青いアイツ
今回はちょっと長めですが、お付き合い下さいませ。コウキとリンのドタバタ感が止まりません。
(・・・な、なんか、ケンカする両親の板挟みになったみたいだ・・・)
吊り橋は渡らずに、森を抜けるためにコウキとリンの間を歩きながら、ミルアはビクビクと両側を見上げた。
「・・・まだ怒ってんのかよ。わざとじゃねぇっつってんのに・・・」
「怒ってません。あきれてるだけです」
「護衛が護衛の役割果たそうとして何が悪いんだよ」
「護衛なら私だけでも充分です。お金に釣られたあなたは、バカだわ」
「・・・お言葉ですけどねぇ、俺けっこうあんたのことも助けたと思うけど?森から一時間も担いだし、変態じじいの魔の手からも守ったし、吊り橋で落ちそうになってたのも助けたよな~?」
「・・・それについては感謝してますけど」
「あんた一人じゃかなり危なっかしいってことだよな?」
「・・・でも、あなたには関係ないことだわ」
「・・・それこそ、俺の雇い主はミルアなんだから、あんたには関係ないだろ?」
「ええ、ええ。そうですね。だからバカだって言ってるのよ」
「・・・うるせーな。それこそ護衛なんだから、盾にでも何でも都合良く使えばいいじゃねーか」
「・・・っ!だからっ!これ以上あなたを巻き込みたくなっ・・・!」
途中まで叫び、リンはハッとして口を押さえた。
その様子にミルアはきょとんとし、コウキは目を瞬いた後にんまりと意地悪な笑みを浮かべた。
「ふ~ん」
「ふ~ん」
ミルアにまで見詰められ、リンは固まった。
「・・・な、何よっ!?」
「いや~?別に~?な~んだ、ただ素直じゃないだけか♪」
「何言ってるのよっ!!」
「いやいや~?いいって、もう何も言うなって♪」
「ちょっと!話聞きなさいよ!」
ニヤニヤ笑いながらひょいひょいと先に進んだコウキを、リンは真っ赤になって追いかけた。
(・・・これは、仲直り・・・。仲直りかっ・・・!?)
一人残されたミルアは自問自答して悩んでからハッとした。
「・・・こ、こらっ雇い主を置いていくなっ!・・・わっ!?」
慌てて追いかけたミルアは、急に立ち止まったコウキの背中に勢いよくぶち当たり、ぶつけた鼻を涙目でさすりながら前の二人を見上げた。
「コウキ・・・リン?」
二人は、じっと前方を見つめていた。
その視線を追い、ミルアはハッとして構えた。
そこにいたモノは。
「さっそくお出ましだな」
小さくて青くぶよぶよした物体に向かって、コウキは低く呟いた。
「・・・一撃で終わりだっ!」
「『爆裂』!」
剣を掲げて青い物体に向かって駆けたコウキの体が、リンの声と共に吹き飛ばされた。
展開に付いていけず目を点にしているミルアの見る前で、すすだらけになったコウキがむくりと起き上がる。
「・・・何してんだっ!攻撃対象間違ってるだろっ!」
「あなたこそっ!こんなにかわいいのに倒そうとするなんてっ!」
「おまっ・・・ふっざけんなっ!スライム知らねーのかよっ!?基本だろっ!」
「スライムだかなんだか知らないけど、こんなつぶらな瞳の動物をなんで攻撃しなきゃならないの!」
「動物じゃねーだろどう見ても!モンスターだっつの!」
「・・・え・・・?」
モンスターと教えられ、リンはきょとんとして青いスライムを見た。
ちょっと怯えたようなまん丸の瞳を見て、リンはキッとコウキを睨む。
「・・・モンスターじゃないわよっ!こんなにかわいっ・・・!」
バシっ
リンの言葉の途中で、青スライムはつぶらな瞳のままリンに体当たりをした。
「・・・え・・・?」
攻撃を受けて呆然としたリンに、スライムは再び襲いかかる。
はむっと腕に噛みつかれ、リンは固まった。
「・・・リンっ大丈夫かっ?」
我に返って慌てたミルアが助けに出ようとしたその目の前で。
「『爆裂』」
リンの呪文が青スライムを粉々に吹き飛ばした。
さっきまでかわいいかわいいと言ってかばっていたものを容赦なく木っ端微塵にしたリンに、ミルアは蒼白になって固まる。
コウキは勝ち誇った顔で腕を組んだ。
「ほらみろ。俺の言った通りだろ。言っとくけど、アイツに噛まれたらみんなスライムになっちまうんだぞ?」
「うそっ!?」
「リンっ!ウソだからっ!スライムになんかなんないからっ!」
コウキの嘘を真に受けて蒼くなって驚いたリンを、ミルアが必死でなだめた。
「コウキもくだらないウソつくな!リン、今手当てするから・・・」
「・・・大丈夫。治せるから」
「え?」
ミルアが首をかしげる前で、リンは噛まれた腕に反対側の手をかざした。
「『治癒』」
柔らかな青い光がリンを包み、手のひらを通して傷口に注がれていった。
歯形がきれいに消えていく様をコウキは目を細めて見つめ、ミルアは感心するように息を吐いた。
「・・・リン、珍しい術を使うんだな。普通の魔法なら、精霊召喚の呪文詠唱が必要なのに・・・」
言葉一つで技を発動させる魔法など、ミルアは今まで見たことがなかった。
「・・・そうね。珍しいかもね」
ミルアにニッコリ微笑んだリンは、そのままの笑顔でコウキに向き直り深く頭を下げた。
「ごめんなさい。私が無知なばっかりに、あなたをそんな目に遭わせて・・・」
リンの術のせいで全身すすだらけのコウキは、素直に謝られ面食らった。
「いや・・・まぁ、わかれば・・・」
リンは顔を上げ、意味ありげにコウキを見上げた。
「おわびに、私が体を洗ってあげる」
「はっ!?」
「えっ!?」
リンの大胆な発言に、コウキとミルアは耳を疑った。
だが、リンは笑顔のままだ。
「・・・ほ、本気で言ってんのか・・・?」
びくつくコウキに、リンは一歩近づく。
「本気よ。ミルア、ちょっと下がっててね」
「あ、ああ・・・」
何が始まるんだろうとドキドキしながらミルアが見守る前で、リンはコウキに向かってニッコリと微笑む。
「『集中豪雨』」
リンがそう唱えたとたん。
コウキの頭上に真っ黒な雲が集まり、次の瞬間コウキにだけものすごい雨を降らせた。
まるで風呂桶いっぱいの水を、まともにひっくり返したかのような、雨が。
「・・・・」
「・・・・」
突然、打撃のような衝撃を受け呆然とするコウキと、恐ろしいものを見る目で見つめるミルアの視線を受けながら、リンはニコニコと笑っていた。
「きれいになったわね♪でもそのままだと風邪引くから乾かさないと♪」
両手を目の前に突き出され、コウキは我に返って慌てた。
「・・・いい!何もするなっ・・・!」
「『熱風』!」
「うあっちっ!!」
リンの手のひらからものすごく高温の熱をはらんだ風が生まれ、コウキを襲った。
一瞬だったが、服が乾いてしまうほどの熱さに晒されたコウキは悲鳴を上げる。
確かに体も服もサッパリしたが、荒っぽすぎる。
「お~ま~え~な~!」
「ウソついてくれたお礼よ!」
スライムにかまれたらスライムになるというコウキの嘘を一瞬でも本気で信じてしまったことを、リンは根に持っていた。
「勘違いで吹き飛ばされたらそのくらいのウソもつきたくなるだろっ!」
「だから、体洗ってあげたでしょ?」
「ふざけんなっ!もっと別の期待したわっ!」
「何考えてるのよっ!いやらしいっ!」
「言い方が紛らわしいんだよっ!」
「あっ・・・」
離れて見ていたミルアが声を上げたと同時に、コウキとリンは一緒に同じ方向を睨む。
その瞬間、茂みの中から2匹のスライムが飛び出してきた。
「うらぁっ!」
「『風刃』!」
飛び出してきたスライムは、次の瞬間にはコウキの剣とリンの術で倒されていた。
スライムを倒した二人はまた向き合う。
「だから、言い方が紛らわしいんだよ!」
「なによっ!勝手に勘違いしただけじゃないっ!」
何事もなくケンカを再開した二人に、ミルアは虚ろに笑った。
もしかすると、とんでもない人達を仲間にしてしまったのかもしれないと思いながら。