黄昏の姫
ほとんどシリアスな暗めの話ですが、その分終わりはほのぼのしてます(^_^;)
青き月。
ユエリアンと呼ばれる都があった。
昔は栄えた都だったが、リンが生まれる頃にはコウキの赤き月と同じく人口は著しく減少していた。
それに加えてなぜか女児が生まれにくくなり、ますます青き月の民は減少の一途を辿っていった。
そんな中でリンは長老の孫として生を受けたが、両親はリンが生まれてすぐに病で死んでしまった。
言霊の力が強い長老の一族を少しでも多く増やしたいと望んでいた人々は、たった一人血を受け継ぐリンに全ての期待をかけた。
もはや自然に任せ、滅びる運命を受け入れるか、地上に移りそこで新たに生きていくしかないのではとの考えを持っていた長老の居ない場で、まだ物心もつかない赤子のリンと誰を掛け合わせればより強い子供が残せるかという審議が繰り返し行われた。
まだリンが自分の存在を自覚する前から、人々はリンをただ強い子孫を残すための道具としか考えていなかったのだ。
ただ一人、リンの祖母である長老を除いて。
やがてリンが成長し、子を産むことが可能な年頃になった頃。
人々は内密に進めていた話を長老に切り出した。
すなわち、言霊の力の強い男を数人選び、その男達の子供を一人ずつ順番にリンに産ませるという、馬鹿げた計画を。
当然、リンの意思と人格をまるっきり無視した話に長老は激怒した。
その時の激しい言い合いを陰から聞いてしまったリンは、今まで自分に優しくしてくれていた人々の本性を知った。
自分が人間扱いされていなかったことを知った。
ただの道具と思われていたことを知った。
そして、勢い余った男の一人が祖母に掴み掛かったのを見た瞬間。
リンは、叫んでいた。
今まで口にしたことのない、恐ろしい言葉を。
体の奥底から凄まじい力が爆発するように膨れ上がるのを感じた。
その力に圧倒され、リンは意識を手放した。
次に目覚めた時にリンの瞳に映ったのは、誰もいなくなったユエリアンにただ一人残った祖母の泣き顔だった。
その瞬間から。
リンは祖母と共に青き月の最後の生き残りとなったのだった。
最後の娘。
日が沈み一日の終焉を象徴する、黄昏の姫に。
「・・・・おばあちゃんは何度も・・・あれは事故だ、お前は何も悪くないって言ってくれたけど・・・。少ししてから自分で気付いたわ。・・・・私の言霊が、みんなを消したの・・・」
すっかり夜が更けた空に浮かぶ、故郷である青き月を見上げながら、リンは呟くようにそう言った。
「・・・マール・モーリェに入ってすぐの頃、たくさんの死体の上に立つコウキの夢を見たけど・・・。あれは本当はコウキじゃない。私だったのよ・・・」
夢の中で泣きながら叫び、体が拒否反応を起こす程の夢。
あの時のリンを覚えているミルアは、唇をぎゅっと噛み締めた。
あの時はどんな夢を見たのか教えてもらわなかったが、きっと間近で見た戦が怖かったのだろうと思っていた。
本当は、もっともっと深い意味があったのだ。
「・・・・ずっと、内緒にしてて、ごめんなさい」
長い話を終えたリンは、目を伏せたままそっと息を吐いた。
「あの泉で話そうとしてくれてたのは、そのことだったのか・・・?」
目に涙を溜めたミルアにそう問われ、リンは頷いた。
「・・・だから、自分は幸せになっちゃいけないって言ったのか・・・?」
続けてミルアに問われ、少し間が空いてから、やはりリンは頷いた。
「・・・だって・・・私は・・・」
「リン」
リンの言葉を、ユウヒが名を呼びさえぎった。
その先の言葉を、言わせてはいけないと思ったからだ。
リンは静かに顔を上げ、ユウヒを見た。
ユウヒはいつもと同じ穏やかな顔をしていた。
「リン。フォレスタの城で『今度こそ自分の力を人の為に使いたい』って言ったのは、そういう事があったからだったんだね」
「・・・・はい」
コウキの前で『今度こそ』と言ってしまった時はとっさに知らないふりをしてしまったが、常にその思いがあったことは確かだった。
過去はどうやっても取り戻せないことが、わかっていたからこそ。
己の罪から逃げるかのように。
地上の為にと口に出して。
ただ一生懸命に突き進んできた。
何も考えなくていいように。
ミルアは思い出す。
いつかリンに、月で友達や家族が待っているのだろうと聞いたときのこと。
二回ともリンは曖昧な返事しかしていなかった。
いや、出来なかったのだ。
「リン・・・もう、いいじゃないかっ・・・」
「・・・え・・・?」
ミルアの低い呟きにリンは瞳を向けた。
「リンは、ずっと苦しんでいたんだろうっ?その苦しみを誰にも悟られないように笑顔で隠してっ・・・!だったら、もういいじゃないか!」
「ミルア・・・」
これ以上、過去に囚われて苦しむ必要はないとミルアは思った。
「リンは何も悪くないっ!!」
こぼれる涙をぬぐおうともせず叫んだミルアを、リンは静かに見つめた。
「・・・ありがとう、ミルア」
そう言ったリンの儚い姿に、ミルアは唇を噛んだ。
お礼を言ったのは、ミルアに対する気遣いだ。
だが、ミルアはお礼を言われたいのではない。
過去に囚われるリンの心を救いたいのだ。
「・・・地上を救えば、リンちゃんも救われるのか?」
それまで黙っていたヒエンがずばりと遠慮のない発言をした。
否定的なその声は、過去から逃げ、何の関係もない地上の為に力を尽くすことがまるで贖罪であるかのようなリンを責めているようだった。
地上を救うことで、リンの罪が消えるわけではないと。
「ヒエンっ・・・!」
あまりな言い方にミルアはヒエンをにらんだが、ヒエンは真っ向からその視線を受けた。
「そうだろう?リンちゃんの問題はリンちゃんの問題。地上の問題は地上の問題だ。それをごっちゃにされちゃ迷惑だ」
自分を救うために、地上の為と言いながらここまで来た偽善者。
そう言われても仕方がないと、リンはヒエンの言葉を受け止めた。
「・・・ヒエン様の、言う通りです」
「リンっ・・・!」
ヒエンの言葉をそのまま受け取り、罪を背負おうとするリンにミルアは焦り、必死に言葉を探した。
「どうしてリンが責められるんだっ!?リンは何も悪いことなんかしてないだろうっ!?あんな思いまでして今まで戦ってきたことを責めるのは変だっ!!」
体力も精神力もすり減らし、命懸けで地上の民の為に戦ってきたことは間違いないのに、それすらも否定するかのようなリンの態度にミルアはムキになった。
「私を助けてくれたことも!!マイカ達の村の為に言霊を使ったことも!!たった一人でフォレスタの城まで行ったことも!!フォレスタ王や私の母を救うために力を使ったことも!!アイズベルグの子供たちの為に頑張ったことも!!・・・全部っ・・・全部本当の事だっ!!」
ずっと、コウキと共にリンを見てきたミルアは叫んだ。
いつもいつも倒れる程の力を使い、戦い続けてきた。
戦いなんて似合わないのに、その中の身を投じてきた。
生半可な事故犠牲精神でやってこれるような旅ではなかったはずだ。
ミルアの叫びに、リンは返す言葉を持っていなかった。
何と言ったらいいのか、わからなかった。
今の、この気持ちを。
「リン・・・君は、フォレスタの城で僕たちに言ったね?コウキやミルアと出会って旅をしてきて、懸命に生きる人達を見て、もう知らないふりは出来ないって」
「・・・・はい」
言ったことは事実だった。
だが、今となってはそんな言葉は白々しい嘘にしか聞こえず、リンは恥じて俯く。
「僕は、リンが上手に嘘をついてそういうふりを出来るような器用な子には見えないけどね」
バカが付く程正直で、一度に二つのことを考えながら動けるような性質ではないと見ていたとユウヒに言われ、リンは小さくなる。
ユウヒは更に畳み掛ける。
「地上の為に動いてた時、故郷の事は考えてなかったよね?」
それこそがリンの望みだったかもしれないが、打算的にそうなるように仕向けたのではないだろうという事はわかった。
先々考えて打算的に動くことができる娘なら、もう少し上手く立ち回っていただろう。
そんなリンの一生懸命な姿に、ユウヒも心を動かされたのだ。
「これでも、人を見る目はあるつもりだよ?」
王子としての能力を疑うのかと優しくユウヒに言われ、リンは膝の上で拳を握った。
「・・・・ま、確かにちょっとバカ正直すぎる、普っ通の女の子にしか見えねーけどな」
なにか大それたことを考えたり、姑息なことをしたりするようには思えず、ヒエンはため息まじりにそう言った。
そして、さっきからずっと黙ったままのコウキを見た。
リンにしてみれば、誰よりもコウキの反応が怖いはずだった。
ミルアとユウヒも、コウキに視線を向けた。
あぐらをかき、立てた片膝に腕を乗せて目を伏せ、仲間の声を黙って聞いていたコウキは、静かに目を上げた。
「・・・・あとは、何か言いたいこと残ってるか?」
「「「え?」」」
目を瞬く三人をよそに、コウキの目は未だ自分を見ようとしないリンに真っ直ぐ向けられていた。
「もう話し残したことはないかって聞いてんだよ!」
強い口調で言われ、リンはびくりと体を震わせた。
「・・・昔のことは・・・もう、何も・・・」
起きた出来事はもう話した以上のことは無いと言ったリンに、コウキは更に強い視線を向ける。
「ああそうかよ。んじゃ今どんな気持ちでこれからどうしたいのか言ってみろっ!」
「・・・・っ!」
コウキの問いに、顔を上げられないままリンは息を飲んだ。
コウキは仲間の顔をぐるりと見回した。
「お前らも論点がずれてんだよっ!こいつの過去に何があったってどうでもいい!大事なのは『今』と『これから』だろっ!?」
立ち上がったコウキはリンの前に片膝をついて目線を合わせた。
「顔を上げろ!」
間近で怒鳴られびくりとしたリンは、恐る恐るコウキの瞳を見た。
「お前、俺に言ったよな?『今までたくさん辛い思いをしてきたと思う。でも過去の出来事が一つでも違ってたら、私たち今ここにいなかった』って!」
そう言ってコウキを抱き締め、コウキの過去を受け入れたリン。
リンは揺れる視界の中でコウキを見つめた。
過去を否定することは、今を否定すること。
仲間たちの見守る前で、コウキはリンを抱き締めた。
「『ここ』がお前の居場所だ!『ここ』にいたいのか、いたくないのか、どっちだ!?」
それだけが全てだと問われ、リンは唇を震わせた。
その究極の質問の答えは、とても簡単だった。
逆らいきれず、リンはとうとう涙をこぼし、コウキにしがみついた。
「・・・・こ、『ここ』にいたいっ・・・ずっと、いたい・・・!」
祖母の腕の中以外で初めて見つけた安らげる場所。
安心して眠りにつける温かな場所。
その場所が存在する世界を、守りたかった。
コウキは泣くリンの髪を撫でる。
「それさえわかってりゃいいんだよ。そうなるように進めばいいだけだ。それでも罪悪感があるってんなら、俺が一緒に背負ってやる。言っただろ?何があっても一緒が生きるって」
「・・・・っ・・・ふぇっ・・・!」
耐えられなくなったリンは、子供のように声を出して、泣いた。
ずっとずっと、祖母の前でも泣けずに我慢していた分の涙だった。
泣くリンをただ抱き締めるコウキを見守りながら、ミルアは呟いた。
「・・・リンのおばあさんはきっと・・・リンがコウキと出会うってわかってたんだな・・・」
地上にリンの希望があると言ったリンの祖母。
コウキはまさしくリンの希望だった。
リンの全てを受け入れ、生きる力を与え、頑なだったリンの『結界』をぶち破ることができる者。
同じく二人を見守っていたユウヒは苦笑する。
「強引だねぇ」
コウキの放った理論は、とても偏っていて強引だった。
聞いていて爽快な程。
「・・・つーかさ、あいつが全然罪悪感の欠片もねーのに、リンちゃんが悩んでる必要ねーよな?」
戦荒らしをして戦場を騒がせ、国に関係なく無差別に兵士達を叩き斬ってきたコウキに比べたら、故意ではなくただ力を持っていたが故に起きてしまった事故の当事者になってしまっただけのリンが、心を痛める程に自分を責めているのはとても不公平だと言ったヒエンの言葉に、ミルアとユウヒは確かにその通りだと腕組みをして頷いた。
その夜は、色々と消耗してしまったリンの代わりにと、すっかり遅くなった夕食をミルアが作った。
「・・・・・・・・やっぱし、リンちゃんいないとダメだな・・・」
「・・・・・・・・右に同じ」
「・・・・・・・・右に同じ」
「悪かったな!」
悪戦苦闘してやっと出てきたデロデロのスープらしき物と、石のように固いパンケーキに閉口する男三人に、ミルアは力一杯怒鳴った。
「お前なんで具の大きさこんなに違うんだよっ!?同じに切ればいいだけだろーがっ!」
「それが難しーんだっ!」
片や半分溶けかけ、片やまだ生煮えで固いニンジンを口の中で噛みしめながら、ユウヒはコウキに怒鳴られているミルアに笑みを向ける。
「・・・まぁ、お姫様だからね。普通のお嫁さんができなきゃいけないことができなくたって、なんとかなるさ・・・」
ユウヒの優しさが、グサリとミルアの胸に突き刺さる。
「ユウヒっ!フォローになってないっ!」
「・・・いや、フォローしきれねぇだろ・・・これ・・・」
混ざっていたジャガイモの皮を口から取り出しながら、ヒエンはこれ以上のフォローは無いと呟いた。
「リン~っ!!あいつらが苛める~っ!!」
ミルアに泣きつかれたリンは、コショウの味しかしない辛いスープをなんとか飲み下した。
「・・・・確かに・・・これはヒドイわね・・・」
気候による蒸し暑さのせいだけではない汗を流しながら呟いたリンに、ミルアは更に泣く。
「リンまで~っ!!」
「なっ酷い味だろ?」
怒った顔で同意を求めたコウキに、しかしリンは頷かなかった。
「そもそもコウキが悪いのよ?いっつも私一人に料理させて、ミルアには魔法の講義だ力仕事だって言って、全然料理の手伝いをさせなかったから!」
だからこんなにミルアが料理音痴なのも仕方ないことだと責められ、コウキはうっと言葉に詰まる。
「・・・・だってそれはお前・・・講義とか力仕事の方がミルアには必要だと思って・・・」
「そうやって決めつめてたからこうなったんでしょう!?」
「うっ・・・でもまさか、こんなに出来ねぇとは思ってなかっ・・・」
「だから!やらせないからわからないのよっ!」
「ふ、二人とも!私のことでケンカしないでくれっ!」
そんな三人のやりとりを、ユウヒとヒエンはこれくらいなら出来るからとリンが淹れてくれたお茶で口直ししながら眺める。
「やぁ、ホームドラマのワンシーンみたいだねぇ」
「強い嫁さん・・・旦那の方が分が悪いな・・・」
「家庭を省みないと、こうなるんだねぇ」
「子供が気ぃ遣ってるよ・・・」
真夜中にわいわいと賑やかになった焚き火の周りで、また一つ乗り越えた事を感じ、ユウヒはニッコリと微笑んだのであった。




