吊り橋
「ほんっと失礼しちゃうっ!最初はいい人かと思ったのに!いちいち人のことバカにして!」
ずんずんと一人歩きながら、リンは声に出して怒っていた。
「あんな人に構ってられないわ!私は、私の使命を全うしなきゃ・・・!」
話で聞いていた通り、戦争の影響は世界中に広がっている。
早くなんとかしなければ、人間はお互いに殺しあって滅びてしまう。
その事に、まだ誰も気づいてないのだ。
仕掛けられた、大きな罠に・・・。
(でも・・・まだ親切な人もいる・・・)
先程の老人を思い出す。
変な人ではあったが、老人はコウキとリンの二人に固パンと干し肉や木の実、水の入った水筒を持たせてくれた。
その事に、とても温かいものを感じた。
(ああやって頑張ってる人たちの為にも・・・!)
決意を新たにしたリンは、だいたいの方角と勘を頼りに歩いた。
なんとなく、草っぱらの中に道がついているような気がしないでもない。
勢いだけで歩いていくと、地平線の方に緑が茂っているのが見えた。
「・・・あ!あれかも!」
リンは目を輝かせた。
とにかく、あの森で落ち合うはずになっていた相手がどうなっているかハッキリ確かめなければならない。
例え、最悪の結果だとしても。
「・・・・!」
なだらかな丘を越えて下を見下ろしたリンは、絶句した。
すぐ近くに森が見えたが、その手前に大きな谷が広がっていたのだ。
「・・・うそでしょ・・・?」
リンは呆然と呟いた。
底が見えないような、とてつもなく深い谷だった。
まるで、大地の裂け目のような。
その裂け目に一ヶ所、頼りないような吊り橋が一本かかっているのが見えた。
谷底から吹く風で、ゆらゆらと揺れている。
リンはごくりとのどを鳴らした。
(・・・お、落とされなくて良かった・・・!)
リンはコウキのことを思い出していた。
気絶した自分を担いだまま、コウキはこの吊り橋を渡ったということだ。
意識が無かったため全くわからなかったが、今となってはそれで良かったと思えた。
意識があったら、怖くてとても渡れない。
(・・・でも、行かなきゃ・・・!)
ぎゅっとこぶしを握り、リンは吊り橋に足を踏み入れた。
その第一歩目で。
がくんとリンの体が沈んだ。
「きゃああっ・・・!」
外れた踏み板と一緒に谷底に落ちそうになったリンの腕を、間一髪で掴まえた手があった。
「・・・やっぱりこうだと思ったんだよ・・・」
頭上から聞こえた声に、リンはぱちりと目を開いた。
体を引き上げられて地面に足を着けたリンは、急いで声の主に振り向いた。
「あっ・・・!」
思った通り、あきれ顔のコウキが立っていた。
「あなた、なんでっ・・・」
目を丸くして驚くリンに、コウキはポリポリと頭をかく。
「いや、あんたが行った後に無くし物に気づいて。もしかして森で落としたのかな、と」
「・・・・」
わざとらしいその理由に、リンはじっとコウキを見た。
その視線に気付いたコウキはごほんと咳払いをし、なぜかジト目でリンを見た。
「・・・ところで、ホントにコレを渡るのか?」
問われた意味がわからず、リンは首をかしげた。
「当たり前でしよ?他に渡るところなんてないじゃない」
「・・・・ふ~ん・・・渡るのか・・・」
あきれたように目を細めて苦笑いするコウキに、リンはムッとした。
「何よ!他に渡るとこあるなら教えてよ!」
「いや、渡るとこは無いけどさ・・・」
「じゃあなんなのよっ!」
「いやいや、いーですよ?渡りましょう渡りましょう?」
煙に巻くようなその態度に、リンはむぅっと頬を膨らませた。
膨れっ面で自分をにらんだまま動かないリンに、コウキは苦笑する。
「そんな顔してんなよ。行くぞ?」
「・・・・」
なんだかんだ言いつつ先頭きって吊り橋のロープに手を掛けたコウキの後にしぶしぶリンも続いた。
風に翻弄されつつもなんとか吊り橋を渡りきった二人は、鬱蒼とした森を見上げる。
「入るぞ」
さすがにここまで来て「入るのか?」とは聞かなかったコウキに、リンはしっかりと頷いた。
森の中は昼間だというのに薄暗い。
いつどこからでもモンスターが出て来そうだった。
「・・・あの辺りだな。俺たちが戦ってたのは」
コウキの言葉を聞くまでもなく、周りにゴロゴロと転がっているモンスターの死体の数を見てもそれがわかった。
改めて見ると、本当にすごいことをしたものだと実感する。
「・・・・でも、こんなにモンスターが集まるなんて・・・」
眉を寄せて呟くリンに、コウキはちらりと振り返る。
「俺もそう思う。いくらなんでも、異常だ」
「そうよね・・・・」
モンスターとは、この世界の負の念が凝り固まって具現化したもの。
いわば人の想いが生み出したものだ。
この数年の大戦のせいで、モンスターたちも増大している。
人々は、敵国の進軍とモンスターの両方に怯えなければならない日々だ。
だがこんなに様々な種類がまぜこぜに混ざった無数のモンスターが群をなして一ヶ所に集まるなど、作為的なものを感じてしまう。
「・・・・誰と待ち合わせしてたんだかは知らないが、あんた狙われてんじゃないのか?」
「え・・・!?」
リンは驚いたが、そう考えれば不自然ではない。
何かやらなければいけないことがあると言っていたリンと、その相棒になるはずだった人物が落ち合うはずだった森。
その日その時に大量のモンスターが出現するなど、偶然とは思えなかった。
「情報が、漏れてたってこと・・・?」
「・・・もしかするとな。・・・ま、あんたの目的なんて知らないから、なんとも言えないけどな」
「・・・・」
リンは唇をかみしめ考え込んだ。
コウキの言ったことは、可能性のないことではない。
「・・・待ち合わせの相手、やっぱり探さない方がいいんじゃないか・・・?」
労りの込められた声で言われた言葉に、リンは手のひらが痛くなるほどこぶしを握った。
「・・・そうかもしれない。どっちにしても、私のやるべき事は変わらない。でもせめて、もう少しだけ・・・」
誰かいないか森の中を確かめたいと、リンがコウキに向かって訴えようとした、その時。
遥か頭上の方から、声が振ってきた。
「・・・すまないっ!受けとめてくれっ!」
『・・・・は?』