赤い契約者
「あっ・・・!?」
紙屑のように空高く飛ばされた三人に気を取られたリンとミルアに向かって、風奏神は渦を巻く突風を叩きつける。
「うっ・・・!!」
「きゃ・・・!?」
集中が途切れたミルアの防御が破られ、二人は直接風に晒されて服や皮膚が鋭い刃で切られたように裂ける。
ヒエンが二人の為にあつらえたドレスはボロボロになり、かかとの高いヒールを履いていたこともリンとミルアにとって不利となった。
バランスを崩して倒れたところへ、再び風の刃が襲う。
「ああっ・・・!」
「っ・・・!!」
目に見えない刃に切り刻まれ、腕や肩、剥き出しになった足、至るところが裂けて血が吹き出した。
ーーーーとどめだ!!
リンの言霊が発動する前にと、間髪入れずに風を出そうとした風奏神は、ハッとして上を向いた。
ーーーー・・・オレの存在を忘れちゃ困るぜー!!
能天気な少年の声と共に、風よりも早く赤い光が降った。
ーーーー・・・!?お前っ・・・!?
驚いた風奏神が何か言うより早く、隕石ほどの勢いで空から降ってきた幻霧神はエネルギーブレスを風奏神に向かって放った。
ーーーーうわっ・・・!?
慌てて動いた風奏神の羽の片方がほんの少しブレスに掠めて焦げた時には、その勢いが嘘だったかと思う程、幻霧神はふわりと翼を動かしてバルコニーの縁に降り立った。
ーーーー・・・ちっ。すばしっこい奴ぅ・・・。
まともにエネルギーブレスが当たらなかった事を不満そうに舌打ちした幻霧神の背中から、コウキが飛び降りた。
「リンっ!ミルアっ!」
倒れている二人に急いで駆け寄るコウキの後からユウヒとヒエンもよろりと降り立つ。
「・・・いやぁ・・・クラクラするねぇ・・・」
「バカ竜・・・なんであんな動けんだよ・・・」
空中で幻霧神にキャッチされてその背に乗せられ、目も開けられない程のスピードで普通に落ちるよりも速く落ちてきたのだ。
必死にしがみつくので精一杯で脳が速度についていかず、貧血のようなめまいに襲われたユウヒとヒエンは込み上げる吐き気と戦った。
ヒエンに至っては、自分がいったい何に掴まっていたのかすらまだ把握できていなかった。
固い床に足がついたことにホッとした二人の前で、幻霧神は仲間を守るように翼を広げる。
ーーーーおいこらっ風のチビ助っ!リンとミルアにケガさせたこと後悔するぜっ!?
威嚇された風奏神は、空調に浮いたまま気圧されるように身を引いた。
ーーーー・・・なんだっ・・・!?お前・・・なんなんだよっ・・・!?
怯えたような風奏神の声に、ユウヒとヒエンはハッとしてそちらを向く。
(・・・・ドラゴン!?)
ハッキリと幻霧神の後ろ姿を見たヒエンは息を飲んだ。
幻霧神はおもしろそうに、風奏神に向かって首を伸ばす。
ーーーーなんだはないだろー?お前らみたいなエセ守護神と違ってオレは・・・。
「・・・・幻霧」
リンとミルアに駆け寄り、その傷だらけになった状態を見たコウキがゆっくりと立ち上がった。
コウキの低い声に、ユウヒはハッとする。
ーーーー待ってましたぁ!
幻霧神が楽しそうに翼を振り宙に舞った。
「コウキ・・・」
ユウヒの声につられるように、ヒエンはゆっくりと振り返ったコウキを見た。
「!?」
コウキの漆黒の瞳は赤くなり、全身に赤いオーラを纏うその姿をヒエンは目を見開いて見詰めた。
ーーーー!?
ーーーー後悔するって言っただろ?コウキが怒ると怖いんだぜ?覚悟しろよ?
びくりと震えた風奏神に、幻霧神はニヤリと笑った。
その瞬間。
赤い風がはしった。
少なくとも、ユウヒとヒエンにはそうとしか認識できなかった。
ーーーーよっしゃっ!いっけぇコウキ~♪
はしゃぐ幻霧神の声に、あの赤い光がコウキだったと気付いたユウヒとヒエンは、風奏神と戦うその姿を目を凝らして見た。
ーーーー・・・まさかっ・・・本物の契約者っ!?
そんな存在がいたなど聞いていないと驚き、怯えの表情を浮かべながらも攻撃をかわすのに必死な風奏神を赤い瞳で冷酷に見詰めたコウキは、ポツリと口を開いた。
「・・・おっせー・・・」
ーーーーうわああぁぁっ・・・!!
風の特性として素早さに自信を持っていた風奏神は、我が身に起きたことを理解するのに一瞬の時間を要した。
コウキの剣が、その小さな体に左肩に突き刺さっていたのだ。
ーーーーいたいいたいいたいよぉっ・・・!!
「・・・・ああ、一ヶ所じゃ足りねぇな・・・」
リンやミルアが負わされた傷はこんなものではないと、コウキは剣を無造作に引き抜く。
ーーーーっあああああっ!!
反対側の肩にも深く剣を刺された風奏神は抵抗もできずに悲鳴を上げた。
「・・・・まだ根を上げるには早い」
続く風奏神の悲鳴を聞きながら、ユウヒは珍しく焦った表情で、空中で戦うコウキに叫んだ。
「コウキっ!やめるんだっ!」
このままでは、幻霧神の力を宿したコウキが風奏神を殺してしまう。
すがるように幻霧神を見たが、赤いドラゴンはユウヒには目もくれず楽しそうにコウキと風奏神を見ているだけだった。
ーーーーあああああああっ!!
「・・・っ・・・!」
傷を負って一瞬気を失っていたリンとミルアは、風奏神の悲鳴で目を覚ました。
なんとか顔を上げて、目の前で起きている出来事に愕然とする。
「コウキ・・・!」
守護神をいたぶるように次々と傷を負わせているコウキは、我を失っているようだった。
名を呼びかけ、傷の痛みに耐えながら腕をついて体を起こしたミルアのそばで、リンも体を起こした。
「・・・ごめんミルア。ケガ治すのは、後だわ。コウキを、止めなくちゃ・・・!」
「ああ・・・!」
二人は歯を食い縛って立ち上がった。
この旅の目的は、守護神を殺すことではない。
「・・・次は、足か?それとも顔・・・」
がくがくと震える風奏神から引き抜いた剣を、コウキは掲げた。
「・・・やめてっ!!」
「だめだコウキっ!!」
振り下ろしたコウキの剣の前に、浮遊で上がってきたリンが身を投げ出し、ミルアがコウキの背中にしがみついた。
「っ!どけっ!!」
紙一枚分の距離を残して剣を止めたコウキは即座に怒鳴った。
「リンっ!ミルア・・・!」
「・・・・っ!」
突然の二人の行動にユウヒは二人の名を叫び、ヒエンはその大胆さと無謀さに驚いて声も出ない状態で空中の三人を見詰めた。
地上から為す術もなく見上げるしかできないユウヒは、拳を強く握りしめた。
「リン!!ミルア!!」
今まで聞いたことのない腹に響く怒号のような声で名を呼ばれたリンとミルアは、思わずびくりと身を震わせた。
だが、ミルアはコウキを離さず、リンは一瞬怖がってしまったことを恥じてキッと顔を上げてコウキを睨んだ。
「・・・どかないっ!落ち着いてコウキっ!風奏神を殺しちゃダメ・・・」
「うるせぇっ!!俺の気が済まねぇ!!どけっ!!」
本気の瞳と声にまた怒鳴られ、リンは思わず身をすくませた。
男性にこんな風に正面きって怒鳴られた経験のないリンは、無意識にカクカクと震え、目に涙が滲んだ。
その様子を見たコウキは低い声を出す。
「・・・俺が怖いんだろ?わかったらおとなしく・・・」
赤い瞳を光らせたコウキの言葉に、リンは唇を噛み締めて涙をこらえ、真っ直ぐにコウキが見て叫んだ。
「怖くないわよっ!あんな風に抱き締めて優しいキスくれる人、怖いわけないでしょっ!?」
「・・・・・・」
ぼんっ!
「・・・あ、コウキ首まで赤くなった」
下から見ていたユウヒは、見えたそのままの光景を口にした。
ムキになったリンは更に叫ぶ。
「いくら怖く見せたって本当は優しいって知ってるし!さっきだって私を・・・!」
「だぁっ!もういいっ!わかったっ!黙れっ!」
真っ赤になったコウキに口を塞がれ、リンはきょとんと目を瞬いた。
ーーーーあ~・・・・リンの勝ちっ!
すっかり毒気を抜かれたコウキの様子を見て、幻霧神はケラケラと笑った。




