表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

01:悪党のすすめ。

※注意!※

この小説には過激かつ残酷な暴力描写がたくさんあります。

悪党ならでは、タバコや薬物のシーン、悪魔ならではの奔放な性表現があります。彼らに悪気はありません。悪党かつ悪魔なんで。

苦手な方はご閲覧をお控えください。

1「悪党のすすめ」



 薄暗い路地裏を、少女は一人歩いていた。

 ボサボサの黒髪と、口元を深く隠すくすんだ赤いマフラー。

 腰には二つの大型拳銃を仕舞う(もはやショットガンにも近いが)ホルスターがゆらゆら揺れていた。

 路肩にはボロ雑巾のようになった迷い込んだ人間や、はたまた連れてこられた人間の屍があちらこちらに散らばっていた。

 むろん悪魔も例外ではない。

 骸骨のように身体を変形させて、虚ろな目をした者がいくつも少女を見つめていた。

 少女は片方しか出ていない赤い目で、じっと彼らを見下ろした。

(……ゴミ捨て場みたい)

 オルクの町は、魔界の中心部『帝都』から離れていることもあって、治安が悪い。

 帝都にはあるらしい『平和』というもの一切がなかった。

 どの建物も窓には板が打ち付けてあって、大通りでさえシャッターが閉まっている。

 怪しげな店構えの店舗には、やはりまがまがしいものしか置かれていなかった。

 少女はしかしこの町を意外にも気に入っていた。

 魔界らしい町だった。

 悪党にはふさわしい、町だった。

「……よォおじょうさん。こんなトコで何してんだ?」

「………」

 不意にかけられた声に、少女は顔をわずかに上げた。

 気が付けば少し広い場所に出たようだった。

 高い建物に囲まれていて、暗いそこは秘密基地のようだ。

 目の前には、がたいのいい悪魔が二人、たっていた。

「おじょうさんみてーな子はこんなトコいたらイケねーなあ」

「そーそー。帝都がお似合いだぜ?」

 けらけらと笑う声を、少女は無言で返した。

 そっと手がホルスターに触れる。

 くすんだ赤いマフラーが風に靡いていた。

 空はくすんだ灰色と、滲んだ赤と黒とで混沌に渦を巻いていた。

「……あんたたちは、あたしに教えられます?」

「あ?」

 唐突な少女からの問いかけに、悪魔たちはポカンとした。

 とても自然な動きで、少女は何気なく大型の拳銃を向けた。

 可愛らしくも不気味な、赤い目がじろりと悪魔たちを射抜いた。

「悪党のススメ」

「ヒッ――」

 それは死を直接映し出したような、紛れも無い死神の目だった。

 悪魔たちはたじろいだ。

 そんな目ができるのは。

 死神機構の、者だけであり――すなわち少女は――死神ということである。

 少女の指が、ゆっくりと引き金を引き―――、

「やめとけ」

「あ」

 不意に、銃口を手でふさがれて、少女はぼんやりと視線を移した。

 声の方向には、銀髪の死神が平然と立っている。

 悪魔たちは少女ではなく――そちらをみて、震え上がった。

 羽織ったファー付きのジャンパーと、鍛え上げられた筋肉質な体。

 人でも悪魔でも天使でもあらゆるものを殺していそうな、そんな凶悪さを身にまとった、殺人鬼のような男を、悪魔たちは知っていた。

「し、死神……!」

 男――死神は、不機嫌そうな視線をぶつけた。

「テメェらも俺の気が変わらないうちに逃げた方がいいんじゃねェのか?」

「シッ失礼しますッ」

 反社会勢力の男たちが上のものにするときのように、彼らは腰を九十度に曲げて頭を下げると、走り去った。

 その後姿を、死神はため息をつきながら見送ると、ごつん、と少女に一つ拳骨を落とした。

「いたっ。何するんですか」

「バッカてめぇおとなしくしとけっていっただろーが。何勝手に喧嘩売ってんだ」

「だってこういう裏路地が似合う女になりたいんですよ。喧嘩と裏路地ってセットなんでしょう?」

「誰からきいた、そんなこと」

「レド姉からです」

 死神――デスは深くため息をついた。

 レドから半ば無理やりに、少女を押し付けられてからはや二日。

 1日目はすでに半日以上経過していたため、さほど苦痛でもなかったが、二日目を迎えてデスはすでに嫌気が差していた。

 元々子供は好きではない。親友の娘に好かれているのも自身で謎に感じているところである。

 妹もいるが、少なくともすかれてはいない。

(ったく……シャルルのやろうはすっぽかすし)

 頼まれていたアイスを渡しに(彼は一応律儀なのである)、帝都へ戻ってから数時間。

 あの飲みなおすためだけに出向く一室へ戻ったときには、すでにシャルルの姿はなかった。

 あげくルキノは寝ていて、少女はその横に寝ていた。

 一瞬過ちが起きたのかと冷や汗をかいたが、そんなことはなかった。

 レドからは、一応、手を出したら罰金といわれている(罰金で済ますのかよ、とは突っ込めなかった)。

「デス兄は結婚とかしてねーんですね」

「ぶっ」

 唐突に切り出された質問に、デスは盛大に吹き出した。

「てめぇ……その呼び方やめろっつったろーが!」

「何でですか。かわいいかわいい妹分ですよ、あたし」

「残念だったな。俺にはすでに妹がいるんだよ。二人」

「むう。では兄様と呼びましょうか?」

「呼ぶな。デスでいい」

「むー」

 不機嫌そうな声で、少女は唸った。

 あまり納得をしていない声である。

「で、してんねーんですよね?」

「しつこいな……してるようにみえるか?」

「いえ、まったく!」

「ほめてんのかけなしてんのかどっちだコラ」

 デスは少女の腕を掴むと、無理矢理路地裏から引きずりだした。

「何するんですかー、あたしの夢を邪魔するんですかあー!」

「うるせえ。こちとらテメェの面倒任されてんだよ。あげくワケわかんねー薬も打たれて気分悪ィんだ。おとなしくしてろ」

 本日何度目かになるため息をついて、デスは肩を落とした。

 シャルルに打たれたあの劇薬の記憶はやはり戻ってこないが、それでも体調はすこぶる悪い。

 製作者の話だと1日以上は意識の戻らない薬なのだから、仕方のないことかもしれないが。

(かといって、別の闇医者に頼むのもまたなあ)

 脳裏にはもう一人、主治医とも呼ぶべき小さな闇医者が浮かんだ。

 シャルルよりはマシだが、アレもまがいなりとも闇医者。

 意地悪い顔でにたにたして、この一件に帝王を絡ませようとするに違いない。

 そもそもその小さな闇医者のラボは、帝都なのである。

 今この少女を連れて、帝都へは行きたくない。

「面倒を任されてるなら、あたしと一緒に喧嘩してくれたっていいじゃないですか」

 ぷうと頬を膨らませて、少女は赤い瞳でデスを見上げた。

「レド姉のハナシだと、一番強いんですよね?」

「ばぁーか。強いやつはむやみやたらにやらねーの」

「でもあたしはみてみたいのにー、デスさんの戦うとこー」

「……さん付けもやめねーか? なんか慣れねーわ」

 デスは携帯をポケットから取り出した。

 着信、メールの一切はなし。

 野暮用を済ませてくるといって消えていったルキノからは、何の連絡もない。

(あいつまでばっくれるわけじゃねーだろーな……)

 時刻は昼の十二時を回ろうとしていた。

 少女はむすっとしたまま、あたりをぼうと見渡している。

「あ」

 不意に、声をあげた。

「ルキさんだ」

「あ?」

 少女の向いているほうに振り返ると、ひどく疲れた顔をしたルキノが見えた。

 ため息をつくその姿は、もはや浮浪者である。

 少女はぶんぶんと手を振った。

「ルキさあーん! お帰りなさーい!」

 のんきなもんである。

「ばっくれたかと思ったぞルキノ」

「俺もそうしたかったよ」

 深いため息をついて、ルキノはデスの肩に寄りかかった。

 相当疲れているらしい。無理もないだろう。彼もまた、デス同様、劇薬の被害者である。

 懐からキセルを取り出して、彼はそれに火をつけた。

「なんかすげェだるいんだけど、俺昨日そんな飲んだのか?」

 挙句の果てに、知らぬが仏ということで、ルキノは劇薬を知らされていない。

 意味のわからぬ疲労感に襲われているというわけである。

「まーな。俺も調子悪いから寝てェんだけど」

「てめーはいいよな。ゆっくり寝れる場所があって」

「ばぁかゆっくりなんて出来るわけねーだろ。ガキはそこにもいるんだぞ? 捕まったらどっちにしろ疲れる」

「子持ちのお父さんみてーだな」

「シャルルじゃねーからそんなヘマしねーけどな」

 けだるそうにため息をつく二人の横で、きゅるるるるる、と少女は腹を鳴らした。

 ぼっと顔が真っ赤に染め上がっていく。

 デスとルキノが視線を送る中、少女は一人、ぼそっと弁明した。

「ち、違いますよ……これはアレです、唸り声です」

 意味のわからない弁明だった。

「あーはいはい、昼何が食いてーんだ?」

「うぐ、呆れてますね? でもお昼は何でもいいです。オススメが食いたいです」

「オススメってなあ……俺は何も食いたくねーし」

 デスはちらりとルキノへ視線をやった。

「いっとくけど、俺も二日酔いだからいらねーよ」

 デスから離れ、壁にもたれかかるルキノ。

 もたれかかった直後、ずるずるとしゃがみこんでしまった。

 少女はそんな様をみて、おもむろにルキノに近づいた。

 そっと額に手を伸ばす。

「ルキさん風邪ですか? 熱はねーようですけど……」

「あ? 違ェよ、ちょっと飲みすぎただけだ」

「酒は飲んでも呑まれるなですよ」

「そうだよなあ……さすがに情けねぇや」

 けらけらと笑うルキノをみて、デスはため息をついた。

 そうして同時にわずかな怒りが湧いた。

 ちょっとは他の可能性も疑えよッ!!

「二日酔いならあっさりしたもんがいいですよねー。ラーメンにします?」

「なんでラーメン? こってりしてんだろーが!」

「だってシメでよくラーメン食べてるじゃないですか。おじさん」

「気持悪いときには食ってねぇと思うぞ」

「? そうですかねえ?」

「つーか要らないっていったろーが。お前だけで食え」

 しっしと追い払うように、ルキノは少女の手を振り払った。

 む、と少女は頬を膨らませた。

 それからルキノの頬をぐいと両手で引っ張った。

「一人で食ってもうまかねーですよ。それに食べないと身体に悪いです」

「……へめぇふあ(テメェなあ)」

 じろり。

 ルキノがやや呆れたように少女をにらみつける中、死神は携帯を取り出した。

 新着メールが一件。

 シャルルからである。

(なんだってんだよ)

 詫びのメール、ではないだろうと思いつつ、デスはメールを受信した。

 内容は、いたってシンプル。

『やっべえ酒池肉林じゃね? すげえ楽しいww』。

 画像添付で彼が全裸同然の女性たちに囲まれている姿が映っていた。

 バキッとデスは携帯をしならせた。

 どうせなら粉々に粉砕した後、誰でもいいからとりあえず殴りたい。

 画像には酒池肉林というのにふさわしく、酒まで樽で用意されていた。

 それら全てを飲み干したとしても、シャルルならば平然としているだろう。

 彼はザルである。

「? どーかしたんですか?」

「うぉっ」

 携帯を覗き込む少女に気が付いて、デスはとっさに身をよじらせた。

 どん、と背中が何かに当たる。

(――壁……はねぇから、誰――)

 彼が振り向くよりも早く。

 それは、刃を剥いた。

「   」

「!」

 首へと煌く刃に、デスは自身の前でしりもちをついている少女を掴むと同時に屈んで見せた。

 刃は空を切り、壁へと吸い込まれていく。

「ッなんなんだよ!」

 ちょうどルキノの頭上に差し込まれた刃をみて、ルキノは足でごっとそれの腹を蹴り飛ばした。

 足に、どこかやわっこい感触。

 まとっていた黒いローブがはらはらとめくれて、ルキノは呆然とした。

 女だった。

 ほぼ全裸に近い女だ。

 手からナイフがカラカラと抜けて転がっていく。

「ちょっとコレ持ってろ」

「うお!」

「きゃん!」

 デスは少女を乱暴にルキノに投げると、女へと体を向けた。

 口元をわずかに歪めて、すたすたと歩いていく。

「お、おい、ソレ殺しちまうのか?」

 どこか残念そうな声をあげるルキノ。

「ばぁか殺したら情報とれねーだろーが。適度に痛めつけて生け捕りだ」

「ああ……ってマジかよ。それ一応女だぞ。優しくするのが流儀なんじゃねーの?」

「殺しにきたやつに優しくするのはどこかのバカくらいだ」

 ぴしゃりと言い切って、デスはゴキゴキと拳を鳴らした。

 ルキノは少女の目元を手で覆い隠した。

 これから行われる理不尽な暴行は、さすがに目の毒だろう。

 いくら悪党を目指している(そこに若干の疑問は感じるが)とはいえ、少女は少女である。レドではない。

「うあー、なにするんですかー! せっかくセンパイの戦うとこみれるのにー!」

「みなくていいんだよ。目の毒だ」

「毒じゃあありません! 目の保養です! イキイキと悪い顔して暴れるセンパイがみたいんです!」

「うるせーうるせー。黙っておとなしくしてろ。ていうかその『センパイ』ってなんだよ」

「これはアレです、一番強いデスセンパイを見習いたいという意味合いです。後輩になりたいんです。弟子入りしたいんです。憧れてるんです」

「あんなやつにあこがれてたらロクな大人にならねーぞ!」

「センパイのような悪魔になれれば幸いです!」

「やめとけ絶対に!」

 ガコンッ!

 一際大きな衝撃音が響くと同時に、ルキノは少女を抱き上げて飛び跳ねた。

 先ほどまでいた壁には、大きな穴が空いている。

 穴と一緒に、同じようなローブをまとった少年がみえた。

 少年の手には、今度は大降りのハンマーが握られている。

「ちッ……ひとりじゃねーのかよ!」

「な、なな、なんなんですかあ!?」

「うるせーよしらねーし知りたくもねえ!」

 振り下ろされるハンマーをよたよたと避け、ルキノは突如少女を放り出した。

「ブッ、な、何するんですかあ! 顔面打ちましたよあたし!?」

 少女は見事に地面に顔面から着地すると、ぎゅるんと振り向いた。

 振り向いた先で、ルキノが顔色悪いまま、ハンマーを受け止めている。

 少女はハッとした。

 守られている。

 また、守られている。

「クソガキそこでおとなしくしてろよッ!! 庇ってやれるほど今の俺は体力ねえんだ!」

「お――おとなしくしてたらルキさん骨とか砕かれそうですよ!?」

「砕かれるくらい問題ねェ――ッ!?」

 掛け合いの最中。

 弾き飛ばされたルキノの隙を少年は見逃さなかった。

「ガッ」

 力いっぱい振られたハンマーが、ルキノのわき腹をとらえた。

 ドッと鈍い音を立てて、ルキノがびゅーんと吹っ飛んでいく。

 少女は痛感していた。

(ルキさん、ホントに体調悪かったんだ……)

 遠くで倒れているルキノは、わき腹を押さえて呻いている。

 少年の表情はうかがい知れなかった。

 深いローブが邪魔をしている。

 しかし足だけはしっかりとルキノに向いていた。

「―――んふ」

 少女は、腰から二丁、拳銃を取り出した。

 口元を歪めて、てくてくと少年へ足を向ける。

「……?」

 少女に気付いた少年は、ぴたりと足を止めた。

 少女の手に持つ拳銃をみて、ハンマーを構える。

 少女は、ゆらりと殺意に満ちた、悪意に満ちた瞳を向けた。

「初めましてー、ワタクシ、モルテと申しますー」

 かちかちかち。

 かちかちかち。

 両手に持った大型拳銃の引き金が引かれていく。

 少年は危険を感じたのか、勢いよくハンマーを振りかぶった。

「!」

 しかし、少女――モルテはすでにそこにはいなかった。

 何時の間に移動したのか、空中で微笑んでいる。

「以後、お見知りおきください」

 少年を見下ろすモルテの目は、まさしく死神のそれだった。

 心臓を射抜かれた。凍りつかされた。動けなくなった。

 ぴたりと止まった少年の足を、腕を、モルテは容赦なく打ち抜いた。

 赤が飛び散った中、崩れ落ちていく少年を横目に、モルテはルキノへと着地。

「おうふ!」

「あ、すみません」

 ルキノはVの字になったあと、動かなくなった。

 トドメである。

「ったく……、そっちで面白そーなことばっかしてんじゃねえよテメェら」

 デスはくるりと振り向くと、大きく深いため息をついた。

 瀕死の状態まで追いやった女を、すでに虫の息である女を、掴んで持ち上げる。

「!」

 少年はハッとしたように顔を向けた。

 血だまりから立ち上がる。

 デスは見せびらかすようにして、女の首を片手で締め上げた。

 めきめきと目に見えて軋むそれに、少年はわき目もふらず突進した。

「やっぱ仲間は大事ですってかァ!?」

 思い切り悪意に顔をゆがめて、デスは突っ込んできた少年をひらりと避けた。

 ソレから掴んでいた女の首を、見せ付けるように―――バキリ。

「うっわやりやがった……」

 遠巻きからみていたルキノは、後味悪そうに呟いた。

 折られた女は、ぶらんと両手足を投げている。

 口から出た泡が、みるも痛々しい。

 しかし折られて死ぬところをみると、人間の女のようである。

 悪魔であれば、そんなことをされたところで、死ぬということはない。

「うああああああああああッ!!!」

 悲鳴のような怒声を上げて突っ込んできた少年に、デスは。

「バカの一つ覚えだなおい」

 無慈悲にめぎっと何気なく蹴りを入れた。

 誰もが眉間にしわを寄せる光景の中、モルテだけは、「おおー」と感嘆の声を漏らしていた。



***



 隠れ家ともいうべき一室に戻った一行は、真ん中に少年を置いて取り囲んでいた。

 凶悪な面々に取り囲まれているこの状況は、客観的にみて悪党に捕まったヒーローのようだった。

 少年は、頭まですっぽりかぶっていたローブを外されて、うつろな瞳でぼうと空を見つめている。

 身体に残るたくさんの痣は、先ほどデスがつけたものから、そうではないもっと昔についたようなものまで、多岐にわたっていた。

「どーするんですか? これ」

 同い年くらいの少年に、さしたる同情の兆しもみせずにモルテは呟いた。

「殺すのは最後だとして、さっきからなぁーんにもしゃべりませんよ?」

「お前のその冷酷非道さは将来が心配になるな」

「心配せずともこのままセンパイ寄りに進みますよ」

「問題しかねえな……」

 ため息をつくルキノも少なからずボロボロである。

 彼の場合は間違いなくシャルルが原因ではあったが、それでも汚らしい着流しがさらに汚れていた。

 デスのほうはさすがというべきか、無傷である。

「喋らねーなら殺るまでだろ。どうせこいつの他にも喋りたくなるやつは大勢いるだろうしな」

 ゴキゴキと鳴る拳が、青白く光っていた。

 その不気味な青を見つめて、ルキノがやれやれお腰を上げた。

「まあまてよ。何でもかんでも殺せばいいっつーもんでもねーだろ」

「あ? 何でお前は善意を振りかざしてんだよ。悪党だろーが。それともこいつに情でも湧いたか? ホモか?」

「黙れリアルホべぶッ!!!」

 唐突に殴られて、ルキノはどーんと吹っ飛んだ。

 殴ったのはデスではない。

 モルテである。

「今センパイに暴言はこうとしませんでした?」

「――ッてめえクソガキ、黙ってりゃ好き勝手を……」

「うるせーDEATHです!」

 追い討ちの攻撃をくらって、ルキノは完全に沈黙した。

「……哀れだなルキノ。まさか小娘にやられるとは」

 哀れむような目を向けて、デスは少年に向き合った。

 冷たい目で見下ろす彼の隣に、モルテも同じようにして見下ろしている。

「どーするんですかセンパイ。やっぱサクッとラクにしてあげますか?」

「そーだなあ。ルキノがわーわーうるせーから、殺さない場合の始末方法でも考えるか」

「なんですかそれ。そんなのあるんですか? 奴隷商人に売り飛ばすとかですか?」

「バカ。そんなもんに売ったらアシつくだろーが。もっといい売り手がいるんだよ。そういうヘマをしない、最強の鬼畜堕天使がな」

「まてまてまてまてッ!!!!」

 即座に、ルキノが起き上がった。

 血相をかえて駆け寄ったかとおもうと、次の瞬間デスの肩に掴みかかっていた。

「お前あの堕天使に売るつもりか? アレに売ったら最後、廃人決定だろーが!」

「だったら何でお前はこいつに情かけてんだ!? それとも知り合いだっつーのか!?」

「……ッ」

 ギリ。

 ルキノは奥歯を噛み締めた。

 言葉に詰まったようである。

 ふいと目をそらした彼に、デスは冷たい目でニタリと笑った。

「なるほど……シャルルも俺にメールよこしてたが……、お前も一枚かんでるな?」

「……あー! 悪かったな言わなくて!」 

 つかみ掛かっていた手を解いて、ルキノは少年を掴みあげた。

 諦めた顔つきをみて、デスは両腕を組んだ。

 レドが仕事を押し付けたときは、いくつもの仕事が重なったとき。

 あるいは事前に頼まれていた別の仕事をやめさせようとしているときである。

 レドという悪魔に善意はない。

 何を基準に物事を考えているかも不明だが、それでも何か大きなことをしでかそうとしているときに必ず絡んでいるのである。

 今回デスには事前に仕事がないので、他二人の仕事がレドにとって邪魔なのだろう。

「少年にみえるだろーが、これ、実は女なんだよ」

「……は?」

「んでもって護衛対象なんだよ。俺の」

 ため息をつくルキノに、デスはもっと呆れ顔だった。

「だったら何でテメェも襲われてんだよ」

「こいつらが狙ってたのは俺じゃねーよ。ホントの狙いは、こっちだ」

「む?」

 ルキノは、すっとモルテを指差した。

 モルテのほうは目を丸くしている。

「何でこのガキだよ。つーかお前面倒みろっていわれてるよなレドに」

「だから俺らなんだろ。お前もいれば殺されないってわかっててやってんだよあいつは。そんでもって俺が引き受けたのはこの娘の護衛だ。死なせるなって依頼だからお前からの暴行はノーカンな。でも堕天使に渡されると奪えなくなるから困る」

「……なんだそりゃ面倒な……」

 デスが深い深いため息をつく中、そのとなりではモルテも深い深いため息をついていた。

「……なんでお前もため息ついてんだよ」

「いやあ、あたし狙われてんなーって思って」

「そんなこと思う暇あんなら狙われる理由くらい考えろ」

「ぎゃん!」

 ごつん。

 モルテの頭に拳が落ちた。

 半ば涙目になりながら、モルテはううっとデスを見上げる。

「違うんですよおセンパイ! あたしだって理由お教えしたいんですけど、それいうとセンパイがやる気なくしちゃうから言うなってレド姉が!」

「なんだそりゃあ! つーか何なんだ今回! 俺ばっか色々知らないうちに面倒なこと起きてるんじゃねえか! 俺もう帰るぞ!」

「ダメですセンパイ! くじけないで! あたし、サライ歌いますか!?」

「歌わねえでいい!」

 わーわーと二人でわめく中。

 ルキノは少年(少女)を抱えたまま、遠い目で見つめていた。

 なんだか兄と妹みたいだったとは、とても口には出せなかった。




 しばらくして落ち着いた彼らは、ルキノと少年もとい少女、デスとモルテといったふうに分かれて座りなおしていた。

 少女は変わらずうつろな目をしたまま、口をひらこうとしない。

 その両目からは時折涙がすうと線をひいた。

「それじゃ、こいつらはこのクソガキを狙ってて」

「おう」

「俺らはレドからクソガキの面倒を引き受けてて」

「おう」

「お前はこいつの面倒も引き受けてたと」

「おう」

「……つまるところ、なんだ。どーなってんだ?」

 デスは眉間にしわを寄せて唸った。

 すぐにでも親友の元に帰りたい……ような気さえしてくる。

「狙われてたのはクソガキだけじゃねーよ。お前もだ」

「あ?」

 頭を抱えたデスに、ルキノはしれっと呟いた。

「何で俺も狙われてんだよ」

「そんなの知るかよ。俺はあくまでも雇われ用心棒だぞ」

 デスは舌打ちした。

 最初から妙だとは思っていた。

 本当に身の安全を確保したいなら、わざわざ『三人』に頼むことはない。

 そもそもこの三人じゃなくたっていいはずだ。

 その理由は、今のところデスの傍らで彼をじいと見上げている少女、モルテにあるようだったが謎のままである。

 結局、何もわからなければ状況はカオスになったままである。

「あとはシャルルのやつが何を引き受けてるかだな……」

「さあな。あいつの仕事が一番謎だからな」

「ちッ。胸くそ悪ィ」

 おもむろに、デスはふところからタバコを取り出した。

「あれ。お前吸ってたっけ」

「あ? ……ああ、帝都ではあんまり吸わないようにしてんだよ」

 ぼしゅ。

 無骨なライターで火をつけて、デスはたばこをふかした。

 シャルルのキセルと合わせて、室内にはたばこのにおいが充満している。

 シャルルはキシシッとからかうように意地悪く笑った。

「へーえ。お優しい帝王を気遣ってか?」

「ばぁかそんなんじゃねーよ。……俺が吸うとガキどもがうるせえんだよ。やれ身体に悪いだあカッコいいから俺も吸いたいだあと」

「ぷっくはっ、お前ホント子供に弱いよな」

「お前だってかわんねーだろロリコン」

 ゆったりとタバコを吸うそんな二人をみて、モルテは一言。

「お二人とも具合悪かったんじゃねェんですか?」

 大丈夫ですか、そんなもん咥えて。

 呆れたような目でモルテが見つめる先、デスもルキノもぴたりと停止した。

 そうしてほとんど同時にたばことキセルを吹き出した。

 ルキノは口からぼたぼたと血を滴らせて吐血。

 デスは心臓あたりをわしづかみにして、ギリギリと歯を噛み締めている。

「ちょ、ど、どうし……」

「ッどけ!」

「!」

 とてつもない形相でデスに跳ね飛ばされて、モルテはぴょんと吹っ飛んでソファに激突した。

 がばっと顔をあげた先で、先ほどまでうつろな目をしていた少女もルキノに庇われていた。

 デスから少し離れたところには、ひざをつく紫色の長い髪をした悪魔が。

 少女とルキノの少し先には、茶髪オールバックの筋肉質な悪魔が立っていた。

「……あら。意外にしぶといのね」

 紫色の悪魔は、感心するように呟いた。

 彼女が身にまとう服はどこかヨーロッパの貴族のようだ。

 胸から下げるネックレスは、青いリンゴがモチーフになっている。

 デスは額に大粒の冷や汗をかきながら顔を上げた。

「てめー……グラーナのとこのか? まだシャルルと組んでるのかよ……?」

「ご名答。鋭いじゃない」

 悪魔はほくそ笑んだ。

 グラーナ家。

 魔界に古くから巣食う大きな一族の一つである。

 この魔界には六大家といわれる六つの一族があり、中でも極めて力を持つ一族三つが、御三家と呼ばれているのである。

 グラーナはその、御三家の一つ。

 毒と陰謀のグラーナ家である。

 悪魔は、落ちていたタバコを拾い上げる。

「あと少し吸ってたら、意識だって保てないくらい身体中しびれているはずなのに。貴方ったら聞いていた通り『化け物』なのかしら?」

「やっぱ、タバコにも仕込んであったか……どうりで、嫌な予感がしたわけだぜ……」

「ごめんなさいね。わたくし達もいろいろと事情があって、そこのお嬢さんたちと一緒にきてもらいたいの。でもわたくし達まともにやっても貴方たちには勝てないから」

 悪魔は、懐から香水のようなものを取り出した。

 デスの顔もさすがに引きつっている。

 その毒にしか見えない独特の色に、あまりいい印象は無い。

「おいおい、なんだそりゃ……?」

「大丈夫。死にはしない……ていうか貴方は死ねないわよね? うふふ、心配ないわ。少し体中の言うことがきかなくなるだけ」

「大丈夫じゃねえし心配だっつの!!」

 刹那。

 デスは体を起こして無理矢理右拳を放った。

 それでも通常時よりははるかに遅い。

 悪魔は少しだけ驚いた顔をしたが、迎え撃とうと腰からリボルバーを引き抜いた。

 がちがちがち。

 引き金をひく音と共に、悪魔の顔が歪んでいく。

「あたしの先輩に、何してくれてんですかクソアマァ!」

「――!」

 それよりも早く。

 誰よりも早く、モルテは大型拳銃を思い切り振り下ろした。

 撃つようにして引き金をひくよりも早く。

 殴打するための武器として、悪魔の頭を叩き割るように。

「ガッ」

 それはもはや殺人行為以外の何者でもなかった。

「ちっ」

 舌打ちしたもう一人、ルキノたちの前にいたオールバックの悪魔が倒れかけた悪魔を押しのけて、手に持っていた長い棒を突き出した。

「がふっ」

 見事クリーンヒットである。

 モルテは再びソファに激突した。

「モルテ!」

「全く、貴方は末恐ろしい武器の扱い方をなさる。誰に似たのだか」

 オールバックの悪魔は、そんなことを呟いてため息をついた。

 一方で殴られた悪魔は、デスに覆いかぶさるようにして目を回している。

「こら起きてくださいよセレナさん。そんなところで寝ていると死神がうつりますよ」

「あー……これ、ダメですわ……わたくし、目がまわっております……」

「うおっ、いいながらどこ触ってんだてめー!」

「あらやだ、意識が朦朧として……わたくし何にふれてますの?」

「確信犯…ッちょ、おい! どけこら!」

「何やってんですか、情けない」

「情けねーのは、そっちですよォ!」

「!」

 会話の途中。

 さえぎるようにして、モルテが再びソファから突っ込んだ。

 今度は引き金を引く。

 弾けるというよりはどこか重い銃声が響く中、オールバックの悪魔はひょいと弾丸を避けた。

 しかしモルテは深追いしなかった。

 彼女の狙いは、オールバックではない。

 死神にかぶさる、女悪魔である。

「センパァイ! 貴方のモルテが今助けますよォ!」

「いつお前は俺のもんなったんだよ!?」

「そして先輩はあたしの先輩です!」

「だからいつ俺はてめーのもんになったんだよ!? つーかお前それ俺にあたるんだが!?」

「大丈夫です! だって先輩死なないじゃないですか!」

 ガキンッ。

 今度は女の銃とモルテの銃がかみ合った。

 本来ぶつかり合うことのないボディが悲鳴をあげる。

 それもそうだろう。

 銃の扱い方はそうではない。

「くっ……さすがはホスト三人衆の一人ってとこかしら……、こんな子供までオトしちゃうなんて」

「おい、俺何もしてねーからな」

「んふふ、さすがは先輩です。こんな性悪女を一発でオトしちまうなんて」

「だから俺何もしてねーって」

 ぶつかり合う二人をどことなく面倒そうに見つめて、デスはふとルキノに顔を向けた。

 見事に床に沈黙していた。

「おーい、お前大丈夫か?」

「………」

 返事はない。

 屍のようである。

(見事毒にやられてんじゃねーかあのアホ……!)

 デスは頭を抱えた。

 自分の身体が通常よりも遥かにタフなのは知っている。

 その自分がこれだけだるいし身体の自由が効かないのだから他はもっとしんどうだろうことも予想がつく。

 しかしそれでも頭を抱えずにはいられなかった。

 傍らでは、うつろな目をしたまま、少女が固まっている。

「……やれやれ。だから貴女とくるのはいやだったんですよ。こうやって何でもかんでもぐちゃぐちゃにしてしまう」

 ため息をついて、オールバックの悪魔はおもむろに少女へ体を向けると、ほとんど一瞬にして彼女の後ろに回りこんだ。

 手に持った棒を、少女へと振り下ろす。

「! おい――」

 ルキノ、というよりも速く。

 不意に手が伸び、棒など少女へ届かなかった。

 手の主はもちろん、ルキノである。

「――ッオオ……気持ち悪いんだから寝かせろや……!」

 べきべきべき。

 ルキノが握った先から、硬い棒がひび割れていく。

「おお! ルキさん覚醒フラグですか!?」

 しかし。

 嬉しそうな声をモルテが上げたその瞬間。

 オールバックの悪魔はパッと棒を離して、懐から棍棒を取り出した。

「ゴフッ」

 そして棍棒は見事ルキノの頭頂部へと吸い込まれていき。

 ルキノはバタン――と見事地に倒れたのだった。

 じわ、と赤が広がっていく。

「何故!? ルキさん、そこはババーンとカッコよく敵を倒すところでしょ!?」

「あはは、攻撃を止めることで精一杯だったみたいですね」

「当たり前ですわ。わたくしの毒にやられない悪魔なんていてたまるもんですか」

「ぐぐぐ……毒なんて卑怯です! 外道です!」

「ほめ言葉ですわ」

「ガーン! そうでした!」

 頭上をそんな声が飛び交う中。

 デスだけは必死に身体を動かそうとしていた。

 時間が経てば経つほど、この毒は回ってくるらしい。

 最初よりもさらに神経が機能していない。

(……こりゃ、帝都に帰りたくねえとかいってる場合じゃねえかも)

 次第にぼんやりとしてくる頭で、デスは必死に考える。

(別に、このアホ女はどーでもいい。問題は……)

 彼にとって、モルテはやはりモルテであり。

 依頼を受けた(強制的に)だけで、正直なところそれほど守らないといけないという気もしていない。

 しかし。

 彼らが何をしようとしているのかわからない以上――それが全く『帝王』と関係ないとは、言い切れないのである。

 もしも結局は関係するのであれば、デスはこのまま黙って事態を進めるわけにはいかない。

(わからねえことだらけでイライラするぜ――ちくしょうめ)

 なんとか顔をあげたところで、頭上から。

「うわあああセンパイよけてえええええええ!!」

「!!」

 戦っていたはずのモルテが空からデスに直撃。

 あっけなく、彼の意識は途絶えた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ