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第8話

「ええ。はい、ええ・・・・・・」


夕方のこと。地元のコンビニからの帰りがけに、スマホを手に通話しつつ歩く向井の姿。


「あー、そうですよねぇ」と、努めて平静を装った声音(こわね)で話しているものの、身体の方はどことなく()かれ調子(ぢょうし)で、周りで彼の表情など見る者がいたなら、彼の通話相手がどんな間柄(あいだがら)の人物なのか、きっと何となく想像がついてしまうだろう。


「はい。じゃあ、また・・・・・・」


そう言って、向井は耳元からスマホを離す。それからおもむろに「んぅあ~っ!」と声を漏らして背伸びなどをし、周囲を行く通行人の何人かを驚かせた。


「あ、すんません・・・・・・っ!」


そんな通行人らの視線を感じて、はっと我に返る。気恥ずかしさに目を伏せ、そそくさ家路を急いだ。


「んぅあ~っ!」


周囲に通行人がいない辺りまで来ると、再び背伸びする。こんな風に、感情をあらわに喜んだりするのはいつ振りになるのだろうか。


ここ最近、職場の先輩の小柴とは電話やらメールやらで連絡する機会が増えている。仕事についてやり取りするのもだが、しかし明らかに私的な用件でする機会が増えていた。特に用事などなくても、今さっきのように話し込んだりと。


「今週の日曜かぁ~!」


と、再び背伸び。少しずつ彼女とも打ち解けてきて、そろそろ休日に二人で出かける約束をする段階までこぎつけていた。向井は、自分では計算した上で上手くやっているつもりでいたが、しかし気づくと小柴の話の聞き役に(てっ)するなど、『普段の自分』からすると(言葉は悪いが)無益(むえき)な時間を過ごしたりもしていて、そういう打算的な自分自身を、たまに反省することさえもあった。


(やっぱり、『そう』じゃないんだよな~・・・・・・)


と、小柴との関係性に思いを()せているとーー


「向井さん」


ふと声をかけられ、向井はハッと顔を上げる。気づくとハイツの辺りまで帰ってきていて、そこの住人と出くわしたようだ。


「ああ。鈴谷(すずや)さん」


スーツ姿の、五十代くらいの壮年男性に挨拶をする。一〇一号室に住む鈴谷。朝の通勤で、たまに同じ電車に乗ったりもする、まあそんな感じのご近所さん。


「今お帰りですか?」


「いえ。今日はオフなので」


鈴谷に聞かれ、向井はコンビニの袋を掲げて見せる。「毎日暑い日が続きますね~」と、適当な返事もした。


「私は、毎年コレで乗り切っていますよ」


そう言って、鈴谷は何かを飲む仕草をしてみせる。「仕事後の一杯は格別ですよね~!」と、向井。鈴谷が手に提げているスーパーの袋からは、『仕事後の一杯』がずっしり詰まっていた。しかし、それにしてもその袋は目一杯に(ふく)れているが。


「あ、すんません。重たいのに立ち話なんか・・・・・・」


と、それを見やりつつ謝る向井。「いやいや」と、鷹揚(おうよう)微笑(ほほえ)む鈴谷。


「連れが、ちょっと体調不良でね」


少しハイツの方に目配せしつつ、鈴谷は言う。なるほど、『仕事後の一杯』を差し引いてもやたらと重そうに見えるのは、その買い物分のためか。


「この間、無理に外出したらしくてね。無理はいけないと、いつも言っているんだが・・・・・・」


やや眉間(みけん)にシワを寄せ、しかし心配な表情をする鈴谷。心から相手を思いやるその顔つきは、特に『今の』向井には特別な何かに見えた。


「奥さんに、どうかお大事にとお伝え下さい」


向井がそう言うと、鈴谷は一瞬だけハッとしたようになり、あらためて向井に目を向けてくる。


眉間にシワが寄っているせいか、まるで自分が(にら)まれているかのように錯覚してしまうが、しかしそれも一瞬のことで、「ありがとうございます。向井さん」と、鈴谷は深々頭を下げた。


「では」


「あ、はい。また・・・・・・」


鈴谷が一階の自室に戻るのを見届けつつ、向井もまた自ら二階への階段を上がろうとする。階段の段差に足をかけたところで、再び鈴谷から声をかけられた。


「そういえば、日曜日は雨が降るかもしれないそうですね」


「えっ?」


|唐突『とうとつ』に言われて、向井は間の抜けた声を返すしかない。「確か、天気予報でそう言っていた気がします」と、鈴谷。向井が何かを口にする前に、彼が一〇一号室に入って扉を閉める音が辺りに響いた。



その日の夜・・・・・・向井が見た天気予報は、日曜日の降水確率がゼロパーセントだと報道していた。

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