少年の不安
「コクワ!!それはよその人には秘密なのよ!!」
素直に返ってきた答えに驚いていると、少女が慌てたようにコクワを叱った。
怒られたコクワはコウキに抱かれたまま拗ねたように少女を見た。
「だってねーちゃん。父ちゃんと母ちゃんに似てるもん。よその人じゃないよ」
「髪の色が同じなだけでしょ!?あんたの父ちゃんと母ちゃんじゃないわよ!!」
少女にハッキリと言い切られたコクワはみるみるうちに瞳を潤ませ、大声で泣き出した。
「・・・っ」
コクワの泣き声を聞いて少女はハッとした顔になったが、すぐに顔を歪ませてうつ向いてしまった。
「・・・あなたのお父さんとお母さんも・・・?」
震えるこぶしを握る少女に、リンはそっと問い掛けた。
コクワの泣き声はまだ止まない。
「・・・四年位前に、戦争が始まったって大人達が騒いでて・・・それからすぐにお父さんもお母さんも突然いなくなって・・・外を見たらあの壁が出来てたの・・・」
四年も前なら少女もまだ幼く、コクワに至っては一歳にもならなかった頃だろうと考えて、ミルアとハルアは瞳を潤ませて少女の話を聞いていた。
そっと見詰めて話を聞いてくれるリンの視線を感じ、少女は震える唇を開く。
「・・・すぐに、空から氷月神様の声が聞こえた・・・。敵の侵入を防ぐために大人達は壁になった。子供達は、小さい子を世話してしっかり生活しなさいって・・・」
「・・・・・そう。あなたも小さかったのに、コクワ達の面倒を見てたのね。・・・頑張ったわね」
そう言って静かに抱きしめ、頭を撫でてくれたリンの胸で、少女は堪えきれずに泣き出した。
一番の年長だった為、ずっとずっとしっかりしなければと気を張り詰めていたことだろう。
わけのわからない状態の中で不安と戦いながらも一生懸命に生きてきた少女の髪を優しく撫でながら、リンはコウキと視線を合わせた。
この国に何が起こっているのか、少しずつ解りかけていた。
コクワも少女も散々に泣き、泣き疲れて眠ってしまった。
寒い家ではなく、皆のいる家で寝かせてやる為、コウキは少女を運んでやろうとコクワをハルアに預けようとしたが、コクワはコウキの服をぎっちりと掴んでいて離そうとしなかった。
「・・・困ったな」
ハルアでは、少女をおぶっていくにも少し荷が重い。
さすがのコウキも、雪道を二人も運ぶのは大変だ。
どうしようかと考えるコウキに、少女をミルアの膝に預けたリンが近付いた。
「・・・だめかしら?」
なんとかならないかと手を出したリンに、コウキの服を掴んでいたコクワの手はそっと外された。
そのまま少しぐずったコクワは、リンの首にしがみついた。
泣いた子供の熱い体温から解放されたコウキはホッとする。
「・・・わ、わぁ・・・やっぱりリンさん、お母さん・・・」
「違うってば・・・!」
しっかりとコクワを抱きしめた姿を見たハルアに言われ、リンは小声で返した。
「重くないか?」
「平気よ」
ミルアの膝から少女を抱き上げたコウキに聞かれ、リンは自然に微笑みを返していた。
ここのところ怒った顔ばかり見ていたコウキは、その笑顔を見て同じように微笑む。
その様子を傍で見ていたハルアは、思わず見とれていた。
(・・・な、なんか、いいな・・・)
そうして一緒にいる二人の姿がとても自然で当たり前のようで、ミルアがコウキとリンが一緒にいる空気が好きだと言った意味がわかった気がした。
いつもケンカばかりの二人だが、こんな空気を作るのかと改めて実感した。
(なんでこれで恋人同士じゃないんだろう・・・。僕もいつか、あんな風になれたら・・・)
きゅっと唇を引いたハルアは、コクワの家から出ていく皆に置いていかれないよう、慌てて追いかけた。
「兄ちゃんすげぇー!!」
「もう一回やってぇ♪」
雪道を戻り子供達のいる家へ戻ると、居間は仲間内で一人残ったユウヒを中心に大変な盛り上がりを見せていた。
「・・・何の騒ぎだ?」
「あっコクワとミナギ!」
ユウヒの方を熱心に見詰めていた子供が玄関に入ってきたコウキ達に気づく。
「・・・眠ったのか?」
心配して近付いてきた年長の少年に、リンが静かな声で語りかける。
「泣いて、疲れちゃったみたいなの。寝室はどこ?」
「・・・・・こっちだ」
少年は少し引っ掛かるような顔をしながらも、上階の寝室へコウキとリンを案内した。
「でかい家だな」
一言感想を述べたコウキを、少年はちらりと見上げた。
「・・・オレのじいちゃんが村長だった。ここなら、全員で暮らせる」
手短にした説明になるほどとコウキとリンは頷いた。
少年に案内された部屋のベッドに二人を並んで寝かせたコウキとリンは、一緒に廊下に出た少年と向き合った。
「・・・あんた達、戦争を終わらせるために旅してるって本当か?」
単刀直入に聞かれ、リンが真っ先に口を開いた。
「そうよ。詳しく話せないけど、今までフォレスタとマール・モーリェに行ったわ。どちらも今は、他国を侵略する意志は無くなってる」
「・・・本当に戦争なんてやってるのか・・・」
戦争が始まってすぐ外界と隔絶され、今も果たして世界は戦乱の中にあるのかそうでないのかもわからないまま、与えられた環境の中で生きるしかなかった子供達。
少年は悔しげに唇を噛んだ。
「そうなら、親父たちがあんなことをしなくても、敵なんか俺が全員ぶっ殺してやるのにっ・・・!」
「そんなことっ・・・!」
子供の口から出るにはあまりに残酷な言葉に思わず声を上げたリンの肩にコウキは手を置いて制した。
口をつぐんだリンの代わりに、コウキは少年に静かに語りかける。
「お前、名前は?」
「・・・カイリ」
ムスッと答えたカイリにコウキは目線を合わせてかがんだ。
「なぁカイリ。戦場に出て敵を殺すことが国のためになると思ってるのか?」
静かに問われたカイリはムッとしたようだった。
「当たり前だろ!敵を殺して、村もみんなもオレが守る!」
「・・・・・っ」
カイリの言葉に、リンは悲しげに眉を寄せて自分の手を握ったが、コウキは冷静に話を続けた。
「お前が今までずっとチビ達を守って頑張ってきたことは、ちょっと見ればわかる。お前がしっかりしてるから、チビ達は安心していられたんだろ。じゃなきゃ会ったばっかのユウヒ相手にあんなにはしゃいでられねーよ。お前が傍で見守ってたから心配なくああしてられたんだろ?」
コウキの言葉を、リンも静かに聞いた。
「お前もチビだったのに、いきなり子育てに毎日の生活に責任押し付けられて、必死だったろ?お前よくやってるよ。ガキなんて泣くわ騒ぐわ言うこと聞かねーわで大変だよな」
ぐっとカイリが唇を噛み締めたのがわかった。
そうしないと震えてしまいそうだったからだ。
「男だしな。一人で責任背負い込んでたんだろ?」
とうとう、カイリの目から涙がこぼれた。
その涙が見えないよう、コウキは体を起こしてカイリの頭をぐっと押さえて下を向かせた。
男の子なのだから、涙など他人には見せたくないだろう。
コウキは続ける。
「・・・でもお前は逃げるような真似はしなかった。なんでだ?」
「・・・ったから・・・!」
問われ、カイリは乱暴に涙をぬぐった。
「え・・・?」
聞き取れなかったリンは、カイリをじっと見詰めた。
コウキは静かに待っている。
「みんなを、守りたかったからっ・・・!オレが、しっかりしなきゃって・・・!」
何度も目をこすりながら言ったカイリの言葉に、リンも瞳を潤ませた。
コウキはカイリの頭を少し乱暴にぐりぐりと撫でる。
「なら、お前のすることは敵を殺すことじゃねぇよ!『ここ』をしっかり守るのがお前の役目だ!戦場に行っちまったらチビ達は困るだろ?それに・・・」
コウキは再び声のトーンを落とした。
「チビ達も、あの女の子・・・ミナギだっけ?あの子も、お前が人を殺してるところなんて、見たくないと思うぞ?」
その言葉に、リンはどきっとしてコウキの横顔を見た。
「・・・あんたも戦場に出たこと、あるのか?」
少し収まった涙を拭き取りながら聞かれ、コウキは苦笑した。
「あるよ。・・・やけっぱちになってたとこもあるし、あの頃はなんとも思ってなかったけどな。でもそのせいで悲しませた相手がいたから、俺もちと考えを改めたとこだ」
「・・・この姉ちゃん?」
悲しませた相手かとカイリに視線を向けられたリンは固まった。
コウキは、カイリに片目をつぶって見せる。
「ま、そんなとこ」
「ふ~ん・・・」
再びじっとカイリに見られ、リンはなぜか赤くなって慌てた。
「わ、私ミルア達の様子見てくるっ・・・!」
急ぐ用は何も無いのに、駆け足で階段を降りて行ったリンの後ろ姿にコウキは苦笑した。
「・・・逃げられたな」
「逃げられたなぁ」
呆気にとられたカイリの呟きを肯定しくすくす笑うコウキを、カイリはじっと見た。
「あんた、笑うと少しオレの兄貴に似てる・・・」
「兄貴?」
コクワならともかく、カイリにまで父ちゃんと似てるなどと言われずにホッとしたコウキは、兄弟がいたのかとカイリを見た。
そうして再び見たカイリの顔は、強張っていた。
「・・・カイリ?」
どうしたのかと名を呼んだコウキの顔を見ずに、カイリは重い口を開いた。
「兄貴は、四年前大人達がいなくなった時、今のオレと同じ13歳だった。残った子供の中で一番年上で、みんなのリーダーだった。でも・・・15歳の誕生日の朝、兄貴は突然いなくなった・・・。大人達と同じように・・・」
「!?・・・まさか・・・っ」
厳しく眉を寄せたコウキをカイリは泣きそうな顔で見上げて叫んだ。
「他にも、15歳になった朝にいなくなったやつらは三人もいる!きっとみんな、大人達と同じように『壁』になったんだっ!オレもミナギも、あと一年と少し経ったら15歳になるっ!・・・オレっ・・・オレ怖いよっ・・・!!」
我慢しきれずにコウキにしがみついて泣き出したカイリを、コウキは目を見開いたまま抱き締めた。
カイリもミナギも、とんでもない不安と戦っていたとわかった。




