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ハニームーンの卵~炎竜と言霊使い~  作者: 伊藤ひおり
始まりの旅
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6ヵ国大戦

 緑の国、フォレスタ。

 海の国、マール・モーリェ。

 風の国、ウェントゥス。

 岩の国、ヴラフォス。

 氷の国、アイズベルグ。

 太陽の国、アルバ・ソル。

 それぞれの国が互いにいがみ合いを始めて、丸三年が過ぎていた。

 もはや今となっては、最初の事の起こりなどわからない。

 そもそも、原因など無いのかもしれない。

 いつの間にか世界は戦乱の渦に巻き込まれていた。

 若者はみな戦場に駆り出され、このままでは国の存続すら危うい状態になっている。

「王様の考えることなど、わしらにはわからん・・・」

 年老いたがゆえの諦めにも似た声音を聞き、リンは膝の上でぎゅっとこぶしを握った。

「ところで・・・」

 うつ向いたリンの様子に気付かず、老人はキラリと目を光らせる。

「二人は、駆け落ちの旅の途中かの?」

「違いますっ!!」

 またもや駆け落ちの疑いをかけられ、リンは瞬時に否定していた。

「この人とは昨日会ったばかりだしっ!私にはやらなきゃいけないことがむぐっ!!」

 ムキになって何かを叫んだリンの頭を、にかっと笑った老人が力一杯抱え込んだ。

 顔面を胸で圧迫されてふさがれもがくリンをしっかりと抱き締めたまま、老人はその艶やかな黒髪に頬擦りする。

「ならば娘さん、ここに残ってくれんかの~?ばあさんの若い頃にそっくりなんじゃあ!特にこの黒髪がの~!」

「むぐ~!むぐ~!」

「老い先短いじーさんの願いじゃ~!介護と称して、あんな事とかこんな事とかしてくれんかの~!」

「ん~!んん~!」

「元気いっぱいじゃねぇか、じーさん・・・」

 これは放っておいてもまだまだ長生きしそうだと、コウキはぐったりとため息をついた。

 老人に抱き締められたままジタバタと暴れていたリンは、酸欠になり突然ぱたりと体の力が抜けて気絶した。

「おおう!?娘さん!?」

「あ~らら・・・」

 次にリンが目を覚ました時には、とっぷりと日が暮れていた。

「・・・ん・・・」

「あ、起きた起きた。大丈夫か?」

 コウキに問いかけられたリンは、ボーっとする頭を軽く振って意識をハッキリさせる。

 納屋の中に老人の姿は無かった。

「あのじーさんが『わしの責任じゃから、わしのベッドに寝かせよう!そしてわしがいろんなお世話をしてやろう!』とか言ってたから、一応、丁重に断っといたぞ」

「・・・・ありがとう・・・」

 突然元気になった老人を思い出して、リンはぐったりした。

 そんなリンをコウキはちらりと見る。

「森でやったみたいに、あんなじーさんぶっ飛ばしてやりゃ良かったじゃねぇか」

 コウキの言葉に、リンは一瞬黙った。

「それは・・・。人間相手にそんなことできないでしょ」

「・・・ふ~ん・・・」

 自分に害をなすものなら、人間だろうがモンスターだろうが構っていられないはずだが、コウキはそれ以上その話題には突っ込まなかった。

「あんたが起きたら、またスープ温め直してくれるってあのじーさん言ってたから、もらってきてやるよ」

 そう言って立ち上がったコウキが納屋の扉を開けた。

「あ・・・・」

 開けた扉から、月の光が射し込む。

「・・・満月・・・」

 呟いたリンにちらりと振り返り、コウキも空を見上げた。

 青く輝く大きな満月が浮かんでいた。


 翌朝。

「お世話になりました、おじいさん」

「やっぱり行ってしまうのかい?介護と称してあんな事やこんな事は・・・」

「それはもういいっつーの」

 きちんとお辞儀をするリンにどうにか触ろうとする老人を、コウキがジト目でたしなめた。

 ムッとした老人はコウキをにらむ。

「そういうお前さんは、その若さでこんな辺境にいるなんて、まさか戦場から逃げてきたのではあるまいな?」

 戦場から逃げ出すことは、最も不名誉なこととされている。

 しかし、いかにも剣士の格好をしているコウキは悪びれずにニッと笑った。

「俺はちょっと特殊なんだよ」

 疑わしそうな目をしている老人に別れを告げ、二人は老人の家を後にした。

 ポツンと一件だけ集落から外れた老人の家から充分に離れた所で、リンは立ち止まった。

「ここまでありがとう。ここでお別れしましょう」

「・・・一人でどこに行くってんだ?」

 淡々と別れを告げたリンに、コウキは目を細め挑むように問いかけた。

 しばし黙ったリンは、しかしここまで世話になった相手に対しての礼儀かと思い直し、口を開く。

「とりあえずあの森に戻ってみようと思うの」

「・・・待ち合わせの相手を探しにか?無駄かもしれないぞ?」

「それでも、確かめないと・・・」

 思い詰めたその様子に、コウキはため息をつく。

「・・・・ついてってやろうか?」

 コウキの申し出に、リンは首を横に振った。

「これは私の問題なの。これ以上あなたに迷惑かけられないわ。・・・森の方角だけ、教えてくれる?」

「本気なのか?」

 またモンスターが出る危険は充分にある。

 無謀な事だと眉を寄せるコウキに、リンはしっかりと頷いてみせた。

「本気よ。私強いもの。知ってるでしょ?」

 一晩かけて森中のモンスターを一緒に倒した戦友としては、確かに腕は認めるが。

「・・・・なんか、トロそうなんだよなぁ・・・」

 思わず口に出して呟いてしまったコウキに、リンはムッとふくれた。

「大丈夫です!それより森はどっち!?」

「・・・すぐムキになるし・・・」

「~~~~~っ!」

 いよいよ本気で爆発しそうに身を乗り出したリンを、両手をあげて宥めてから、コウキは方角を示した。

「森はあっち。南西に一時間くらい歩いたとこだ。本当に行くのか?」

「行きます!一人で!ありがとうっ!さよならっ!」

 子供扱いされてバカにされていると感じたリンはそう言い捨ててくるりと踵を返し、ぷんぷん怒りながら歩いて行った。

 残されたコウキは見送って手を振りながら、虚ろな笑みを浮かべた。




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