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ハニームーンの卵~炎竜と言霊使い~  作者: 伊藤ひおり
マール・モーリェの旅
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怖い夢

 その夜。

 岩のかげの焚き火のそばで眠るリンは、夢を見た。


 赤黒く淀んだ空の下を、リンは一人で歩いていた。

「・・・みんな・・・どこ・・・?」

 リンの声は虚空に吸い込まれていくように、どこにも響かず消えてしまった。

 不安になり、リンは早足になる。

「ミルア・・・ユウヒ様・・・?・・・コウキ・・・っ」

 いつの間にはぐれてしまったのかわからず、呼び掛けてもどこからも返事が返って来ず、リンは不安に押されるように走り出した。

「・・・やだっ・・・誰かいないのっ?・・・あっ・・・!」

 突然ぬるりとした水溜まりに足を取られて転んでしまったリンは、手を着いて起き上がろうとし、固まった。

 転んで服を汚したのも、手を着いた水溜まりも、すべて。

 泥水ではなく、生臭い、人間の血液だった。

「・・・いやっ・・・!」

 パニックになって起き上がったリンの視界に、一組の男女が倒れている姿が映った。

「・・・・ミルア!!ユウヒ様っ!!」

 倒れているのがその二人だとわかり、リンは駆け出した。

「・・・・っ!?」

 急いでそばにひざまずいたリンは、口を押さえて息を飲んだ。

 血まみれで倒れている二人がすでに事切れていると一目でわかってしまったからだ。

「・・・いや・・・どうして・・・!?」

 倒れているその体に触れるのも恐ろしくて動けないリンは、ハッとして周りを見渡した。

 まさか、コウキも同じように倒れているのではと思ったからだ。

「・・・・っ!」

 しかし、その瞳に映ったものは、もっと恐ろしいものだった。

 目の前にある小高い丘だと思っていたもの。

 それは全て、兵士達の死体の山だった。

 フォレスタ兵も、マール・モーリェ兵もいる。

 その死体の山から、リンが足を取られた血溜まりの血が流れ出ていたのだ。

 声も出ず目を見開いたリンの心拍数がどんどん上がっていく。

 過呼吸になり、めまいがした。

 視線を上の方へ移動させたリンは、びくりと震えた。

 死体の山の頂上に人影が見えたからだ。

 その人影は、逆光で髪の色はわからなかったが、大きな炎の剣を無造作に手にしていた。

「・・・・コウキ・・・?」

 とても見覚えのあるその後ろ姿に、リンは恐る恐るその名を呼んだ。

 嘘であってほしいと願いながら。

 だが、リンの願いも虚しく、ゆっくりと振り向いたその人物は、間違いなくコウキだった。

 いつもと違うのは、リンが見たことのない、昏く冷酷な瞳をしていることと、全身に返り血を浴びて真っ赤に染まっていること。

 まるで、たった今大量殺人を犯したと言わんばかりのその姿にリンはショックを受けた。

 勝手に涙があふれてくる。

 頂上にいるコウキは無表情のまま、炎の剣を大きく掲げた。

 まだ殺し足りないとでもいうかのようなその瞳を見、リンは叫んだ。

「・・・いや!もうやめてっ!!」


「・・・おい!おいリンっ!起きろっ!」

 びくんと体が大きく揺れて、リンはハッと目を開いた。

 胸が大きく上下し、息が乱れていた。

 目の前にいるのは、少し緊張した顔で見つめているコウキ。

 リンは夢と現実を混同した。

「・・・お願いっ!もうやめて!!」

 そう叫んだリンに、首にしがみつくように突然抱き付かれたコウキは目を瞬く。

「・・・何をだ?」

 満身の力を込めて必死にコウキの体を捕まえていたリンは、普段通りのその声を聞き、そっと目を開いた。

「リンおかえり。夢の世界はもう終わったよ?」

 別の方向からユウヒの優しい声が聞こえた。

「・・・え?」

「良かったリン~っ!すごくうなされてて、何度呼んでも起きないからどうしたのかと思った~っ!」

 すぐ横でミルアの泣きそうな声が聞こえ、リンは首を巡らせた。

「・・・ミルア?」

 確かめるように名を呼ばれたミルアは、リンがやっと現実世界に戻ってきたようだと安心し、何度も頷いた。

「怖い夢だったのか?」

 抱きついているリンの体が未だに小刻みに震えている為、なんとなく放せずにそのままの体勢で聞いたコウキの声がすぐ耳元で聞こえたことで、リンは完全に現実に戻った。

「・・・・え!?私っなんでっ・・・!?」

 パニックになって固まっている両腕を離そうとするリンの手を掴み、首から外すのを手伝ってやったコウキはあきれた声を出す。

「なんでって、お前・・・」

「夜中に突然『ミルア!ユウヒ様!』なんて大声で呼ばれたから何事かと思ったよ」

 あきれるコウキの代わりに言ったユウヒの言葉にリンは目を丸くする。

 ユウヒは心配そうに微笑みながら優しい声で続けた。

「慌てて見てみたら君は苦しそうにうなされてて、何度呼んでも起きないし。やっとコウキが呼んで起きたんだよ?」

「・・・・」

 呆然としているリンの手を握ったミルアは、心配のあまり涙ぐんだ瞳でリンの顔をのぞき込んだ。

「よっぽど怖い夢だったんだろう?」

「夢・・・・」

 呆然と呟いたリンは、突如として吐き気をもよおし、口を押さえた。

「・・・リンっ!?」

 そのまま我慢できず、急いで焚き火から離れて岩のかげの方へ走って行ったリンに驚き、追いかけようとしたミルアの肩をコウキが押さえた。

「・・・うっ・・・うぇっ・・・う・・・!」

 充分離れたところまで来て、夕食を全て戻してしまったリンは、苦しさに喘いだ。

 先程見た夢を、体が拒否していた。

「うっ・・・!」

 思い出したくない光景が脳裏に甦り、リンはまた口を押さえた。

 恐怖がまだ、生々しく体に残っていた。

 ぎゅっとつぶった目から涙がこぼれ落ちた。

 その時、石を踏む足音が聞こえ、リンは慌てて涙を拭いた。

「・・・大丈夫か?」

 てっきりミルアが心配してきてくれたのだと思ったリンは、その声に驚いて振り返った。

「・・・どうして・・・」

 振り返った先にコウキがいたことに驚いた様子のリンに、コウキは苦笑した。

「王子サマや王女サマには、その状態は見せられないだろ?」

 嘔吐した様を言っているのか、夢に怯えて涙ぐんでいる情けない姿の事を言っているのかわからず、リンは黙りこくった。

「・・・どんな夢だったんだ・・・?」

 不思議と静かに聞こえるその声に、リンの唇が震えた。

 まだ固まっているリンに近付きながらコウキは続ける。

「悪い夢ってのは人に話して早く自分の中から追い出した方がいいんだ。小さい頃教えられなかったか?」

「・・・教わったわ・・・おばあちゃんに・・・」

 やっと声を出したリンに、コウキはニッと笑った。

「ああ、リューマチで長老のばあちゃんな。・・・なら、早く話せよ」

 教えられているなら、その教えに沿えばいいだけのことだと促されたリンは、震える唇を開いた。

「・・・暗い空で・・・誰もいなくて、私一人で・・・呼んでも、誰も返事がなくて・・・」

 ぽつりぽつりと話し出したリンを、汚れていない岩の方へ導きながら、コウキはリンの一言一言に頷きながら話を聞く。

「血が、いっぱいあって・・・ミルアとユウヒ様も・・・倒れてて・・・。兵士の、し、死体が・・・山になってて・・・」

 だんだんと涙に濡れていく声を、コウキは根気強く聞いた。

「・・・その、山の上に・・・あなたが、いて・・・っ。すごく怖くてっ・・・」

 夢の中の情景を思い出してしまったリンは、再び目をつぶって涙をこらえた。

「血がっ・・・血がたくさんっ・・・!」

 黙って聞いていたコウキは、大きくため息をついて腕を伸ばした。

 伸びてきた手に抱き寄せられたリンは、驚いて目を開けた。

 そのリンの頭を、コウキはぽんぽんと優しく撫でる。

「・・・俺のせいだな」

 リンが恐ろしい夢を見たのは、明らかに昼間の戦場での出来事のせいだろう。

 戦場から脱出した直後にも、怖いと泣いたリン。

 ミルアたちと再会し、動揺していると知られないように気を張っていたのだろう。

 その無理が、夢となって表れた。

 ミルアの言う通り、争いのない世界から来たリンに対して配慮が足りなかったのは確かだった。

 コウキは、ゆっくりと口を開いた。

「・・・俺は、何度も戦に出た。大勢の兵士を倒した。お前が夢で見た通り、俺は血まみれだ」

 コウキの言葉にハッとし、リンは顔を上げた。

 コウキは、どこか遠くを見ていた。

「戦いに出ないことで戦争に反発してたユウヒとは、正反対だ。・・・正直、いっそ全部の国が滅びればいいと思ってた」

 リンは、フォレスタの王城でコウキが放った言葉を思い出した。

 ーーーー滅びるなら滅びちまえよ!自業自得だろうがっ!

「・・・あなたが、一番・・・」

 リンは思わず呟いていた。

 戦争を誰よりも一番憂えていたのは、コウキかもしれないと感じた。

 じっと見上げるリンに、コウキは自嘲的な笑みを向けた。

「・・・怖いか?」

 こうしている時も、戦場での戦いで見せた冷酷さや威圧感、怖さを感じるかと言ったコウキを、リンはじっと見つめた。

「・・・あなたが一番、悲しんでる・・・」

 呟いたリンの言葉に、コウキは目を見張った。

 強張ったまま動かないコウキの顔を、リンは両手で包んだ。

「・・・もう、怖くないわよ」

 それは、何を対象とする、誰の為の言葉だったのか。

 さっき自分がしてもらったように、リンはコウキの赤い髪を優しく撫でる。

 コウキはなんとも言えないまま、なすがままに撫でられた。

 一人、悲しみとやるせなさ、無力さ、怒り、そんな心と戦ってきたコウキを、リンはぎゅっと抱き締めた。

 そうせずにはいられなかった。

「・・・癒しの光、いる?」

 少しいたずらっぽく、でも半分本気で尋ねたリンに、コウキは首を横に振ってその体を抱き締め返した。

「・・・いらない」

 それ以上の言葉は無かったが、妙な安息感が心を満たしていくのを、コウキもリンも感じていた。


「・・・いいのかい?ミルア」

 コウキにリンを追うのを止められ、その背中を見送ったミルアに、ユウヒは静かに問いかけた。

 ミルアはゆっくりと振り返る。

 その顔は、穏やかに微笑んでいた。

「・・・いいんだ。コウキは、最初からリンしか見てない。わかってたことだ」

「そうか・・・」

 静かに言ったミルアの頭を、ユウヒは優しく撫でてやった。


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