竜巻
そのまま三人でヒエンを急かし、リンが寝かされていた応接室へ向かった。
「俺専用の応接間だからな。誰も来ねーし。うってつけ・・・うっ!!」
何がうってつけだと睨んだコウキが何か言う前に、ミルアとユウヒが両側からヒエンの足を踏みつけた。
「おや、失礼。足が長いもので」
「虫が止まってたから、やっつけといたぞ」
「サソリじゃないかな?」
「じゃあもっと念入りに潰しとこう」
ニッコリ笑ってヒエンの足をぐりぐりと踏む二人に、呆気に取られてからコウキは苦笑した。
少し気が楽になり、コウキは気を取り直して応接室の扉を開けた。
奥側の方の寝椅子にリンが横たわっているのを見つけ、ちゃんと衣服もそのままな事にホッとしつつ、コウキは寝椅子のそばに膝をつき、リンの肩の下に手を入れて抱き上げ、揺すった。
「おいっおいリン。目を覚ませ!」
「・・・ん・・・?」
ぼんやりと目を開けたリンは、ぼやける視界に映る顔をじっと見た。
その顔が鮮明になるにつれ、記憶も甦った。
「・・・大丈夫か?」
「・・・・・・っばかーーっ!!」
バチーーーン!!
心配して顔をのぞき込んだ途端に、罵声と共に平手打ちを食らいコウキの脳みそにお星様が飛んだ。
周りの状況もわからないまま、リンは真っ赤になって怒鳴る。
「あんなとこでキスなんてするからっ!見られてたじゃないのよっ!!」
その言葉で、なぜヒエンがリンの事を知っていたのか理解したが、いきなり殴られてコウキもカッとなった。
「お前の顔に『してほしい』って書いてあったんだろうがっ!!」
「書いてないわよっ!!」
「書いてあった!!だいたい、あれ程言ったのに一人になりやがってっ!!」
「し、仕方ないでしょっ!?すっごい混んでたんだもんっ!!」
「お前、今度は首に縄つけとくからなっ!?」
「何それっ!?信じらんない!!バカじゃないの!?」
「うるせぇっ!!おいこらバカ王子っ!!コレのどこが地味でおとなしいんだっ!?どこに目ぇ付けてやがるこの節穴っ!!」
「・・・・・あれ~?」
とばっちりで怒鳴られたヒエンは、抱いていたイメージと全然違ったリンの様子に腕を組んで首をひねったのだった。
だが、こちらに顔を向けてぱぁっと顔を輝かせ、急いで寝椅子から降りたリンが小走りで自分の方に向かってくるのを見たヒエンは、やっぱり俺のファンだったかとニッコリ笑って両手を広げた。
「いいよぉ~?俺、来るものは拒まずだから・・・」
「ミルアっ!ユウヒ様っ!」
当然ヒエンではなく、真っ直ぐにミルアに抱き着いたリンを不思議そうに見たヒエンを、コウキはジト目で睨む。
「ばーか。本っっっ当、ばーか」
ムッとしたヒエンは、しかしすぐに眉を寄せた。
「・・・ミルア?ユウヒ?」
今まで気にも留めていなかった『炎竜』の仲間たちの名前に引っ掛かりを覚えたヒエンは首をひねった。
「リン~っ良かった無事で・・・!」
「心配したよ?」
「ごめんなさいっ!なんかよくわかんなくてっ・・・!私、どうなったの?」
いつの間にか知らない場所に運ばれていたリンは、自分に何が起きたのかさっぱり理解できていなかったが、なんとか自力で思い出そうと考える。
「え~と、知らない男の人に声掛けられて・・・」
「はい。それ、俺」
ミルアの背後でニコニコしながら挙手した人物を見て、リンはぎょっとした。
「・・・えっ?・・・え!?何?どういう事っ!?」
動揺してパニクるリンに笑みを深めたヒエンは、とりあえずと口を開いた。
「まぁ、とにかく俺の城に招待しよう。勝者諸君?」
その時。
コウキとリンは同時に窓の外に顔を向けた。
その動きに、ミルアとユウヒも反応する。
次の瞬間強風が吹き、外から大勢の悲鳴が聞こえた。
もともとこの地方の地上に出ている建物は、竜巻の被害を極力おさえる為に、窓枠は小さくガラスも入っていない。
「・・・竜巻!?」
外からの悲鳴を聞き取りコウキが叫んだ。
同じく声を聞いたヒエンではなく、難しい顔で眉を寄せる。
「竜巻だと!?話が違う・・・!」
口の中で呟くヒエンに、ユウヒは素早く顔を向けた。
「まだ観客達が外に大勢集まってる!避難の手段は!?」
「・・・シェルターが地下にあるが・・・」
鋭い風が侵入してくる窓に駆け寄ったヒエンは外の様子を見て愕然とした。
「・・・間に合わないっ!すぐそこまで来ている!」
ただでさえ外は混乱していて、誘導したとしてもパニックが起こる。
それに、このコロッセオがすっぽりと入ってしまいそうな程巨大な竜巻がもう目の前まで来ていた。
各人の様子を見て、リンは廊下へ飛び出した。
「リンっ!?」
「あのバカっ!!」
すぐにミルアとコウキがリンの後を追う。
ユウヒは、躊躇しているヒエンの肩に手をかけた。
「屋上へ上がる階段は!?」
廊下へ飛び出したリンは、上へ上がる道を探した。
「・・・リンっ!右の階段だっ!」
後ろの方からユウヒの声が聞こえ、リンはすぐに階段を見つけた。
階段を駆け上がる頃には、コウキとミルアも追い付いて並ぶ。
「リンっ!」
「間違いないな!?」
「ええ!でも近くにはいないわ!」
すぐに三人を追ったユウヒにつられて走ったヒエンは、先に行った三人の不思議な会話を聞いた。
最上階のヒエンの応接室から、屋上は近かった。
階段の上の扉に手を掛け、コウキが一気に開く。
「うわっ・・・!?」
「きゃっ・・・!!」
勢いよく吹き込んできた強い風に思わず立ち止まってしまったコウキとリンは、扉の向こうの景色を見る。
ごうごうとうなりを上げた、遥か天までも届く巨大な柱のような竜巻が目前まで来ており、大地にあるもの全てを巻き上げその威力を誇示していた。
人々の悲鳴が、どんどん大きくなる。
「・・・行くわ!」
「ああ!ミルアは出てくんなよ!」
「コウキ!リンっ!」
小柄なミルアなど、この暴風では簡単に飛ばされてしまう。
必死に扉にすがったミルアを、すぐに追い付いてきたユウヒが掴まえた。
屋上に出たコウキとリンは目も開けられず、息も出来ないほどの風の中をなんとか進む。
自分の腕と肩を掴まえてくれたコウキを、リンは見上げた。
「ところで、竜巻ってどうなって出来てるの!?」
その問いに、コウキは一瞬頭が真っ白になった。
「お前っ・・・んな事も知らねぇで飛び出してくんなっ!!」
「だって竜巻って初めて見たのよっ!!」
「・・・逆方向から吹く風がぶつかり合って渦を作ってるんだ」
突然背後から聞こえた声に振り向くと、風の中を身を低くしながらヒエンが近付いて来ていた。
「・・・風がぶつかって、渦を・・・」
ヒエンの教えてくれた言葉を噛み締めるように呟いたリンは、竜巻に顔を向けた。
じっと竜巻を見つめたリンは、大きく息を吸った。
「『解放』!!」
リンの言霊に反応した巨大竜巻が、抵抗するように唸りを上げた。
「うっ・・・!」
思わず腕を上げて自分の顔を庇うヒエンの前で、コウキは言霊の力を使うリンを支えていた。
どれ位経ってからか。
ふっと、各人にかかる風圧が弛んだ。
巨大な渦を巻いていた風が、まるで溶けるように消えた。
「・・・っ!」
ハッとして空を見上げたリンを、コウキは後ろへ下がらせる。
「ミルア!水!」
「ああっ!」
風が止み、外へ飛び出してきたミルアは即座にコウキの意図を理解した。
「我が身我が魂に集いし水の精霊 我が手を依代にその力を現せ!!」
コウキとミルアの早口の呪文が見事に重なった。
よろけたリンを、後ろから来たユウヒが支える。
「大丈夫。リン一人で頑張る必要はないんだよ。あの二人に任せて」
力を使い肩で息をするリンの見る前で、コウキとミルアの張った水の膜が空に巻き上げられていた人や物を、静かに受け止めていた。
ホッとしたリンの背後で、ユウヒは静かに口を開く。
「ヒエン王子。さっきの『話が違う』っていうのは、どういう事かな?」
「・・・・・」
思わず口をついて出てしまった言葉を抜け目なく聞いていたユウヒを、ヒエンは険のある瞳で睨んだ。
「・・・お前ら、思い出したぞ。アイズベルグのくそつまんねぇ結婚式で会ったよな?なぁ、フォレスタの腰抜け王子様?」
噂は聞き及んでいると見下ろすヒエンの蔑んだ視線を、ユウヒは真っ直ぐに受け止めた。
ヒエンは続ける。
「こんなとこで何してんだ?まさかろくに戦いにも出ねぇくせに、自分の国見捨てて逃げて来たってか?『戦荒らしの炎竜』の仲間になるなんて、国の奴らは泣いてんじゃねぇの?・・・ああ、そもそも王子がいたなんてことも忘れてんじゃ・・・」
バチーーーン!!
屋上に鳴り響いた音に、術に集中していたコウキとミルアは驚いて振り返った。
いきなり平手打ちを食らったヒエンは、起きたことが理解できずに打たれたままの状態で呆然とした。
「ユウヒ様を侮辱しないでっ!!なんなのよあなた!!いきなり出て来て人を拐うわ、ユウヒ様をバカにするわ、偉そうにっ!!許せることと許せない事があるわよっ!!」
「・・・・・」
ヒエンは、信じられない物を見るような目でリンを見た。
腰に手を当て、まるでユウヒを守るかのように立っているリンはまだヒエンを睨んでいた。
にらみ合うリンとヒエンの様子をしばらく見ていたコウキは、堪えきれずに吹き出した。
「・・・おい、とにかく俺達のできることはやったぞ。あとはてめぇの出番じゃねぇの?バカ王子様?」
混乱している観客や兵たちを指揮して救援活動をしなければいけないのではないかと言ったコウキの、一部強調した言葉にリンはキョトンとした。
「・・・バカ・・・王子様・・・?」
ユウヒは苦笑を浮かべる。
「彼が、このウェントゥスの王子。ヒエン王子だよ」
「・・・えっ・・・!?」




