我慢
「・・・んだよ、ひっでぇ面だな、バカ竜」
「うっせ・・・」
熱帯雨林を抜ける頃、疲れた様子でぐったりと歩いているコウキにヒエンは思わず声を掛けた。
それほど酷い顔をしていたのだ。
軽くあしらわれてムッとしたヒエンだが、それもまたいつものことなので軽く舌打ちして不快を表しただけで、あとはもう気にすることなく歩いた。
今や日除け代わりのシャツも袖を間繰り上げ、リンとミルアのベールも荷物にしまわれていたが、この雨林を抜ければその先に待っているのは灼熱の砂漠地帯だ。
その砂漠の真ん中にアルバ・ソルの首都がある。
フォレスタ、マール・モーリェ、アイズベルグが同盟を結び、ウェントゥスまでが停戦状態になった今、残るアルバ・ソルとヴラフォスの二国がどう出るか。
何か仕掛けてくる前に、守護神たちと会い、王族と話をしなければならない。
もはや、地上の民同士で争っている場合ではないのだと。
『黒い月』がどう動いてくるかもわからないため、急がなければいけないことは間違いなかった。
(・・・なのに・・・こんな事で悩んでる場合じゃねぇって・・・)
「・・・ねぇ、まだ葛藤してるの?」
大きくため息をついたコウキの隣に来たリンがそう尋ねた。
ヒエンの秘めたる想い(?)を察してしまったあの日から、ずっとコウキが具合悪そうな様子なのをちゃんと気付いていたのだ。
「・・・・・・・」
苦笑しているリンを、コウキは恨めしそうにジト目で見た。
暑くてベールを被っていないため、ベアトップのみの上半身は肩や鎖骨が丸出しで、ウエストからへそまで出ている上に、巻きスカートからは太ももの中程まで歩く度に見え隠れしているその姿に、コウキはもう一度大きくため息をつき目を反らして前を向いた。
「別に。俺には関係ねーし」
なんだか素っ気ないその態度に、リンはムッとした。
「・・・なぁに?最近なんか・・・」
「しゃべってっと遅れるぞ」
何か言いかけたリンの言葉を遮り、コウキは足早に前方のユウヒ達を追って行ってしまった。
その背中を見、一瞬手を伸ばしかけたリンはきゅっと唇を噛み、伸ばしかけた手を戻して再び歩き始めた。
このところ、コウキとはまともに顔を合わせて話していない。
もちろん、何の触れ合いもなかった。
(・・・・そんな場合じゃないものね・・・)
世界を揺るがす事態を前にして、恋だの愛だのといった関係を持ったことを恥じているリンには、今は世界のことが優先というコウキの考えがよくわかっていた。
だから、恋人らしい時間はおろか、日常のちょっとした会話すらも目を合わせてもらえなくても、それは仕方のないことだと納得していた。
でも、本音は。
全く正反対であることを自覚しており、そのことがとても自分本意に思えてしょうがなく、そんな気持ちをとても口に出して言えるわけがなかった。
(・・・せめて、普通に話すくらい・・・)
気持ちが通じてからも、ウェントゥスに入った頃は普通に話していた。
ヒエンの城では、充分に二人きりで過ごす時間もあった。
だからかもしれない。
余計に、淋しいと思ってしまうのは。
(・・・でも・・・)
本当は。
ミルアにも話そうとして機会を逃してしまった、秘密がある。
まだ、誰にも話していない、秘密が。
ずっと嘘をついていたコウキを責められる立場ではないことを、まだ誰も知らない。
「・・・・リン!あそこで今日はキャンプだ!」
考え込み、いつの間にか歩みの遅くなったリンに、前方からミルアが大きく手を振って呼び掛けた。
その弾けるような笑顔に元気をもらい、リンは仲間の元へ駆けて行った。
「明日には砂漠に入るからな。この湿気が恋しくなるぜ!」
その場を取り仕切るようにヒエンが腕を組み偉そうに宣言するのを、コウキは苦虫を噛み潰したような顔で見る。
「わかったから、てめぇも少しは手伝えよ!」
ヒエンが仁王立ちで宣言している周りでは、他の仲間たちがそれぞれ分担を決めて忙しくキャンプの準備をしていた。
未だ俺様気質のヒエンは、何も仕事を覚えようとしないのだ。
コウキに叱られたヒエンは、ふんと鼻を鳴らす。
「俺様の為に働けバカ竜!」
「なんだとこのバカ王子っ!誰がてめぇなんぞの為に!」
「コウキ、薪を集めてきてくれるかい?ヒエンはこっちのテント張り」
今にも取っ組み合いの始まりそうな一瞬前の絶妙な間合いで、ユウヒがニッコリと二人の間に入った。
いつも気を削がれるそのタイミングにしてやられ、コウキとヒエンは舌打ちしてお互いにそっぽを向いた。
そのまま林の奥の方へと向かうコウキの背中を見送ったリンに、ミルアがこっそりと耳打ちする。
「・・・リン!食材は私が切っておくから!リンも薪拾いに行ってこい!」
「え・・・?」
いつもの役割分担を代わると言ったその言葉に振り向いたリンは、片目をつぶったミルアを見てぱぁっと顔を明るくした。
「・・・ありがとう!」
このところ淋しそうにしていたリンの様子を心配していたミルアは、その素直な反応にくすくすと笑いながら、コウキを追いかけるリンを手を振って見送った。
「・・・待って!コウキ!」
ムッツリしたまま黙々と歩いていたコウキは、突然後ろから聞こえた声に驚き思わず振り返った。
「・・・何してんだよ?ミルアは?」
小走りで追い付き、息を整えているところに声を掛けられ、リンははにかんだような笑みを控え目に浮かべる。
「あのね、今日はミルアが下ごしらえしてくれるからって・・・」
その答えを聞き、コウキはため息をつく。
「あのなぁ、いっつも薪拾いながら魔法理論の講義もしてんだよ。その土地土地で精霊の性質も違うしな。それにお前、ミルアにまともな下ごしらえができると思うか?」
気軽に交代などしたことを言外に責められたようで、リンはハッとして息を飲んだ。
旅の中のちょっとした時間も無駄にせずミルアの成長の為にその時間を使っていたのだと知り、リンは唇を噛む。
自分のことしか考えていなかったと思い知らされたようで、恥ずかしくなった。
ガリガリと頭をかいたコウキは、リンに背中を向ける。
「薪も結構重いし、こっちにお前の仕事はねーよ。ミルアと交代してこい」
「・・・・・・・っ」
少しでも一緒の時間が過ごせると思っていたのにキッパリと冷たく否定され、それまで浮かれていた気持ちが一気に暗くなり、巻きスカートをぎゅっと握りしめたまま立ち尽くしたリンは、潤む視界の中でコウキの背中を見つめた。
「・・・・わかった。交代してくるわ。・・・・でも・・・っ」
震える声が近付いて、いつかした乗馬の練習の時のようにリンの腕が背中からコウキの体を抱き締めた。
コウキの背中に抱きついたリンは、その広い背中に顔を押し付けて泣きそうになる呼吸を無理やり整えるように大きく息を吸った。
「でもっ・・・少しだけ、こうしたいっ・・・」
かすかに聞こえたリンの声に、コウキは大きく目を見開いた。
シャツをぎゅっと握ったリンの手は、細かく震えていた。
「わかってるわよ・・・!もっと他に考えなきゃいけないことがあるって・・・!こんなことしてる場合じゃないって・・・っ。でもっ・・・」
打ち消しても打ち消しても、不安が押し寄せてくる。
力強い仲間がいるからなんとか平静を保っていられるが、先の見えない状況に加えて、まだ誰にも話していない秘密がリンを追い詰めていた。
一番傍にいて安心できる存在であるコウキともろくに話もしない状況に、いつまでも耐えられるはずがなかった。
これ以上、秘密を秘密のままにしておける自信もなくなっていた。
リンは、コウキにしがみつく腕に力を込めた。
「・・・私・・・私ね・・・!」
「お前なぁ・・・」
自分の体に回されたリンの腕をあっさりと外したコウキがくるりと体の向きを変えた。
突然の動きに驚いて言葉を飲み込んだリンを、コウキはそのまま包み込むように抱き締めた。
そして、大きくため息をついた。
「・・・『少しだけ』で済む自信ねーから、二人きりにならないようにしてたんだろーが・・・」
耳元で聞こえた低い声に、コウキの動きに驚いて固まっていたリンは目を瞬いた。
「・・・え・・・?」
言葉の意味をとらえ損ない、戸惑いの声を出したリンの肩に、観念したようにコウキは顔を埋めた。
「・・・俺だってわかってんだよ。こんなこと考えてる場合じゃねぇってことくらい・・・」
「・・・コウキ・・・?」
名を呼ばれ顔を上げたコウキは、戸惑うリンの唇に自分の唇を合わせた。




