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ハニームーンの卵~炎竜と言霊使い~  作者: 伊藤ひおり
マール・モーリェの旅
61/119

慈澪神・本体

「さて、コウキも返してもらおうか?」

 ユウヒの言葉に、ミルアも頷く。

 ずっとなんの手応えも無かった魔法の感覚を、今は当たり前のように理解し、扱うことが出来ていた。

 ミルアは、慈澪神を取り巻く水の精霊をどんどん自分のものにしていった。

 みるみるうちに力を吸い取られていくのを感じた慈澪神は悔しげに眉を歪めると、ゆっくりと近付いてくるミルアに向かって振り捨てるようにコウキの体を投げ付けた。

 辛うじて押さえられていた傷口から一気に血を吹き出させ、支えを失ったコウキの体は、しかし床に倒れることなく水の精霊に受け止められ、リンのそばへ運ばれた。

「・・・っ!『治癒』っ・・・!」

 まだ苦しさと戦っていたリンは、突然目の前に来た血まみれのコウキに驚き、苦しい息の中で即座に治療を始めた。

 順調に傷口が塞がっていくのを確認したユウヒは、リンに任せて立ち上がり、ミルアのそばに立つ。

 自分をじっと見詰めるミルアに、それでも慈澪神は笑みを浮かべて見せた。

「それは、男を傷つけられた怒りか?」

 問いかけられたミルアは、ゆっくりと口を開いた。

「・・・慈澪神。お前のおかげで、私の怖かったものがわかった。おかげで、こうして魔法が使えるようになった・・・」

 コウキに問われた時には、全くわからなかったこと。

 目の前でコウキとリンの命が危険に晒され、ようやく認めることができた、自分の本心。

「・・・私は、コウキと離れたくなかったんだ」

 護衛の契約によって一緒にいるコウキ。

 魔法を習得するまでという条件での契約延長が、無意識にミルアを縛っていた。

 魔法を使えるようになれば、一緒にいる時間が終わってしまうという、とても身勝手な思いが、魔法を使うことを拒否していたのだ。

「だけど・・・だけど、それよりももっともっと嫌なのは・・・絶対に嫌なのは、コウキとリンがいなくなることだ!!それだけは、絶対に嫌だ!!」

 そう気付いた時、ミルアの手に魔法の力が集まっていた。

 慈澪神は、どんどんと渦巻くようにミルアに集まっていく力に気圧され、一歩後ずさった。

「愚かな・・・ならば、小娘の方だけ殺してしまえば、お前の想いは・・・」

 叶うと言いかけた慈澪神の言葉に、ミルアはカッと眉を怒らせた。

「愚かはお前だ!!私は確かにコウキが好きだ!!でも私が一番好きなのは、コウキとリンが一緒にいるときの空気だ!!そんな事もわからずに何が神だ!!私は、二人に一緒にいてもらいたいんだ!!」

 最後まで言い切って息を吐いたミルアの背中を優しく見詰めたユウヒは、慈澪神に目を向ける。

「ミルアを見くびっていたようだね。あなたが守護する国の王女は、気高くて強い。・・・あなたよりもね」

 だからこそ、精霊達もミルアが方に味方しているのだと周りを見渡したユウヒに、慈澪神は悔しげに顔を歪めた。

 ユウヒの視線が、すっと冷たくなる。

「さぁ・・・王妃も返して頂こうか。・・・ハルア君!」

 ユウヒに呼び掛けられ、扉の向こうで待機していたハルアとマール・モーリェ王が入ってきた。

 ぐったりと気を失っているコウキを見たハルアは、忌々しげに舌打ちをする。

「慈澪神!!おば上を返して頂く!この国を、これ以上お前の自由にはさせない!」

「ミオ!!正気に戻るのだ!!」

 ハルアと王の呼び掛けに、慈澪神はニッコリと微笑んだ。

「何を言っているのです?私は正気ですわ」

 王妃の口調に戻りそう言った慈澪神に、王は首を振った。

「違う。・・・ユウヒ殿の話を聞き、わしはやっと理解したのだ。なぜお前が慈澪神のとりこになってしまったのか・・・」

 王妃の指がぴくりと動いた。

 王はゆっくりと王妃に近付く。

「・・・全てはわしのせいだ・・・」

 血を吐くような声音に、ミルアは驚いて振り返った。

「わしが力の無い王であった為に、お前は・・・」

「私は、あなたに世界で一番の王様になって頂きたいだけですわ」

 王の言葉をさえぎってキッパリと言ったその言葉は、王妃本人の言葉であるように思えた。

 懸命に治療に集中していたリンの手に、やっと動いたコウキの手が触れた。

「・・・っ気がついた!?」

「ああ・・・もういい。充分だ」

 言って体を起こそうとするコウキに、リンは慌てる。

「だめ!まだ完全じゃ・・・」

「もう動ける。それより、お前は力を取っとけ」

 血もほとんど戻したとは言え、いつもより蒼白い顔をして立ち上がったコウキに、リンは唇を噛み締めた。

 二人の視線の先には、王妃に重なって見える人魚の影があった。

 その王妃に、王は一歩ずつ近付いていく。

「ミオ・・・わしが、他の王よりチビでハゲだったから・・・」

 王妃は、ニッコリと笑っている。

「あなたが、一番ですわ」

 後ろにコウキとリンが近付いてきたのを気配で感じたユウヒは、二人に教えてやった。

 マール・モーリェ王から聞いた話を。

「王妃は、ちょうど大戦が始まった頃から、何度も『マール・モーリェが一番。王が一番』と言うようになったそうだよ。王はプレッシャーだったろうね」

 直接二人で話してみたマール・モーリェ王は、優しい気質でどちらかと言えば気が弱い印象を受けた。

 争い事には向いてない。

 徐々に不穏になっていく情勢に、王妃は不安を募らせたことだろう。

「私があなたを一番にして差し上げます。だからあなたは私の言う通りに兵を動かして下さればいいのです」

「ミオ・・・!」

 とうとう王妃のそばにたどり着いたマール・モーリェ王は、自分の妻の体を抱き締めた。

「・・・『結界』!」

 その瞬間、フォレスタ王の時と同じように強引な力業で、リンは一気に王妃の身を結界で包んだ。

「ミオ!」

「母上・・・!」

 唐突に慈澪神との繋がりを断ち切られ、崩れ落ちるように倒れた王妃を、王とミルアが支えた。

 手を前に突き出し、肩で息をするリンをハルアがにらんだ。

「おいっ!どうなったんだ・・・!?」

 リンの代わりに口を開いたのは、コウキだった。

「王妃を慈澪神の影響下から外したんだ。結界に守られて干渉されなくなる。本来の王妃に戻るはずだ」

 そして目線を上げたコウキとリンを見て、ユウヒは苦笑を浮かべた。

「・・・やっぱり、来るのかな?」

「何っ・・・!?」

 ユウヒの言葉に、何の事だと声を荒らげたハルアの頭上でぴしりと音がした。

「『防御』!」

 リンが全員の頭上に防御膜を張るのと同時に、天井が吹き飛んだ。

「やっぱりね」

 軽いため息と共に剣を抜いたユウヒに並び、コウキも剣を構えた。

「・・・慈澪神!!」

 王妃を王に預けたミルアも立ち上がった。

 全員の見る前で、空からゆっくりと美しい人魚の姿をした女神が降りてくる。

 その瞳は、神と思えない程に暗く澱んでいた。

 ーーーー私の言う通りにしていれば良いものを・・・。

「・・・ハルア。父上と母上を頼む」

「ミルアっ・・・!?」

 前へ出ようとするミルアにハルアはぎょっとした。

「あんなものと本気で戦うつもりなのか!?敵うわけない!!」

 肩を掴んだハルアの手をゆっくりとどかせたミルアは、キッパリと言った。

「私はこの国の王女だ!我が国の守護神と話さなければならない!」

 そう宣言したミルアは、誰よりも一番前に進み出た。

「慈澪神!なぜあなたはこんなことをしているんだ!あなたは、この国を守る者だったはずだ!」

 慈澪神はくすりと笑ったようだった。

 ーーーーその通りだ。だから、この国をどの国よりも強い国にしようとしている。

「違うっ!ならば戦う国民を、戦いに散っていく者を増やすような真似はしないはずだ!目を覚ましてくれっ!」

 ーーーー無礼な・・・。目は覚めている。ハッキリとな。これが、私の為すべき事・・・。

 目を細めた慈澪神に、一同はハッとした。

「・・・『防御』!」

 慈澪神の手の平から生まれた凄まじい勢いの水の奔流を、リンの言霊が防いだ。

 ーーーー忌々しい小娘がっ・・・。月でおとなしくしていれば良いものを・・・!

「・・・!」

 リンの首を狙って投げられた鋭い水の刃を、コウキの剣が叩き落とした。

 リンを庇い立つコウキの姿に、慈澪神は暗い笑みを浮かべる。

 ーーーー美しい光景だ。だが、いつまでもつか・・・。

「!?」

 コウキとリンに向かってなされた集中攻撃に、ミルアとユウヒはハッとした。

 水の刃が四方八方から襲ってくるため、コウキとリンは背中合わせで立ち、水の刃を防いだり、あるいは叩き落としたり弾いたりで精一杯になった。

「コウキ!リン!」

 加勢しようと走ったユウヒの前に、水の壁が現れてその進路を妨げた。

「慈澪神やめろ!なぜ二人をっ・・・!」

 話しているのは自分なのにと言ったミルアに、慈澪神はニヤリと笑う。

 ーーーー邪魔だからだ。

「!?」

 懸命に水の刃と戦うコウキの、まだ完治していない腹部にずきりと痛みが走った。

「・・・うっ・・・!」

「コウキっ・・・!」

 剣さばきの乱れたコウキに気付き、リンは振り返った。

 辛うじて防がれていた水の刃との力の均衡が一気に崩れ、慈澪神の力が一斉に二人へ降り注いだ。

 がくりと片膝をついてしまったコウキを守る為、リンがその身を盾にするようにコウキの頭ごとその体を抱き締めた。

 とっさのことで頭が真っ白になり、言霊が出て来ない・・・。

「だめだっ!!水の精霊っ!!」

 ミルアの凛とした声に反応し、コウキとリンを襲おうとしていた水の刃がピタリと止まった。

 ーーーー・・・何っ・・・!?

「はぁっ!!」

 一瞬の隙をついて、ユウヒの剣が慈澪神の腕を斬りつけた。

「・・・今だっ・・・!」

「『癒風光』っ!!」

 苦しげなコウキの声が聞こえ、リンは最大限の力を放った。

 真っ白な光が、一同の視界を奪った。


 ゆっくりと光が消えて戻った視界の中に、慈澪神の姿は無かった。

 ただ、リンの癒しの光を浴びた王と王妃が、崩れた残骸の散らばる床に座り込み抱きしめ合って涙を流していた。

「・・・っと」

 ふらっと崩れたリンの体を支えたコウキは、痛みを堪えつつも口を開いた。

「目、閉じていいぞ。ちゃんと運んでやるから」

 神相手の結界と癒風光で、力を使い果たして気絶寸前のリンは、そのコウキの言葉にムッとした。

「・・・まだよ」

「え?」

「『治癒』!」

 やせ我慢しているコウキの傷をきっちり治してから、やっとリンは意識を手放した。

「・・・頑固な奴」

 軽くため息をついてから、コウキはすっかり治った体でリンを抱き上げた。

「人の事言えないよねぇ」

「似た者同士だ!」

 ユウヒとミルアに突っ込まれたコウキは、都合良く聞こえないふりをしたのだった。


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