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ハニームーンの卵~炎竜と言霊使い~  作者: 伊藤ひおり
ウェントゥスの旅
85/119

ヒエン

ずっと早く出したかった、バカ王子登場です。

 ステージ上ではコウキの雷撃でしびれた選手達を運び出す作業が行われていた。

「・・・おーい、コウキ~っ!」

 人混みを掻き分けながら観客席の通路を一番前まで降りてきたユウヒは、ステージの下で待機しているコウキを見つけて声を張り上げた。

 声に気付いて振り向いたコウキがものすごく恨めしそうな顔をしているのを見て、ユウヒは苦笑する。

 剣を届けに来たのだとわかり近づいてきたコウキに、ユウヒは労いの言葉をかけた。

「ご苦労様。すごい予選だったねぇ。もう優勝は確定じゃないの?」

 雷から逃れて残った選手たちは、コウキとやり合える程の実力を持っているようには見えなかった。

 ユウヒの言葉に、コウキは疲れたため息をつく。

「・・・ああ」

 一言で言葉を切ったコウキに、ユウヒは笑みを深めた。

「リンならミルアと手洗いに行ったよ。今は会いたくないってさ。見てる方がなんだか辛そうだったから、今度は一緒に出るって言い出すかもよ?」

「うるせーな!別に聞いてねーよ!」

 クスクスと笑ったユウヒは続けた。

「せっかく気持ちが通じたのに、全然二人きりの時間とってないじゃないか。恋人になったばかりの二人なら、もっと親密な時間を持つべきだよ」

「うるせーな本当。・・・今はんな場合じゃねぇだろ」

 先輩ぶって言った言葉をため息混じりにあっさりと否定され、ユウヒはふむと考える。

「ちょっと前までは結構気軽にちょっかいかけてたじゃないか。それが隠し事が無くなって気持ちが通じた途端に手出ししなくなるなんて、それって相当本気・・・」

「だぁっ!!うるせぇって言ってんだろうがっ!!いちいち俺の感情を解説すんなっ!!」

「・・・ってことは、当たってるんだ?」

「うっ・・・!」

 思わず感情を露にしたことを指摘されて言葉に詰まったコウキを見て、ユウヒはニッコリと笑った。

「まぁね。関係の進み具合なんてのは二人の自由だから口出す気はないけどさ。でもさ、ちゃんと言ってあげなよ?僕なんて一日三回はユリカに『愛してるよ』『かわいいよ』『大好きだよ』って言ってたもんさ」

「言えるかっ!!」

 ニコニコしながら恐ろしい事を言うなと怒ったコウキに、ユウヒはふと真面目な声を出した。

「でもさ、リンは自分の事となると途端に鈍くなるから。ちょっと自信が無さすぎると思うくらいに。・・・だから、ちゃんと掴まえててあげないとダメだよ」

「ユウヒ・・・」

 真っ直ぐに自分を見詰めたユウヒに驚き、コウキが名を呼んだ時、本選出場者集合の号令が掛かった。

「じゃあ、皆で応援してるよ」

 そう言って手を振り通路を登っていくユウヒを、コウキは思案げに見つめていた。

(・・・コウキもリンも、ひとの心には敏感な気がするんだけどねぇ~)

 今一つもどかしいなと考えながら自分達のいた観客席の近くまで戻ってきたユウヒの耳に、ミルアの声が飛び込んできた。

「・・・ユウヒっ!リン戻ってきたかっ!?」

「えっ・・・!?」


 ステージ上に一番に上がらされたコウキは、ここまで来たらしょうがないと覚悟を決めた次の瞬間、無意識に剣を抜いていた。

 ガキィンっ!!

 剣のぶつかる鋭い音と、腕にかかる負荷にコウキは歯を食い縛った。

 場内が今までに無いほどの歓声の渦に包まれた。

「・・・よぉ炎竜。久しぶりだなぁ」

「・・・てめぇっ・・・出てくんの早えんじゃねぇのかっ・・・!?」

 ギリギリと剣で押し合うコウキの目の前にいるのは、コウキよりも長身で砂色の髪をした、険のある瞳をした男。

 ウェントゥス国の英雄、ヒエン王子だった。

 コウキの返答を聞き、ヒエンはニヤリと笑う。

「悪ぃな。俺、ガマンは苦手なわけよ。欲しいもんは欲しいし、ヤリてぇことはすぐヤリてぇの」

「・・・っのバカ王子がっ・・・!」

 会場内は本選よりも、ヒエン王子と『炎竜』の戦いにすっかり沸き上がっていた。

「てめぇが悪いんだぜ?いっつもいっつも決着が着く前に逃げ出すからよぉ」

「俺は面倒くせぇことは嫌いなんだよっ!!」

 一国の王子を倒したともなれば、『戦荒らし』とのうわさよりももっと大事になってしまう。

 まるでいつでも倒せるがそうしないだけだとでもいうようなコウキの口調に、ヒエンはおもしろそうに唇の端を上げた。

「・・・短い黒髪に、濃い青の瞳」

 ぴくりと反応したコウキに、ヒエンは更に唇の端をニィッと上げる。

「天下の『炎竜』の女にしちゃあ地味かと思ったけどな。おとなしそうだし」

「てめぇっ・・・何を言ってる!?」

 ギリッと鋭い目付きになったコウキを、ヒエンは嬉しそうに目を細めて見下ろした。

 その時、ステージ場外で騒ぎが起こった。

 観客席から二人の乱入者がいたのだ。

 取り押さえようと群がる係員や残っていた選手たちを蹴散らしながら突き進んでくるその様を見なくても、それがミルアとユウヒだとすぐにわかった。

「・・・コウキーっ!リンがどこにもいないんだっ!!」

 ミルアの叫び声が聞こえた瞬間、コウキは目の前のヒエンを睨んでいた。

 ヒエンは、ニヤニヤととても楽しそうに笑っている。

「へぇ?あの子、リンちゃんっていうんだ?」

 観客がどよめいた直後に歓声が上がった。

『炎竜』の見えない程素早く動いた剣を、ヒエンが自分の剣で受け止めたからだ。

「・・・・っ」

「いいねぇ。『炎竜』らしくなってきたぜぇ?こんなもんじゃねぇだろ?てめぇの力はよっ!!」

 ギィンっ!!

「・・・くっ・・・!」

 思い切り弾かれ後ずさったコウキはヒエンに鋭い目を向ける。

 ヒエンはコウキを見下ろしたまま、わざとらしく考えるそぶりをして口を開いた。

「天下の『炎竜』がリンちゃんを選んだ決め手は何かなー?白くて触り心地のいいもち肌?それとも、意外に着痩せする抱き心地のいい体?・・・ああ、それに感度も抜群みたいだな。気絶してても、ちょっと触っただけでピクンピクン反応して・・・」

 それが挑発だとわかっていて。

 それでもコウキは自分を止められなかった。

「・・・コウキっ!!」

 ハッとしたユウヒが名を呼んだ時には、もうヒエンに斬りつけた後だった。

「・・・っ」

 ぴくりと眉を動かしたヒエンの左腕から血が吹き出た。

 一瞬静まり返った客席から、怒号が飛び交う。

 だがヒエンが片手を挙げると、それはピタリと静まった。

 お互いにゆっくりと振り返り顔を合わせたコウキの瞳は、凍てつく氷のようだった。

(あれが、『炎竜』・・・)

(コウキ・・・)

 ミルアとユウヒは、コウキの初めて見せる顔に息を飲んだ。

 その身に纏うオーラが、いつもとはまるで別人だった。

 触れたら鋭さで引き裂かれそうなその様子に、戦場の兵士たちが『戦荒らしの炎竜』を恐れる理由が、今初めてわかった。

 呆然とする二人の前で、コウキは再びヒエンに襲い掛かる。

 今度はヒエンも剣で攻撃を受け止め、応戦した。

 太刀捌きが見えない程の剣劇に、観客は再び歓声を上げた。

「リンを返せっ・・・!」

 怒りを含んだ低い声を、ヒエンは鼻で笑った。

「そうはいくかよっ。やっと本気のてめぇと戦えるんだからなっ」

「・・・わかった」

 全く応じる気のないヒエンの返事に、ならば問答無用で殺すまでだとコウキは意識を集中的させた。

 その時。

「我が身我が魂に集いし水の精霊 我が手を依代にその力を現せ!!」

 ドバシャアアアアアン!!

 ミルアの声と共に多量の水が勢いよくコウキとヒエンの頭上に落ちてきた。

「!?」

「っ!」

 その一瞬の驚きの隙をついて、ユウヒが降り注ぐ水を掻い潜って二人の剣を奪った。

 息の合った見事な連携プレーに、思わず観客席から拍手が聞こえてきた。

「・・・コウキ!頭を冷やせっ!今ここで王子を殺してしまったらリンを探すどころじゃなくなるぞ!」

 ステージに上がったミルアにまっすぐに怒鳴られ、コウキは目を瞬いた。

「・・・それに、リンが悲しむだろう?」

 二人の剣を持ったユウヒに静かに言われ、コウキはハッとした。

 人を傷つける姿は見たくないと、リンはいつも願っていたのだ。

「・・・え?何?リンちゃんって俺のファンなの?」

 ヒエン王子を殺したらリンが悲しむというユウヒの言葉をものすごくポジティブに解釈したヒエンに、コウキは目をつり上げた。

「んなわけねぇだろっ!!本っ当にバカ王子だな、てめえはっ!!」

「・・・んだよ、ムキになんなよ。わぁかったって。返すよ」

 横槍が入って白けてしまったと肩をすくめたヒエンは、観客席に向かって手を振った。

「今回の勝者はこの『炎竜』とぉ~、あとこの茶髪の兄ちゃん!それと、こっちのちびっこいお嬢ちゃんにする!!文句ねぇなぁ~!?」

 うお~っというときの声のような歓声によって、今回の大会は幕を下ろした。

 ヒエン王子お墨付きの『炎竜』、そして二人を静めたミルア、二人から見事剣を奪ったユウヒ。

 観客としてはとてもおもしろい見せ物だったことだろう。

「てきとーだな、おい・・・」

 エントリーもしてない二人を勝者と『する』。

 ハッキリとそう言ったヒエンのバカ王子ぶりがまた垣間見えてしまったとコウキはため息をついた。

 いつものコウキに戻ったと、ミルアとユウヒはホッとしていた。

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