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ハニームーンの卵~炎竜と言霊使い~  作者: 伊藤ひおり
アイズベルグの旅
71/119

暖炉の前にて

 雪の降り始めた夜半過ぎ。

 コウキは指先の異様な冷たさで眠りの底から浮上した。

(・・・あー、いつの間にか寝ちまった・・・)

 リンが来るまで何かお話してと子供達にせがまれて、適当な昔語りをいくつかするうちに小さな寝息が聞こえてホッとしたところまでは覚えていた。

(・・・即落ちたなー。・・・リン、来たのか・・・?)

 まだぼんやりする頭を動かすと、ちょこんと寝ているコクワの向こうに、こちらを向いて横になっているリンの姿が暗がりの中に見えた。

 コクワの頭を乗せている自分の手の指をそっと握っているのが見え、コウキはふっと表情をゆるめた。

 台所での言葉に対する返事は困ったような表情だけだったが、少しでも気持ちを寄せてくれていると感じた。

「・・・?」

 少し目覚めてきた頭に、疑問が浮かんだ。

 自分の指を握っているリンの手が、眠っている人間の手にしては異常に冷えきっていた。

「・・・リン・・・?」

 コクワの頭をそっと下ろしたコウキは静かに体を起こした。

 確かに室内は少し冷えていたが、冬用の布団を掛けていた体は暖まっている。

 リンの体にも布団はきちんと掛かっているのに。

 急激に嫌な予感がしたコウキは、リンの頬に触れた。

「・・・っ!」

 頬も、首筋も、手先と同じく冷えきっている。

 まるで、氷のように。

「おい・・・っおいリンっ・・・!」

 コクワが少しぐずったが構っていられず、コウキはリンの頬をたたいたり肩を揺すったりしたが、全く反応を示さない様子に焦った。

(脈は・・・ある!浅いけど、呼吸もしてる・・・!でも意識が・・・)

 布団をめくって触れた体は、夜着の上からでも分かるほど冷えきっていた。

 まさかと思い、まだ布団の中にいる子供にも触れたが、子供たちの体はぽかぽかと温かかった。

(リンだけ・・・!?)

 頭の下に腕を入れて上体を起こしたが、リンの頭は力無くコトリとコウキの腕に寄りかかった。

 呼吸と脈はあっても、その冷たい体はまるで死人のようで・・・。

「・・・リン!リン起きろ!!」

「ふぁっ・・・!?」

 コウキの突然の大声で、子供たちはびっくりして飛び起きた。

「・・・父ちゃん・・・?」

「おいこら聞こえてんのか!?目ぇ覚ませっ!!」

 コクワの小さな呼び掛けにも気付かず、コウキはリンの頬を叩きながら叫ぶ。

「おいリンっ!!」

「・・・何事だ!?」

「コウキっ!リンっ!」

 怒鳴り声が聞こえて驚いたユウヒとミルア、ハルアが部屋に入ってきたのにも気付かず、コウキはリンを覚醒させようと必死で呼び掛け続けていた。

 そのいつにない様子に、ただ事ではないとわかりミルアとユウヒは厳しい顔を見合わせた。

「リンっ!おいっ!」

「コウキ落ち着け!どうなってるんだ!?」

 ユウヒに肩を掴まれ、コウキは初めて部屋に仲間達が入ってきたことに気付いた。

「リンが起きねぇんだよっ!氷みたいに冷たくなって意識が無い!」

 ユウヒとミルアは急いでリンの体に触れてみた。

「・・・っ!」

 あまりの冷たさにびくりと震える。

 肌の色もあまりに白くなっていて、どんどん雪の像のようになっていく。

「リン起きろっ!!」

 息を飲むミルアの前で乱暴にリンの体を揺するコウキの腕を、ユウヒがぐっと押さえた。

「落ち着け!!守護神の気配はないのかっ!?」

 普段のユウヒからは想像できない厳しい声で怒鳴られハッとしたコウキは、自分の呼吸がかなり乱れていたことに気付いた。

 ゆっくりと首を動かしたコウキの瞳に、子供たちを抱き締めるミルアとハルア、そしてすぐ傍で真っ直ぐに自分を見つめるユウヒの顔が映った。

 ユウヒが静かに口を開く。

「リンだけがこんな状態なのはおかしい。落ち着いて気配を探るんだ。君なら、わかるだろう?」

「・・・?」

 ユウヒの言葉にミルアとハルアは目を瞬いたが、コウキは我を取り戻して呼吸を落ち着かせ、気を整えた。

「・・・ある。微かに、氷月神の気配を感じる・・・」

 コウキの言葉に、ユウヒは頷いた。

「なら、対処方法も変わってくるだろう?どうすればいいのか、考えるんだ」

 冷静なユウヒの言葉を受け、再びリンを見たコウキは即座に行動を起こした。

「・・・カイリ!暖炉に火を起こせ!」

 手早くリンを毛布で包み抱き上げたコウキは、戸口から不安げな顔で室内を見ていた子供達に指示を出した。

 すぐにカイリと数人の子供達が居間へ走る。

「・・・母ちゃん、凍っちゃうの・・・?」

 ミルアに抱かれながら泣きそうな声を出したコクワに、コウキは力強い瞳を返した。

「そんなことにはさせない!必ず助ける!」

 そう言って居間に急ぎながら、コウキはリンと出会ってすぐの頃に自分が言ったセリフを思い出していた。

 ーーーーあんなにモンスターが集まるなんて異常だ。あんた、狙われてるんじゃないのか?

「・・・兄ちゃん!火起こしたよ!早く!」

 カイリに急かされ、ソファーをどけて場所をあけた暖炉の前にリンを運んだコウキは再び脈を取る。

「どうだ!?」

 一緒に傍について心配しながらのぞき込むミルアに、コウキは舌打ちしながら答える。

「さっきより脈が弱くなってる!」

「あっ!こ、これっ・・・!」

 リンの足元で叫んだハルアの方に視線を向けると、ハルアは泣きそうな顔でリンの足先を示した。

「っ!?」

「ひっ・・・!」

 コウキとユウヒは息を飲み、ミルアは悲鳴を上げるのをなんとか抑えた。

 リンの爪先から少しずつ、氷で覆われ始めていたのだ。

「・・・ここまで冷えたら心臓がもたないぞ!」

 ユウヒの言葉に舌打ちしたコウキは、火の精霊に願った。

「我が身我が魂に集いし火の精霊っ!我が息を依り代に、リンの内側からあっためろ!!」

 切羽詰まっていて形式を破った乱暴な呪文だったが、コウキの火の魔法は発動した。

 抱いたままのリンの顔を支えたコウキは、そのまま口移しでリンに魔法の息を吹き込んだ。

 全員集まった子供達も皆祈りながら見守る中で、何度か息を吹き込まれたリンの指先がぴくりと動いた。

「・・・っ・・・」

 まぶたが震えたのを見たコウキは、力の限りその名を呼んだ。

「リンっ!!目ぇ覚ませっ!!」

 その声に反応したのか、びくりと体を震わせたリンが目を開けた。

「・・・んぅ・・・」

 寒さを通り越した全身の痛みに、リンは顔をしかめた。

 だが、痛みは感じるのに、体が痺れたようで全く力が入らない。

「・・・コウ・・・」

 口を思うように動かせず、リンは目の前にあるコウキの顔を見詰めた。

「リンっ!結界だ!氷月神がお前を凍らせようとしてる!」

(・・・氷月神・・・!?・・・結界・・・っ)

 なんとか意図を理解し口を動かそうとするが、まだ半分凍っているような感覚に瞳をぎゅっと閉じたリンに、コウキはもう一度魔法の息を吹き込んだ。

「・・・っ!」

 口から全身に暖かな力が行き渡るのを感じ、リンは瞳を開けた。

「・・・母ちゃんっ・・・」

「お姉ちゃん・・・っ」

 子供達のか細い声がリンの耳に入った。

 両親や家族を全て奪われ、氷の壁にされてしまった子供達。

(・・・この子達の前で、凍るわけにはいかないっ・・・!)

 リンはぐっと体に力を入れた。

(この子達に、同じような思いは二度とさせない・・・!)

「・・・リン!」

 再びコウキに名を呼ばれ、リンは瞳を開いて歯を食いしばり、左手を空に向けて突き上げた。

「・・・『結界』!」

 叫んだ瞬間、ぐぐっと抵抗するような力を感じたが、リンは歯を食いしばって耐えた。

(絶対に負けない!!)

 やがてリンの体を膜が包み、ホッとしたコウキ達の前でリンは脱力した。

 その体はまだ冷えていたものの、先程まで真っ白い雪のようだった頬にはうっすらと赤みが戻っていた。

「・・・さむ・・・」

 かくかくと震えるリンの体を、大きくため息をついたコウキが毛布ごと抱き締めた。

「・・・ったく、お前のずぶとい心臓のおかげだな・・・」

 聞こえた言葉に、リンはムッとした。

「失礼ね、ずぶといなんて・・・」

「母ちゃぁ~んっ!!」

 文句を言おうとしたところへ、泣き顔のコクワが抱き着いてきて、リンはびっくりしてそっとその頭を撫でた。

「・・・心配かけてごめんね。みんなも」

 首を巡らせ、視線を向けられたミルア達や子供達も、ホッとした笑顔を浮かべた。

「オレっ母ちゃんがまた凍っちゃうかと思ったっ・・・!」

 ぐしぐしと泣きながら胸にすがるコクワを、コウキに支えらたままリンはきゅっと抱き締める。

 その体はまだ冷たかったが、コクワはリンの体を暖めるようにぎゅっとしがみついて胸に顔を埋めた。

 リンは子供特有の柔らかな髪に頬を寄せる。

「大丈夫!私は負けないわよ!」

「・・・しっかり術にハマってたくせに・・・」

「う・・・」

 コウキに呼び掛けられるまで全く意識のなかったリンは言葉に詰まった。

「そう言うなコウキ!こうして無事だったんだから!」

 ミルアの力強い声に、おしゃまな女の子三人組は我に返ってうっとりと頬に手を当てた。

「でも、あれよね~♪」

「キスで目を覚ますなんて~♪」

「おとぎ話みたい♪」

『・・・え?』

 聞こえた三人娘の言葉に、コウキとリンは目を瞬いた。

 リンは目覚めた時の状況を思い出す。

 確か、氷月神の仕業だと教えられた後に、口から温かい力が入ってきた。

「・・・っ!」

 とたんに真っ赤になったリンは、恥ずかしさのあまりコウキの顔をぐいっと力任せに遠ざけようと押す。

「信じらんないっ!!よりによって子供達の前でっ!!」

「ばかっ!あれは術だっての!!」

 元気になったその様子に、ユウヒはいつもの笑みを浮かべる。

「やぁ、すっかり血色が良くなったねぇ」

「こ、子供の前じゃなかったら、いいのかなぁ・・・?」

「ハルア、そこツッコんだらとばっちり食うぞ・・・?」

 いつものコウキとリンに戻ったことに安心し、ミルアも笑みを浮かべた。

「・・・あんた達、何者なんだ・・・?」

 カイリの静かな声が聞こえ、コウキ達はそちらを見た。

 誰も越えてくることのなかった氷の壁を越え、この国を調べに来たと言ったコウキたち。

 ただ、調べに来た者とは思えなくなっていた。

 ユウヒとミルアと視線を合わせたコウキは、リンを抱き上げて立ち上がった。

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