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ハニームーンの卵~炎竜と言霊使い~  作者: 伊藤ひおり
始まりの旅
2/119

リン

 朝日が昇った。

 長い永い一夜が終わりを告げた。

 乱れた息を整えながら、コウキは酷使した全身の悲鳴を受け、地面に大の字になって薄明かるくなってきた空を見上げた。

 隣には長い黒髪の女が眠っている。

 そこだけ聞けば、若い男女の甘い話に聞こえるかもしれないが、現実は全く違った。

 二人の周りには、一晩かけて倒しまくったモンスター達の死体がゴロゴロと一面に転がっていた。

 女は眠っているのではなく、最後の一匹を倒したと同時に昏倒し、気絶していた。

(・・・無理もねぇな。もう何百体倒したんだかわかりゃしねぇ・・・)

 女がコウキの前に現れたのは真夜中過ぎだ。

 出会った直後からずっと戦い続け、朝日が昇る一瞬前にやっと襲ってくるモンスターはいなくなった。

 体力に自信のあるコウキでさえ、しばらくは倒れたまま起き上がる気にもなれなかった。

 そのまましばらく寝転がり呼吸も落ち着いてから、やっとコウキは顔だけ動かして、気絶している女の顔を見た。

 モンスターの群れの真っ只中に降り立ち、それでもなお逃げるつもりはないと言い切って果敢に挑み、立派に戦いきった女と同一人物とは思えないほど、気が抜けて安心しきったその寝顔に、コウキは思わず小さく吹き出した。

 この森で待ち合わせをしていると言っていたが・・・。

「・・・でもな~、ここじゃゆっくり休めないだろ」

 そう呟き、コウキはみしみしと音を立てそうな体に気合いを入れて起き上がる。

 そのまま、気絶したままの女を担いだコウキは多少危なっかしい足取りで森の外へと歩き出した。


 空が夕闇に染まる頃。

 女はぼんやりと目を開いた。

「・・・・ん・・・」

「やっと起きたか?」

 乾燥した藁の匂いを感じながら、女はゆっくりと声がした方に顔を向ける。

「ベッドじゃなくて悪いな。このご時世じゃ宿屋なんてやってねーし、適当な民家に頼んで納屋を借りたんだ」

 体の下にある藁の感触に、匂いの出所はその為かとコウキの言葉に納得した女は、まだ覚めきらないような声をなんとか絞り出した。

「・・・・モンスターは・・・?」

 その言葉に、コウキはニッと笑う。

「倒したよ。全~部な」

「・・・そう」

 ホッとしたとため息をついた女はまだ蒼白い顔をしていたが、腕を支えにしてなんとか体を起こした。

「大丈夫か?」

「・・・平気。ごめんなさい。迷惑かけたみたいね」

 ここがどこかわからないが、森の真ん中から運んでもらったということだ。

 夜通し戦い続けて体力が限界だったのは二人とも同じだったのにと申し訳ない顔をした女に、コウキは首を振る。

「いや、俺の方が助けられたさ。正直、俺一人で切り抜ける自信は無かったからな」

 なぐさめではなく、事実そうだったのだろうというその言葉に女も控えめに微笑んだ。

 確かに女自身も一人であの場に降り立ったら、今この場にはいられなかっただろうと思う。

 女にニッと笑い返してから、コウキは目を細めた。

「ところで、あの森で待ち合わせとか言ってたけど・・・?」

 状況が状況だった為勝手に移動してしまったが、ここから動くわけにはいかないと言っていたのを思い出してそう切り出したその言葉に、女はハッとしばし沈黙して考え込んだ。

 しばらく待っても言葉が出てこないその様子に、コウキが先に口を開く。

「あんな森に真夜中に待ち合わせなんて、まさか駆け落ちか?」

「ち、違うわよっ!そうじゃなくてっ・・・」

「そうじゃなくて?」

 駆け落ちと言われて一瞬ムキになった女は何かを口走りそうになり、ハッとして口をつぐんだ。

 静かな瞳で見つめるコウキを見返し、負けじと疑問を投げ返す。

「あなたは、どうしてあの森に?」

 女の言葉に、コウキはひょいと肩をすくめてみせた。

「俺はたまたまあの森を抜けようとしてただけだ。そしたら急にモンスターがわんさか出て来て、あっという間に囲まれちまった」

 その言葉を聞き、女は思案げに目を伏せた。

「・・・森に、誰か他の人はいなかった?例えば、老人とか・・・」

 問われたコウキは目を瞬いた。

「老人~?まさかそれが駆け落ちの相手か?」

「違うって言ってるでしょ!?」

 また話を混ぜかえすコウキに女は思わず怒鳴った。

 そのムキになる様子を見て楽しそうに笑ったコウキは、その後に真面目な声を出した。

「・・・いや、俺は誰も見てない。誰かいたとしても、あのモンスターに遭遇すれば・・・まして老人ならなぁ・・・」

 ハッキリては言われなかった言葉の意味を感じ取り、女は唇を噛んでうつ向く。

 確かに、たった一人であの大群に囲まれてしまったら、命がある方がおかしい。

 二人であれを切り抜けたことが奇跡だ。

 黙りこくってしまった女に、コウキはため息をついた。

「・・・まぁ、明日の朝までこの納屋借りられるように話つけといたから、ゆっくり考えろよ。・・・・ところで、名前、聞いていいか?」

 そう問われて初めて、女はお互いにまだ名も名乗っていなかったことに気付いた。

「・・・リンよ。あなたは?」

「コウキだ」

 二人が名前を告げた所で、納屋の持ち主である年老いた男が、ささやかだがと差し入れのスープとパンを持ってきてくれた。

 野菜くずしか入っていない薄いスープと、固い小さなパンだったが、二人はありがたくそれを受け取った。

「悪いなじーさん」

「いや、たいしたもんは無いがの。そっちの娘さんは大丈夫かい?」

 人の良い笑みを向けられ、リンは微笑みを返す。

「はい、ありがとうございます。・・・・おじいさん、一人暮らしなんですか?」

 他に誰かいる気配が全く無くて、リンはそう尋ねていた。

 コウキにも顔を向けられ、老人は薄く微笑んだ。

「・・・息子たちは皆戦争に連れていかれた。ばあさんは去年風邪をこじらせて、そのままいってしまった・・・。薬も何も無くて、わしは何もできんかった・・・」

 老人の身の上を聞き、リンは言葉を詰まらせた。

 コウキはため息をつき、しみじみと呟いた。

「・・・・6カ国対戦が始まって4年目か。もう、どの国も限界だってのに、いつまで続ける気なんだろうな・・・」

 コウキはしみじみと呟いた。

 

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