馬上
「・・・だからっなんでちゃんと掴まんねーんだよっ!?」
行進を始めてしばらくした頃、何度目かのコウキの声が響いた。
相手は、コウキの馬の後ろに乗せてもらい、バランスを崩して何度目かに落ちかけたリンだった。
「ご、ごめんなさい・・・」
危ないところを、腕を掴んで引き戻されたリンは、小さくなって謝った。
当初二組に分かれて馬に乗るということで、コウキとミルアがペアになると思っていたリンだったが、ユウヒがあまり馬に乗るのが得意じゃない為、初心者のリンを乗せるのは自信がないと言い出した。
よってコウキとリン、ユウヒとミルアがペアになったわけだが。
「・・・リン、大丈夫かなぁ・・・」
後ろから聞こえてくるコウキの怒鳴り声に、ミルアは心配そうに呟いた。
「根が深いねぇ」
ユウヒはニコニコしながら手綱を握った。
ミルアの心配を知ってか知らずか、コウキはもう何度も教えた注意事項をもう一度言う。
「両手回してこうっ!俺の胴体絞めるつもりで来いっ!」
「はい・・・」
言うことを聞かずに手を離しては世話をかけているリンはおとなしく頷いた。
「落ちたら死ぬことだってあるんだからな!?お散歩してるわけじゃねーんだから、ちゃんと掴まってろ!!返事っ!!」
「はい・・・」
言われた通りコウキの体に両腕を回し、背中にピッタリとくっつく形になったリンはため息をついた。
(・・・なんか、うしろめたい・・・)
ミルアの為に旅を続けてくれることになったコウキに自分が世話をかけていることが、とても間違っているようで切なかった。
本当なら、ミルアは馬上で魔法の話を聞きながら道を行くこともできたのだ。
そんな思いがあるため、つい手が離れがちになってしまい何度も落ちそうになっていたのだ。
「・・・言っとくけど、お前みたいなトロい奴の面倒はユウヒじゃ見れないからな」
のんきでマイペースなユウヒでは、例えリンが馬から落ちても『あれ?落ちちゃったねぇ』とのほほんと言われて終わりだとコウキは言い捨てた。
その言い草にリンはムッとする。
(確かに、ミルアみたいに運動神経良くないけど・・・!)
昨夜ベッドに運んでくれた時はもう少し優しさもあったのにと、リンはむくれた。
ちょっとした反撃のつもりで、リンはコウキの体に回している腕にぎゅっと力を入れてみる。
「お、やればできるじゃねーか。その調子で掴まってろ」
少しは痛いとか苦しいとかの反応が来るかと期待したが、全く効いていない様子に、リンは無駄な力を使ってしまったと脱力した。
その拍子に、リンの体がぐらりと傾く。
「わっばかっ!だから離すなっつの!!」
またもや後ろから聞こえてきたコウキの声に、ミルアの耳がピクリと動く。
「・・・ホントに大丈夫かなぁ・・・」
「放っときなさい♪」
笑顔のユウヒは、とても乗馬が不得意とは思えない器用な手付きで馬を進めた。
国境付近で一旦行進を止めた時には、コウキもリンもぐったりしていた。
「やっぱり僕じゃ無理だったねぇ♪」
「大丈夫か?二人とも・・・」
「・・・問題ねーよ。とっとと行くぞ・・・」
明らかにもううんざりと顔に書いてあるコウキに促され、ユウヒは苦笑しながら兵士達に最終確認を行った。
「リン、大丈夫か?」
心配して近付いたミルアに、リンは無理して微笑む。
「大丈夫よ。でも馬に乗るのって結構疲れるのね・・・」
乗馬自体が疲れるのではなく、リンの場合は様々なことを考えすぎて気を使い精神的な疲れもあるのだが、本人はその事に気付いていなかった。
そうしているうちにユウヒが戻ってくる。
「よし、準備は出来た。行くぞ」
「ああ、戦場を抜けるまではとにかく止まらない。万が一はぐれたら、林の西にある泉で合流だな」
ここに来る前に決めていたことを、コウキは確認の意味で口にする。
全員頷くのをお互いに確認し、四人は再び馬に乗った。
リンとミルアはフード付きのローブを深く被って姿を隠し、戦場を抜けるまでは声を出してはいけないことになっている。
「・・・今度こそ、ちゃんと掴まってろよ。ちょっとでも気ぃ抜いたら振り落とされるからな」
今までの行進とは比べ物にならないスピードで走るうえに、急な動きもあることだろう。
敵をかわしながら馬を操らなければならないコウキの負担になってはいけないと、リンは今まで以上に緊張して頷いた。
「絶対に離すなよ。・・・あとは、目もつぶってろ」
そう付け加えたコウキの言葉の意味を、リンはすぐに知ることとなる。
「王子。ご武運を」
「うん。君たちも。誰一人欠けずに戻るんだよ。父上が待ってる」
兵士長を先頭にして、ずらりとユウヒの前に並び頭を垂れた兵士達に、ユウヒはそんな言葉を掛けた。
「まだちょっと辛いかもしれないけど、きっと戦争のない世の中にしてみせる。だから、みんなもう少しだけ頑張っててくれ!」
「はいっ必ずや!」
兵士長の合図によって編隊が組まれた。
ユウヒとコウキは、馬を隊列の一番後ろにつける。
そのまま行進を続けて行くと、野原の向こうで海の国マール・モーリェの兵士達がこちらを見つけたのがわかった。
即座に警笛が鳴らされたのが聞こえ、緊張が走る。
まっすぐに前を向いているコウキとユウヒの後ろで、リンとミルアは強張った顔で頷き合った。
マール・モーリェの兵士達がどんどんと近付いてきた。
「・・・最初に矢が飛んでくる。お前、それだけ防げ」
「え・・・?」
厳しい顔で相手側を見ていたコウキに言われ、リンはきょとんと顔を上げた。
「・・・来るぞ!」
兵士長の声が聞こえ、兵士達は盾を頭上に構えた。
マール・モーリェの弓隊が一斉に弓を引くのが見えた。
次の瞬間、無数の矢が空に解き放たれた。
「・・・っ!」
「まだだ!」
思わず息を飲んで声を出しそうになったリンを制したコウキは、冷静に空を見上げる。
空に解き放たれた矢が、弧を描いて落ちてきた。
「・・・防御!」
「『防御』!」
コウキの号令で、リンの防御膜が兵士達の頭上に現れた。
盾になんの衝撃もないことに不思議に思ったフォレスタ兵達は、そろりと顔を出した。
「・・・おおっ矢が・・・っ!」
見えない膜に弾かれて落ちていくのを見て、兵士達は歓声を上げた。
「・・・よし、行け!!」
最後の矢の一本が防御膜に弾かれたのを確認したコウキは、すぐさま兵士達に指示を飛ばした。
兵士長の声ではなかったが、矢が防がれたことに気持ちが高揚していたフォレスタ兵たちは、コウキの有無を言わさぬ迫力のある声につられてときの声を上げた。
一気に攻め込んでいった兵士達を見、ユウヒは苦笑した。
「・・・将軍向きだねぇ」
「うるせ。行くぞ!」
兵を率いるのに向いていると茶化されたコウキは、ユウヒの戯言には付き合っていられないと手綱を握り直した。
ぎゅっと唇をかみしめたミルアが見る前で、遂にフォレスタ兵とマール・モーリェ兵がぶつかり合う。
「・・・行くぞ!」




