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熊手屋のご隠居

作者: 高光直日

いつ来ても賑やかな町だ。

トミの都に人が帰ってきてから70年になるが、荒涼たる廃墟だった場所も、今では20万人を越す大都会になった。


狸山を越えて南北に続く風の道を渡り、七キロメートルほど新街道を東へ行くと、トミの都の北門の前に出る。

大都会の門とは思えないほど簡素な貫門で、門番もいない。門をくぐれば、五六人は並んで歩けるほどの広い通りが、英雄王エンドゥアンの聖陵へ向かってまっすぐ続いており、左右には多くは二階建ての様々な店屋が軒を連ねている。

往来は賑やかで、ひっきりなしに人が出入りし、馬車や駕が通行していて、うかうかしていては身の安全が危ういほどである。昨日も一人早馬にはねられて死んだそうだ。


今日この町を訪れたのは、薬を卸しに来たのだった。

仲間内で私が許されているのは小売三軒だけだが、その内の一つが聖陵司庁御用達の大店熊手屋薬舗であるお陰で生活には困らずに済んでいる。

熊手屋のご隠居は店の初代で、祖父の戦友である。もう百歳に近いはずだが、矍鑠としてまだまだお迎えは遠そうな。顔を見ると祖父との思い出話を延々としてくるので、余り会いたくない。


「お御免。薬屋です」


勝手口から声をかけると、奥から出てきたのはよりによってご隠居だった。


「おう、おうおう。久しぶりじゃないか。元気にしてたか。ちゃんと爺さんの墓参りは欠かしていないか」


早速捲し立てて来た。

私はなるべく笑いながら、


「お陰様で、元気にしてます。墓参りもこの前いってきました。こちらが今月分ご注文の薬です。お確かめください」


と、話を早めに切り上げるべく、玄関に荷を下ろした。


「なんだい。いやに急くじゃないか。これの事は息子らが勝手にやるから、まあ上がっていきなよ。いいお茶があるんだ。飲んでいきな。ほら」


駄目だった。

こうなると上がって話し相手を務める他ない。先に二軒行ってきて正解だった。


ご隠居の書斎に上がる。いつも思うが素晴らしい蔵書である。殊に古代モトリ人の書物のコレクションには目を見張る。ご隠居は、古代モトリ語を神仙様から陣中で習ったらしい。


モトリ人はモトレ神が創造し、地上を知恵で支配していた。しかし、三玄祖死後の天上争乱の際に、モトレ神は隠退を強いられ、モトリ人も支配者から逐われてしまったという。

とはいえ、今の文明はモトリ人の遺産の上に築かれたものであり、古代モトリ人の書物は現代人でも及ばない知恵の宝庫である。


しかし、余り誉めたりしないようにしている。これ以上話が長くなっては堪らない。


「飯も用意したから、今日は泊まっていけ。久しぶりだからお前に話したいことが山ほどあるんだよ」


今夜は長そうだ。


《終》



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