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ハニームーンの卵~炎竜と言霊使い~  作者: 伊藤ひおり
アルバ・ソルの旅
108/119

呪い

「やめろっ!!殺すなっ!!」

 その叫びを聞いた紅陽神は爪に入れた力をゆるめた。

 ーーーーでは、どうする?

 コウキは、奥歯に力を入れた。

「・・・リンを、殺すな。・・・・こいつらも、こんな所で死なせるわけには、いかない・・・」

「コウキっ・・・!」

「バカ竜っ・・・お前っ・・・!」

 喉の奥から絞り出すような、今までに聞いたことのない弱々しいコウキの声を聞き、ミルアは悲鳴のようにその名を叫び、ヒエンは慌てて首をひねって振り返った。

 ギリッと睨み返したコウキの、何も言わせないという強く辛い瞳を見たヒエンは、それ以上の言葉を飲み込んだ。

 リンを失いたくはない。

 ミルアやユウヒ、ヒエンという、これからの世界を背負っていく力のある者たちも、ここで失うわけにはいかない。

 最初から、選択肢は決められていたのだ。

 ーーーー・・・・っ!

 辛い決断をしたコウキの声に、風奏神は唇を噛みしめぎゅっと拳を握った。

 守護神などと言っても、結局は大きな力に抗うこともできず、何の役にも立たなかった。

 ーーーーわかった。

 コウキの決断を受け、紅陽神はリンの首に乗っていた黒いサソリに目で合図を送った。

 全員がハッと息を飲む前で、サソリの毒針はリンの喉に突き刺された。

「・・・っ・・・!」

 びくんとリンの体が大きく跳ねた。

「・・・っ!」

「・・・ああっ・・・」

 思わずヒエンは目を反らし、ミルアは悲痛なうめき声を上げて涙を流した。

 コウキとユウヒは、辛く歪んだ顔でただじっと見守った。

 ーーーー・・・これは一種の呪いだ。医学ではどうにもならぬ。魔法も効かぬ。覚えておくがよい。この娘の声は、一生戻らぬ。

 役目を終えたサソリはどこかに消え、紅陽神の合図を受けて、四人を捕らえていたコブラたちも砂の中へと消えて行った。

 自由になった体で、四人は紅陽神に向き直る。

「!・・・リンっ・・・」

 紅陽神の見えない力によってリンの体がふわりと浮き、コウキの胸の前まで運ばれた。

 その喉にくっきりと残る黒い印を見て歯茎を噛み締めたコウキは、両腕にリンを受け取った。

 くたりと胸にもたれ掛かった体は、少しずつ熱を帯び始めているようだった。

 ーーーー・・・我が国の王はお前達の同盟に対抗し、岩の国ヴラフォスと同盟を組み、一気に国境へ攻め入る準備をしている。・・・腑抜けになった守護神の守る国では、太刀打ちできまい。最後の大戦になるよう総力を挙げて挑むよう言ってある。

「なんだとっ・・・!?」

 太陽の国アルバ・ソルと岩の国ヴラフォスに隣接しているのは、ユウヒの緑の国フォレスタとヒエンの風の国ウェントゥスだ。

 今や両国とも、特にフォレスタは守りの戦いに徹している。

 総攻撃を受けたらひとたまりもないだろう。

 顔色を変えたヒエンを、ユウヒが腕を挙げて制した。

「・・・紅陽神よ。我々にそれを教えて、どうしろと?あなたは何を考えているのですか?」

 言霊使いを始末すればそれで済んだものを、残った者たちにそんな情報を与えたとしてもこんな砂漠の地下からでは何もできないというのに。

 ただ心労を掛けさせる為だけにわざと言い捨てていくにしては、紅陽神の瞳はあまりにも真っ直ぐにユウヒ達を見ていた。

 ユウヒの問いにしばし黙った紅陽神は、前足を挙げて空中を駆け上がるようにして宙に浮いた。

 ーーーー・・・どうとでも。好きにするがよい。

 ーーーー紅陽っ・・・!待っ・・・!

 風奏神の呼び掛けに振り向きもせず、紅陽神は消えた。

 再び暗闇に戻った地下で、一同は風奏神の淡い光だけを頼りに、リンを抱いたコウキの周りに集まる。

「・・・コウ・・・」

「・・・俺はっ・・・他にどうすれば良かったんだっ・・・!?」

 リンを抱いたまま顔を上げられずに、食い縛った歯茎の奥から絞り出すように響いたコウキの声に、手を伸ばしかけていたミルアはびくりと震えた。

「・・・バカ竜・・・」

 掛ける言葉も見つからず、ヒエンは立ち尽くした。

 誰も死なずに済んだが、地上を救う希望の力は永遠に失われてしまった。

 守護神を治めて廻る旅の中で力を付けたリンは、月に残るどの老人たちよりも優れた言霊使いだったのだ。

 だが、目の前に出されたあの状況で、あの条件では他にどうすればいいのかわからなかった。

 ーーーー・・・ごめんコウキ・・・。オレ、何もできなくて・・・。

 弱々しい幻霧神の声に、コウキは首を振った。

 誰のせいだとも思わない。

 ただ、リンの望みも、リンも守れなかった自分が憎くて仕方なかった。

 噛み締めた唇から一筋の血を流したコウキの肩に手を置いて真っ直ぐに見つめたのは、ユウヒだった。

「コウキ・・・。もしリンの意識があったなら、あの場面でリンは間違いなく自分の命を危険に晒してたよ。そうならなかっただけでも救いだ。君の選択は間違ってないよ。僕らはまだ、生きてるんだ・・・!」

「・・・ユウヒ・・・」

 ユウヒは、コウキの揺れる瞳をしっかりと捕らえた。

 まだ、終わっていない。

「・・・そ、そうだコウキ!まだ終わってないっ!まだ、やれることはあるはずだ・・・!」

 ミルアは一生懸命にコウキを見上げて訴えた。

 いつもの、飄々として不敵なコウキを思い出してほしくて。

「リンが目覚めたら、きっとそう言っ・・・!」

 途中まで言いかけ、ミルアはハッと息を飲んだ。

 だが、自分の心に負けず、ミルアは息を吸い直してもう一度口を開いた。

「・・・声が出なくたって、きっとリンはそう言う!絶対に!」

 涙がボロボロこぼれ、震える声でそう言い切ったミルアの頭を撫でながら、ユウヒも頷いた。

「・・・僕の女神はバカがつく程正直で、あきれる位の頑固者だ。違うかい?」

 囁くように同意を求めるユウヒを、コウキはじっと見た。

 ヒエンもなんとか言葉を探す。

「そうだてめぇ、んな情けねぇ面してんじゃねぇよっ!リンちゃんに愛想つかされっぞ!?まぁ、そうなったら、どうせ俺様は嫁は取り放題だし?リンちゃんでもミルアっちでも誰でも引き取ってやるよ!なにせ俺の顔にビンタかました女なんて初めてだし、触り心地も感度も抜群だったし・・・」

「思い出させんじゃねぇよっ!!」

 勢いに任せてベラベラと止まらなくなった口で弾丸のように言葉を並べていたヒエンの腹に、忌まわしい記憶を思い出してしまったコウキの蹴りが炸裂した。

「・・・げほっ・・・いい蹴りじゃねぇか・・・バカ竜・・・!」

「うるっせぇよバカ王子」

 心配なんてするもんじゃなかったと腹を押さえて睨むヒエンを、コウキは冷たい視線で見下ろした。

 ふんと鼻から息を吐いたコウキは、ミルアとユウヒに向き直った。

「・・・確かに、まだ終わってないようだ。上に迎えが来てる」

「・・・え・・・?」

「迎え・・・?」

 ーーーーあっ・・・!

 首を傾げたミルアとユウヒが見上げた天井に向かって飛んだ風奏神が目を輝かせ、えいっと両手を突き出した。

 すると、ぼこんっと穴が空いた天井からサラサラと砂が落ち、その向こうに夕焼けのオレンジに染まる空が見えた。

 ーーーーみんなっ上がるよっ!

 風奏神の声と共に、全員の体がふわりと浮く。

 そのまま、無事に地上へと出ることができた四人は砂に足を着けホッとしたのも束の間、目の前にいた人物に驚くこととなった。

「・・・・ハルアっ!?」

「それにっ・・・!」

 砂漠のど真ん中でコウキ達が出てくるのを待っていたのは、ウェントゥスに入る前に別れたハルア。

 そしてその背後には、豊樹神、慈澪神、氷月神が並んでいた。

 ただし、守護神たちは半分透き通っていて、実体ではないようだった。

「・・・ど、どうしてっ・・・!?」

 驚きの声を上げるミルアに、ハルアは少したくましくなった笑顔でニッコリと笑った。

「慈澪神がミルアを迎えに行くって言うから、頼んで連れてきてもらったんだ」

「え・・・!?どういうことだ!?」

「・・・・おい、アレ誰だ?」

「う~んと、ミルアの今のとこ(・・・・)いとこ」

 話が見えないと眉を寄せるミルアの後ろでヒソヒソと尋ねたヒエンに、ユウヒが困った笑みを浮かべながらそう答えた。

 早く早く話してくれとせがむミルアを手で制し、ハルアはユウヒ、ヒエンに視線を向け、コウキに抱かれたまま意識のないリンに目を留め、きゅっと唇に力を入れてから口を開いた。

「慈澪神が教えてくれたんです。アルバ・ソルとヴラフォスの守護神が手を組み、最後の大戦を仕掛けようとしていると。このままでは、本当に女子供まで巻き添えになる。それを止める為に、力を貸してくれると」

「っ!」

 ミルアは慈澪神を、ユウヒは豊樹神をそれぞれ見上げた。

 意志の宿る澄んだ瞳は『黒い月』に操られていた時と全く違って、とても美しかった。

「・・・・言霊が頼れなくなってしまった今、各国はあなた方の力を必要としています。この上は一刻も早く国へ戻り準備を・・・!・・・・ウェントゥスの王は、どちらに付くべきか未だ迷っておられるようで・・・」

 言いにくそうに上目遣いでちらりと見られたヒエンはぎょっと目を剥いた。

「なぁにぃ~!?あのくそ親父っ!ユウヒのフォレスタに攻め入るなんて許さねぇからなっ!?今すぐ行って俺が迷いをぶっ飛ばしてやるっ!!」

 そうと決まれば早いと、ヒエンは風奏神に詰め寄った。

「おいっ!今すぐ俺を親父んとこ連れてけっ!」

 ーーーーう、うん。もちろんいいけど・・・。

 勢いに押されて思わず風奏神が頷く隙に、ヒエンは仲間たちに振り返った。

「・・・ってわけで俺行くわっ!必ずウェントゥスはフォレスタの味方につくからっ!安心しろ!!」

「ヒエン・・・」

「じゃーなっ!戦場で会おうぜっ!」

 言うが早いか、ヒエンは風奏神の力で送られ消えてしまった。

「・・・あの戦バカが・・・!」

 戦と聞いて急に元気になり、イキイキとして言いたいことだけ言ってさっさと行ってしまったヒエンに、コウキは苦々しくため息をついた。

「・・・ハルアっ!私達もっ・・・!」

「うん。慈澪神がミルアに力を貸してくれる。僕も陣営で指揮を執るくらいできるよ」

「ああっ!絶対に諦めないっ!『黒い月』の思い通りになってたまるかっ!・・・コウキっ!リンのこと頼むぞ!?」

「・・・おいっミル・・・!」

 意気込んで気合いを入れたミルアはコウキの声も聞かず慈澪神の手のひらに乗り、ハルアと共に消えた。

「・・・・・・・」

「置いてかれちゃったねぇ、師匠?」

 姿は見えないがマール・モーリェの方角の空を眺めてから、ユウヒはコウキに苦笑を送った。

 あれだけなついていたコウキからこんなにあっさり離れるとは、ユウヒも、当のコウキも全く思っていなかったのだ。

「まぁ、子供はいつか一人立ちするものさ。ねぇ?」

 ユウヒはニッコリと豊樹神を見上げた。

 頷くように優しい視線を返す豊樹神の隣で、氷月神がすっと腕を上げた。

「!?」

 氷月神の手のひらから生まれて自分に向かって飛んできた光にコウキは思わず構えたが、その光は輪となり首飾りのようにリンの首に納まった。

 よく見るとその光は雪の結晶が連なっているように見えた。

 思わず氷月神を見上げたコウキに、氷の女神は微笑む。

 ーーーー・・・呪いを消すことはできないが、高熱を少しでも抑えることができるでしょう。・・・フォレスタの王子よ。どうか、お願いします。

 氷月神が守護するアイズベルグは、王が不在の上に王妃は臨月の身重の身だ。

 代理の指揮は重鎮たちが執ってくれるだろうが、氷月神としてはユウヒにそう言わずにはいられなかった。

 その心を感じ、ユウヒはニコリと微笑む。

「もちろんです。軍勢は我が国で止める。進軍は許しません」

 優しげな顔と声でも、キッパリと強い瞳で言ってくれたユウヒに、氷月神はホッとしたようだった。

 ーーーーありがとう・・・。

 そう言い残し、氷月神はすぅっと溶けるように消えた。

 しばし氷月神を見送ってから、ユウヒはコウキとリンに向き直った。

「さぁ、一緒にフォレスタの城に戻ろう。・・・リンも、ちゃんとした所で休ませなければ」

 三日間の高熱と戦わなければならないリン。

 氷月神から雪の首飾りをもらったとはいえ、その負担を少しでも減らしてやりたい。

 ーーーー賛成っ!オレも行くっ!

 幻霧神の声が聞こえ、コウキは頷いてユウヒと共に豊樹神の手のひらに乗った。



(・・・・苦しい・・・・体・・・重い・・・)

 自分がどうなったかも記憶に無いままに朦朧とする中で、リンは熱と戦っていた。

 ここがどこなのかもわからない。

 どこなのか考えることすら忘れた意識が闇の底から浮上する度に、力の入らない自分の手を握ってくれる強い手があった。

 誰の手なのかは、直感でわかっていた。

 いつも自分を助けてくれる大きな手。

 この手が自分の手を離さずにいてくれるなら、何も怖いことなど無いと思った。

(私・・・頑張れるよ・・・コウキ・・・)

 なんだかわからずとても苦しいが、握った手から心配しているような気配が伝わり、リンは力の入らない手で大きな手を握り返した。

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