夢中
船室でユウヒとおとなしく待っていたミルアは、不思議な感覚を感じて目を瞬いた。
「・・・あ・・・れ・・・?」
急にキョロキョロと周りを見回したミルアに、ユウヒは首を傾げた。
「どうしたんだい?」
「・・・なにか、精霊が今・・・」
「え・・・?」
ミルアの言葉にユウヒが目を見張った時、通路を騒々しく走る音が聞こえ、二人はドアを開けた。
「・・・コウキ!リン!?どうしたんだ!?」
問いかけに答えもせずに甲板へ駆け上がっていくその様子に、ミルアとユウヒはただ事ではない何かを感じ取り、コウキとリンの後を追って甲板へ出た。
「・・・霧!?」
「執事さんは・・・!?」
扉を開けたとたんに濃い霧に視界を奪われ、コウキとリンは立ち止まった。
ハルアの執事が念のための見張り役で、断腸の思いで外にいたはずだった。
こんな状態になる前に、天候がおかしいと報告があって然るべきだったのに、それがなされていない。
「コウキ!リン!」
「・・・霧かっ?」
後を追って甲板に出てきたミルアとユウヒに振り返ったのはリンだけだったが、その強張った顔を見て二人は緊張した。
コウキは、前方をにらんだままだ。
「・・・どうしたんだ!?・・・これは!?」
遅れて出てきたハルアも外の様子に息を飲んだ。
海に慣れているハルアでも、こんな天候の変わりようは初めてだった。
「・・・じい!!」
甲板にいるはずの自分の執事を思い出し、ハルアは濃い霧の中を甲板へ飛び出して行った。
「・・・あっこらっ!」
止める間もなく走って行ったハルアの後ろ姿は、さほど大きな船でもないのにあっという間に見えなくなってしまい、コウキは舌打ちした。
こんな状態では、誤って船から転落する危険がある。
「連れ戻してくる。ここで待ってろ!」
「あ・・・!」
そう言い残して走ったコウキの姿も、一瞬で霧に包まれてしまった。
胸の前でぎゅっと手を握るリンの一歩前に出たユウヒは、あることに気付いて辺りを見回した。
「船・・・止まってるのか?」
ユウヒの呟きに、ミルアはハッとした。
後ろから袖を引かれたリンは、ミルアに振り返った。
「・・・リン!さっき、聞こえたんだ・・・!『コワイ』って・・・!」
ミルアの言葉に、リンは瞳を険しくして頷いた。
ミルアが聞いたのは、おそらく精霊の声。
ならば船が止まったことも納得いく。
「リン」
ユウヒにも名を呼ばれ、リンは二人を交互に見てから口を開いた。
「・・・たぶん、すぐ近くに来てるわ。マール・モーリェの守護神・・・」
リンの言葉に目を見開いたミルアは、震える唇でその名を口にした。
「・・・慈澪神・・・!」
「じゃあ、この霧は・・・」
何かの罠なのかと言ったユウヒの言葉に、リンはなんとも言えずコウキとハルアの消えた霧を見つめた。
ハルアは無我夢中で霧の中を進んだ。
確か、船頭の方に執事がいたはずだと記憶していた。
「・・・じい!どこだ!?返事しろ!!」
誤って船から転落でもしたのではという不安が胸をよぎり、ハルアは声を上げた。
例え海に落ちてしまったとしたら、この霧では探しようがない。
「・・・じいっ!!」
前方に人影が見て、ハルアはホッとして駆け寄った。
「・・・ハルア!」
そこにいて、嬉しそうに自分の名を呼んだ人物に驚いてハルアは目を疑った。
「ミルアっ!?どうして・・・!?」
さっき甲板の入口にいたはずなのに、もしや心配してミルアまで出てきたのかと焦ったハルアはすぐにミルアに駆け寄る。
「ミルアっ!危ないからすぐ戻るんだ!」
腕を引いて後方に戻ろうとしたハルアの手に、ミルアは抵抗した。
「ミルア・・・!」
こんな時に子供じみた我が儘は許すわけにはいかないと、怒った顔で振り返ったハルアはそのまま固まった。
ミルアが、ハルアの胸に抱きついてきたからだった。
両手を背中に回され、1ミリも離れたくないというように全身で密着され、ハルアは頭が真っ白になった。
「・・・ミ、ミルア・・・?」
驚くハルアを、ミルアは潤んだ瞳で見上げた。
「ハルア・・・!ずっと素直に言えなかったけど、私はハルアが大好きだ・・・!ハルアだけが、ずっと・・・」
熱い瞳でじっと見つめられ、今までずっと欲しかった言葉をもらったハルアは頭がクラクラするのを感じた。
急な展開に混乱して声の出ないハルアに、ミルアは背伸びをして、そっと口づけを贈った。
「!?」
積極的なそれに驚いたが、長年の想いが叶ったハルアは、ずっと夢見ていたその柔らかい唇を夢中で味わった。
「・・・ったくあのくそガキ!勝手な行動すんなっつの・・・!」
すぐに追いつくと思ったハルアの背中がなかなか見つからず、コウキはイラついた。
守護神の気配はそのまま消えずに船のそばにある。
気が急いたコウキは、声を上げた。
「くぉら!くそガキ!じじい!早く戻ってこいっ!」
だが、前方に見えた人影にホッとしたのも束の間。
近付いてきた人物に、コウキはぎょっとした。
「・・・良かった!見つかって!」
ホッとした顔で駆け寄ってきたリンに、コウキは怒鳴った。
「何してんだ!!待ってろっつったろ!!」
「こんな霧の中で一人で探すなんて無理よ!・・・それに・・・」
すぐ目の前まで来たリンは、両手を胸の前で握りながら恥じらいの表情で、薄くほほを染めながらコウキを見上げた。
「それに、少しでも、あなたと離れたくなかったから・・・」
まさかリンの口からそんなセリフが出てくると思っていなかったコウキは、目を丸くして固まった。
「・・・だめ・・・?」
返事が無いことで、不安げな表情になったリンの声に、コウキはハッと我に返った。
「・・・ようやく素直に・・・いやいや、それどころじゃねぇって。今の状況わかってるだろ?」
無理に厳しい顔を作ったコウキの言葉に素直に頷いたリンは、なんと自分の衣服に手をかけ、恥じらいながら脱ぎ始めた。
以前に河原で見てしまったことのある白い裸身が徐々にあらわになっていき、コウキは自分でも驚く程焦った。
「ちょっ何してんだお前っ!・・・わかった!わかったもうわかった!これはアレだな!なんかの罠だな!ありえねぇし!」
そう言っているうちに衣服を全て脱ぎ終えたリンが、そっとコウキに身を寄せた。
生々しく温かい肌の感触に、コウキは青ざめる。
「・・・・・・・・これで怒んなかったら、偽物決定だ・・・!」
ごくりとつばを飲み込んだコウキは、最後の手段とばかりに目の前のリンの生の胸に手を置いた。
これでどうだと反応を見たコウキは、そのウットリと頬を染めたリンの反応に度肝を抜かれた。
「・・・あ、あれ・・・?」
胸に触れたコウキの大きな手に、リンはそっと自分の手を重ねた。
「ん・・・もっと、触って・・・?」
ぐらりとコウキの視界が揺れた。




