上
5月某日、深夜の大学で男の叫び声が響いた。
「なんだ……こいつはっ!?」
警備服を着た年配の男は異形の化け物を眼に映していた。自分の身長よりも1メートルは大きく、獰猛な獣の様な牙も見える。そいつが腹を減った様子で近付いてくる。
「ほーら餌だよ。さぁ早くお食べ」
楽しそうな声がどこからか聞こえた。年配の男は恐怖で足が動かない。化け物は一歩一歩、男との距離を近付ける。
「誰かいるのか?! ……た、助け──」
「さぁ喰らえ、骨まで残さずなぁ!!」
先ほど楽しそうに話していた声は冷たく変わる。化け物は口を大きく開き、男を喰らった。男の叫び声がもう一度響く。
「アヒャヒャ……最高だなぁ。愉しすぎるよ。エヘ、エへヘへ……」
声の主はそう呟いて、どこかに消えていった。
episode1 深炎の退魔士
「……また休講かよ」
掲示板の前に立つ黒髪の青年が呟いた。青年の名前は皆束透也。掲示板をジッと見つめ、眉間に皺を寄せる。
「どうする、透也? 時間出来ちまったけど」
透也の横にいた青年、浜崎修吾が透也に話し掛ける。透也は少し考えて、口を開いた。
「早いけど、とりあえず学食でも行くか」
「オーケイ。じゃあ行くか」
大学の掲示板を後にして、2人は学食に向かった。修吾は最近、知った噂話を透也に投げかけた。
「何でもここ最近、休講が多いのは学内で物騒な事件が多発してるかららしいぜ。昨日も警備員が1人死んでるって話だ」
「マジかよ?」
「この噂で面白いのは、深夜の大学でデカい化け物が徘徊していて、そいつに見つかると食い殺されるっていう」
修吾は携帯を触り、一つの画像を表示させた。その画像を透也は注意深く見た。遠くからズームで撮った写真のようだが、その化け物の全身が写っていた。
「報道部の神原夏希ちゃんから送ってもらったんだ。見ろよ、3メートルはあるんじゃねぇか? こんなのに襲われたら一溜まりもないぜ」
「……これは」
「どうかしたのか、透也?」
「いや、俺にもこの画像送ってくれないか?」
「あぁいいぜ」
透也は修吾から送られてきた画像をもう一度見た。赤い目をした凶悪な容貌。見るだけで危険だと感じる。透也はこれに見覚えがあった。
(最後にやったのは3年前くらいか……腕が鈍ってなければいいんだけどな)
透也は普段ずっと着けているネックレスをギュッと握りしめた。
────
あれから十数時間後の深夜1時過ぎの大学。透也は柱に隠れて様子を伺っていた。
(この画像だと多分この付近だよな。今日も出てくるとは限らないが……)
透也は、かれこれ1時間以上は見張っていたが特に何も進展はなかった。2時ぐらいを目処に今日は帰ろうと思っていた。
「見つけたわよ!」
「は?」
大きな声で呼ばれたと思って振り返ってみれば、一眼レフのカメラを首から下げている活発そうな女の子が立っていた。
「あー……人違いじゃないか?」
「そんな訳ないわ! あたしは連日見張ってたんだから! あんたが最近、大学内で奇怪な事件を起こしてる犯人でしょ!?」
「違う。俺はだな──」
「もういいわ! 早く報道部の部室へ来なさい!」
「おい!?」
透也は女の子に腕を引っ張られて連れて行かれてしまった。
連れて行かれて数分、部室に到着した。
「離せ!」
「ほら、知ってること洗いざらい話しなさい。夜はまだまだ長いんだから」
女の子は無理矢理透也を椅子に座らせた。
「コーヒーでも飲む? インスタントだけど」
「あんたな……」
「夏希」
「ん?」
「あたしには神原夏希っていう名前があるの。あんたなんて呼ばないで」
透也は女の子の言葉に目を見開いた。
(この子が修吾が言っていた報道部の女の子か。じゃあ、あの画像を撮ったのもこの子なのか?)
「はい、コーヒー。砂糖とミルクは勝手に入れさせてもらったから」
夏希はコーヒーを透也に差し出し、自分も淹れた分を口にした。
「この写真撮ったのお前か?」
透也は携帯の画像を夏希に見せた。
「そうよ。確か3日前くらいだったかしら。その日も今日みたいに学校内を見張ってたのよ。そうしたら化け物が校舎から出てきたの。それをこのカメラで撮ったってわけ」
「その時誰か見なかったか?」
「いや見てないわね。あたしが見たのはあの写真の化け物だけ。あたしも流石に怖くなって写真撮ったらすぐに帰っちゃったわ」
「そうか」
透也もコーヒーを飲むことにした。えらく薄く不味かった。透也は眉をしかめた。
「それより……」
「ん?」
「あんたがこの事件の犯人なんでしょ!?」
「違う。俺はこの化け物を退治しに来たんだ」
「……あんた頭大丈夫?」
夏希は冷ややかな眼で透也を見た。
「まぁ、そう思われても仕方がない。とにかく学内にはあの化け物がいるはずなんだな」
「そのはずよ」
「わかった。それともう1ついいか?」
「何よ?」
「あの写真で記事を書くなよ」
「どうして?」
「どうしてもだ。死にたくないんだったらな」
透也は立ち上がり、部室の扉に手を掛ける。
不吉な嫌な気配がした。
「伏せろ!!」
「え?」
部室の壁が大きな力で壊された。壁の向こう側には赤い眼をした化け物がこっちを見ていた。
「キャーー!?」
夏希はそれを見て叫んだ。透也は夏希の前に立ち、壁になる。
「記事を書くとこういう風に狙われる原因になるんだよ。今日の昼間に俺の友達にあの画像が回ってきたってことは、遅くてもこの事件の犯人にもあの画像が回ってるってことだ。すなわち事実を知りうるかもしれないものは排除する。それがそいつらの思考だよ」
化け物は部室の中に足を踏み入れた。
「どうするんのよ? あたしたち死ぬの!?」
腰が抜けた夏希は透也の足にしがみつく。透也は夏希の頭にポンッと手を置く。
「言っただろ? 俺はこいつを退治しにきたって」
そう言って透也はネックレスに手を掛けた。
「出て来い! 『炎龍』」
透也は炎に包まれた。夏希は目に映る光景が信じられなかった。包まれていた炎が消えた時、透也の手には刀が握られていた。
「久しぶりだな。この感触」
透也はそう言って刀を構える。
「まぁでも負ける気はしないな」
透也と化け物は睨み合っていた。化け物も感じ取っていった。油断すれば死ぬという事実。
「大丈夫だ、夏希」
「え?」
「一撃で決める」
そう言った直後、化け物が吼えた。それが闘いのゴングだった。化け物は一気に間合いを詰め、襲いかかる。
「ハァ!」
透也は化け物の懐に入り、一閃を決める。化け物の身体は真っ二つに別れた。
「ブゥワゥゥゥ!!」
本当に闘いは一瞬だった。
低い呻き声を上げて化け物は倒れる。切り口から炎が燃え、化け物の身体を包んだ。透也は化け物が動かないのを確認して、刀をネックレスに戻した。
「大丈夫か?」
透也は夏希に手を差し出した。
「た、立てない……」
「仕方ないな」
「えっ? きゃっ!」
透也は夏希の身体を持ち上げた。お姫様抱っこだ。
「下ろしなさい! 恥ずかしいっての!!」
「腰抜けて立てないのはどこのどいつだ」
「……くっ」
顔を真っ赤にしながら、しぶしぶお姫様抱っこされる夏希。
「でもいいの?」
「何が?」
「化け物」
「あぁ亡骸は消えて無くなる」
透也は振り返り、化け物の方を向いた。
夏希が見たのは泡になっていく化け物だった。
「だから、なんの証拠にもならないのさ。この壁が壊れた良い言い訳を考えておくんだな」
「はぁ!?」
なんでそんなことを!? という夏希をしり目に透也は何者かの気配を感じ取った。気配の方に首を向ければ白い何かが見えた。
(あれは確か……)
事件はまだ終わっていない。事件の首謀者を捕まえないことには事件は終わらない。
to be continued