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ハニームーンの卵~炎竜と言霊使い~  作者: 伊藤ひおり
アルバ・ソルの旅
109/119

目覚めと別れ

「・・・・・・・」

「・・・・気が付いたか?」

 目が覚めてハッキリとした意識で一番初めに目に映ったものがコウキの顔であることに、リンはホッとした。

 ただ、いつもと一つ違うのは、そのコウキがとても不安そうで悲しそうな今まで見たことのない頼りない表情をしていたことだった。

「・・・・?」

 まだ全身がだるくて力が入らず、リンは首を傾げただけで疑問を表した。

 とろりとした瞳で見詰められたコウキは、ハッと微笑みを浮かべた。

「・・・三日も熱にうなされてたんだ。お前が倒れてる間に色々あった。・・・ここは、フォレスタ城だ」

「!?」

(フォレスタ・・・!?)

 驚いて目を見開き声を上げたリンは、自分の声が聞こえずただ喉の奥から空気が漏れただけのような感覚に眉を寄せた。

 熱で三日も眠っていたなんて、風邪でも引いて喉をやられたのだろうかと考え、しかし痛みなどの違和感は全く無いリンは自分の喉に触れた。

(どうしたのかしら・・・のど、変・・・?)

 そう、口にしたつもりだった。

 それなのに、また、自分の声が聞こえない。

 耳がおかしいのかと両手で耳を押して眉を寄せるその姿に耐えられず、コウキはリンの両手を押さえた。

「リン・・・」

 コウキの呟くような小さな声が聞こえて、リンは動きを止めた。

 耳がおかしいのではないことに気付いたのだ。

 見開いた目が、コウキを見詰めた。

 その強張ったまま蒼くなった顔を、コウキは見詰め返した。

(・・・・コウキ・・・?)

 リンの唇が自分の名を呟いたのを見たコウキは、白い手を握る手に力を入れた。

「・・・・リン、落ち着いて、聞いてくれ・・・」

 コウキはゆっくりと語った。

 アルバ・ソルの砂漠で起きた、全てを。

 リンの顔がだんだんと絶望の色に染まっていくのを見るに絶えず、コウキは辛く瞳を閉じ、話を終えた。

「・・・・・・・ごめん・・・・」

 話を聞き終えたリンは、見開いた目で天井を見詰め呆然としていた。

(・・・・声が、出ない・・・言霊が、使えない・・・?)

 唯一の取り柄であり、地上も『黒い月』をも救う道を進む為に必要だった力が、消えてしまった。

 混乱した頭には怒りも悲しみも浮かんでこず、自分が空っぽになったようだった。

 まだ夢の中にいるのではないかと思ったが、自分の手を握るコウキが手の冷たさが生々しくリンを現実生活引き留めた。

「・・・・・・・」

 そうだ。

 いつも熱いコウキの手が、冷たい。

 静かに顔を向けると、コウキは瞳を閉じたまま顔を伏せていた。

(・・・・コウキ・・・)

 微かに震える力の入った指先と、話し終えた後の血を吐くような『ごめん』がコウキの心を表していた。

 リンは握られていない方の手をついて、なんとか体を起こした。

 だるくて頭がクラクラしたが、そんな事よりもっと大切な事があった。

 まだ顔を上げられないコウキの頬にそっと触れる。

 ミルアやユウヒ、ヒエンの命を守ったことは正しかったのだと伝えたかった。

 ベッド上で体をずらしたリンは、コウキの体をぎゅっと抱き締めた。

(大丈夫・・・あきらめない・・・きっとまだ、できることは、あるはず・・・)

 そう伝えたくてしばし考えたリンは、体を離してコウキの手を取り、その大きな手のひらに自分の指で一文字ずつ、ゆっくりとなぞっていった。

 守護神たちが味方をしてくれるなら、頼もしい仲間たちはきっと無敵だ。

 今も絶対に諦めずに前を向いていると信じられる仲間がいるかぎり、リンも諦めるわけにはいかない。

 リンの言葉を読み取り、笑みを浮かべる唇を見たコウキはなんとも言えない顔で苦笑した。

「・・・・やっぱりミルアの方が、お前のことわかってるな・・・」

 別れる前にミルアが言った通りのことを言ったリンに、コウキはあきれた。

 何の事かと首を傾げ目を瞬くリンを抱き締め返したコウキは、その耳元でささやく。

「ユウヒは一足先に残った軍を率いて国境へ向かった。俺も明日の朝には追いかける。・・・・一緒に行くか?」

「!」

 強く抱き締め、一緒にと言ってくれたその言葉にリンは心底ホッとした。

 話を聞いて、絶対に戦に出るつもりでいるだろうコウキが自分を置いていくと言うだろうと考え、どう切り返そうかと必死に頭を巡らせていたのだ。

 この戦いの行く末を最後までちゃんと見届けたかったし、なによりコウキと離れるのは絶対に嫌だった。

 危険とわかっているのに、戦に出るコウキを黙って見送るなど自分には絶対に出来ないと、ウェントゥスの武芸大会の時に嫌と言うほど感じたのだ。

(行く・・・!一緒に行く・・・!絶対行くっ

 ・・・!)

 その意志を伝える為に、リンはありったけの力でコウキの体を抱き締めた。

 ぎゅうっとしがみつき離れないというその態度に、コウキは笑った。

「わかったわかった。・・・ユリカ姫がお前の為にお粥を用意してくれてる。持って来てやるよ。・・・・久しぶりに、今夜は二人っきりだからな」

 付け加えられた最後の言葉にリンが固まっている隙に、コウキは笑いながら部屋を出て行った。

(・・・なにあれっ・・・!?どういう意味っ・・・!?)

 唐突に意味深な言葉を付け足したコウキの意図を考え、リンは熱が下がったはずなのに熱くなった頬を両手で押さえた。

 その後は、戦の前とは思えない程リンにとって幸せな時間だった。

 コウキが持って来てくれたユリカ姫お手製のお粥を食べ、三日間熱を出して寝込んでいたせいで汗をかいた体を部屋に備え付けのバスルームできれいに洗い流してサッパリした。

「・・・おーい、ぶっ倒れてないか?手伝うぞ?」

(大丈夫だから入ってこないでっ!)

 心配するそぶりで浴室に入ってこようとするコウキに、リンは思わず石鹸を投げ付けていた。

 そんなやりとりも、幸せだった。

 だからこそ、灯りを消して、少し動いて疲れてしまった体をベッドに横たえた時も妙にコウキの口数が少なくなっていたことに、気付かなかった。

 リンが横になったベッドに近付いたコウキは、ベッドに膝を乗せてリンの髪を撫でた。

 その感触が気持ち良くて、リンはうっとりと目を閉じる。

 その唇に、コウキの唇が重なった。

「・・・・っ!?」

 突然口の中に入ってきた甘くて少し苦味のあるとろりとした液体に驚き、リンは目を開いた。

 思わず顔を背けようとしたが、両頬をコウキの手がしっかりと押さえていて逃れられず、リンはその液体を飲み込んでしまった。

「・・・っ・・・!」

 全てをリンが飲み込んだことを確認したコウキは唇を離す。

(何・・・!?)

 今のはいったいなんなのかと目で訴えるリンに、コウキは重い口を開いた。

「・・・・軽い睡眠薬だ。お前なら、丸一日以上は効くはずだ・・・」

「!?」

 地上の薬品に慣れていないリン。

 通常の倍は効き目があるだろう。

(・・・っどうして・・・!?)

 なぜ、睡眠薬など飲まされなければならないのか。

 急激に押し寄せる不安に、リンはコウキの腕を掴んだ。

 その手が、徐々に力が入らなくなっていく。

 コウキは間近でリンを見詰めた。

「・・・・危険な目には遇わせたくない。戦も、見せたくないんだ。・・・わかってくれ」

 まぶたが重くなっていくのを感じ、リンは必死に首を振った。

(・・・いやっ・・・置いて行かないでっ・・・!)

 体全体が言うことを聞かなくなっていき、水の底に沈んでいくかのように意識が闇へ引き込まれていく。

(コウキっ・・・!お願いっ・・・)

 あふれ出たリンの涙を、コウキは唇でぬぐった。

「お前のことは、ユリカ姫に頼んである。・・・ここで、待ってろ」

(コウ・・・キっ・・・)

 涙を流しながら眠りに落ちたリンの頬を撫で、その顔を見詰めたコウキは一度だけ眠るリンにキスをし、部屋を出た。

「・・・・本当に、よろしいんですか・・・?」

 専用に用意されていた立派な早馬を連れ、城の通用門から出ようとするコウキの背中に、たおやかな声がそう言った。

 可憐な顔に静かな表情を浮かべるユリカ姫だった。

 リンを騙して一人置いていくことを言われているとわかり、コウキは無理に唇に笑みを浮かべた。

「・・・いいんだ。リンのこと頼む。ユリカ姫しか、頼める相手はいない。・・・その代わりユウヒの背中は、俺が守るから」

「コウキ様・・・」

 本当は、お互いにたくさん言いたいことがあった。

 大切な人に、伝えてもらいたい言葉が山のように。

 だが、ユリカ姫は唇を引き締め、自分の手を祈りの形に組み静かに頭を下げた。

「・・・・どうか、ご武運を」

 全ての想いが込められたその言葉に見送られ、コウキはフォレスタ城を出た。

 今まで戦場に出ることを拒んでいたユウヒの出陣に、兵士たちの士気も上がっている。

 だが、最後の大戦とは言えユウヒに兵士たちを無駄死にさせるつもりは全く無い。

 豊樹神とともに一人で多くの責を背負おうとしているユウヒに、少しでも早く追い付くつもりだった。

 きっとミルアも、そしてヒエンも同じ考えを持って動いているはずだ。

 ユウヒにはリンの傍を離れるなと言われたが、そういうわけにはいかなかった。

 リンを一人で残してきたことを、きっと全員に怒られるんだろうなと覚悟しながらコウキは馬を駆る。

 ーーーーコウキ!油断すんなよ!『黒い月』もきっと動くぞ!

 幻霧神の声に、コウキは馬上で頷く。

「ああ!便乗してくるだろうな!そん時は頼むっ!俺らでやるしかねーからな!」

 その心配もあるからこそ、コウキはじっとしていられなかった。

 リンの言霊が使えない今、この地上で『黒い月』のあの力に対抗できるのは自分しかいないとわかっていたからだ。

 幻霧神の力に頼るしかないと言ったコウキの言葉の後、妙な沈黙が降りた。

 ーーーー・・・・コ、コウキがオレに頼むって言った・・・!気持ち悪っ・・・!

「やかましいっ!!黙ってろっ!!」

 幻霧神らしい反応にコウキは怒鳴った。

 だが、そのおかげで肩に入っていた力が抜けたのも事実だった。

 幻霧神は、ふっと笑う。

 ーーーー大丈夫だっ!コウキは死なせねーよっ♪リンが待ってるもんなっ♪

「・・・・どうだかな。結局俺は、最後まで嘘つきだ」

 あんな騙し方をして置いてきたのだ。

 愛想を尽かされてもしょうがない。

 ーーーー最後って・・・。何弱気になってんだよ?大丈夫だって♪なんとかなるって♪

「・・・・のんきでいいな、お前は・・・」

 あっけらかんとした幻霧神の軽いノリに、コウキは脱力し虚ろな笑みを浮かべたのだった。


 夜が明ける頃には、コウキは国境に近い村でユウヒに追い付くことができた。

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