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ハニームーンの卵~炎竜と言霊使い~  作者: 伊藤ひおり
アルバ・ソルの旅
107/119

紅陽神

「・・・あっぢぃ・・・」

「暑いって言うとよけい暑くなるから暑いって言わないでコウキ・・・」

「・・・リン、何回も言ってるぞ・・・って、あれ?前にも同じ事言ったことがあるような・・・」

「気のせいだろ・・・」

 砂漠を越えた先にあるオアシス、アルバ・ソルの首都を目指し、一行は灼熱の砂漠の中をひたすら歩いていた。

 ヒエンが用意した南国の衣装はオアシスに住む人々の一般的なもので、砂漠を渡るには不向きだった。

 そもそも、底の薄いサンダルで砂漠に足を踏み入れようものなら一瞬で火傷する。

 これだけはと、リンの言霊で砂漠越えに相応しい服装に装備し直して、なんとか慣れない砂の上を歩いていた。

「・・・ちっ、役に立たねぇバカ王子だな・・・」

「なにぃ!?ユウヒはアルバ・ソルに来るの初めてなんだからしょうがねぇだろ!?」

「てめえの事だよっ!!そういう反応やめろよ気持ちわりぃなぁ!!態度変わり過ぎなんだよっ!!」

「なっ・・・!態度なんか変わってねーよっ!!なぁユウヒっ!?」

「・・・うるさいよ、二人とも?」

「「・・・・すみません」」

 ニッコリと笑ってはいるものの、呼吸をするのも辛い程の暑さにやられて不機嫌なオーラを放つユウヒに静かにたしなめられ、コウキとヒエンは小さくなる。

「・・・これもパターンになったな」

 男三人のやりとりを半ばボーッとしながら聞いていたミルアの言葉に、リンは頷くだけで精一杯だった。

 だがそれでも、前に進む。

 過去の出来事を告白した日、夕食を食べた後にコウキと交わした言葉を現実とする為に。


 ーーーー・・・・ねぇ。全部終わって落ち着いたら、おばあちゃんを地上に呼んであげたいんだけど・・・。

 ーーーーああそうしろ。いつまでも年寄り一人で置いとけねーだろ?


 あっさりと賛同してくれたことが、嬉しかった。

 強い言霊の力を持っている為心配はないが、たった一人で月で待っている祖母の為にも諦めずに今は進むのだ。

 もともと、滅びゆく青き月の民を伴って地上に移り住む事を考えていた祖母は、地上の書物等も集めて研究していた。

 地上の生活にもすぐに馴染むだろう。

 自分がそうであったように。

 そんなことを考えながら歩いていたリンの足元の砂が、音も立てずにサラサラと崩れ始めていた。

「・・・なぁ、あとどれくらいで首都のオアシスに着くんだよ?」

 先頭を歩いていたコウキは振り返る気力もなく、後ろを歩いているヒエンに尋ねた。

「・・・そうだなぁ・・・。・・・・休まずに歩いて、丸三日位?」

「休まなきゃ死ぬだろっ!!じゃあ五日はかかるってことかっ!?」

「・・・・遠回りでも海沿いを行った方が良かったかもな」

「こんな砂漠のど真ん中で今更んな反省すんじゃねぇよっ!!」

「・・・・お前元気だなぁ」

「俺だって怒鳴りたかねぇよっ!!」

「・・・うるさいよ、二人とも?」

「「・・・すみません」」

 もう何度目かわからない毎度のパターンにミルアが苦笑を浮かべた瞬間。

 突然、全員の足元の砂が沈んだ。

 そう思った時には、全員が砂の中に引き込まれていた。


「・・・・っ」

「・・・・?」

「・・・・げほっげほっ・・・!」

「・・・ここは・・・?」

 気絶していた一行は暗闇の中で目を覚ました。

 体の下に砂の感触はあるものの、何か重しでもくくり付けられているかのように体が言うことを聞かなかった。

「・・・全員いるかっ!?」

 口に砂が入り、苦しい息の中で叫んだコウキの声がこだまのように響いた。

 どうやら、洞窟のような空洞に落ちたらしいと判断したコウキはどうにか体を起こそうと手探りを試みる。

 その手が、人肌に触れた。

「・・・ん?」

「んげっ!?この手バカ竜か!?俺様の手を握るんじゃねぇよ!!」

「はぁ!?後ろにいんの、バカ王子か!?」

 ロープのようなもので、コウキとヒエンが背中合わせで縛られていた。

 道理で重しが付いたように体が動かないはずだった。

 二人の声を聞き、体の前に重りが付いているようなユウヒは首をひねる。

「・・・ということは・・・このぺったんこ具合は、ミルアかな?」

「ぺったんこ言うなっ!」

 ユウヒと向かい合うように縛られていたミルアは即座に怒鳴り、ハッとした。

「リンはっ!?」

 コウキとヒエン、ミルアとユウヒが括られているなら、先程から一度も声が聞こえないリンはどうしたのか。

 お互いに、せめて向かい合わせでなくて良かったとホッとしていたコウキとヒエンも、ミルアの声で我に返る。

「リンっ!!」

「リンちゃん!?」

 呼び掛けても、返事は返って来なかった。

「とりあえず、起き上がってみよう」

 いつまでも倒れたままで騒いでいてもしょうがないとのユウヒの声に、三人は頷いた。

「行くよ?せーの」

「よっ・・・!」

 息を合わせたユウヒとミルアはすぐに体を起こし、なんとか向かい合ったまま立ち上がることに成功した。

「・・・てめぇこら重いっ!!」

「勝手に動くなっ!頭悪ぃなっ!!」

 息の合わないコウキとヒエンは、お互いに罵りながらもなんとか力ずくで起き上がった。

 日の光が全く入らない真の暗闇の中は、しんと静まり返っていた。

「・・・・我が身我が魂に集いし・・・」

 ーーーーだめだコウキ!

 とりあえず明かりが必要だと火の精霊を喚ぼうとしたコウキの呪文は、突然聞こえた幻霧神の声によって中断された。

「幻霧・・・?」

「・・・風奏神っ!どうしたっ!?」

 慌てた様子の幻霧神の声に驚くコウキの後ろで、目の前にぽわっと淡く輝きながら現れた風奏神にヒエンが声を上げた。

 その淡い光のおかげで視界を取り戻した一同は、空中に浮いたままヒエンに背を向けて一点を見つめている風奏神の視線を追った。

 四人が立っている所より少し高いそこに、なにかいるというのか。

 ーーーー・・・気配を消しても、ボクにはわかるよ。・・・・紅陽こうようでしょ・・・?

「!?」

 風奏神の言葉に一同が驚くのと同時に、爆発的に膨れ上がって現れた強大な守護神の気配をコウキは感じ取った。

 その瞬間。

 暗闇に凄まじい光が現れた。

「・・・っ・・・!?」

 突然の光に目を射られ、思わず目を瞑った一同が少しずつ慣れてきた瞳をそっと開けた時。

 その瞳に映ったのは、巨大な金色の獅子だった。

「・・・紅陽神・・・か・・・!?」

 その光溢れるエネルギーに満ちた威厳ある姿に圧倒され、ヒエンは自分の首筋を冷や汗が伝うのを感じた。

「・・・っ!」

「あっ・・・!」

 その紅陽神を、同じく圧倒されながらもその金色の美しさに見とれていたユウヒとミルアはハッとして顔色を変えた。

 コウキも同じ事に気付き、ぎりりと奥歯を鳴らした。

 紅陽神の足下。

 その大きな前足を乗せられたリンが倒れていた。

 その首筋には、紅陽神の鋭い爪が今にも突き刺さりそうに添えられていた。

「リンちゃんっ!!」

 驚き名を叫んだヒエンの声が空洞内に響いても何の反応もないリンは、気絶しているようだった。

 ーーーー・・・・ここまで、よくやって来た・・・。

 低く響く威厳ある紅陽神の声が聞こえ、一同はハッとした。

 紅陽神は深い眼差しを一同に向けていた。

 ーーーーここまでたどり着いたその意志と力に、まずは敬意を払おう。・・・しかし、それはとても愚かな行動だったな、人間たちよ。

「・・・紅陽神っリンをどうするつもりだっ・・・!」

 ミルアの悲痛な叫びにも似た声に、紅陽神は微かに目を細めたようだった。

 ーーーー・・・・そう。この月の娘の存在があったからこそ、我らに逆らおうなどという愚かな夢を見たのだ。

「逆らおうなどと思っているわけではありませんっ!僕たちは守護神たちも『黒い月』も救われる道を探してっ・・・!」

 ーーーーそれが愚かなのだ!!

 ユウヒの叫びは、紅陽神の発した大音響に掻き消された。

 ーーーー・・・わからぬか。もはや全てが救われる道など無いのだ。一刻も早く『黒い月』の民が移り住めるよう、地上の掃除が必要なのだ。

 ーーーー待って!紅陽っ!

 悲しみにも似た声を絞り出す紅陽神の前に風奏神が飛び出した。

 ーーーー・・・寝返ったちびと交わす言葉は無い。

 ーーーー違うよっ!寝返ったんじゃないっ!ボクらは忘れてるだけなんだっ!思い出して!あの子と一緒に、この地上に降り立った時のことを!

 一同はその言葉にハッとした。

 この地上の創造主たる少女のことだとすぐにわかったからだ。

 コウキは、リンが見た夢の話を思い出していた。

 紅陽神は微かに目を伏せた。

 ーーーー・・・忘れはせぬ。だからこそ我々はあの子の夢を叶える為に・・・。

「茶色の髪の、華奢でかわいい女の子だったんだってな・・・」

 紅陽神の声を遮ったコウキの言葉に、全員がぎょっとした。

 紅陽神と風奏神は明らかに狼狽えたようだった。

 ーーーーお前・・・っなぜ知っているのだ・・・?

 コウキは縛れたまま顔を向け、真っ直ぐに紅陽神を睨み上げた。

「リンが夢で見たんだよ。かわいい純粋な目をした女の子が、この地上でお前ら守護神に囲まれて幸せそうに笑ってたって」

 紅陽神と風奏神は息を飲んだ。

 コウキは続ける。

「・・・お前ら守護神も幸せそうだったってリンは言ってた。あんな純粋な魂を持つ子が、何かが滅びることを望むはずがない。きっと、全ての希望の為にこの地上を創ったんだ。片方が滅ぶ為に創ったんじゃないはずだ!」

 そこまでリンと話したわけではなかったが、きっとリンはそこまで感じ取っていたのだろうと思い、コウキはそう叫んでいた。

「その子の望みは、お前らも含めた全ての幸せだ!『黒い月』に操られて本来の意志を失ってるお前らを見たら、悲しむんじゃないのか!?」

 ーーーーやめろっ!!

 紅陽神の慟哭が響いた。

 風奏神は、コウキの言葉に静かに涙を流していた。

 その言葉が、まさに風奏神の思いと同じだったからだ。

 ーーーー紅陽・・・あの子の命が終わる時、みんなで約束したじゃないか・・・。この地上で、また会おうねって。あの子にまた会うまで、ここを守ろうって約束したじゃないか・・・!

 ーーーーそうだ・・・。だからこそ地上の人間どもを・・・。

 ーーーー違うよっ!あの子は地上の民も愛してた!

 ーーーー・・・黙れっ!我々にはもう他に道は無いのだっ!

 ーーーーそう思わされてるだけだよ!紅陽も、言霊使いの光を浴びればきっとっ・・・!

「うわぁぁっ!!」

 背後からコウキ達のうめき声が聞こえ、風奏神はハッと振り向いた。

 コウキ達を縛っていたロープのようなものの正体ーーー猛毒を持つ砂漠のコブラが、自らが捕らえている獲物を締め上げていた。

「・・・こいつの唾液にちょっとでも触れたらっ・・・そこから腐り落ちるぞっ・・・」

 ヒエンの絞り出した言葉に、コウキ、ミルア、ユウヒはぎょっとする。

 唾液に触れただけで腐るなら、咬まれでもしたら即座に毒が血管を巡り即死は免れない。

 ご丁寧に一人に一匹ずつのコブラが、それぞれの顔の間近でチロチロと赤い舌を出して紅陽神の指示が下るのを待ち構えていた。

 このコブラが巻き付き、ヘタな動きを見せれば即咬みつかれる状態だったからこそ、幻霧神はコウキが魔法を使うのを止めたのだ。

 両手は動きを封じられ、いくら早口で呪文を唱えようともコブラが咬みつく方が速い。

「・・・くっそ・・・!幻霧・・・っ」

 ーーーー・・・コウキ!リンがっ・・・!

 最後の手段とばかりに幻霧神に呼び掛けたコウキは、その幻霧神の声に促されて、まだ倒れたまま意識のないリンを見た。

「!」

 首筋に紅陽神の爪を当てられたままのリンの首に、一匹のサソリが乗っていた。

 黒光りする毒の尾をぴたりとリンの首に当てたそのサソリを見たコウキは目を見開く。

 他の仲間たちもその様子を目に留め、息を飲んだ。

 紅陽神が厳かに口を開いた。

 ーーーー・・・言霊使いはもはや必要ない。

「やめろっ・・・!!」

 叫んだコウキを、紅陽神は静かに見下ろした。

 ーーーー焦るな。選ばせてやろう。ここまで来た勇気ある月の娘だ。我が爪で引き裂くことは容易い。だが、このサソリの毒を受ければ、三日間の高熱の後、この娘は声を失う。

「何・・・っ!?」

 ーーーーどちらが良いか選ぶのだ。この娘の命か、声か。どちらかを選べばお前達を見逃してやろう。どちらも選べないと言うなら、この場で全員コブラの餌食となるがよい。さぁ。

「・・・っ!!」

「そんなっ・・・!」

 ーーーー待って!!紅陽っ・・・!

 リンの癒風光に期待していた風奏神は焦って前へ出た。

 言霊使いが声を失うのは、致命的なこと。

 リンはただの力無き娘になり、ミルアやユウヒの希望の力は失われる。

「ふざけるなっ!どうしてリンがそんな目にっ・・・!」

 あまりのことに目に涙を溜めてミルアが、叫ぶのを、紅陽神は宝石のような輝く瞳で冷たく見下ろした。

 ーーーーこの娘にとっては、使命を果たせなければ死んだも同じことだろう。生半可に声を失うより、いっそ命を絶ってやった方が親切ではないか?

 コウキはギリッと歯茎を噛み締めた。

 紅陽神を睨んだユウヒが声を上げる。

「あなた方は・・・いや『黒い月』はなぜそこまで言霊使いを畏れるんだっ!?何か理由があるのか!?」

 何も無ければ、放っておいてもいいはずだ。

 言霊使いが『黒い月』にとってやっかいな存在であることは間違いないと白状しているのと同じだと叫んだユウヒに、紅陽神は視線を向ける。

 ーーーー言霊は恐ろしい力だと知っているだろう?放っておけば全て消滅させられるぞ?いつか(・・・)のようにな・・・。

「!?てめぇ何を・・・!?」

 まるでリンの過去を知っているかのような紅陽神の口振りに、ヒエンは思わずカッと目を開いた。

 だが、紅陽神はそれ以上何も言うつもりはないようだった。

 ーーーー・・・さぁ選べ。全員ここで死ぬか。この娘の命か、声か。さあ!

 もはやこれ以上待つつもりは無いとばかりに、紅陽神はリンの首に当てている爪に力を入れた。

 つ・・・・と細く流れた血を見た瞬間、コウキは叫んでいた。

「やめろっ!!殺すなっ!!」

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