告白
「・・・何事だ・・・?」
数日ぶりに直接声を掛けられたリンは、唇を噛んだ。
「・・・なんか、勘違いされてるみたい・・・。すぐ開けて部屋変えてもらうから」
言霊ですぐに解錠しようとするリンに、コウキはため息をついた。
「出てっても、またすぐ別の手を打たれんじゃねーの?」
二人の様子が変だと子供達は気付いていたし、コクワの両親と村長の妻が陰でコソコソしていることを知っていたコウキは、こうなる気がしていた。
「変な気ぃ回しておせっかいだよな」
「・・・いい人達でしょ」
心配する心から出ている行動なのはわかっていた。
いくら子供達から話を聞いたとはいえ、初めて会う人間に対してとても親切だ。
まるで身内のように世話をやいてくれる。
「ま、朝になれば気ぃ済むだろ」
「・・・それまでここにいるの?ベッド一つしかないのに?」
「ソファーあるだろ」
軽くお前がソファーで休めと言われ、リンはカチンときた。
「・・・何それ?普通女の子に譲らない?」
「・・・俺だとソファーからはみ出るだろ」
ジト目でにらまれたコウキは、自分にも正当な理由があるとムッとした。
そのまましばらくにらみ合ったコウキは、久しぶりにリンと向き合って話をしていることに気付いた。
「・・・なら、一緒に寝るしかないな」
「えっ・・・?きゃっ・・・!」
急にベッドから立ち上がったコウキに腕を引かれて抱きすくめられたリンは驚いて悲鳴を上げる。
「やめてよっ!信じらんない!なんでこういう事できるの!?離してっ!!」
だが、必死に抵抗してもコウキの本気の力に敵うわけもなく、リンはあっけなくベッドに押し倒された。
「やだっ!やめてっ!」
男の体重に押さえ込まれてもがくリンの髪をコウキはそっと撫で、顔を近付けた。
「・・・なら、なんで言霊使わないんだよ・・・」
間近で聞こえた声にハッとし、リンは目を見開いた。
「本気で嫌なら言霊でぶっ飛ばせばいいだろ?なんでそれをしないんだよ・・・」
そう言われて愕然としたリンの胸に、コウキは顔を埋めた。
「拒否しろよ。・・・俺は、嘘つきだし隠し事ばっかりの嫌な奴だ。戦場で人を殺しまくった血まみれの男だぞ・・・」
「・・・・・・」
その時になってリンは初めて、コウキから漂う酒の匂いに気付いた。
そう言えば、夕食の席でユウヒと村長にガバガバと飲ませられていたようだった。
「コウキ・・・酔ってる・・・?」
「・・・酔ってねー・・・」
説得力のないセリフを吐き、胸に顔を埋めたまま動かないコウキの様子に、リンはきゅっと唇をかんだ。
「・・・どうして、嘘・・・ついたの・・・?」
自分が赤き月の者だと、なぜ教えてくれなかったのか。
それが、リンにはどうしても許せなかった。
自分一人が異邦人だという孤独感も、全て一人で背負うような重圧感も、黙って地上に残っているがゆえの故郷の人々への罪悪感も、コウキが素性を明かしてくれていたなら全て半減したのに。
最初からリンが月の民だとわかっていながら知らないふりをされていたことが、どうしようもなく腹が立った。
全部、わかっていたのに。
「・・・どうしてよっ・・・!?」
「・・・どうでもいいだろ・・・話すことは無いって言ったはずだ・・・」
この期に及んで頑なな態度をとるコウキに、リンは我慢できずに怒鳴った。
「確かにどうでもいいわよっ!あなたが何考えてるのかなんて関係ないし、腹立つし許せないっ!!」
おとなしく聞いていたコウキは、その後に続いたリンの言葉にハッとした。
「・・・でも、知りたいのよっ!!」
リンはいつの間にか涙ぐんでいる自分に気付いた。
「あなたが何を考えてるのか、何を感じてるのか、知りたいの!!わかりたいのよあなたを!!・・・だから、何とか言ってよ!!」
コウキの服を握り、リンは泣き出した。
なぜこんなに涙が出てくるのか、わからなかった。
「・・・俺を選べばいいって言ってくれたのも、嘘だったの!?」
「・・・それはっ・・・」
面と向かって涙声でそう問われ、コウキは思わず顔を上げていた。
ぼろぼろと涙を流しているリンの顔を見、コウキの瞳が揺れる。
「・・・それは、言うべき言葉じゃなかった・・・」
「・・・え・・・?」
コウキは腕をついてリンから体を離した。
「そんな言葉言える人間じゃないんだ、俺は。・・・お前らと旅してるうちに、楽しくて忘れてた」
「何を・・・言ってるの・・・?」
リンは辛そうなコウキの瞳を見詰めた。
「俺は、ずっと忘れてたかったんだ・・・」
そう呟き、完全に体を離して起き上がりベッドから降りようとしたコウキに、リンも、無意識に抱き着いていた。
「何を背負ってるのよ!?ちゃんと言ってくれなきゃわかんないわよっ!!私っ・・・!」
リンはもう止まらない勢いのまま口を開いていた。
コウキの背中に、しがみつきながら。
「あなたなんて、嘘つきだし!強引だし!自分勝手だし!自信過剰だし!昔何をやってたかも知らないし!手ばっかり早くて最低だし・・・!許せないことばっかり!」
「・・・・・・」
おとなしく罪状を並べられるままになっているコウキの顔を、リンはぐいっと引っ張って自分の方を向かせた。
「でもっ・・・好きなのっ!!」
再び溢れた涙と戦いながら、リンは続けた。
「すっごくムカつくし、認めたくないけど!ケンカばっかりだけど!・・・困ってる人を放っとけなくて、頼られると断れない!あの森に行ったのだって私のおばあちゃんが心配だったって幻霧神が言ってた!人の為なら頑張れるくせに、自分の事だと弱気になって・・・!何が言うべきじゃなかったよっ!逃げないでよ今更っ!!・・・もうっ私の気持ちだって手遅れなんだからっ!!」
大声で叫び、言葉を詰まらせて顔を手で覆い、自分でももう何を言っているのかわからず泣くリンを、コウキは呆然と見詰めた。
何と答えていいかわからず、顔をリンの方へ向けたまま、瞳は空中を見ていた。
そのまましばらく泣き続けたリンの呼吸が少しおさまる頃、コウキはぽつりと口を開いた。
「赤き月の民は、もう滅びる運命なんだ・・・」
「・・・え・・・?」
手の平で涙を拭きながら、リンは顔を上げた。
「もう、絶対数が少ない。全体で100人位しかいないんだ。言霊を使える奴も、数える程度しかいない。人口の半分は高齢者だしな」
「・・・知らなかった・・・おばあちゃんも、何も・・・」
コウキは唇に自虐的な笑みを浮かべた。
「長老の孫に生まれた俺は、赤き月の命運を握る者として育てられた。がんじがらめに縛られてな。我慢出来なくなって、三年前に地上に家出した。でも、地上は戦争で荒みまくってて・・・」
リンは唇にきゅっと力を入れた。
戦荒らしをしていたコウキを思う。
きっと希望を持って地上に出てきたはずなのに、地上の荒れ果てた様を見て心を痛めたことだろう。
いっそ滅んでしまえと言ったコウキの心は、血の涙を流していたに違いない。
所詮、どこに行っても同じだと。
「・・・だから、久しぶりにじじいが連絡寄越した時も、言いなりになるつもりはなかったんだ」
「でも、あなたはあの森に行ったのね・・・」
リンはコウキの頬にそっと触れた。
「俺は・・・ずっと自分の役目を拒否してきた。でも、どうしてもあんな閉鎖的な所で一生過ごすのは嫌だったんだ。もっと広い世界を見てみたかった・・・」
リンはコウキの頬に触れたまま、じっと耳を傾ける。
「お前が地上に残って旅をするって言ったときも、俺は言えなかった・・・。お前みたいに、月の使者だなんて口が裂けても言えないし、言いたくなかった。・・・だから、ずっと黙ってた。バレたくないから、幻霧のことも隠してた。幻霧の力を使えば、守護神との戦いだってもっと楽だったのに、そうしなかった・・・」
そう言って自分を責めるコウキをじっと見つめたリンは口を開いた。
「・・・私は、地上で初めて出会った人が、あなたで良かったってずっと思ってた。あなたじゃなきゃ、あの森で死んでたわよ」
若く体力もあり、戦い慣れていたコウキだったからこそ、あのモンスター群を相手にすることができた。
実は言霊を使ってモンスターと戦うのはあれが初めてだったリンは、頼りになるコウキの存在にホッとしていたのだ。
「生まれてきてから、辛い思いもいっぱいしてきたと思う。・・・でも、過去のどこかが違っていたら、きっと私達今ここにいなかった」
今この瞬間、触れ合える場所に、二人一緒に。
リンは、コウキの体を抱き締めた。
心のうちを話してくれたことが、とても嬉しかった。
「リン・・・」
名を呼ばれ、リンは顔を上げた。
「・・・俺は、お前らが思ってるような、強い人間じゃない・・・」
揺れる瞳をしっかりと見詰め、リンは微笑んだ。
「自分の弱さを認められる人って、充分強いと思うけど」
赤い髪を、そっと撫でる。
「それに、本当に強いって、力が強いとかじゃなくて、優しさを持ってる人のことじゃない?」
「・・・なんで、許せるんだよ」
そのまま優しく髪を撫でられながら呟いたコウキに、リンはニッコリと笑う。
「あら、許してないわよ?言っとくけど、一生忘れないから。当たり前でしょ?」
「・・・怖いな・・・」
あんなに大きな嘘を簡単に許せるわけがないと笑顔で宣言されたコウキは、顔をひきつらせる。
リンは笑みを深めてふふんと笑った。
なんとも言えない顔で息を吐いたコウキは、こつんと自分の額をリンの額にぶつけた。
「・・・ま、いーか。お前の気持ち、ちゃんと聞けたし」
そう言ってニヤリと笑ったコウキに、リンは瞬間的に真っ赤に頬を染めた。
全てが終わるまでは言うつもりの無かったことを、流れでとはいえ、あんなに大声で叫んでしまった。
しかも、本人に面と向かって。
意地悪な笑みを浮かべるコウキに、リンはなんとか反論の言葉を探す。
「・・・ず、ずるいっ・・・私にばっかり言わせてっ・・・!あなたはちゃんと言葉にしてくれてないじゃないっ・・・!」
「態度ではずっと表してたけどな」
更に言われたコウキの言葉に、今までの諸々を思い出し、リンはなお赤くなる。
「・・・こ、言葉って大事なんだから!ちゃんと言ってくれないなら、信用しないからっ!」
額をくっつけたまま怒鳴るリンに、コウキはきょとんとする。
「・・・しょうがねぇなぁ」
軽くため息をつき、両肩に手を添えて耳に唇を寄せられ、リンはびくりとする。
そのままコウキが言葉を言おうと息を吸った時点でリンは恥ずかしさの頂点に達し、耐えられなくなって勢い良く上体をひねってベッドに突っ伏して耳をふさいだ。
「やっぱりいいっ!!」
完全拒否され、コウキはあきれる。
「・・・お前なー・・・」
言わなきゃ信じないと言ったくせに、聞くことを拒否されてはどうしようもない。
「なら、やっぱり態度で表すしかないんだけど?」
「・・・っ」
すぐ隣に寝転がったコウキの動きにドキッとして、リンは耳をふさいでいた手をどけた。
そっと顔を上げると、間近にコウキの瞳があった。
その瞳に目を奪われ、視線を外せないままに誘導され仰向けになったリンの顔の横に手を置き、コウキは口を開く。
「・・・俺でいいのか?」
リンはうるんだ瞳でコウキを見上げた。
「・・・あなたがいい」
その返事に、コウキは満足げに笑みを浮かべた。
そのまま近付いてきたコウキの顔を、リンはガシッと押さえた。
「待って!あとはもう隠してること、無いっ!?」
目を瞬いたコウキは苦笑した。
「・・・無いよ。・・・ちゃんとユウヒ達にも話、する。これからは、お前と一緒に戦うから・・・」
コウキが言ったのは、実質的な戦闘のことではなく、内面的なもののこと。
ちゃんと同じ場所に立って戦うということ。
だからと言って、故郷の事を全面的に認められるわけではなかったが。
サイドテーブルのランプを消し、コウキはリンに口付けた。
「・・・ん・・・」
リンも、今度は抵抗せずその唇を受け入れた。
少しずつ深くなる口付けに夢中になっているうちに、コウキは足元から布団を引っ張り二人の体に掛けた。
「・・・んっ・・・ちょ・・・!ちょっと待って・・・!」
急に進んだ展開にリンは慌てたが、コウキはリンの体を抱き締めたまま、枕に頭を着けただけだった。
「ばーか。もう遅いから寝るぞ。・・・ご希望があれば、するけど?」
コウキの胸にスッポリと包まれたリンは、まだこれ以上の覚悟は出来ていないとぶんぶんと首を振った。
その様子に、コウキはくすりと笑い、リンの髪に口付ける。
「・・・今は、これで充分だ」
直接体に響いたその声に、今までにない温かさを感じたリンは、例えようもない安心感に包まれるのを感じてコウキの服をきゅっと握り、そっと目を閉じた。




