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ハニームーンの卵~炎竜と言霊使い~  作者: 伊藤ひおり
アイズベルグの旅
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氷月神の心

 最大級の褒め言葉としてコウキの言葉を受け取ったリンは、一番前に出て氷月神を見る。

「リン、頑張れっ・・・!」

 自分も精一杯頑張っているミルアの声に勇気をもらい、リンは大きく息を吸った。

「『結界』!!」

 虹色に輝く膜が、氷月神を頭上から覆い始める。

 だが、その速度は今まで無いほど、じわじわともどかしかった。

「・・・やっぱり、だいぶ強力なようだね・・・」

 真剣な瞳のユウヒが呟く。

 だが、そのユウヒも、コウキもミルアもハルアも、まっすぐにリンと氷月神を見詰めていた。

 ーーーー・・・あ・・・あ・・・あああああっ・・・!

 氷月神が胸を掻きむしるように苦しみ、うめき出した。

 その体から出る障気は、まだ止まらない。

 リンはなおも神経を集中させる。

 ーーーー・・・ぐ・・・あ・・・や、やめなさいっ・・・気付かれるっ・・・!

 正気と思われる氷月神の言葉に、一同はハッとした。

「・・・気付かれる・・・?」

 全員が同じ疑問持って氷月神を見詰めた。

「・・・誰に気付かれるの!?あなたを操ってる人・・・!?」

 渾身の力を込めて尋ねたリンの言葉に、氷月神の瞳は確かに揺らいだ。

 リンはなおも結界に集中しながら言葉を紡ぐ。

「なら、負けないでっ・・・!あなたはこの国を守りたいんでしょう!?だから国民を戦争にけしかけるような真似をせず、氷の壁を作ったのよっ!人間を滅ぼせっていう命令に対する、ギリギリの答えだったんじゃないの!?」

 虹色の結界が氷月神の頭部を包み始めた。

(・・・かなり手間取ってるな・・・)

 ミルアに魔法力を送りながら、コウキはリンが対抗している力を考えキリっと奥歯を鳴らした。

 ーーーー・・・私・・・私は・・・私達・・・は・・・。

 障気が徐々に少なくなってきた。

 リンは氷月神に語りかける内に、おぼろげだった考えが確信に変わっていくのを感じた。

「この首都だけそのままの形で人間が残ってるのも、各地で子供達だけが残されたのも、あなたのギリギリの選択だったのよ!!そして、子供達に15歳という猶予をもうけて、待っていたんでしょう!?自分を封印する力を持つ者を!!」

 結界が首まで覆い、氷月神は何かと葛藤するようにその美しい顔を歪ませて頭を抱えた。

 ーーーーあ・・・そ、そう・・・ああ・・・でもいけないっ・・・それ以上知ってはいけないっ・・・いいから早く私を・・・!

「どうして知ってはいけないの!?あなたが恐れているものは何・・・!?」

 ーーーー・・・ろ・・・い・・・月・・・。

 氷月神が何かを呟いた瞬間、再び氷月神を包むどす黒い障気が爆発的に膨れ上がった。

「・・・っ!」

「ミルア!」

「うわっ・・・!」

 リンの結界が弾き飛ばされ、その体が吹き飛ばされるのと同時にコウキに名を呼ばれたミルアは、体がビリビリと痺れる程の魔法力が両腕を通っていくのを感じ、その衝撃に思わず身をすくませた。

 新しく自分で水の膜を張るよりも、強制的にミルアの術を強化させることを選んだコウキの目の前で、氷月神は邪悪な気を放つ恐ろしい女神へと変貌していった。

「・・・氷月神っ・・・!」

 ユウヒに助け起こされたリンもすぐにその姿を確認し、悔しさで瞳を閉じ唇を噛んだ。

「リン、大丈夫かい?」

 ユウヒの手にすがりながら立ち上がったリンは、コウキとミルアを見た。

「く・・・!」

 ミルアのその苦しげな表情に、リンはハッとして腰を上げた。

「甘やかすな!自分のやるべき事をやれ!!」

 ミルアの代わりに防御を張ろうとしたリンは、コウキの怒鳴り声にびくりと体を震わせた。

 その肩に、ユウヒがそっと手を置く。

「コウキの言う通りだ。氷月神は、もう待ってくれないようだ」

 その言葉に前を見ると、一度放出した黒い障気をまるで自分の力にするように全て吸い込んだ氷月神が、昏い瞳でこちらをじっと見下ろしていた。

「・・・氷月神・・・」

 辛い瞳で、リンはその名を呼んだ。

 障気が収まり、コウキはミルアの水の防御を終了させる。

「・・・っ・・・!」

 がくりと膝を折ったミルアの体を支えてやりながら、コウキは振り向かずに口を開く。

「ハルア!頼んだぞ!」

「・・・!はいっ!」

 すぐさま駆け寄ってミルアを支えたハルアの肩に一度手を置いたコウキは、剣を抜いてリンとユウヒに並び立つ。

「・・・なんか、強制的な力が入ったな・・・」

 正気を戻しつつあった氷月神と、それを助けようとしていたリンを邪魔するように爆発した障気。

 ユウヒとリンも、頷く。

 氷月神を助けようとしていたリンの術が、明らかに邪魔をされた。

 氷月神の邪悪な力を増大させることによって。

「氷月神の口からもれたらマズイことが、何かあるんだろう」

 ユウヒは確信を持ってそう呟いた。

 氷月神とリンのやりとりのおかげで、仮定が確証に変わった。

「・・・黒い月・・・って言ったわ・・・」

 最後の氷月神の言葉を、一度近くで聞き取ったリンは、顔を上げて氷月神を見つめた。

 それがどんなものなのかは全くわからないが、氷月神の正気を戻すためにその力と対抗したリンは、それが今までに戦った守護神などとは比べ物にならない強大な力を持っていると肌で感じた。

「我が身我が魂に集いし炎雷の精霊!! 我が剣を依代にその力を現せ!!」

 コウキは再び呪文を唱え、大きな炎の剣をさばいて前へ出る。

「・・・さて、パーティーの始まりだ」

 氷月神が、前に出てきたコウキに向かって大きく息を吸い込んだ。

 ヒュオオオオオ!

 氷月神の口から凍れる息吹が吐き出され、氷のつぶてと共にコウキを襲った。

 その攻撃を炎の剣で受けて防ぎ、薙ぎ払ったコウキは迷うことなく真っ直ぐに氷月神に向かって駆け、大きく剣を振るった。

「うるぁっ!!」

「・・・はぁっ!!」

 コウキの攻撃と時間差になるよう動いたユウヒの剣も氷月神を襲う。

 リンは、迷っていた。

 目の前で神と闘う二人を見ながらも、このまま氷月神と戦ってよいものなのか考えていた。

(せっかく話ができたのに・・・!)

 氷月神の本音を聞くことができたというのに、戦わなくてはいけないこの状況が悔しくてたまらない。

 ただひとつの希望の灯火は、守護神たちが本意で人間を滅ぼそうとしているのではないということ。

 今まで地上の人間を慈しみ護ってくれていた守護神たちは『黒い月』というものによって操られているのだ。

(・・・絶対に、許さない!!)

「・・・コウキ!ユウヒ様!お願いっチャンスを作って!!」

 リンは、そう叫んでいた。

「氷月神に光をかけるから!守護神たちも助けなきゃ!!」

「できんのか・・・!?」

 即座に反応したコウキが、氷月神を攻撃しながら怒鳴り返した。

 相手は守護神をも操る力を持つ者。

 今まで以上に精神力が必要になる。

 だが、リンは頑として譲らなかった。

「やるわ!だからお願いっ!!」

 その言葉に、氷月神の左腕を避けながらユウヒは苦笑する。

「・・・と、言われてもねぇ。なかなかうちの女神も無茶なことを・・・」

 氷月神の右腕を避け、炎の剣を振りかざしたコウキは不敵に笑った。

「そんなもん、今に始まったことじゃねぇだろ?行くぞっ!!」

 狂ったように凍れる息吹を吐き散らし、両腕を振り回してまるでうるさい虫でもたたき落とすかのような攻撃を避け、あるいは剣で受けながら、コウキとユウヒは少しでも氷月神の力を削ぎ隙を作る為に奮戦する。

 ーーーー・・・滅ぼす・・・全て・・・滅ぼす・・・地上の人間は・・・全て・・・。

 虚ろな氷月神の声が、何度も呟く。

「・・・誰に言わされてんだっ・・・!」

 舌打ちしたコウキが体をひねり、今まさに自分を叩き潰そうとした氷月神の右手の甲を剣で突き刺し、床に縫い止めた。

 耳を塞ぎたくなるような鋭い悲鳴を上げた氷月神が、自分に痛みを与えたコウキを振り払おうと左手を振りかざす。

 勢い良く風音を立てて降り下ろされた左手の前、つまりコウキをかばう位置にユウヒが剣を構えて滑り込んだ。

「護衛君にばかりいい格好はさせられないな」

「・・・ユウヒっ・・・!」

 炎の剣を引き抜こうともがく氷月神の右手を力づくで押さえ込みながら、コウキは自分の前に出てきたユウヒに目を見張る。

 危ないと言おうとしたコウキの前で、ユウヒは勢い良く迫る氷月神の左手に体当たりするように剣を突き刺した。

 ーーーーぎぃゃあああああああああっ!!

 両手に衝撃を受けて叫んだ氷月神は狂ったように腕を振り回そうと力を入れた。

「・・・っ!」

「・・・くっそっ・・・!」

 巨大な守護神に力負けしそうになり、歯を食いしばったコウキとユウヒが吹き飛ばされることを覚悟した時。

 小さな赤い光が、宙を疾った。

 その光は真っ直ぐに氷月神の額に向かって飛び、そのまま命中した。

 ーーーーあああああああああっ!!

「・・・あっちの女神も復活したみたいだな」

「やるじゃないか、ハルア君」

 コウキとユウヒの視線の先に、肩で息をするミルアとハルアがいた。

 ミルアがコウキの真似をして炎を宿らせた短剣を、ハルアが隙をうかがって投じたのだ。

 その瞬間、リンの声が響いた。

「・・・『癒風光』!!」

 キラキラと輝く柔らかな光が、王の寝室いっぱいに広がった。

 コウキとユウヒは剣を引き抜いて、すぐさま仲間たちのそばへ戻る。

 そして、見守った。

 光に包まれる氷月神を。

 ーーーーあああああああああっ・・・!

 言霊に思いを込め、リンは一心に祈る。

(どうか、氷月神の心を守って・・・!)

 操られ、意に添わぬ行為に心を痛めている氷月神をなんとか元に戻したかった。

 この国に残された、子供達のためにも。

 光が最高潮になり、全員の視界を奪った。

「・・・あっ・・・!」

 リンが声を上げ、コウキはユウヒの隣で眉を寄せた。

 声と共に術を収束させたリンは、唇を引いてうつ向く。

 戻った視界にミルアたちが目を瞬いた時には、氷月神の姿はどこにも見えなくなっていた。

「・・・豊樹神や慈澪神のように、逃げたのか?」

 ユウヒに問われたコウキは、大きくため息をついた。

「・・・たぶんな」

 そう言ったコウキは、リンを見る。

 リンは唇を噛み締めたままうつ向いて立ち尽くしていた。

「リン・・・」

 よろりと立ち上がったミルアが心配して近付いてきたのを感じ、リンはこぶしをぎゅっと握る。

「・・・助けたかったのに、どこまで出来たのかわからないわ・・・」

 守護神たちが操られているのだとわかった今、今まで出会った守護神たちに対する対応も間違っていたかもしれない。

 そう思えて仕方なかった。

 悲しげに顔を歪めるリンの手を、ミルアも辛そうな表情できゅっと握った。

 コウキとユウヒも近付いてくる。

「やれることはやったろ。全力で」

 コウキの言葉にリンが顔を上げると、ユウヒもいつもの優しい笑顔をしていた。

「・・・あっ!」

 ハルアが突然大声を上げた為、四人は驚いてそちらを見ると、ハルアは口をあんぐりと開け、震える手を挙げてある一点を指差していた。

 首を傾げてハルアの示す方を見た四人は、ぎょっとした。

 王の寝室で氷り漬けにされていた王妃をはじめとする人々の氷が溶け、皆それぞれに首をひねったり自分の体を確かめるようにして動いていたのだ。

「・・・ど、どういうことだっ?」

 ミルアの驚いた声に、アイズベルグの人々は一斉にこちらを向いた。

 ただ一人、ベッドに横たわったアイズベルグ王を除いて。

 驚き声も出せずに固まる五人の前で、王妃はゆっくりと立ち上がった。

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