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ハニームーンの卵~炎竜と言霊使い~  作者: 伊藤ひおり
ウェントゥスの旅
95/119

黒い稲妻

 我にかえったリンは、自分の背後で血塗れになりがくがくと震えている風奏神に向き直った。

「・・・ごめんなさい。今、傷を治しますから・・・」

 そう言って手をかざすリンを、コウキは不満そうに見守る。

「ちっ・・・お人好しめ・・・」

「人のこと言えないだろう?」

 あんなに傷を負わされたというのにと悪態をつくコウキにおんぶするようによじ登ってきたミルアは、コウキの肩に腕を回して落ちないようにしがみつきながら、似た者同士のくせにと言ってやった。

「『治癒』!!」

 淡い青の光が風奏神を包み、しばらくしてからリンは眉をひそめた。

「?」

「どうした?」

 ぐったりしたままの風奏神が抱き締めたリンは、首を傾げるコウキとミルアに下に降りようと誘った。

 改めてバルコニーに膝をつき、その膝に風奏神を乗せたリンは再び治癒を試みた。

「大丈夫か?どうしたんだ?」

 すぐに駆け寄ってきたユウヒに、コウキとミルアはわからないと首を振る。

 瞳を閉じて治癒をかけ続けるリンは、何の効果も得られないことに眉を寄せて瞳を開けた。

「・・・『治癒』が効かない・・・」

 リンの発した言葉に驚き、一同はくたりとしている風奏神に視線を集めた。

 視線を感じた風奏神は、自嘲的な笑みを浮かべる。

 ーーーー・・・そりゃそうさ・・・。ボクらは、人工生命体・・・。『生き物』じゃないんだから・・・。

「!?」

 風奏神の口から漏れた呟きに、全員が驚愕した。

「どういうことだ!?」

 普段大きな声を出すことのないユウヒが、真っ先に声を荒らげた。

 ーーーー・・・知らなかったのかよ・・・ボクらは、地上を見張る為に造られた存在・・・ただ・・・それだけの為の・・・。

「・・・・・・・・」

 返ってきた風奏神の弱々しい言葉に、一同はお互いに顔を見合せ困惑の表情で沈黙した。

 ヒエン以外の四人は、氷月神の言った言葉を思い出していた。

(・・・『私たちは・・・ただの・・・』・・・)

 造り物。

 リンは大きく息を吸った。

「『癒風光』!!」

 虹色に輝く光が風奏神を包み込んだ。

 柔らかく触れるその光を受けて、風奏神は瞳を閉じ一筋の涙を流した。

 その涙にどんな思いが込められているかはわからなかったが、癒風光を終了させたリンは風奏神を真っ直ぐに見詰めた。

「・・・どんな者でも『癒風光』を受けて涙する者には心がある。私はおばあちゃんにそう教わりました。・・・あなたは、造り物なんかじゃありません・・・」

 リンの瞳と、風奏神の涙で輝く瞳が静かに見つめ合った。

 その時。

「・・・・幻霧っ!!」

 ーーーーコウキっ!

 鋭く叫んだコウキと幻霧神の声が重なった。

 何事かとユウヒやミルアが顔を上げた時には、赤い光を纏ったコウキが剣を掲げてバルコニーの一番前に出た。

「・・・っ!」

 ーーーーあっ・・・!

 座り込んでいたリンと風奏神がやや遅れてその事態に気付いたその瞬間、天から黒い稲妻が降ってきた。

「!?」

 ぎょっと目を見張った一同がいるバルコニーに向かって真っ直ぐにやってくるその稲妻を見上げたコウキは、いつもの炎ではなく、幻霧神の瞳と同じ赤の光を纏う剣を構えてその衝撃を覚悟して歯を食い縛った。

 ーーーーだめだよっ防げるわけないっ・・・!

 黒い稲妻に立ち向かおうとしているコウキの姿を見て慌てた風奏神の小さな体を、リンは抱き締めた。

「『修復』!」

 ーーーー!?

 こんな場面で自分の体を直す為の言霊を叫んだリンを、風奏神は驚いて見詰めた。

 コウキに付けられた傷が消えると共に痛みも消えていった。

「・・・コウキっ!」

「コウキっ!!」

 ミルアとユウヒが、ただ一人で皆を守ろうとするコウキの名を叫んだ。

 だが、この現状であの稲妻を防げる可能性を持った者など、幻霧神の力を宿したコウキ以外にいない。

 轟音を上げて黒い稲妻が落ちた。

 迫る音ととんでもない威圧感に、落雷の瞬間誰もが目を閉じた。

「ぐっ・・・!」

 ただ一人、その手に持つ剣で黒い稲妻を受けたコウキを除いて。

 とっさに風奏神を抱き締めて伏せていたリンは、頭上から聞こえる凄まじい放電の音にそっと目を開けた。

 幻霧神に力を送られながら稲妻に対峙しているコウキの後ろ姿が見え、風奏神を下に降ろしたリンはすぐに立ち上がる。

「『防御』!!」

 すぐ隣で響いたリンの言霊により、コウキに掛かる負担が少しだけ減った。

「・・・っ・・・!」

 その重圧に思わず声をあげそうになるリンに、そちらを見ずにコウキは呟いた。

「・・・こりゃ、ヤバいぞ・・・」

 二人の力を合わせても、黒い稲妻はその威力が衰えることもなく破壊の力を地上に注ぎ込もうとしている。

 もし押し負けたら、城もろともこの辺り一帯に巨大なクレーターが出来上がることになる。

「コウキっ!リンっ!」

 二人のそばに走り寄ろうとするミルアの腕をユウヒが掴み止めた。

「だめだ!僕たちじゃ何もできないっ!」

 かえって邪魔になると言われ、ミルアは悔しくて唇を噛む。

「・・・どうしたらいいんだっ!?二人が地上の為に戦ってるのに、何もできないなんてっ!!」

 悔し涙を流して拳を握るミルアの頭を、ユウヒは辛い顔で抱えた。

 自分たち地上の民が何もできず、月の民であるコウキとリンに全てを委ねるしかない現状が、悔しくてしょうがなかった。

 ヒエンは、目前で次々起こる出来事に呆然としていた。

 戦場では英雄だった自分が、床に膝をつき、ただ見ているしかできない。

 何が起こっているのかも、さっぱりわからない。

 なんだかわからない攻撃を受けているのに、ヒエンは剣を手にしていても何もできない。

 あんな物に剣を向けたことなどない。

 ただ一つ、今のヒエンにわかるのは、コウキとリンがあの稲妻に力負けした場合、自分の国に、国民に、甚大な被害があるという事。

「・・・・っ!」

 ーーーーっ!

 ぎりっと歯を鳴らして首を巡らせたヒエンと、体を起こした風奏神の視線が合った。

 コウキとリンは。

 言葉を交わす余裕もなくただ黒い稲妻との力比べに全神経を集中していたが、二人ともわかっていた。

 このままでは、ただ防いでいるだけでは、いずれ押し負けてしまう。

 この黒いエネルギーを打ち消す為には、何か決定打が必要だということを。

 しかし、並の人間に太刀打ちできるものではない。

 言葉にせずとも、これが『黒い月』からの攻撃であることは明白だった。

 喋りすぎた挙げ句、言霊による改心で『黒い月』の支配から離れようとしている風奏神もろとも、秘密を知り過ぎた人間たちをまとめて処分するつもりなのだ。

 いまだにその姿すら見せない敵の存在に、コウキは歯茎を噛み締める。

 向こうは、こちらのことを全てお見通しなのだ。

「・・・くっそ・・・!」

 幻霧神の契約者たる証の赤い瞳で、コウキは黒い稲妻の向こうにいるはずの『黒い月』を睨み上げる。

「・・・コウ・・・キ・・・っ」

 リンが掠れた声を絞り出した。

 もう、限界なのだ。

 その時、二人は目を見開いた。

「・・・おるぁっ!!」

 雄叫びを上げたヒエンが剣を手に、二人の間に割り込んで来たのだ。

「あっ・・・!」

「ヒエンっ・・・!」

 突然の行動を、ミルアとユウヒは驚いて見詰めた。

 二人の目に映るヒエンの後ろ姿は、風奏神と同じオーラに包まれていた。

 そして。

 突然そばに来た人物に驚いて見たコウキとリンは、ヒエンの瞳が金色に変わっているのを見た。

「お前っ・・・!」

「俺がリンちゃんと押さえてる!てめぇ、この要らねぇもんをぶち返してやれっ!!」

 コウキの代わりに、風奏神の力を宿した自分が防御を引き受けると言ったヒエンの言葉に、コウキは一緒だけ迷った。

『黒い月』の支配下にあった風奏神の力が、果たして幻霧神の代わりとなって耐えうるのか。

「できねぇのかよっ!?」

 お前の力はその程度かと怒鳴るヒエンの声に、コウキは一瞬リンと瞳を合わせた。

 緊張した面持ちで頷いたリンを見、コウキは顔を上げる。

「しっかり支えてろよっカブト虫っ!!」

「うるせぇっ!俺はやるっつったらやるんだ!!さっさとやれ鈴虫っ!!」

 ヒエンの怒鳴り声を合図に、コウキは大きく息を吸った。

「・・・幻霧っ!!」

「風奏神っ!!」

 ーーーーよっしゃっ!!気合い入れるゼっ!!

 ーーーー頑張って!!

 コウキとヒエンの声が守護神の名を叫んだ瞬間、それに応えた守護神二体が契約者に更なる力を注いだ。

 コウキの剣の赤い光と瞳がいちだんと輝きを増す。

「うらぁっ!!」

 一つ深呼吸をしたコウキが、頭上の黒い稲妻に向かって剣を振るった。

 エネルギーとエネルギーがぶつかり合う凄まじい衝撃に、ミルアとユウヒは思わず目を瞑った。

 コウキとリンの力と互角を張っていた黒い稲妻はその瞬間、力の均衡を失った。

 さっきまでの騒ぎが夢だったかのように霧消した黒い稲妻と、からりと晴れた星空を見た一同は呆然としながら肩の力を抜いた。

「・・・リンっ!コウキっ!大丈夫か!?」

 泣きそうな顔をしたミルアがすぐさま二人に駆け寄った。

「・・・ミルア、ごめんね。今、傷を治すわね」

 どさくさで、風奏神によるケガを治すのを後回しにしていたと謝ったリンに、ミルアは眉を怒らせた。

「私よりも!リンの方が血だらけじゃないかっ!その上あんなに力を使ったのにっ!」

 せっかくキレイだったドレスもメイクも髪もぐちゃぐちゃになってしまったリンが言霊を使おうとするのを、ミルアは断固拒否した。

「先にリンの傷を治さないなら、嫌だっ!」

 頑なな態度のミルアににらまれ、その上ユウヒにも困ったような視線を向けられたリンは考える。

「『治癒』!」

 天に向かって突き上げられた両手から温かい青の光が広がり、その場にいた全員の傷を癒した。

「・・・これならいい?」

 みんな一緒ならいいかと問われ、ミルアは納得いかずに拗ねるようにリンを見た。

 本当は、リンには自分のことを一番に考えて欲しかった。

「・・・おいこら。バカ二人」

 コウキにそう呼び掛けられ、ヒエンと風奏神はぎょっとした。

 そんな呼ばれ方など、特に風奏神は一度もされたことがなかったし、ヒエンにしてもそんな悪態をつくのはコウキくらいなものだった。

 青い光に包まれてどんどん傷を癒されながら、コウキは二人の前に立った。

 瞳の色も元に戻っていた。

「考え無しで無茶なことやらかしてんじゃねーよ。この先どうするつもりだ?」

 そう問われたヒエンはコウキが何を言いたいのかわからずに変な顔で眉を寄せ、風奏神はプカプカと浮いたまま唇を噛んでうつ向いた。

 風奏神のやったことは、『黒い月』に完全に刃向かう行為。

 そしてそれは『黒い月』にもバレている。

 今のようにまた命を狙われることになる可能性は高い。

 風奏神の契約者となったヒエンも同様だ。

 そこまでの考えに至ったヒエンは、しかしくるりと体の向きを変えて室内へと向かった。

「まずは城内の状況を確かめる。それから城下の様子も見に行く。全部終わってから、考える」

「手伝いますっ!」

 まずは統治者としてすべきことをしてからだと言ったヒエンの言葉に、すぐさまリンも名乗りを上げた。

 城内のガラスが割れたことでケガを負った者が大勢いるだろう。

 特に、下の階には姫君たちが集まっていた。

 痕を残すことなく綺麗に傷を消せるのはリンだけだ。

「私も!」

「僕も行くよ」

 出来ることはなんでもやると続けて名乗りを上げたミルアとユウヒに、コウキはため息をついた。

 ーーーーんじゃ、オレがこのチビッ子見張っとくぜっ♪

 風奏神の面倒を見ようと言った幻霧神を、コウキは心配そうに見上げる。

「・・・子供が子供のお守りなんて、できんのかよ・・・」

 ーーーーなんだとぅっ!?オレはこう見えてもコウキよりずっと長生きしてんだぞぅ~!?

 こう見えてもと言われても、ドラゴンの見た目の基準などわからない。

 声と能天気なその話し方は、子供としか思えない。

「・・・行くぞコウキ!」

 しっかり頭数に入れられてミルアに名を呼ばれたコウキは、やれやれと息をつきながら仲間の後を追った。

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