城内の惨状
城内の惨状は凄まじいものだった。
パーティーの為に集まって姫君たちは皆傷だらけになって泣き崩れており、一人一人リンが治癒をかけて治療したが、精神的ショックの大きい姫はパニックを起こしている者もいた。
もちろん、そんな中でも強かでたくましい姫も数人いた。
「いや~ん!怖かったぁ~!炎竜様ぁ~!」
「・・・ああっ恐ろしくてめまいがっ・・・!抱き上げてくださる?」
ちゃんとケガを治してもらったにもかかわらず、わざとらしくよろめいて近付いてくる姫君たちに、コウキはごくりと生唾を飲み込む。
「・・・スミマセン、俺の方が恐ろしいです・・・」
特に、たった今姫君の治療を終えたばかりの、リンの冷たい視線が。
だが、姫君たちはそんなことはおかまいなしだ。
姫君たちに囲まれるコウキからふいっと視線を反らしたリンは、あちこち破れてしまい邪魔になった裾を縛ったドレスの膝をポンポンと払って立ち上がる。
その瞬間、ぐらりと視界が暗転し、リンはぎゅっと瞳を閉じた。
(・・・まだよ!)
まだ倒れるわけにはいかない。
怪我人はまだ残っているのだ。
ガラスのケガは刃物で負ったのと同じだ。
ヒエンの指示で姫君たちを先に治療したが、城の使用人たちの中には重症の者もいる。
意志だけで、リンは無理やり瞳を開けて歩き始めた。
多少めまいがしようと、構っていられなかった。
ふわふわする感覚の中を強引に歩を進めていたリンの体がふいに浮いた。
「きゃ~っ!」
突然体勢の変わったリンではなく、その光景を見た姫君が悲鳴を上げた。
「・・・え・・・?」
急な展開について行けず目を瞬いたリンを抱き上げたコウキが、首だけ姫君たちの方へ振り返る。
「・・・そういうわざとらしいのは、バカ王子にでもやってろよ。俺は、こいつの専属だから」
「・・・・」
キッパリと言ったコウキを、リンは驚いた顔で見詰めた。
同じく呆気にとられた姫君達からあっさりと視線を戻したコウキは、リンを怒った顔で見た。
「んで、お前はもうちっと頼れ。お前の方が倒れそうな顔してるだろ」
ケガを治してもらい、立派にめまいの演技をしている姫君達より言霊を使い続けているリンの方が蒼白い顔をしていた。
無理をしていると、誰が見てもわかる。
それでも、全員の傷を治すまではと気力だけで頑張っているのだ。
コウキから見ればただの頑固者だ。
姫君たちの注目を浴びていることを意識し、リンは運ばれながら恥ずかしくてうつ向く。
「・・・・あなた、自分がミルアに雇われてること、忘れてるでしょ・・・」
正確に言えばコウキはミルアの専属なのにと言ったリンの言葉に、コウキは目を瞬いた。
「・・・そう言えばそうだったな」
「前金返せって言われるわよ?」
このところ、大事な雇い主様よりもリンにばかり構っていたコウキは苦笑した。
今さらそんなことに拘るミルアではない。
「・・・・でも、嬉しい・・・」
ハッキリと言葉にしてくれたことがどうしようもなく幸せで、リンは思わずそう口にしていた。
不意打ちを食らったコウキは思わず立ち止まってリンを見つめる。
少し驚いたようなコウキの瞳と、恥ずかしくて少しだけ顔を上げたリンの上目遣いの瞳が見つめ合った。
「・・・・さぁ、ここは雰囲気に乗じてキスのひとつもかましたいところですが、どうでしょうか、解説のユウヒさん?」
「そうですね~、二人きりなら間違いなくかましてるでしょうが、まだこんなホールのど真ん中でする度胸はないと思われますね。中継のミルアさん、そちらの様子はどうですか?」
「ん~・・・見つめ合ったまま動きませんね~」
「そうですか、やはりまだまだ。しかし、だいぶ恋人らしくなってきたんじゃないですか?」
「そうですね!ではまた何か動きがありましたら報告したいと思います!」
「細かい報告待ってますよ~」
「・・・・・・・・何してんだ?お前ら」
壊れた物や包帯を運びながらパタパタと忙しく動いていたミルアとユウヒの実況中継の最初から最後までを聞いていたヒエンは、虚ろな笑みを浮かべた。
ご丁寧に二人が着けているサングラスはいったいどこから持ってきたのかと見つめるヒエンに、ミルアとユウヒは顔を向けた。
「城下の視察から戻ったのか!」
「被害状況はどうだった?」
自分の国でもないのに心配そうな二人の表情を見て、ヒエンは鼻を鳴らした。
「一番酷いのがここだ。町の方はそうでもなかった」
あの時の風奏神は言霊使いの一向を狙っていたのだから、それも当然だった。
ヒエンの言葉に、ミルアとユウヒはひとまずホッとする。
城の中だけなら、自分達でもなんとか手伝いができると思ったからだ。
それに、城の外にもケガ人が大勢いるとなれば、リンがじっとしているわけがない。
ただでさえ今も無理をしているのだから、コウキが運んでくれて安心したところだ。
「・・・なぁ、あの二人って本当に恋人同士なのか?」
ホールの端の方に横たわり順番を待っている怪我人はの所へリンを抱いて移動するコウキを見ながら呟いたヒエンに、ミルアとユウヒは呆れた。
「当たり前だろう?」
「嫌というほどわかったんじゃないのかい?」
おもしろ半分でリンに手を出してコウキにボコボコにされたのは、ほんの数時間前のことだ。
身に染みているだろうと言われたヒエンは、ボソリと呟いた。
「・・・いいなぁ。俺もリンちゃん欲しいなぁ・・・」
((こいつっ!全っっっ然懲りてないっ))
まるで人のおもちゃを欲しがる子供のような言い方をしたヒエンに、ミルアとユウヒは冷たい視線を送る。
ヒエンにしてみれば、リンは一種のレアな特殊アイテムのようなものだった。
「だってリンちゃんいれば、戦えるし治せるし何でもできるし、おまけに性欲処理もでっ!!」
「サイっっっテーだ!!」
「サイっっっテーだねぇ」
最後まで言い終える前にげんこつと肘鉄を左右から食らったヒエンは言葉の続きを飲み込んで呻いた。
そんなことがコウキの耳に入ったら今度こそ殺されるが、そうなっても同情はしない。
失礼にも程がある。
リンがいったい誰の国の人間たちの為に無理をして言霊を使っているのかと考えると更に腹が立ち、ミルアとユウヒはヒエンの足をぐりぐりと踏み続けた。
「・・・もしかして、本気で誰かを好きになった事がないのかな?」
そうユウヒに言われ、ヒエンはムッとした。
だが、しばし口をつぐんだあと、結局何も言い返せなかった。
立場上言い寄られるばかりで遊ぶ相手に不自由したことはなかったが、自分から誰かを求めたことは一度もなかったからだ。
黙り込んだヒエンに、ユウヒは表情をゆるめる。
「まぁ、それより、これからどうするのか考えたのかい?」
国の進む道。
ヒエンの進む道。
『黒い月』の企みがわかった今、戦争を続ける意味は無くなったはずだ。
できれば協力して、地上の人々を守りたい。
先程の黒い稲妻を見ても、相手が途方もない力を持っていることはわかったが、だからと言って諦めることはできない。
それに、ユウヒには一つ、風奏神に聞きたいことがあった。
守護神たちが、地上を見張る為に造られた存在なのだとしたら、フォレスタ王家に伝わる『三種の神器』とは何なのか。
なぜ、フォレスタ王家の乙女にのみ宿るのか。
それが謎だった。
ユウヒの言葉をうるさそうに聞き、ヒエンは険のある瞳を細めた。
「・・・落ち着いたら上に来いって、あの二人にも伝えてくれ」
そう一言言ってヒエンはホールから出て行ってしまった。
その後ろ姿を見て、ミルアはため息をつく。
「・・・何考えてるのか、さっぱりわからないな」
「・・・単純な気もするけどね」
ユウヒは苦笑を浮かべてから、仕事を再開した。




