修復
リンの放った言葉に、コウキは一瞬目を見張った。
『ええっ!?うそだろっ!?』
リンの発言にはユウヒまでも驚きを隠せず、ミルアと二人で声をハモらせた。
「・・・うそじゃありません。全部終わって月に帰ったら、その人と結婚するの」
「リン・・・うそだろう・・・?」
呆然とするミルアに、リンはニッコリと微笑んでみせた。
「本当よ。・・・ずっと好きだった人なの」
リンの声を聞きながら、ユウヒはちらりとコウキを見た。
コウキはとても冷たい目でリンを見下ろしていた。
「おい、コウキ・・・」
「ふ~ん。そりゃ俺も殴られて当然だよな。悪ふざけして悪かったな!」
そう言われ、馬上で突然されたキスを思い出したリンの胸がちくりと痛んだ。
「・・・あんなの慣れてるから平気よ。気にしないで」
顔を上げてニッコリ笑ったリンに、コウキは目を細めた。
「でも、月で待ってるだけなら、その婚約者も大したことねぇな」
「え・・・?」
「お前みたいなトロい奴、こんな所に一人で寄越す男の気が知れねぇよ。俺なら代わりに来るか、一緒に来る!それができねぇならよっぽど腰抜けか、お前が嫌われてんじゃねぇの!?」
「なっ・・・!失礼ね!そんなことないわよ!私が黙って出てきたの!!」
立ち上がって怒鳴ったリンに、コウキは短く息を吐き捨てた。
「なっさけねぇな!女に黙って逃げられるような奴!」
「なんですってぇ!?」
「それに万が一そうでも、普通追いかけて来るだろ!!大事な婚約者様ならよぉ!?」
「・・・来てるわよきっと!!今ごろ探してるかもしれないわよっ!!」
「あっそ。ならお前も探しに行けばいいだろ!?」
「行かないわよっ!!」
「ほらみろ。その程度かって言ってんだよっ!!」
弾丸のようにケンカし始めた二人を見守りながら、ユウヒは腕組みしてため息をつく。
リンが、苦しい嘘をついていることは明白だった。
「ミルアがせっかくいいスイッチを押したのに、なんでこうなるかなぁ?」
「・・・コウキ、ショック受けてる・・・」
ミルアの呟きに、ユウヒは痛々しげに頷いた。
「自分で何を口走ってるかもわかってないんだろうなぁ」
「・・・リンも頑固だし・・・」
きっと一人で思い悩んで先走ったのだろう。
「コウキも同じだなぁ・・・」
二人で揃ってため息をついている所へ、突然荒々しい足音を立ててハルアが飛び込んできた。
「・・・おいっ!!なんか、船がみしみし音を立ててるぞ!?」
『・・・・は?』
室内でごたごたしていた四人は、揃ってきょとんと目を瞬いた。
確かに魔法で速度を上げ、船に多少なりとも負担はかかっているだろうが、そこは王族仕様の頑丈な船だ。
小さくとも充分に耐えられると思っていた。
例えば、船に欠損部分でもなければ。
「・・・・・・あ」
気まずそうに顔を上げたコウキに、全員が注目した。
コウキは視線を合わせないようにしながら口を開いた。
「・・・・そういえば俺、壁にふたつ、穴空けたかも・・・」
『・・・えええっ!?』
一同は慌ててキッチン前の通路へと急いだ。
「あわわわわわっハルア様~っ!」
情けない声であたふたしているハルアの執事を突き飛ばした一同は、なんとも言えず口を開けたまま固まった。
コウキが剣と拳で空けた穴のそれぞれに亀裂が入り、それがみるみるうちに広がっていた。
「・・・ちょっと!なんでこんなことしたのよ~っ!」
「それより船っ!船止めないと!」
「何かで壁を押さえろっ!!」
「何にも無いって!」
騒いでいる間にも船のきしむ音が大きくなり、快適だった船がぐらぐら振動を始めた。
「リンっ!言霊言霊っ!」
「えっ!?え~と、え~と・・・!治癒じゃないし・・・!」
「コウキっ!早く船止めろっ!!」
「僕の船がぁ~っ!!」
周りが大騒ぎし、船が今にも崩壊しそうな状況で、慌てたことは認める。
だが、コウキはこの時、言葉の選び方を、確かに間違った。
「風の精霊!船を止めろっ!」
コウキの言葉を受けた精霊たちは大急ぎで、ものすごいスピードを出していた船を急停止させた。
がくんっと強烈が重力がかかったと思ったとたん、全員が悲鳴を上げて通路を転がり壁に激突した。
リンとミルアとハルア、その執事は気絶し、ユウヒはふらふらする頭をなんとか押さえた。
腕をついたコウキは、よろりと上体を起こす。
「・・・わかったかミルア。精霊の扱いってのは難しいんだぞ・・・」
「・・・聞こえてないよ・・・」
その後、リンの言霊により『修復』した船は、再び風の精霊の支援を受け、程ほどの速さで進み始めた。
昼には対岸に着く計算だったが、この分では夜になるだろう。
その為、船の中で食事を摂ることになった。
もちろん食材は、ユウヒの微笑みによりハルアが快く提供してくれたことは言うまでもない。
今までの旅同様、キッチンに立って食事の支度をしていたのは、王室育ちで料理したことのないユウヒとミルアではなく、リンとコウキだった。
「・・・ミルアのそばにいなくていいの?」
俺を倒せなんて大口をたたいたくせに、早くも離れていいのかと言われ、コウキは顔をしかめた。
「・・・お前、あのユウヒに逆らえるか・・・?」
「・・・・」
料理は早く食べたい、リン一人では大変だ、ならばミルアの護衛代理は引き受けた、自分では不満かと笑顔で迫られたコウキは、料理を手伝いますと言うしかなかった。
それが、ユウヒの作戦であることに気付いていないわけでは、なかったが。
先程のリンの婚約者発言からケンカになり、気まずくなった二人をなんとかしようと思ったのだろうが、どうしようもない。
そもそも、どうにかしようと思うこと自体がおかしいと思えてきて、コウキはムカムカした。
「・・・ったく!なんで俺がこんなことしなきゃなんねぇんだよ!!」
突然声に出して怒ったコウキに驚いたリンは、ジャガイモを切りながらムッとした。
「だから!手伝わなくていいわよ!」
「料理じゃねぇよっ!」
ニンジンの皮を剥いたコウキは、そのニンジンをだんっ!とリンの前へ置いた。
その音にビクッとしたリンは、一瞬でも怖がったことが悔しくてコウキをにらんだ。
「機嫌悪いならあっち行っててよ!料理の邪魔っ!」
「うるせぇ!お前が妙なこと言ってっからだっ!」
「私のことなんか放っとけばいいでしょ!?どうせよそ者なんだからっ!!」
そう叫んですぐにうつ向いたリンの目が涙ぐんでいるのを一瞬見てしまったコウキは、ぎりっと歯を鳴らした。
「・・・お前なぁ!俺やミルアやユウヒがそんな事言ったか!?どうなんだよ!?」
リンは、下を向いたまま、ふるふると首を振った。
「だろ!?他の奴は関係ねぇ!!あんなくそガキの言ったことなんか気にしてんじゃねぇよっ!!」
ハルアの放った言葉を、リンが気にしていることは明らかだった。
だから、コウキは続けた。
「言っとくけど、気持ち悪いとか思ってたら悪ふざけでもあんな事しねぇからなっ!!」
コウキの言葉に、リンは一瞬息を止めた。
唇が、震えた。
「・・・気持ち悪く、なかった・・・?」
消え入りそうな声が聞こえて、コウキは肩の力を抜いて大きくため息をついた。
「・・・お前はどうなんだよ?気持ち悪かったのか?」
逆にリンから見れば自分の方がよそ者だと言ったコウキにハッとして、リンは顔を上げた。
その泣きそうな顔に毒気を抜かれたコウキは、ふっと笑い片手を上げてリンのほほに触れた。
「・・・婚約者がいるなんて、うそなんだろ」
優しい声で断言され、リンはしばし経ってからやっと頷いた。
涙をこらえるように目を閉じて、またうつ向いてしまったリンにため息をつき、コウキは優しく触れながらその顔を上げさせた。
拒絶しないリンに、そっと顔を近づける。
「・・・ったく、なんでそんなうそついたんだか・・・」
言いながら、二人の唇が今にも重なるかと思えた、その時。
二人は同時に顔を上げ、宙を見上げた。




