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6:安息を求めて彼らは行く

今回のお話ももちろんことよろしくない表現とかバイオレンスとか差別ともとれるようなセリフがあったりしますが彼ら悪魔なのでご容赦ください。

苦手な方は閲覧をお控えください。

めちゃくちゃすぎて酔った場合は一度閲覧をやめ、休憩をとってご覧ください。



6「安息を求めて彼らは行く」



 結局、デスが背中に抱えていた幼女を俵のように片腕で抱え、もう片方にシャルルを抱え。

 ルキノも同じようにしてモルテと少女を抱え。

 クレイブが棒とセレナを抱える。といった形をとることで、彼らはようやくのこと屋敷から出ることに成功した。

 緑が生い茂った外は、夜だったらしい。頭上から指す月明かりだけが、彼らを照らしていた。

「さて仕上げか……」

 シャルルと幼女をおろし、デスは屋敷に手を翳した。

 彼の体が青白く発光し――屋敷は、その光に包まれた。

 恐ろしいほど冷たい光だった。

 まるで、死を現したような。

(さすがは死神機構から『好き勝手』を許された死神……。恐ろしいほどの体力と、おぞましいほど理不尽な能力……)

 クレイブは、屋敷をまるごと『ころす』死神をみつめて、恐怖の中に――言い知れぬ感情がわきあがるのを感じていた。

 それは高揚に似ている。

 放火犯が『火』そのものに魅入られてしまうように。

 クレイブもまた、死神に魅入られてしまうような感覚をおぼえていた。

「……へえ~……きれーですねェ……」

 クレイブのとなりで、モルテがぽつりと呟いた。

 もしかしたら、死神の周りにいるのは――この死によく似た光に魅入られた存在たちなのかもしれない、とクレイブは思った。

 そうではないのはきっと――帝王たちくらいだろう。

 ふわりと。

 大量の灰になった屋敷の残骸が、宙に舞った。

「……よし。そんじゃ帝都に向か……」

 デスはクレイブたちの方を振り向いて、ピシリと固まった。

「? どうし……」

 背後に何かあるのかと、クレイブもまた振り返って――固まった。

 目覚めたらしいセレナはクレイブの腕にぎゅっと抱きつき、ルキノは怪訝な顔をして、シャルルもめずらしく引きつった笑みを浮かべた。

 ただ二人。

 モルテと白髪の幼女だけが、目を丸くして小首をかしげている。

「――ほう。一体どんなものか見に来ただけだったのだが……」

 そこには。

 彼らの背後に、ちょうど月をバックに立つ悪魔の影があった。

 逆光という抜群に似合う演出で、ニタリと悪意に顔をゆがめている。

「これは思わぬ収穫であったな」

「……アドルフ=オスカー……!」

 呟いたのは、ルキノだった。

 魔界において一番厄介で一番面倒で一番しつこい油汚れにも似た粘着質系の悪意で造られたといっても過言ではない(作者談)悪魔である。

 いわゆるクレイブの親戚であり、彼の一族の頭首だった。

「おいおいアドルフ……お前お呼びじゃねえんだけど。何で出てきた?」

 これ以上ないほど嫌な顔を浮かべて、デスは呟いた。

「何故? 悪党の祭典みたいなこの戯曲にむしろ何故『悪党』たる『悪党』であるワシを呼ばない? むしろ失礼であろう」

 もっともらしく、アドルフはいった。

 そうして視線をクレイブとセレナに移さずに――デスをギロリとにらみつけた。

「さて……この状況を見る限り、どうやらまた貴様、我が一族から人員を奪い取ったな?」

「何のことだ? 俺はあんたの駒を『ころした』だけだぜ」

「また戯言を。……まあ今回は別にかまわんがね。何せ変わりに『奪え』そうなものがある」

 アドルフは不意に、視線を白髪の幼女とモルテにむけた。

 モルテがハッとしたように幼女の前に出る。

「セ、センパイのご家族には指一本ふれさせないっスよ……!」

 二丁拳銃を腰から引き抜いて構えるモルテに、アドルフはクツクツと笑った。

「勇ましいことだ。実に不愉快なほどに」

 すう、とアドルフの目が細くなる。

 両腕を組んだままだったが、何か周囲を威圧するような力が、彼から発されたのを感じた。それはクレイブがよく感じ慣れた――『支配』の能力。まさにそのものだった。

「――ッ、あ、う……」

 クレイブの腕にしがみついていたセレナがどさりと崩れ落ちた。

 苦しそうに呻く彼女に、クレイブは視線をやることも出来ない。

(まさか頭首が出てくるとは――)

 指先一つ動かせない極度の緊張状態。

 言葉を発することも、呼吸をすることもままならない。

 それはルキノやシャルルも同じようで、二人とも身じろぎ一つしなかった。構えることもできず、セレナと同じように地にはいつくばっている。

「……おや? どういうわけか、今日はお前にも効くらしいな?」

「……ぐ、う……」

 そうして、いつもはこの能力を受け付けない例外であるデスもまた――片膝をついていた。

 アドルフは目を見開き、心の奥底から楽しそうに笑った。

 そうしてツカツカとデスに歩み寄り、その顎に手を添えて上を向かせる。

 いわゆる顎クイである。

 これほど不快で何の需要も無い顎クイもないだろう。

「これは愉快! これはいい! 滅多にみられぬいい光景だ! キャメラがないのが実に惜し――」

「あたしのセンパイに何してくれてんですかァァァ!!」

「!」

 止まった空間を切り裂くように怒声が響いた。

 頭上に視線をチラリとやってから、アドルフはすっと飛び退く。

 その飛び退いた場所にも弾丸の雨が降り注ぎ、アドルフはさらにもう少し距離をとった。

 声の主は、もちろんのことモルテである。

「大体そのキャメラっての古いんですよオッサン! いつの時代の方ですか! どこの誰だか知りませんが、あたしのセンパイを苛めるなんて一億光年早いってもんんですよ!」

「………」

 ぎゃあぎゃあと喚くモルテを、アドルフは驚いたように見つめた。

「……なるほど。貴様にワシの能力は効かないというのか」

「はあ? 何のことですか? ……ああ、センパイたち動けないのってあんたが何かしてるからなんですか。なるほどなるほど」

 二丁拳銃をくるくると回して、それからモルテはアドルフに向けた。

 ついでに死を写したような、狂った赤い瞳を堂々とぶつける。

「そんじゃあたしが、やるっきゃないって感じですよね? ……んふ、サイッコー」

 まるで殺人鬼のような笑顔を浮かべて。

 モルテはアドルフに襲い掛かった。

「死んでくださ――おっとぉぉ!?」

 二丁拳銃を大きく振りかぶり、殴りかかった(本来の使用方法とはかけ離れているが)モルテはすんでのところで止まった。

 アドルフとの間に、クレイブが乱入したせいである。

「な、なな、なんで……?」

「簡単なこと。ワシが支配し、体を動かしたのだ。これから逃げようとする駒でも盾くらいにはなるだろう」

「なんて卑劣な! ああ! これ悪魔にとっては褒め言葉でしたっけ!」

 これこそアドルフが長きにわたり頭首に君臨する理由だった。

 支配で動きをとめるだけではなく、自分の意のままに他者を操れるのである。

「さて打つ手のなくなった貴様に選ばせてやろう。おとなしくワシについてくるか、はたまた貴様が『センパイ』などと陳腐な言葉で思い慕う死神の心臓を破壊されるか」

「!!」

 アドルフの声に、モルテの顔色が変わった。

「ワシは支配者。弱ったヤツの心臓を破壊するなど造作もないことだ。まあ死神とあって死にはしないだろうが、回復にはかなりの時間を要するだろうな」

「な――、あ、あんた、鬼です……!」

「鬼? 失礼な。ワシはオスカー家頭首たる悪魔。悪意の化身よ。この程度のお遊びで本気になるなどと、育てた親の顔がみてみたいわ」

 吐き捨てるように言うアドルフに、モルテは少し迷って、デスの方を見た。

 立ち上がれそうにはないが立ち上がろうとしているらしい。

 大粒の汗が見える。

 ふと、デスもモルテの視線に気付いたらしい。

 声こそ出なかったが、「いくな」といってるようだった。

(……なんか、不思議ですね)

 どうせ死なないのだから大丈夫、なんて口では簡単に言えたものだが。

(あたし、センパイが死ななくても――センパイがそんな苦しい思いするの、イヤみたいです)

 モルテは、二丁拳銃をホルスターにしまった。

「……懸命な小娘だな。子供はいい。究極の場面では、よほどのアホではない限り『無駄なあがき』はしない」

 そんな様子に、アドルフはとても満足そうに笑った。

 そっと、モルテに手を差し出す。

「おいで」

 モルテは、振り返らずにアドルフの方に歩み寄った。

 差し出された手を、その手で取ろうと手を伸ばす。


「いい子だ――、……!」


 不意に、アドルフの手が遠のいた。

 モルテが驚いて顔をあげると、そこにアドルフの顔はなかった。

 かわりにあったのは、今にもえびぞりにされそうになっているアドルフだった。

 全身を、うにょうにょとした触手がまとわりついている。

「え、なに――」

「どいて」

 後ずさったモルテの横を、すたすたと歩く影があった。

 白髪をふわふわさせ、右手をアドルフにかざす。

 アドルフには無数の触手が絡みつき、かつ首を締め上げていた。

 予想していなかったのか、はたまた注意をはらってすらいなかったのか。

 突然のことになすすべもなかったアドルフは、わずかに宙に浮かされている。

「えらばせてあげる」

 幼女は先ほどモルテにアドルフが言ったように、真似していった。

「ここから去るのと、わたしにその首を折られるのと。どっちがいい?」

 メキメキと。

 本当に選ばせる気があるのかと思うほど幼女はアドルフに絡ませている触手を力ませた。

「ぐ、あ――ッ」

「あにきの心臓はわたしがまもります。あにきのまもりたいひとも、わたしがまもります。だってわたしたち、家族だから」

 真っ赤な大きい瞳が、じろりと真っ直ぐにアドルフを見つめていた。

 そんな容赦の全くない幼女をみて、モルテは思った。

(ああ、確かにセンパイの血を色濃く反映させてる……)

 アドルフも喋る暇がないらしい。

 耐えるのに必死である。

 ついには支配も持続できなくなったらしい。空気が壊れるように切り替わった。

「ねえ、こたえて」

「答える義理はない」

「!」

 刹那、全く聞き覚えの無い声がして、モルテと幼女は声の方、頭上に視線を向けた。

 巨大な岩が、声の主と共にこちらめがけて落下しているのがみえて、モルテは目を見開いた。

「んなっ!? なな、なんなんですかアレェ!」

「………」

 対して幼女は冷静である。

 しゅっと触手をはなし、ぴょーんと跳躍したかと思うと、おおよそ少女とは思えぬ動きでその岩に蹴りを放った。


ゴッ!!


 岩は砕け散った。

「ううううう嘘ぉぉぉぉっ!? ええ、あんなちっさい幼女のどこにそんなパワーがあるっていうんです!?」

 頭上からバラバラと細かく砕けた石が降り注いでくるのを見つめて、モルテは呆然とした。

 そしてそれは後方で岩を砕こうと構えていたデスをはじめクレイブ、セレナ、シャルル、ルキノも同じことだった。

 何もする必要は無かった。

 岩を砕いた幼女は、ひゅんと音も立てずに着地。

 また声の主も、アドルフの隣にスッと着地した。

「驚いたな。何者だ貴様」

 声の主の格好は異様なものだった。

 まるで舞台に出てくる黒子だった。顔には真っ黒な面がついている。

 幼女は言った。

「答える義理はない」

 どうやら先ほどの真似のようだった。

 その無表情な態度は、挑発しているようだ。

「……戯言を……」

「やめておけ」

 幼女の挑発に、身構えた黒子を、咳き込んでいたアドルフが制止した。

 ぽんと黒子の方に手を置く。

「元々視察のつもりだったのだ。……支配も切れてしまったことだし、致し方ないが今回は退くとしよう」

「………承知致しました」

 アドルフの声に、黒子は構えをといて、かわりに懐から煙玉を取り出した。

 黒子がアドルフの前に出て、身を低くする。

「また会おう、諸君」

 ニタリとアドルフが笑って、黒子は煙玉をたたきつけた。

 ぼふっという胡散臭い音と煙が周囲に漂い、視界を奪う。

 数秒して晴れる頃には、アドルフの姿も黒子の姿もなくなっているのだった。

「なんだったんですかね……今のおじさん」

「アドルフ=オスカーだ。オスカー家の頭首にしてあのとおりそこのシャルルばりに性格悪いおっさん。覚えとけ。次にあったらめんどくせーぞ」

「ふうん……」

 デスにぽんと頭を撫でられて、モルテは頷いた。

「おいおい、俺あいつよりはマシじゃね? さすがにお前の心臓破壊するような薬とか作ってねェよ?」

「そこじゃねえよ。そういうことじゃねえんだよ」

「じゃあどーいうことだよ~? いっつも優しくしてやってんじゃん~?」

 先ほどまで一言も喋らなかったのが嘘のように。

 シャルルは立ち上がってデスに肩をまわした。

「あーもうウゼェ。とりあえず帝都いくぞ帝都。これ以上邪魔が入ったらやってられるかってんだ」

 ぼしゅ。

 タバコを咥えて火をつけると、デスは改めてシャルルと幼女を抱え直した。

 それをみていたルキノも、一度落としてしまった少女を抱えなおし、クレイブもセレナを抱えなおした。

「お前も俵担ぎしてやっか?」

「いえいえ、大丈夫ですよルキさん。あたし自分の足で歩けます!」

「それじゃ頼むわ」

 そんなやり取りをみて、デスはシャルルに目を向けた。

 一切自分で歩くとかそういう気がないらしい。されるがままである。

「お前も歩けると思うんだけどなシャルル」

「いーじゃん別に~? 俺軽いっしょ?」

「いいけどよ別に……」

 やれやれとため息をついて。

 一行はようやくのこと、その場を後にした。



***



 森の中をひたすら突き進んだ一行が帝都にたどり着いたのは朝日が昇り始めたくらいのことだった。

 キラキラと輝いてあがる太陽を見つめて、デスはため息をついた。

 澄んだ青空と、太陽があがるということは。

 魔界特有の赤い空に黒い雲ではないということは。

 つまるところ、帝王が帝都にいるという、そういう証である。

(帰ったら絶対顔合わせるんだよな……こんなナリで帰ったら絶対何があったのかきくまで離さないとかわけわかんねー新婚カップルみたいなことしてくるに違いない。とりあえず服変えねえと絶対無理)

 朝が早いとだけあって、帝都の中は商品を運ぶトラックや代車が忙しそうにしているだけで、他の悪魔の姿は見えない。

「とりあえずクレイブ、お前らをライラのとこに送ってくから、あとは中央広場で好きにやってくれや」

「ライラさん……というと、もしやあの戦神ですか?」

「おう。アイツは中央広場内の取締役みてーなもんだから、面倒みてくれると思うぜ」

 帝都中央広場。

 そこは魔界内における唯一の『戦闘禁止区域』である。

 かつて魔界で起きた大戦時、かなり高い実力をもっていたものたちがこぞって集まり隠居しているその場所は、ぱっと見は観光地のようにたくさんの店が広がっているものの、その実戦闘が起きた際にはその隠居している実力者たちが介入するというわけである。

 わけあって逃げてきたものが、そこに隠れることは少なくない。

「あの帝都がこんなになっちまうんだもんな~、いやあ帝王にはまいるぜ」

「よく目ェあけてられるなシャルル。つぶれるんじゃねーの眩しすぎて」

「安心しろ、サングラスもってきた」

 ケラケラと笑いながら、シャルルはどこからともなくサングラスを取り出した。

 割れていないのは、たいした戦闘をしていないからだろう。

「ライラー」

 中央広場の一角、三角屋根の家の扉を叩く。

 看板にはパンの絵が描かれていて、店のドアには『営業終了』のプレートが下げられている。

 店の中をのぞける大きな窓にも、残念ながらカーテンがかかっていてその中をみることはできそうにない。

「アイツまだ寝てやがるのか……?」

 怪訝な顔で、デスは家の二階部分を見上げた。

 一階はパン屋、二階は居住スペースになっているらしいそこも、やはり窓は開いていない。

 ルキノもデスのとなりで二階を見上げた。

「まあ朝早いしなあ……あ、でもライラも結構老人の域に入ってるし年行くと朝は早いってきベブッ!!」

 不意に二階の窓が開いたかと思うと、何かが落下。ルキノの顔面に金属製の置物が直撃した。

 続けて、実に不機嫌そうに落とし主が顔を出す。

「なんだいこんな朝早くに……冷やかしならその首落とす覚悟は出来てるんだろうねえ……ってなんだい。あんたたちかい」

 不機嫌な視線が、急にぱっと変わった。

「くはは、なんだいそのナリは! デス! 強姦にでもあったのかい!?」

「うるせえよ」

 どうやらボロボロのデスがつぼにはまったらしい。

 ライラは目尻に涙をためて爆笑した。

「とりあえず降りて来いよ。ちょっと頼みが――」

「あん?」

 ため息をつくデスの真横。

 言い終わる前に、ライラが着地した。

 窓から飛び降りてきたらしい。

「……あのよ。この二人、ここで『花屋』開きたいんだと。そんでわけあって片腕ずつしかねえんだわ。面倒たのめねえかな」

「……あんたまた面倒事持ち込んだね?」

「いいじゃねえか。ハイゼットよりは面倒じゃねえだろ?」

「まあそりゃそうだけど……」

 ライラは、視線をデスから二人に向けた。

 二人もデス同様、ボロボロである。

 まあボロボロにしたのはそのデスなのだが、ライラはさして深くきくこともなく、店のドアを開けた。

「いいよ、入りな。そんなナリじゃどこにもいけないだろ。ああデス、あんたもズボンとシャツくらい貸してやるよ」

「マジで? すげえ助かる」

「ちゃんと返すんだよ。貸すだけだからね」

 念を押すようにいいながら、ライラは家の中へと入っていった。

 おずおずとした二人の背中を押して、デスとルキノも続いた。



 ライラのパン屋で服を見事調達したデスは、クレイブとセレナをライラに任せ、ルキノとモルテ、それからシャルルと幼女を抱えて帝王城へ向かっていた。

 当初はモルテを絶対につれてきたくなかった場所である。

 しかしもう今となっては全てがめんどくさかった。

 もうどうにでもなれとさえ思っていた。

「そういやこのメンツで帝王城来るの初めてかもな! 帝王はお前が俺らと顔見知りだってコトしってんの?」

「そりゃ知ってるだろ。しらねーのはどっちかっつうとガキどもだよ」

 ルキノに答えてから、デスはため息をついた。

 そう。

 ハイゼットはその場で深く追求したりはしない。

 二人になったときに追求してくるだけで、ルキノやシャルルの見ている前で問いただしたりはしない。

 そういう点でいうと、怖いのは子供たちの方である。

「いいか? ガキどもに見つかったらもうその時点で間違いなくいろいろ痛い追求を受ける。だからみつからねえように裏口から入る」

「でも裏口ってあのガキたちならつかってんじゃねえの?」

「いや基本は正門から出るはずだから、いまは裏口なんて使ってねえはずだ。そのまま帝王の間まで走ればなとかなるだろ」

 帝王城の正門を避けて、横に回る。

 ルキノとデスが警戒する中(もしかしたら敵を警戒するより厄介かもしれない)モルテだけは初めてみる帝王城をぼんやりと見上げていた。

「ホントは水路通るのが最高なんだが……濡れたあげく見つかったらもう弁明のしようがねえからな」

 いいながら、デスは門兵もいない、何の変哲もない立ちそびえる壁の一部を押した。

 ず、とデスの手が奥まで入り込む。

「ほら、こい」

 ガチャリとドアを開ける音だけはするものの、ドアはまるでみえない。

 壁の中に手を突っ込んでいるデスがいるだけである。

 促されて、ルキノとモルテは半信半疑で中に入った。

 続けてデスが入り、ばたん、とドアを閉める。

「わあ……」

 中は物品庫のようだった。

 様々な武器が置かれていて、正面にドアが見えた。

 樽が並んだ影には、階段のようなものもみえる。

「よし、この階段のぼりきれば帝王の間がある階に出るからあとはラクだ」

「………」

 モルテは階段を見上げた。

 奥の方は暗くなっていてみえないが、とりあえず終わりが見えなかった。

 なので、くいとルキノの着物をひく。

「あ?」

 今にものぼろうと足をかけていたルキノが振り向いた。

「ルキさん、だっこ」

「………」

 ルキノは沈黙した。



 階段を上り続けること二十分ほど。

 ようやくのことのぼり終えた一行は、帝王の間があるというフロアにたどり着いた。ルキノはすでにへとへとである。

「へ~、ここが帝王城の内部ですか~きれーですねえ」

 ルキノに抱っこしてもらったモルテは元気なものである。

 観光でもしにきたかのようだ。

「おいルキノいくぞ。へばってんなよ」

 くわえてデスも平気そうである。

「な、なんでおまえ、平気なの、ありえなくね?」

「いやお前のがありえねえだろ。何でへばってんだ。飛んできゃよかっただろ」

「……だッだれでも羽根があると思うなよ! お前! さては階段のぼってねえな! 浮いてたな!?」

「当然だろ……じゃなきゃあんなトコ通らねえよ」

「お、鬼!」

 悪魔といえど階段は疲れることが証明された瞬間だった。

 いやむしろ、二十分も階段をペースを乱すことなくのぼったルキノはすごいのかもしれない。

「うわあ、大丈夫?」

 ふと、ルキノに水を差し出す影があった。

「あ、ああ、ありが……」

 差し出された水を受け取って、ルキノは固まった。

 それをみたデスも固まり、モルテは小首をかしげた。

 シャルルにいたっては二十分の間に眠ったようで、みてすらいない。

 ルキノにコップを差し出しているのは。

「ひさしぶりだねルキノ! 元気だった?」

 銀髪を二つ縛りにした、可愛らしい天使だった。

 そう。帝王の娘。マックスである。

 顔を赤くして固まるルキノから視線を外して、マックスはシャルルと幼女を抱えるデスに視線を向けた。

「デスもおかえりなさい! ぜんっぜんメール返してくれないから姉さんすねちゃってデスの布団で寝ちゃったよ?」

「はあ!? アイツまた勝手に俺の部屋に――」

「ところで、その子とその子、だあれ?」

 ため息をついたところで。

 間髪いれず、マックスはモルテと幼女を指差した。

 空気がぴしりと固まる。

 なんて答えたものか、とデスが悩んだその間に、モルテが口を開いた。

「お初にお目見えします。あたしはモルテ。デスセンパイの後輩です!」

「へえ~! デスに後輩なんていたんだ!」

「ええ! センパイのような悪魔になるべく現在修行中なのです!」

「そっかあ~!」

 マックスの反応に、デスはほっと胸をなでおろした。

 うまくごまかせたようである。

「あ、おれはマックスだよ! 父さんは帝王だからここに住んでるの! デスとは家族みたいなものだよ!」

「なるほど。センパイったら家族が多いんですねえ~」

 ……気のせいだったようだった。

 家族という言葉に、ぴくりと幼女が反応した。

 デスに抱えられたまま、視線をマックスに向ける。

「あ! マックス! ハイゼットは? 俺らあのバカに用があるんだけど!」

「えっ父さん? 父さんなら多分、中庭の一角にある菜園で朝食用の野菜とってると思うけど……」

 デスとルキノは固まった。

 何気なく廊下を歩いて、窓を見る。

 確かに下に見える菜園で、いそいそと動く影が見えた。

 こみ上げてきた怒りを、静かに沈めて、デスはルキノに一言。

「つれてくるから帝王の間で待っててくれるか」

「……お、おう」

 幼女とシャルルを帝王の間にひょいと投げて、デスはベランダになっている場所から下へと飛び降りていった。

 そんな彼の横顔は怒りに満ちていたので、ルキノは何も見なかったことにして自分も少女を下ろし、壁際に体育すわりで待つことにした。

 するとどういうわけか、モルテもルキノの隣に体育すわりをはじめ、何を思ったかマックスも同様に体育すわりをし並び始めたのだった。

 この異様な光景をたまたま見てしまった帝王の子供たちは、数人が怪訝な顔をして通り過ぎ、数人が同じように体育すわりで並んだという。

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