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02:毒リンゴと死神

※注意※

まじでこの小説は作者の趣味です。

悪魔ならではのなんかいろいろすげえ描写があります。

流血とか暴言とか奔放な性表現とかいろいろ含まれるので、苦手な方はご閲覧をお控えください。

2「毒リンゴと死神」



 ――ぼんやりと、視界の端に白い着物を着た女が映っている。

 ハッキリしない意識のまま、ぼーっとしているデスの頬に手を伸ばす。

 ぼやけた視界に長い銀髪が見える。

 ああ、誰だったか。目の前の相手を、知っている気がした。

「   」

「―――!」

 何か声をかけられたと同時に、デスの意識は急速に覚醒した。

「………ッてェ……」

 後頭部に鈍い痛みが走る。

 全身にも強い倦怠感。

 ついでに両手両足を広げる形で鎖によって拘束されている。

 いやでも現実を思い出す。

 どうやら少し、夢をみていたらしい。

(……あー、結局あいつらに捕まったんだっけか)

 現状などたいしてなんてことはないように、目だけであたりを見渡す。

 どこかの一室のようだ。魔界においてはあまり珍しくない、西洋チックな洋室らしい。

 デスのほかには誰もいない。

 モルテもルキノもいないようだ。

 そもそも空き部屋なのか、デス以外、この部屋には何もない。

 わずかに動くたび、「がしゃん」と鳴る鎖を横目で見つつ、デスはため息をついた。

(どーせなら座らせるか寝かせるかしてくれりゃよかったのに)

 拘束されていることなど意にも介さないほどに。

 立ったまま拘束されているために休むこともままならないこの状況がデスは不愉快だった。

 両手首に体重をかけて休めるしかない。

(どーなったんだコレ。ぜんっぜん状況がわかんねー。つかここどこ)

 がちゃ。

 不意に、ドアが開いた。

「お目覚めかしら?」

「……」

 入ってきたのは先ほどモルテとキャットファイトを繰り広げていた長い紫髪の悪魔だった。胸からは青いリンゴをモチーフとしたネックレスが見える。

「グラーナの……えーと、なんだっけ」

「セレナ=グラーナですわ。我が屋敷へようこそ、死神さん」

 紫髪の悪魔、セレナはふわふわのスカートを両手で掴んで軽く会釈した。

「どうせならベッドにでも寝かせといてくれりゃあよかったのに、気がきかねー悪魔だなアンタも」

「あら。わたくしとベッドに入りたいとそういうことだったのかしら? それならわたしくの自室に……」

「違ェわ。ひくわ。ドン引きだわ」

「あらおひどいのね。ホストって職業をしているからにはもう少し優しいのかと思いましたわ」

「優しくしてほしーなら客としてこい。今より少しは優しくしてやるよ」

 気だるそうにククッと笑って、デスはじろりとセレナを睨んだ。

 声を少しだけ低くして、挑発するように問いかける。

「お前ら……何企んでやがる?」

 全体重をかけるかのようにして鎖に体重をかける。ちょうどつり革に両手でつかまるようにして体を揺らしながら、デスは言った。

「別にお前らが何しようと俺にゃ関係ねえ、知ったこっちゃねえんだが……それが帝王に関係するなら『知って』しまった以上、俺としては徹底的にお前らを始末しなきゃならねえんだが」

「……」

 セレナは押し黙った。

 無表情な瞳で、デスをじっと見つめている。

「もし……関係する、といったら、貴方は本気でとめにくるのかしら」

「そーだな。俺はあのバカと違って優しくねえから、弁明も反論も反省も認めねえよ。あいつがお前らを知る前に消す」

 悪意に顔を歪めて、死神さながらに笑うデスに、セレナはスッと手を伸ばして頬に触れた。

 頬を赤らめて、デスを見下ろす。

「……その悪いカオ……素敵だわ。帝王なんて見限って、貴方もこちらに堕ちればいいのに」

 愛しい恋人にそうするように、彼女は顔を近づけた。

 額をつけて、デスを見据える。

「とても残念……、それなら貴方にはもう少しだけ、退場していてもらわなければならないわ」

 ゆっくりと、彼女はポケットから注射器を取り出した。

 数日前にみた、シャルルが監修したという薬にそっくりである。

 つつー、と針から液体があふれ出る。

 思わずデスは嫌な顔をした。拒絶反応というやつだろう。

「でも嬉しい。貴方の首に注射器をつきたて、貴方の苦痛に歪む顔を目の前で見られるんだもの!」

 ひゅっと短い音を立てて、セレナは注射器を振りかぶった。


がし。


 しかしソレはデスの首になど届かなかった。

 その最中、否、振り上げたその状態からセレナの腕は動かない。

 一体何が起きたのかとセレナは自らの腕を見る。

「えっ……」

 どういうわけか、デスの腕がいつのまにか鎖から逃れ、セレナの腕を掴んでいた。鎖は跡形もない。壊れた形跡も、落ちた形跡も、外した形跡もない。

 ただ。床にサラサラとした灰がわずかに積もっている。

 ただ。

 ――デスのセレナを掴む腕が、青白い光を帯びている。

「お前、何で俺の名前が『デス』、死神そのままの名前か知ってるか?」

 ぽつりと、デスが呟いた。

 デスを拘束する全ての鎖がハラハラと灰に変わっていく。

 ぞっとするほど冷たい、深い青の瞳がセレナを見上げた。

「生まれついての死神――、『武器』なんざなくても『死なせられる』、そんな能力を持ってるからだよ」

「うあッ……!」

 言うが早いか。

 デスにつかまれたセレナの腕が見る見るうちに壊死、続いてサラサラと灰に変わっていく。

「う、うそ、嘘よ、わたくしの腕っ腕がああ!」

 かしゃん。

 床に落ちた注射器が割れて中身が四散。

 じゅわああ、と床の表面を溶かしていく。

 こんなものを打とうとしていたとは、とデスは少しだけ苦笑いを浮かべた。

 自由になった身体で胡坐をかきながら、欠伸を漏らす。

「ああ、そーだ。目的話すなら片腕だけでやめてやるが、お前、どーする?」

「!」

 セレナは自身の腕へ注いでいた視線をデスにハッと切り替えた。

 そうしてすぐさま床に膝を付け、涙目で必死に訴えた。

「は、はなす、はなすわ、だからやめてェ……!」

「破ったらその瞬間、死神機構だぞ?」

「わかった、わかったから、はやく……!」

 懇願するようにデスにすがりつく彼女の姿に満足したのか、デスはパチンと指を鳴らした。

 とたんに、彼女の腕の壊死がとまる。

 とはいえ肘などはもうない。

 血こそ出ていないが彼女の腕は二の腕ほどから消えていた。

 でたらめではあるものの、これこそデスの生まれ持った力。

 死神以外なにものでもない、証であり本人にとっては、好ましくない力である。

「あ、ああ、あああ………」

「俺が快調じゃなくてよかったな。快調なら力任せに引きちぎって極上の痛みを与えてやってるところだ」

「ひどい……ひどいぃ……」

 ぐずぐずとすすり泣くセレナを見て、デスはやれやれと立ち上がった。

 基本、デスはこの力を使わない。

 純粋な暴力だけで片付けられるからである。

 能力に頼らざるを得ないこの状況は、彼にとって少しだけストレスだった。

 ポケットに手を入れる。ぐしゃぐしゃに潰れたタバコが一箱。壊れたケイタイが一つ。原因は意識飛ぶ前、落ちてきたモルテだろう。

(まあこのタバコ毒入りだし吸えねえからいいけど……、あー、一服してェ)

 ぐしゃぐしゃと銀髪をかきむしって、乱れた服を直す。

 ズボンについた灰をはらって、ぐぐっと体を伸ばした。

 非常に不本意だが、これでおおよその行動の指針は決まった。

 あとは詳細を聞き出してしかるべき相手をボコボコにするだけである。

「……泣いてねえでとっとと洗いざらい喋れ」

 げし。

 いつまでもうずくまってすすり泣くセレナに向かって、デスは容赦なく蹴りを入れた。

 彼は敵にも味方にも容赦しない死神である。

 しかし蹴りを入れられたセレナの方は、最初こそ痛がっているようだったが次第にどういうわけか恍惚とした表情に変わり、そして自らの紅潮した頬に手をあてながらうっとりと言葉を吐いた。

「ひどい! 極悪非道ですわ! でも好き!」

「うぜえ泣くな喜ぶな!!」

 デスは顔を引きつらせて退いた。

 しかしセレナはよたよたと立ち上がると、おぼつかない足取りでデスの方に歩いてくる。

「殿方にこんなに乱雑に扱われたの初めてです……! まさにわたくしのハジメテを貴方は奪ったのです!」

「気色の悪い言い方すんじゃねえよ! そんなハジメテいるか!!」

「ああんもっと!」

「だ、誰かこの変態なんとかしろーッ!!」

 デスは本日が厄日であることを確信した。




 数分後。

 迫ってくるセレナに拳を振り下ろし黙らせたデスは、彼女が知る限りの現状をようやくのこと聞くことに成功した。

「わたくしたちも実はよく知らないのですわ」

 腕がなくなり、空洞となった服の袖をぱたぱたさせながらセレナは言う。

「とある日に貴族仲間であるオスカー家の者からお誘いがあったのですわ。暇なら少し遊ばないかと」

「……遊び、ねえ」

「わたくしたちにはよくあることですわ」

 遊びでこうも振り回されてはデスとしてはたまったものではない。

 しかしグラーナという、この魔界では貴族である一族が『そういう』一族であることも知っているせいかつっこむ気にもならなかった。

「それで、それというのが闇医者さんとの製薬でしたの。我が一族所有の多種多様な毒を組み合わせてたーくさんつくって、試験のために貴方たちを確保してくるというのがわたくしがオスカーさんと話した内容ですわ。貴方が一番厄介で薬物に耐性があると評判でしたので、貴方を連れてくるのは必須条件でした」

 聞いているだけでぞっとするほどデスにとっては面倒な話だった。

 そしてやんわり怒りがこみ上げていた。

 闇医者。

 今の会話に出てきたこの単語。

 間違いなくシャルルのことである。つい先日打たれた劇薬を思い出す。最初から何もかもわかっていて何も言わずに計画を遂行していることはもはや火をみるよりも明らかである。

「この薬を使って魔界を征服する、というのが当面の目的でしたようですし、帝王さんもおのずと絡んでくるんだと思いますわ」

「……迷惑な話だな」

「まあオスカーさんはいつもどおり、表立って動いていないみたいでしたけれど。何だったかしら、何か別な組織に薬を売って、有る程度ことを進めてもらうとかなんとかって……」

「さらにここで別の組織きちゃうのかよ……」

 ため息をどっとつく。

 もう何も知らなかったふりをして帰って眠りたい。

(全部潰す、となると骨折れるな……正直しんどい)

 快調のときならいざしらず。

 今は立っているのもつらい状況である。

 ならば。

(……ひとのこと巻き込みやがったシャルルと……あとルキノもつれて潰すしかないな。ついでにモルテもいれとくか。そうすりゃレドも文句ねえだろ)

 ふと。帝都にアイスを届けた際、見送りにきた帝王の娘を思い出す。

 朝帰ってきたんだから寝た方がいいのに、と寂しそうに呟いた顔を思い出してなんとなく後悔した。あそこで全て放り投げて眠っていれば快調のまま一人でうまく立ち回れたかもしれない。

 まあ、「たら」「れば」などという言葉でいつまでも後悔しているデスではなかったが。

「おいドM」

「はいご主人様」

 お前はドMでいいのかよ、と思いつつデスはデスの目的に動き始める。

「ガキとルキノとシャルルの居場所わかるよな? 全部案内してもらおうか」

「かしこまりましたわご主人様」

 がちゃり。

 こちらです、と先ほどよりもイキイキした顔でセレナは自ら閉めたであろう鍵を開けて扉も開けてデスを促した。



***



 デスが最初に向かったのは依頼にもなっているモルテの場所だった。

 幸いにも何をするでもなく、まだ監禁しているだけらしい。

「あの子についてはわたくしもよく知りませんの。でもどうやらただの小娘ではないようですわ。オスカーがバックアップしている組織が一番重要としていたみたいですし」

「……あ? てことはなんだ、アイツは薬の実験がどうのと関係ねえってことか?」

「そうだと思いますわ。薬については貴方が一番重要でしたから」

「てことは魔界の征服の方で必要ってことか……? またわけわかんねーなあ」

 うーん、と唸るデス。

 レドがわざわざ本人にも口止めするということがずーっと彼には引っかかっている。モルテがいった、『理由を知ればやる気をなくす』といった言葉がどうにも気になって仕方ない。

(まあわかんねーもんはしゃあないから別にいいけどよ……わかった時にはレドぶんなぐる)

 屋敷のとある一室で、セレナが立ち止まった。

 がちゃりと鍵をあけ、扉を開ける。

「こちらですわ」

 メイドがやるソレのようにドアを開けて、セレナは中に入っていった。

 デスも続いて中に入る。

 と、同時に。

「あー! またきやがりましたね性悪悪魔! センパイに変なことしたらこのモルテが脳天をカチ割らせていただ……あ、え、センパイ!?」

 縄でぐるぐる巻きにされて転がされたモルテがそのままの姿で室内をぴょんぴょんと飛び回っていた。

 愉快な光景である。

 おそらくここに放り込まれてからずっとこの調子で騒いでいたに違いない。

 ともするならば、さすがは貴族の屋敷。

 防音性は高いようだ。廊下には微塵も声が聞こえなかった。

「うるせえ騒ぐな。今拘束解くからおとなしくしてろ」

「え、あ、はい」

 ぴたりとおとなしくなるモルテ。

 が、しかし。

「おいドM。解いてやれ」

「かしこまりましたわご主人様」

「!! な、何でセンパイの奴隷になってるんです?! い、嫌ですセンパイあたしこの悪魔に解かれるなんて嫌です! センパイがいい!!」

「ご主人様のご命令なのですから聞き分けたらいかがかしら? 貴方はご主人様の『後輩気取り』なのでしょう?」

「ムキィー! うるせーですよ『奴隷』気取り!」

「気取りでもわたくしはかまいませんわ。だってご主人様に堂々とアタックできますもの!」

「あ、あたしだってセンパイ大好きなんですからね! 愛してるんですからね! センパイ! ちょっと! 何で冷たい目してるんですか! ちょっと!!」

「その冷たい目がたまらないですわ!」

 デスは思った。

 こいつら周りが見えないところそっくりじゃねえか、と。

 やっぱりもうくじけて帰りたい。

 何も解決はしていないが帰りたい。

 いや帰ったところで登場人物が増えてさらに事態がややこしくなることは間違いないが。

 そんなわけで嫌々拘束を解かれたモルテは、解かれるや否やデスの右腕に抱きついた。

「センパイは渡しません! あたしのセンパイです!」

 対抗するようにセレナが左腕に抱きつく。

「いえ、わたくしのご主人様です。貴方には渡しません」

 非常に歩きづらい状況にため息をつきながら、デスは、二人に容赦なく拳骨を落とした。

「ふざけてんなよテメェら……そろそろルキノのとこいくぞ」

「「はい」」

 怒られた二人はしょんぼりしながらまるで双子のように同時に頭をさすった。



 続いてルキノが監禁されているという部屋にたどりついたデスは、入ってすぐ固まった。

「ぐおー………」

 手錠こそかけられているものの、彼はどういうわけかふかふかのベッドに寝かされていた。

 とてつもなく気持ちよさそうである。

 その側では、虚ろな目をした少女が体育座りで俯いている。

「モルテ」

「合点承知です!」

 デスの声で、モルテがぴょんと跳ねあがった。

 高い天井ギリギリまで跳び上がったモルテが、ひゅるるるるると音を立ててルキノに落下。

「うごふッ!?」

 ルキノはVの字をえがいて目覚めた。

「なっななな何すんだよ!?」

「ルキさんおはよーです! さわやかな朝ですよ!」

「さわやかっつーか激痛の朝だよ! とっとと降りろ!」

「え~?」

「何で唐突に耳遠いフリ!?」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐルキノとモルテ。

 ルキノはどうやら眠ることでおおよそ体調を回復したようである。

 拘束される前のつらそうな様子は全くない。

 これがベッドに寝かされたものと立たされた状態で両手足を拘束されていたものの違いのようである。

「……なあ、何でアイツはベッドに寝かせてたんだ?」

「死んだように動きませんでしたのでさすがにまずいかと思いまして」

「ああそう……」

 デスの傍らで満足そうにかしこまるセレナ。

 つい先ほどまで敵だったとは思えないほどの変わり身の早さである。

「モルテ、そのへんにしておけ」

「了解です!」

 デスに言われてシュタッとそばに戻るモルテ。

 ぽんぽんと頭を撫でてやると、モルテは満足げに両腕を組んだ。

 デスは利口な犬を二匹手に入れたような気分になった。

「おい、立てよルキノ。へばってる暇ねーぞ」

「テメェが仕掛けたくせに……」

「ベッドで寝てるお前に苛立ちを感じたんだから仕方ねえだろ」

「どんな理不尽!?」

 かしゃん。

 喚くルキノの手錠を、セレナが外す。

 両手が自由になったルキノはやれやれと体を伸ばし始めた。

「……ってアレ。おたく敵じゃなかった?」

「ええ。つい先ほどまで」

「何で俺に手錠かけたやつが俺の手錠外すわけ?」

「先ほどご主人様の奴隷になりましたので事情が変わりました」

「えっ」

「えっ」

 少しの間、ルキノとセレナに沈黙が訪れた。

 その間にモルテがデスの服をくい、と引っ張った。

「ホントにあの女、奴隷にしたんですかぁ?」

「したっつーか『ドМ』って呼んだらそうなってた。俺もびっくり」

「あらあ~、素質があったんですかねえ」

 他人事のようにうなずくモルテ。

 固まる二人を見かねて、デスは一人扉に手を掛けた。

 このままアホを三人連れているといつまでたっても話が進まない。だんだんとイライラも募ってきた。

「おい、自己紹介済んだなら次行くぞ。シャルルの野郎を連行する」

「いや待てよ! 俺状況全くわかりませんけど!?」

「そこのドМかモルテにきけ」

「何その両極端な選択肢!」

 先に進もうとするデスを慌てて追いかけ、ルキノは肩をぐいとつかんだ。

 とてつもなく面倒そうに振り返るデス。

 おまけに重いため息までついたところで、視界に体育座りをする少女が入った。

「……ルキノ、お前アレどーすんだ。ずーっとあんなだぞ」

「いやお前が原因だけどな。お前が七割くらい悪いけどな」

「まじかよ」

 まるで悪びれる様子なく(実際悪いと思っていない)、デスは座り込む少女の頭をがしりとつかんだ。

 慌ててルキノが止めに入るも、デスは片手でそれを静止した。

 じいと深い青の瞳を少女にぶつける。

 虚ろな瞳はデスに向いていない。どこか虚空に向けられている。

「……こりゃダメだなこいつ」

 しばらく目を見た後で、デスはパッと手を放した。

「完全に壊れてやがる。意思疎通できそうにねえな」

「お前、よくそんな淡々とできるね……気まずさとかねえの?」

 しかめっつらで、ルキノはつぶやいた。

 悪党は悪党でも、ルキノにはそんなことはできない。

 一応、少しだけでも罪悪感というやつは残っている。

 対してデスの態度は平然としたものだった。

「死神なもんで。それよか仕事するならおぶってた方がいいんじゃねえの。こいつ避けるとか逃げるとかそういう『意思』、ないと思うぞ」

「まじかよー……まあ生きてるからとりあえずはセーフになるよな」

 あーあ、とルキノはため息をついた。

 がりがりと頭を掻く。

 こんな面倒な案件引き受けなきゃよかった、口に出そうなほど何だか一気に疲れを感じた。

 なんとなく、ぼんやりと依頼の始まりを回想する。

「……一週間くらい前にさあ。シャルルと二人ですげー美女に会ってさ」

 それはパーガトリーという町で飲んでいた時のことである。

 珍しく二人で飲んでいたシャルルとルキノの前に現れたのは、金髪碧眼、スタイルのいい魔女だった。

「この魔界でさー人間の魔女なんてめっずらしーじゃん? シャルルが興味もっちゃってさ~」

 今思えばやめときゃよかったなあ、とルキノはつぶやいた。

「イキのいい女がたーくさんいるっていうからついて行ったら、確かにたくさん居たんだけど仕事頼みたいっていわれてさー」

 断れないよなあ、と続ける。

 もちろん断ろうと思えば断れる。

 二人とも誘惑に負けただけである。

 もっとも誘惑に負けたのはルキノだけであって、シャルルは面白そうだからという理由だったのだが。

「そんでその魔女に俺はこのガキ任されたってわけ。なんかしらねーけど大事な生贄なんだっ………、……あ」

 ルキノはハッとした。

 デスがこちらを見てにこやかに微笑んでいる。

 傍らのモルテとセレナは打ち合わせでもしたかのように、ゴミを視るような目でルキノを見つめている。

「へ~? お前、最初っからぜーんぶ知ってるじゃねーか」

「いや俺は仕事の依頼されただけだぞ!? シャルルが何頼まれたのかはホントしらねーよ!?」

「いやいや、俺が今一番知りたかった『組織』の情報を持ってたのはお前だったぞ~?」

「や、あの、なにその目、怖い、怖いんだけど」

 怯えたように数歩後退するルキノ。

 ゴキゴキと拳を鳴らしながら数歩ずつ距離を詰めていくデス。

 モルテとセレナはそっぽを向いている。

「ちょ、ちょっと待てよ、お前だけ何も知らなかったのは確かにひどいと思うけど、俺だってシャルルに口止めされ……」

「知ってるよな?」

 ルキノの背が壁にあたり。

 それ以上下がれなくなったところでデスは拳を構える。

「俺が言い訳も弁明も聞かないってことを、な!」

「おべふッ!」

 顔面にストレートパンチをくらったルキノは、壁にめり込んだ。

 激しい衝撃音と土煙がふわふわ舞う中、当然のように警報が鳴り始める。

 上や下の階からドタドタという足音が聞こえ始め、デスはため息をついた。

 手をパンパンとはらいながら、脳内で今きいた事実とセレナからきいた事柄を絡ませていく。

 そうしていつもどおりの結論にたどり着く。

(結局黒幕はまたオスカーかよ。アドルフのおっさん、そろそろ諦めてくれねえかな……)

 彼の親友であるハイゼットが帝王に即位する前までは魔界は混沌に満ちていた。

 あちらこちらで策謀、小さな紛争が起き、治安などロクにない世界だった。

 その当時、大きな力をふるっていたのがオスカー家。そうしてその頭首、アドルフである。

 ハイゼットが即位し、彼の奇跡的なほどバカで平和ボケした脳内によって帝都に初めて治安がもたらされた後も。

 こうしてちまちまと悪意をばらまいているというわけだ。

 デスにとってはいい迷惑である。

「さっきの音でグレンさんに気付かれたかもしれませんわ」

「グレンさんて誰です?」

「貴方もさっき会っていますわ。ほら、わたくしと一緒にいた棒使いの」

「あー! あのいけすかないオールバックですね!」

 今度きたらぶんなぐってやります、とモルテ。

 そんなモルテをみてクスクスと笑うセレナ。

「……なんです?」

「いえ、グレンさんはまがりなりにもオスカー家の者。そう簡単にぶんなぐれるかしらと思いまして」

「そういえば親しそうでしたね」

「ええ。グレンさんとは幼馴染みたいなものですわ。一緒の学校に通っておりましたの」

「へ~」

 二人の会話を聞き流しながら、デスはルキノから外された手錠を床から拾い上げた。

 それをおもむろに少女の右手とルキノに左手にかけなおす。

 デスにとってこの少女の護衛などは任されていないので、別に放置しておいてもルキノがただ依頼を失敗するだけなのでいいのだが……。

 それでも知ってしまった以上は見て見ぬ振りができない死神なのである。

「ドМ。シャルルどこにいるかわかるか?」

「シャルル様なら地下研究室にて薬の最終調整に入っていると思いますわ」

「あそ。んじゃお前はここでのびてる用心棒と女見張っててくれ」

「えっ」

 デスの言葉に、セレナは少しだけ狼狽えた。

 当然ついていこうと思っていたようだ。

「どーせそこの用心棒はたいして使えねえと思うし置いていく」

「そ、そうですか……」

「もしそのグレンだかがここに来たら、俺らが地下研究室に向かったっていっとけ。その方がいっぺんに片付くしラク」

「……わかりましたわ」

 ぐるぐると肩を回して、首をゴキリと鳴らす。

 ルキノは相変わらず気絶したままである。

 彼らに背を向けて扉を開けたデスと、ルキノを交互に見てモルテは少しだけ躊躇した。

 こちらもまさかおいていくとは思っていなかったらしい。

「おい」

「ぐえ」

 不意に、デスがモルテのやたらと長いマフラーを引っ張った。

「とっとといくぞ、『後輩』」

「!」

 デスの声に、モルテは得意げに笑って応えた。

「はい!」


 

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