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04:バイオハザードは突然に

このお話ではなんかもう性的表現とかグロテスクな表現とかバイオレンスな事象がたくさん起きるお話です。

苦手な方は閲覧をお控えください。



4「バイオハザードは突然に」



 ――魔女がルキノの場所を訪れる、少し前。

 地下研究室へと続く扉の前で、デスとモルテは立ち止まっていた。

 扉にはご丁寧に放射線マークが入っていて、ついでに扉の隙間から何かが漏れ出したのか、鉄の扉に緑色っぽい何かがこびりついている。

 ドアノブにも得体の知れない何かが固まってこびりついていて、正直のところ素手では触りたくない。

「……モルテ」

「嫌です」

「まだ何もいってねえじゃねえか」

「嫌です。どうせこれ開けろとかいうんでしょ? そういうのってセンパイの仕事だと思います」

「いやいや、こういうのは後輩の役目だろうよ。刑事モノのドラマとかでも下っ端の刑事がドア開けたりするじゃねーか」

「いえいえ、女性と男性なら普通は男性が扉開けてエスコートしますよね。そう考えるとセンパイの仕事です」

 二人ともお互いの顔は見なかった。

 横一列に並び、じっと扉を見つめている。

「それじゃあ仕方ねェ……ジャンケンか?」

「そうなりますね」

 す、とデスが拳を出した。

 モルテも拳銃を腰のホルスターにしまって、拳を出す。

 なおも向かい合うことなく、モルテとデスは声をそろえて――

「じゃんけん――」



ドォォォンッ!!!



「「!!」」

 二人の目の前、扉も壁も色々破壊しながら――何かが落下した。

 舞いあがる土煙に、デスは顔をしかめた。

(この期に及んで新たな敵とか勘弁してほしいけど誰だよ一体――ルキノだったら絞め殺す)

 しばらく舞っていた土煙は、しかし次第に薄くなっていった。

 視界がだいぶひらけてきたところで、デスは瓦礫の山へと足を向けた。

 鉄の扉はさすがというべきか、その形だけは残っている。

 しかし周囲の壁が無残に壊れている為か、扉の意味はまるでない。

「一体なんですかねえ……」

 モルテも、顔をしかめながら瓦礫を蹴り飛ばした。

 落下してきたものは瓦礫に埋もれ、まるで姿形が見えない。

「さあな……、つーかさすがに死んでるんじゃね。今の衝撃なら」

「それもそーですね……無視して先に進みますか?」

 腰のホルスターにさした拳銃を二丁、くるくると指で弄びながらモルテはそう呟いた。

「でも万が一に生きてたらいい頃合で出来て俺らの邪魔になりそうじゃね?」

「それはいえてますね……あッ、じゃあ、この瓦礫の上からアタシが蜂の巣になるくらい銃を乱射する、というのはどうでしょう!」

「そりゃあいい。ぜひそうしよう」

 デスの了承を得るや否や、モルテは二丁拳銃の引き金をこれでもかというほど引いた。

 もし味方だったら目も当てられない光景だった。

 ひたすらに騒がしい銃声を奏でたあと、ようやくのこと瓦礫の山はほぼ全てに均等に穴が空いた蜂の巣に変わった。

「これだけ撃てばしにますよね?」

「死ぬな」

「じゃあ行きましょう!」

 何の慈悲もない二人だった。

 見事な蜂の巣を眺めたあと、二人は瓦礫の山をひょいひょいと登り、先へと進んでいった。



***



 凄まじい轟音が室内を揺らした。

 続けて騒がしい銃声が響き、地下研究室と呼ばれるその部屋にも薬莢の匂いが漂ってきた。

「……どーよ。この出来。すごくね?」

 怪しげな薬品を混ぜ合わせていたシャルルは、試験管に入ったおどろおどろしい色をした薬品を掲げた。

 毒なのか薬なのか見た目では判断しにくいが、少なくとも体に良さそうな色だけはしていない。

 それを注射器で吸い取って、シャルルはうっとりと眺めた。

「すごいかどうかは置いておいて――今度こそ、ちゃんとあの死神に効くんでしょうね?」

 その闇医者の後ろ、ソファに腰掛けているのはオールバックの悪魔だった。

 グレン=オスカー。三大貴族、オスカー家の一人である。

「さすがにアレとあの死神、二人まとめてなんて僕の手には負えませんからね」

「クククッ。随分とあの死神を恐れてやがるんだな?」

「そりゃあそうでしょう。この魔界に生きる悪魔は、帝王よりもあの『死神』を恐れる。そんなものは常識です」

 茶髪の乱れたオールバックをかきあげる。

 燕尾服にも似た服も、砂埃やらシワやらで乱れに乱れている。

 直接死神と手を合わせてはいないし、以前から知っていたわけでもない。

 それでもグレンのいったとおり、この魔界において死神とは『避けられない』障害物のようなものである。

 逃げ場はない。殺せもしない。死神機構から狙いを定められれば最後、その檻にぶち込むまで追いかけてくる。どんな手段もいとわない、どんな犠牲をはらうことになっても『気にしない』。

 死神とは、そういうものなのだと――グレンは知っていた。

「んじゃ俺は常識ねーのかも」

「は?」

 シャルルの何気ない呟きに、グレンは小首をかしげた。

「俺はアイツのこと怖いなんて思ったこと一度もねーぜ」

「それは貴方が知り合いだからでは?」

「まあ……それもあるかもしれねーけど」

 クツクツと笑いながら、シャルルはどこか楽しげに言った。

「薬でよ、無抵抗にしなくたってイイもんだぜェアイツは。今まで一度ヤった相手とは『二回目』なんてしたことねーんだが、アイツとだけは何度でもヤりたくなる」

「……ノロケですか?」

「そんなんじゃねーよ。ただアイツが『最高』だってだけでよ。つまるところアンタが恐れる死神サマは、俺にとっちゃセフレくらいでしかねーのさ」

 注射器で吸い取ったそれを、小瓶に詰め替える。

 いくつか用意していた小瓶全てにその液体をつめて、シャルルは一つをグレンに渡した。

「あとはアンタが勝手にやんな。俺はあいにくと『用心棒』じゃないんでね。医者ができるのは治療と薬の開発だけだ」

「まあ、もとより頼るつもりはありませんが」

 薬を受け取ったグレンは、何気なくポケットから取り出したマスクをつけた。

 そうしてそのまま――ぱりん、と、受け取ったばかりの薬品を床にぶちまけた。

「な――」

 シャルルは目を見開いて、慌てて口元を手で覆った。

 が、すぐに足元がおぼつかなくなった。

 ぶちまけられた薬品が、すでに気化し、室内をただよっているせいである。

 マスクをつけたグレンは、なんてことはないような冷たい目で、片膝をつくシャルルを見下ろした。

 徐々に、シャルルの身体が崩れ落ちていく。

「申し訳ありませんね。闇医者であり死神のセフレなんていう立場の貴方が――信用できなかったもので」

 グレンは、倒れたシャルルの体をぐいと持ち上げた。

 見た目よりもだいぶ華奢なのか、軽々と持ち上がったそれをグレンは奥にあるソファに投げた。そうしてマスクを今一度しっかりと装着しなおす。

 壁に立てかけていた棒を、手に取る。

(さて。培養カプセルにいれているモンスターも一式出してしまいましょうか。薬で動きが鈍った死神ならモンスターと私で問題ないでしょう)

 棒をぐるぐると回転させて、グレンは部屋の壁に並べられた培養カプセルをひとしきり破壊した。

 おぞましい、どろどろした身体のまま、それが割られたカプセルから這い出てくる。身体から垂れた液体は、じゅう、という音を立てて床を溶かした。

 触れればグレンすらもただではすまないだろう。

 ――ガチャリ。

 ドアノブが開く音がして、グレンは背を向けていた扉に向き合った。

「先手ヒッショォォォォォ!!!」

「!!」

 凄まじい銃声と怒号に、グレンはとっさに飛び退いた。

 先ほどまで立っていた場所に無数の銃弾が降り注ぐ。

(お嬢さんの方が突っ込んできましたか――しかし問題はない)

 ドアを開ければ。

 薬品からは逃れられない。

「トドメェ――……あ、れ……?」

 どしゃり、と室内に勢いよく飛び込んできた少女、モルテが床に崩れ落ちた。

 ふるふると体を震わせて、モルテはなんとか引き金を引こうとしている。

「なん、ですか……これ……ちから、はいらな………」

「喋れるとは驚きですね。貴方もやはりあの血をひいているだけあります」

「ぐ、う……」

 いまだ動こうとするモルテに、グレンはトドメといわんばかりに薬品をこぼした。

 ぱちゃんと割れてはじけ飛んだ液体がモルテにかかる。

 数秒するかしないかのうちに、モルテは動かなくなった。

「ま、この子はこれでいいとして――あとは……」

 ふと。

 グレンは気づいた。

(一番厄介な――死神の姿が、ない?)

 モルテに近づこうとしていた足が嫌な予感に応じてぴたりと止まった。

 その直後である。

「!!」

 すぐそばの足もとから、何かが飛び出した。

 瓦礫と轟音が跳び上がる中、グレンの左腕がガシリと何かに掴まれる。

 そうしてその直後、グレンは左腕が壊死する感覚をおぼえた。

 とっさに直感する。

「――死神――!」

 瓦礫の中。

 床の底から、まるで絵画に描かれる悪魔のように。

 否、まさしく悪魔らしく悪意に満ちた笑みを浮かべて、死神が見えた。

 グレンの腕をつかむ手が――青白い!

(これは――まずい)

 痛みはない。あるのはおぞましいほどの恐怖のみ。

 咄嗟に、グレンは持っていた棒を放って、側にあったナイフを持った。

 振りほどけそうにない腕に――思い切り突き立てる。

「ぐッ――オオ!」

 そのまま、グレンは腕をナイフで切り落とした。

 腕は落ちることなく、ハラハラと目の前で灰になっていく。

 その灰を見つめながら、死神は少しだけ目を見開いた。

「へェ。そのままにしてたら全身『コロシテ』やるとこだったのに。自分で自分の腕切るとは思ってなかったな」

 パンパンと土煙をはらって、死神はそうつぶやいた。

 だらだらと血が流れおちる腕の断面に、モンスターが床に垂れ流した液体を押しあてた。

 ジュウウウ、と音を立てて断面が焼け焦げる音がした。

「……ふ、ふふ」

 グレンは、顔を伏せたまま笑った。

「あ? お前何わらっ――」

 突然、死神の――デスの体が傾いた。 

 がくんと床に片膝をつく。

「な――んだ、これ……」

「おや、さすがですね……あちらのお嬢さんはすぐにオチたのですが」

「……! 薬か……どうりでお前だけマスクしてるわけだ……」

 床に倒れまい、となんとか踏ん張りながらデスはそう呟いた。

 グレンの方は、止血したおかげか。

 すでにナイフを捨て、先ほど放り投げた棒を手にしている。

「今度はそう動けはしないでしょう? 闇医者に作り直してもらいましたから」

「……へー……そんじゃその闇医者サンは?」

「あちらで眠っていますよ。いずれ貴方もとなりに行くことになるでしょう」

 くるくると棒を回転させて、グレンはにこりと笑った。

「……セレナさんと、私の腕の分。ですから両方ですか。切断した上で、そうそう回復できないまでに痛めつけて差し上げますよ。そのうちに意識も飛ぶでしょう。ああ、ご安心を。片腕の私と、このモンスターたち。役者はこのとおり揃ってますから」

 グレンの声に、先ほどまでおとなしくしていたモンスターたちがうろうろとデスの周りをうろつきはじめた。

 閉じそうになる目蓋を、デスはなんとかこじ開けながら、じろりとグレンを睨みつける。

「オスカー家にとって貴方は長年の障害でした。貴方の父もです。我が家の養子になっておきながら――あのような心変わり。赦せるはずもありません」

 片手だというのになんと器用なものか。

 グレンは次々と机の上にあがった液体を破壊した。

 様々な色をした液体が、床で混ざり合っていく。

「貴方方さえ――帝王さえいなければ。今頃魔界は我がオスカー家によって本来の姿を保てていたはず。死神機構がゆるくなることもなかったでしょう。今後のことは我が頭首にお任せして――安心して、眠ってくださいね」

 グレンが背を向けると同時に、グルル、という唸り声をあげて、モンスターがデスに襲い掛かった。

 生々しい音が、匂いが、血が滴る音がする。

「………ったく……」

「……?」

 かすかに死神の声がして、グレンは振り向いた。 

 振り向いて――目を見開いた。

「……そんなこと言われたら、オチオチ寝てもいられねーじゃねえか……」

「な――」

 グレンは言葉を失った。

 モンスターたちに体のあちこちを噛まれながら。

 血まみれになりながら。

 デスは、数体を両腕で掴んでいた。

 苦痛に顔を歪めて――などはいなかった。

 むしろ。

 嬉しそうに、笑っている。

(く、狂っている)

 グレンは一歩後ずさった。

 そうせざるをえなかった。

 掴んだ数体を思い切り床に叩きつけて、デスはユラユラと立ち上がった。

 両腕が――、否、全身が、青白く発光している。

「もっと安心できるようなコトはいえねえのかお前は……」

「……な、何故だ……何故立てるんです……普通の悪魔なら意識を一週間は失うほどの薬だったというのに……」

「……なに、別に簡単な話じゃねえか。全身に回ったその『薬』だかを一気に『殺した』だけのことよ」

 ゴキゴキと拳を鳴らす死神の体は未だわずかに青白く発光している。

 そうしてポケットから、死神はタバコの箱を取り出した。

 一つを取り出して、口に咥える。

「……この期に及んでタバコを吸う余裕があるとは。いやはや、やはり貴方は恐ろしい」

 憎しみを前面に現しながら、グレンは棒を構えた。

 対してデスは悠々とタバコをふかしながら、とくに構える様子はない。

「差し違えてでも、貴方をここに留めてみせます」

「ヘェ。そりゃ怖い」

 片腕で棒を振り回し、飛び掛ってきたグレンに。

 デスは何気なく蹴りを入れた。

「でもよ、どうやって差し違えるんだ? アンタが生きるとか死ぬとか、今『管理』してんのは『俺』だろ」

「がッ――」

 蹴りをいれられたグレンは、ビュンと吹っ飛んで壁に激突した。

 ガラガラと瓦礫が崩れ落ちる。

 ついでに勢いよく動いたからか、さきほど彼に殺されたモンスターたちのなきがらとも言うべき灰がハラハラと舞う。

「まだ寝るんじゃねーぞオスカーさんよ。お前にゃ聞きたいこと山ほどあんだ」

 瓦礫を踏みつけながら、デスは壁にめり込んでいるグレンの元へ歩みを進める。

「例えばさっきの半分腐ってるよーな趣味の悪いモンスターとかよ。どうせいつものメンツ揃って悪巧みしてたんだろうけどあんなもん町に放ったら超面倒――」

 不意に。

 デスの足首に、何かが巻きついた。

「あ?」

 とても不愉快そうにデスは顔をしかめて、自らの足首を見つめる。

 タコの足。

 否、触手というべきか。

 吸盤を持つぐにゃぐにゃしたものが、デスの右足に巻きついている。

 それもあろうことか、巻きつかれた右足が、ジュウウウと焼け焦げるような音を立てている。

「……」

 デスは無言で、その触手を左足で踏みちぎろうとして――止まった。

 今度は左足に触手が巻きついたためである。

「な――」

 その後は早かった。

 すぐに触手が両手に絡みつき、気がついたときには空中である。

 まさに早業。

 身動きがとれなくなるまでものの数秒だった。

(なんだよいきなり……!? つーかこんなもんどこに……)

 ハッと唯一動ける頭を動かし、天井を見上げる。

「うっわあ……」

 それはもはや地獄絵図である。

 天井には隙間なくびっちりと、触手が張り付いていた。

 今の今までおとなしかったせいで気がつかなかったらしい。

(まさかグレンのヤツ、『コイツ』が隠し玉だってのかよ……!)

 ギリ、と奥歯を噛み締めてグレンを睨みつける。

 が、すぐに触手はグレンも同じように回収し、空中に縛り上げてみせた。

(あ、違う、これコイツも襲われてる)

 何か空気が切り替わっていくのを感じながら、デスはモルテに視線を移した。

 モルテは何に襲われることもなく、スヤスヤと眠っている。

「……なんでアイツは触手に狙われねえんだ……普通は女っつかヒロインを襲うだろうがよ……!」

 なんとか引きちぎろうと力をこめた瞬間、周囲をうようよしていた触手が体のいたるところに巻きつき始めた。

「んなッ……」

 ずるり、と胸元から触手が入り込む。

 噛み千切ろうとしたところで、今度は口内に勢いよく触手が飛び込んだ。

「んっ、お……ん……っ」

 さすがに抵抗する術を失って、デスはされるがままだった。

 巻きついた触手が、ほどよく服を焼き焦がし、さらには肌までも焦がす中、デスは痛みに耐えながらチラリと、本当に気まぐれに闇医者が眠っているであろう方向に視線を向けた。

「うっわ~……何あれエロい……」

「………」

 薬にやられ、眠っているはずの闇医者は普通に立っていた。

 おきていた。

 目を開いていた。

 何もなかったように、口元に手をあてて、うっとりしながら(多少よだれが出ているかもしれない)デスの方を見つめている。

 デスはスッと悟ったような目になった。

(あ~……アイツか。アイツの仕業かこれ。あ~……ぶん殴りてぇ)

 声が出るなら憎まれ口の一つでもたたいてやっただろう。

 しかし残念ながら声は出そうにない。

 噛み千切ろうにも、喉の奥にまで入ろうとしている触手が邪魔で口を閉じることもできない。

 能力を使おうにも、さきほどから使おうとするたび集中力をそぐように、ズボンの中へと入り込んでいる触手が悪さをする始末である。

「触手に襲われるデスとか激レアじゃね? 写メとっておこ~」

 シャッター音に不快指数を高めていく中、目の前ではグレンが同じように触手に襲われていた。

(モルテには手が出せねえから出さないように『調教』しやがったなシャルルのやろう……つかこんなモン造るとかもう医者超えて科学者じゃねえか……)

 心の中で言えるだけの文句を並べる中、デスはふと思った。

 ルキノを置いてきてよかったと。

 少なくとも、悪友のそんな姿は見たくない。

「もうちょっと見てたいけど、そろそろ潮時かなァ……よっと」

 不意に。

 シャルルが羽織っていた白衣から注射器を取り出して立ち位置を少しだけずらした。

 直後、先ほどまで立っていた場所に触手が凄まじい勢いで激突。

 床に突き刺さったそれが、ぐにゃぐにゃとうごめいている。

「まあ実験は成功ってことで……、また今度、機会があったら遊んでやるよ」

 深い青色の液体が入ったそれを、シャルルはおもむろに触手に向かって打ち込んだ。

 その直後である。

「ぐ、お?!」

 天井を埋め尽くしていた触手が消滅。

 その触手に絡めとられていたデスとグレンは床に落下した。

「ゲホッゴホッ……シャルル、テメェ……」

「いやァすげえエロかったなデス! さすがだなァ……思わぬ収穫に俺の息子も大感激だったぜェ!」

「お前まじでころす」

「まあそう怒るなよ!」

 拳をゴキゴキとならし、所々焼け焦げた服が色っぽくなったデスにシャルルはケラケラと笑った。

「確かに薬品をそのへんにおいてたのは俺だけどよ、その薬品を床にぶちまけて即席で薬をつくっちまったのはそこのアホだぜ?」

「……え? 私?」

 不意にシャルルに指をさされて、同じく咳き込んでいたグレンは目を丸くした。

「そ。さっきの触手は上に張り巡らさせてた電気コード類が『感染』して化物と化しただけの話。多分培養カプセルにいれてた化物ども用の薬品が混ざり合って変なことになったんだろ。よくわかんねーけど」

 いいながら、シャルルは床に散らばった液体を注射器で吸い上げた。

 そのまま白衣に忍ばせていたカプセルに液体をいれ、懐にしまう。

 どうやら持ち帰るようである。

 いくつか床から液体を吸い上げたシャルルは、続いて先ほど触手に打ち込んだ深い青色の液体が入った注射器を取り出した。

「多分出来上がったのは気化した薬品に感染した無機物がさっきみたいに化物になるっつー厄介な代物だ。んで、俺がさっきその化物にうったのはたまたま手元にあったデス用の媚薬の試作品。なんかわかんねーけどあの化物を分解できるみてえだな!」

 なんてこともないように解説しだしたシャルルを、デスは複雑な気持ちでにらみつけた。聞きたいことは山のようにある。何でお前は薬平気なんだとかじゃあモルテ襲わなかったのは偶然かよとかそんなわけわかんねー薬作って俺に打とうとしてたのかお前はとか。

 言いたいことを全部飲み込んで、デスはひとつだけシャルルに尋ねた。

「……じゃあ、この部屋の無機物ぜんぶ化物になるってことか?」

「そういうことになっちまうかなァ。例えばほらみてみろよ、電気コードがさっきの触手色になってきただろ? あとあの椅子とか~あッほら、ロッカーが物欲しげにこっちみてるぜェ!」

「…………」

「…………」

 グレンとデスは沈黙した。

 グレンは落とした自らの武器、棒を拾い上げ、デスは床でぐっすりと寝ているモルテを抱えなおした。

 そうして二人は妙に悟った目で向かい合った。

「俺はルキノのバカ回収してから逃げるけどお前どうするよ。まだ俺ら相手にやることあるか?」

「いえ、私もセレナさん回収して逃げます。もう疲れました。二人で家出して中央広場にでも花屋開きます」

「おっけ。んじゃ、お前の片腕とセレナの片腕の件は帝都の技師に話し通しておいてやるよ。あとこの屋敷つぶしてやるからお前らは死んだってことで。名前変えて帝都で生きろ。それでチャラな」

「わかりました。いやはやご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」

「いいよ。俺もお前らの片腕殺したし」

 いいながら、デスはシャルルの手をぐいと引っ張った。

 その最中にも、ぐにゃぐにゃと本来動くことのないものたちがうごめいている。

 もうなんでもいいや、とデスは思った。

 とりあえず今差し迫っている危険から回避して眠りにつきたい。

 その思いが強かった。

 そしてそれはグレンも同じだった。

 一族の頭首からの命令で色々暗躍したものの、先ほどの触手に襲われた際に何かがすうと冷めた気がした。

 もう何もかもが嫌になった。

「おら、お前も来い。お前走るの苦手だろ」

「……あ、いいの? かかえてくれんの?」

「飛べもしねえし仕方ねーだろ。そのかわり化物どもを檻にいれて足止めくらいはしておけよ」

 シャルルの方に振り返ったデスは思わず顔を引きつらせた。

 室内の奥、何か大きなものがうごめいている。

 ……と思ったら、そのへんでうごめいていた化物たちがごちゃごちゃと密集し、さらには合体しているようだった。

 おぞましいことこの上ない状況である。

 直後、ガシャン、と音がしてその巨大な塊は檻に囲まれた。

 みればシャルルがそちらに向かって手を翳している。能力を使ったようだった。

 少しだけ安堵したようなデスに、シャルルは自慢げに言った。

「一個かしな」

「置いてくぞコラ」

 そうしてデスはモルテとシャルルを両脇に抱え、グレンは棒を持ちながら今にも襲い掛かってきそうな室内から飛び出したのだった。

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