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ハニームーンの卵~炎竜と言霊使い~  作者: 伊藤ひおり
マール・モーリェの旅
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王妃ミオ

「ミルア・・・心配しましたよ」

「母上・・・」

 ミルアは王妃ミオの応接室で母との対面を果たしていた。

 王の命令により有無を言わさず侍女たちに浴室で身体中磨きあげられ、王女のドレスに着替えさせられたミルアは、居心地悪そうに身動ぎをした。

「女の身で・・・父上を困らせるものではありません」

「・・・・」

 うつ向いて黙るミルアに、ミオはそっと近付いた。

 肩に手を置かれたミルアは顔を上げる。

 その動きで、耳飾りがシャラリと音を立てた。

 ミオはじっと娘の顔を見詰めた。

「・・・ちょっと見ない間に、顔付きが変わりましたね。今までに無い想いを、知ったのではない?」

 静かな声で言われたミルアはどきりとした。

「・・・辛い思いも、したのでしょう・・・?」

 優しく問われ、ミルアはきゅっと唇を結んだ。

「そんなことより母上、父上は?」

 王妃ミオは、ニッコリと微笑んだ。

「ミルア・・・私にはわかりますよ。あなたは、初めての恋を知った。でもその人には、別の相手がいたのね・・・?」

「・・・っ!」

 平静を装おうとしていたミルアは、母の言葉に思わず息を飲んだ。

 顔色が変わったミルアを、ミオは優しく抱き締めてささやく。

「かわいそうに。辛かったでしょう?あなたがそんな思いをするなんて耐えられないわ。・・・だから、ね?ミルア・・・」

 ミオは、ミルアを抱き締める腕に力を込めた。

「・・・奪いなさい?」

「え・・・?」

 優しい声で言われた言葉に、ミルアは耳を疑った。

 王妃ミオはミルアを離さぬまま、なおも続ける。

「あなた程の美貌なら、なびかない男はいませんよ。奪ってしまいなさい。あなた自身の幸せの為に・・・」

「母上・・・?何を言ってるんだ・・・?」

 体を離そうとしたが、信じられない力でガッチリと掴んで離さないその力に、ミルアは心拍数が上がるのを感じた。

「母上、違う。私はそんなことは望んでいないんだ。私は・・・」

「うそよ、ミルア。望んでいないなんて、嘘。人間はね、自分の欲望には勝てないの。そういう生き物なのよ」

 ざわりと、ミルアの全身が総毛立った。

 無意識に、体がカタカタと震え始める。

「・・・母・・・上・・・?」

「さぁ、欲望に身を任せなさい?そうすれば、あなたは楽になれる。・・・あの邪魔な言霊使いの小娘も、内側からボロボロにしてやれる・・・」

「!!」

 カッと目を見開いたミルアは渾身の力を込めて、母の体を突き飛ばした。

「・・・私の母の口を使ってそんな事を言うなんて許せないっ!!」

 ミルアは真っ直ぐに、王妃ミオに向かって指を突き付けた。

「慈澪神!!堂々と姿を現せ!!」

 その様子をきょとんと見た王妃は、くすくすと笑いだした。

「本当に度胸のある娘だこと・・・。お前の方が、母親よりも私の器にふさわしい・・・」

「!?」

 威圧感を解き放ち、正体を認めた慈澪神は微笑みを浮かべながら、一歩ずつミルアに近付いた。

「私と共になれば、国中の人間を思い通りにできる」

「・・・ふざけるなっ。私は、この戦争を終わらせたいんだ!」

 後ずさるミルアをゆっくりと追いかけながら、慈澪神はその言葉を鼻で笑った。

「本当にそう思っているの?心の底にある願いは、もっと別のこと・・・」

 どくんと、ミルアの心臓が揺れた。

 唇が、乾いていく。

「・・・ちが・・・ちがう・・・私は、戦争を無くして・・・争いの無い世界に・・・」

 それは偽りではなかった。

 だが、もっと別のことと言った慈澪神の言葉が頭から離れない。

 自分の心臓が脈打つ音が、とても近くに聞こえる。

 慈澪神は、唇にだけ笑みを浮かべた。

 すっとその手が差し伸べられ、ミルアは息を飲んだ。

「・・・っ我が身我が魂に集いし水の精霊!我が手を依代にその力を現せ!!」

 思いを込めて叫んだ呪文は、しかし何の反応も示さなかった。

 慈澪神は、心底面白そうに笑い声を上げた。

「愚かな!そのような迷いの心で精霊を喚んだところで、水の属性最高位の私のいる場で、誰がお前に力を貸すものか!」

「・・・っ!」

 ーーーーお前、何か怖がってないか?

 ミルアの耳に、コウキの声が甦った。

(迷いの心・・・怖がってること・・・)

 ぐるぐると巡るその言葉に頭が支配されているうちに、ミルアは息苦しさを覚えた。

 慈澪神が水の精霊を集めているのだと、見えなくとも感じた。

「・・・じきに水の中と同じになる。苦しい思いをする前に、さぁ、その体をお渡し・・・?」

 体が重くなり動けないその頬にそっと触れる慈澪神をにらみながら、ミルアは歯を食い縛った。

(・・・心の底にある願い・・・)

 自分でも気付かないそれが、とても重要なことだと思えた。

 でも、それを認める言葉が、とても怖いことなのだ。

 自分が持っている汚い部分を認めることが・・・。

(怖いっ・・・!コウキ・・・!リン・・・!)

 初めて出会ったときから、優しく温かかった二人の名を、ミルアは心の中で呼んだ。

 二人との出会いが、ミルアに勇気をくれた。

 城の中で孤独な思いをしていたミルアは、二人と旅する時間が、その空気が、まるで家族のようだと錯覚した。

 楽しくて、温かくて、失くしたくなくて・・・。

 ミルアはぎゅっと目をつぶった。

 慈澪神は、ニィッと笑う。

「・・・そう。そのまま、静かに・・・」

「・・・『結界』!!」

 突然開いた扉から響いた声に、ミルアと慈澪神はハッとしてそちらに顔を向けた。

 その時には、剣を抜いて走ったコウキが慈澪神に斬りつけ、ミルアの呪縛を解いていた。

「・・・!」

 悔しげに唇を歪ませる慈澪神を、虹色の膜が覆い始める。

 自分の前に立って剣を構えているコウキに、ミルアはハッとした。

「私の、母上なんだ・・・!」

「わかってる」

 傷つけないでほしいとの願いに、コウキは頷いた。

 そっくりな髪の色と容姿は、教えられずとも一目で親子とわかる。

「くっ・・・!」

 徐々にリンの結界に覆われていく慈澪神は、コウキと共に後ろへ下がり離れていくミルアに視線を向けた。

 その邪悪な微笑みに、ミルアはハッとした。

 その瞬間。

 慈澪神の手の平がリンへ向けられていた。

「!」

 突然水の中に閉じ込められたリンは、ガボッと空気を吐き結界の術を中断してしまった。

 リンの体の周りにだけ水が集まり、その身を封じ込めた姿にぎょっとしてミルアがそちらに向こうとした時、同じくリンの状態に気を取られたコウキは、無意識にミルアを突き飛ばしていた。

「・・・っ!」

 床に倒れ込んだミルアが顔を上げ、前に立つコウキの後ろ姿を見た。

 ミルアの瞳が、ゆっくりと見開かれる。

 まだ倒れたまま床に投げ出されたドレスの足元に、ぽたりと血が落ちた。

 ミルアの瞳に映ったもの。

 それは。

 コウキの体を貫通し、血にまみれた長い爪を生やした女の手。

 その長い爪が、獲物の感触を確かめるように、ぐねぐねと動いている。

「・・・ぐ・・・っ!」

 喉元にせり上がってくる熱いものに我慢できず、コウキは血を吐いた。

 頬に付いた血を舐めとり、慈澪神はニヤリと笑う。

「まだ死なないのか。活きのいいこと。だが、時間の問題だ。この男も、その小娘も」

 震えながら、ミルアはハッとしてリンを見た。

 まだ水の中に閉じ込められているリンは、言霊も使えない状態で口を押さえ、溺れ死ぬのを待っている状態だった。

 もう、いくらももたない。

「・・・っ・・・!」

 ミルアは焦って顔を巡らせる。

 だが、状況を打破するものは、何もない。

 慈澪神の腕を必死に掴んでいたコウキの手が、だらんと垂れ下がった。

 それと同時に、必死に息を詰めていたリンの手が口から外れ、最後の空気ががばっともれ出た。

「・・・終わりだな」

 興味を失ったように呟いた慈澪神の声がミルアの胸に突き刺さる。

(・・・私の・・・心の底の願い・・・)

 ミルアは、歯を食い縛って夢中で立ち上がっていた。

「我が身我が魂に集いし水の精霊!!我が手を依代にその力を現せ!!」

「・・・懲りない娘・・・」

 何度やっても同じことと鼻で笑った慈澪神は、次の瞬間目を見張った。

 リンを溺れさせるために集まっていた水の精霊達が、慈澪神の命令に背きミルアのもとへ集まり始めたからだ。

 リンを包む水の膜が徐々に薄くなっていき、すぐに消えていった。

 ようやく空気に触れたリンはふらりと倒れる。

「・・・と、危ない危ない」

 その体を、いつの間にか現れたユウヒが支え、リンのみぞおちを押して、飲んでしまった水を吐き出させた。

「人工呼吸でもいいけど、後から怒られそうだからね」

「げほっ・・・げほっ・・・かはっ・・・!」

 なんとか自分の呼吸を取り戻したリンの背中を擦りながら、ユウヒは慈澪神に顔を向けた。

「さて、コウキも返してもらおうか?」

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