなことはしないと嘘をつくのもためらい、かと言って命を掛けるとコウキに宣言するわけにもいかずにいるのだ。
嘘でも『わかった』と一言言えば、それを言質に取って絶対にそんな真似はさせないというのに、正直過ぎるリンの反応が恨めしくなる。
そしてコウキは、原点へと立ち返る。




