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6

先日、数時間だけ出していた6を丸ごと書き換えました。結果は同じなのですが、過程が少々違います。また、戦闘が次話に持ち越しになっているので、ご注意ください。

とある街のとある家に一人の男が尋ねて来ていた。呆れ顔をする家主に向かって男は一心に頭を下げる。


「…なんでそこまでする必要があんだよ?」


長い青味が勝った銀色の髪の女が赤い目をスッと細めて問いかける。女にしては逞しい身体は彼女の能力によるものではなく、正真正銘本人の鍛錬の成果だ。世界最強と唄われるこの男とは共に戦える良い友である。


「平和な世界にしたいんだ。俺はお前らみたいに生まれ直しはできないから、生きてる間にしないと」

「…嫁さんのためか」

「…頼む」


切羽詰まったような男はまだ四十を越えたくらいの年齢だ。だが、戦場に身を置く男であるが故にいつ最愛の女を置いて死ぬかわからない。それに、戦争がなくなって男が死地に赴くことがなくなったとしても一度キリの人生しか持たぬこの男はやはり最愛の女を残して世界から消えてしまうのだ。そのために、自分の死後、女が困ってしまわぬようにと平和な世界を目指している。家主の女もそんな噂は聞いていたし事実であろうとも思っていた。如何にもこの男が考えそうなことだったからだ。


「あたしの能力はよくないか?」

「いや、無機や治癒はいいとして他の聖女たちには協力して欲しく思う。お前の能力もその対象内だ」

「……なにも、聖女たちから能力を奪うことはないと思うけどな」

「奪うってわけじゃない。制限をかけさせて欲しいんだ。頼む」


男はここに訪れてから一度も頭を上げていない。本気で聖女一人一人から協力を得ようとしているのだとわかっている女の方も一度も頭を上げよと言わなかった。暫し黙考して、ちらりと同居人の方を見る。


「……………」


相変わらず何を考えているかわからない無表情だ。だが、例外として数えられたことに思うところがあるらしい。ずっと一緒にいる家主の女にしかわからない程度の微量な不快感が読み取れた。この同居人が頭を下げ続ける男に抱いている感情もまた、家主の女はよく知っていた。一つ息を着いて諦めたような声を出す。


「わかった。協力しよう。それに、それを実行するにはあたしらの力が必要そうだからな」

「その通りだ。恩に着る」


そこで漸く頭を上げた男と家主の女が顔を見合わせて笑った。家主の女はひとしきり笑った後男を見送ってポツリと誰にも聞かれぬ言葉を漏らす。


「…お前はどうしてもあたしのものにはならないんだな」


あまり面識のない、世界唯一である女に軽い嫉妬を覚えた。


***


初代勇者の忘れ形見。

そう聞いて、問いただそうと思った。確かにティア以外のメンバーはその事について話したくなさそうだし、その理由はどうやら俺を気遣ってのもののようだったから聞きにくくはある。けれど、どうしても聞かなくてはいけないと思ったのだ。

しかし、口を開こうとした、その刹那。

ドンッ!と威嚇するような発砲音がごくごく近くから鳴り響く。

「っ!しまった!他国か!」

「……冬国は未だ硝子のはず」

「どこかしら?…紀国かしらね」

「そこは必ずお前を殺す国だな…とにかく、逃げるぞ!」

半ば諦めたように呟いたティアに猿女が適当に返事をしてその腕を掴んで走り出す。クルハ、ミツキも存外機敏な動きで家を飛び出した。俺も家を出たところでブンッと背後で風を切る音がする。クルハが家を異空間に飛ばした音だ。クルハの能力は空間を歪めること。この世界のどこにでもなんでも出せる代わりに、それは人には適応できない。空間の歪みに耐えられず身体が八つ裂きになるからだ。クルハ本人だけは世界中どこにでも行けるそうだが、今回の逃亡には使えない。クルハもそれを使って逃げることを望んではいないようだ。

しかし、或いはそれもありだったのかもしれない。ティアにとってクルハは唯一無二の家族で、大切な母親なのだから。

家を出た俺たちは呆然と玄関の前十メートルほど離れた地点から続くソレを見た。

「な…なんでんな早いんだよ…」

傍で猿女が真っ白な顔で囁く。その声は内心の驚愕を映してか掠れ、殆ど空気が漏れただけのようであったが、それがこの場の全員の気持ちであったがために全員に聞き取れた。

玄関があった場所、俺たちが今立っているところから十メートルほど先に壁がある。

人ーーいや、軍によって形成された壁だ。

最前線にいるのは盾を持った重装備(タンク)たち、その向こうからは軽装備(アタッカー)たちで、そのもっと先にいるのは治療部隊、そこにある最も大きく豪奢な馬車は王やこの軍の指揮官など地位の高い者がいるのだろう。

ーー冬国だけだと油断していた?!しかし、他国が来るにしても、こんなに早く、猿女達にも気付かれずに来れるものなのか!?

内心で歯噛みする。今は長閑に会話などをしている場合ではなかったのだ。俺たちは早急にこの森を出るべきだった。

「¥°*=^々\!!!=〒×*♪\!!」

向こうから野太い叫び声が聞こえてきた。その内容はわからないが、その声に含まれているものはーー堪えきれない歓喜だろうか?

チラリと周囲を見渡す。家を取り囲んでいたらしく、三百六十度全てから重装備(タンク)の盾に反射された太陽光が飛んできた。

俺以外の相手側の言葉がわかった四人の顔にあるのは、苦い、そして不快そうな表情。

察するに、先程の発言はティアを渡せばお前らは許してやるーーとかだったのではないだろうか。そう言われたならば俺もきっと同じような顔をすることだろう。

「……違う…後ろは手薄」

俺が怒りと絶望のミックスという溜飲を持て余していると不意にそんな抑揚のない声が聞こえた。発言者はミツキだ。言われてハッとした顔で辺りを見返したら猿女も頷き、苦しげながら笑みを見せる。

「後ろを突破するぞ。まだ完全に囲まれたわけじゃない!」

それを言い終えるまでに猿女は能力の発動を終え、初めにあった大人の身体を取り戻す。ミツキとクルハもすぐに頷き、ティアもまた能力を行使した。

「木よ!道を示せ!」

ズズズッという引きずる様な音を立てて背後に広がってきた木々が蠢いた。それによって完成していた後ろ側の陣形が崩れ、何人かの兵士が押し倒される。その光景を何と無く記憶しながら俺たちはその、僥倖にも兵士諸共開いた小道を走りはじめた。

「=°・×☆|\/!!!!!」

同時に左右からそんか声が上がる。待て!とか逃がすな!とかそんな類の言葉なのだと思うがやはり俺には意味はわからない。

「失礼男!」

「わかってる!ーーセァッ!」

先頭を駆ける猿女は周りに生物が多く能力を最大限には使えていない。そして、冬国の硝子化に意識の大半を使っているミツキもこの人数を硝子化することは不可能だ。故に、この場で周りの兵士達を蹴散らす役目は俺に回って来る。クルハに至ってはそもそもそういうことに使うための能力ではない。

気合一線。ティアを取り押さえようと兵士達が一丸になったタイミングでそこに飛び蹴りをかます。重装備達ばかりのこの場で幸いだった。おかげで、ドミノ倒し状に転けてくれた彼らは裏返された亀の様にバタバタと間抜けな姿を晒している。

「走れっ!」

「「「おうっ!!!」」」

一塊を倒せたのが幸いし、人垣の先が見えた。人一人が通るのがやっとの様な、狭い、すぐに消えてしまいそうな道だが、俺たちは迷いなく突っ込む。

「どけっ!!」

「邪魔だ!腐れ外道が!!」

俺と猿女はそれぞれの掛け声とともに左右から迫る手を蹴散らして行く。猿女は事故って倒すことはあっても故意に倒すことは無い様だ。呪いに触れない様にしているのかもしれない。

「抜けたっ!クルア!」

「うんっ!木よ!閉じて我らに新たなる道を示せ!」

ティアの言葉に反応して今まで通ってきた木々の道が元の状態に戻り始める。それに反して俺たちがこれから走る空間の木々は先程同様ズズズッと音を立てて道を開ける。

「$=*^×^々#!!」

「っるさい!無視して走るぞ!」

向こう側からかかった声にそう叫び返してから、猿女はその足を早めた。猿女を先頭としている俺たちもつられて速くなる。

そうして、俺たちは全力疾走の甲斐あり、絶体絶命のピンチを突破したのだ。



「…と、いい感じで締めれたところで戦闘シーンを終えられたらどんなに良かったことだろうな」

「……何の話?」

「いや、気にするな」

思わずそう、茶化す様な言葉が出てしまった。ミツキが不審そうな目を向けて来たのに軽く傷付きつつ否す。そんな言が出たのは目の前の光景があまりにアレだったからだ。うん、本当、アレ。人間、驚きすぎると一周回って冷静になると言うが、それは違うな。一周回って諦めの境地に入るんだ。もちろん、俺は諦める気などないが。

「$=*^3$♪<×\」

ムスカ的なオッさんが現れた!

って、RPGだったら出そうな感じでやなり俺には理解できない言葉を話しつつ眼鏡をかけたガチムスカのオッさんが前に出てきた。

どこから出てきたか?

俺たちの前に広がる軍隊からだよ。

どうにも見覚えがある、インドか何処かみたいな装飾が目立つ軍隊だ。

「…周国…」

「え?」

「今回、私を使ったところよ。あなたを引き渡すならば見逃すと言っているわ」

「……………」

「十三国の中で最も戦力的に劣るのよ、周国は。だから、勇者を得ようと躍起」

苦しげな表情でそう言ったティアの視線が一瞬だけムスカ(仮)から離される。その先にあるのは俺が召喚された石段、世界の錠だ。

「…そもそも、なんでこんなところに来たんだ?」

俺たちはティアの開いた道を走り続けて本日2度目の大軍隊に遭遇したのだ。その軍はどうやらここで俺たちを待ち伏せていた様で、先程とは違い既に陣形が完成してしまっている。だが、そもそもがおかしいのだ。何故俺たちがここに来るとわかったのか、ではなく、予想されやすいここに向かってティアが道を開いたということが。

「……………」

俯き黙ってしまったティアにさらに首を傾げるとティアを庇う様に前に立っていた猿女が説明してくれた。かなり早口なのは、それなりに切羽詰まった状況だからだろう。

「お前を帰す機会は今しかねー。ここを逃げ切れたとしても、その時は確実にこの森を出てんだ。また戻ってきてってのは不可能に近い。ティアはどうしてもお前を帰したいんだよ」

「…っ。ティア、そうなのか」

「………うん」

ムスカ(仮)とクルハが何やら交渉している。ちょくちょくミツキも加わっていて、もう少しは話をする時間があるだろう。

「初めにも言ったが、俺は帰る気はない」

「だけどっ」

「だけども何もないっ!お前は俺の言葉を信じてくれなかったんだな」

「っ…」

「逃げることだけを考えるぞ。本当にそれでいいんだな、失礼男」

「ああ、もちろんだ」

猿女が早口に確認するのに速攻で了承の返事をする。ティアが何かを言うが無視した。ちょうど、前方の話し合いでも動きがあったようだ。

「o×2*6×2♪\っ!!!」

「……不可」

「交渉決裂、ね。カラーっ!」

ムスカ(仮(笑))が何かを怒鳴る。アフレコとして目がー!目がー!ってつけてもいいだろうか。なんか動きもそれっぽい。

ミツキが冷たい目を向けて、クルハが年相応の表情になる。呼ばれた猿女が一歩引いた2人とムスカ(仮(笑))の間に躍り出た。

「おうっ!もって30…40秒だぞ!」

「了解!」「……承知」

2人分の返事を聞くが早いか猿女が手を振り下ろす。一瞬だけ、猿女を中心に光の輪が広がった。それが起こる前と、後と。特に変わったところは無い…いや、違う。大きく変わっていたのか。

全てのものから影がなくなっていた。

これは俺がはじめ異変に気付いた要因だったものだ。異空間に閉じ込められたかと思っていたが、猿女の効果範囲内ということだったのか。異空間と言えば異空間に違いは無いが、直接的に切り替わったわけではなかったのだ。元の世界と同一時空にある、特別な空間。その中でなら想像の効果が発揮できるのだろう。

「じゃあ、行ってくるね」

そう声をかけてクルハの姿が消える。逃げたわけではないだろうから放っておこう。問題は、今目の前にある軍の方だ。いくら最弱の国とは言っても一国の軍である。こんな人数が相手にするには少々荷が重い。

「猿女!援護する!」

「あ?!当然だ…って、言いたいんだがな。あんたはティアを連れて逃げろ!」

最前線に来るのはやはり重装備の連中だ。鉄の鈍い光が徐々に近づいてきている。その間々を的確について、後方から弓が飛んでくる。それを否しているのはどこからともなく取り出した猿女の剣だ。全てを切り落としているが、どう見ても一人で捌くには多すぎる。標的である俺らが一塊でいるから命中弾だけを選んでいるようで、それでもギリギリやっていけてるような、綱渡りな戦闘だ。もう後数十秒もすれば重装備連中の剣の間合いに入るだろう。そうなれば確実にこの均衡とも言えない均衡は崩れる。

「んなことはわかってる!けど、あいつらの狙いはあんたらだ!ここにいられる限り、攻めて来やがるんだよ!」

「っ、じゃあ、いない方がってことか?」

「まあ、そうだ!それに、あたしらの勝利条件はあんたらの身の安全だ!」

いつの間にか空いている手に大きな盾も装備していた猿女はそれで槍を防ぎつつ、一瞬だけこちらに視線を向けた。

「それを満たせなきゃ、勝ちにはなんねーんだよ!」

ピキッと音を立てて盾に槍が突き刺さる。重装備連中のすぐ後ろから来ていた遠距離戦闘専門の奴らだろう。もうそこまで接近されているのだ。そして、ここには生物が多く、明らかに猿女には不利な状況だ。おそらく想像で創造(つく)られた剣も盾も本来持つ力よりかなり劣ったに違いない。

「……カラー」

「わかったっ!ティア連れて後ろに下がれっ!」

盾を前面に出してミツキと共に迫り来る軍に突っ込みながら猿女が叫ぶ。訝しく思いつつも俺はティアを小脇に抱えて数メートル後方に走る。

「きゃっ!?じ、自分で走れーー」

ティアがそれを言い終える、その刹那、風を切る音と堰を切ったような水の音。それは轟音と言ってもいいほど近く、強い流れの音だった。

「っな!」

「間に合ったかな、カラー!」

「ギリギリだノロマッ!」

言いつつ口元にニヤリとした笑みを浮かべる猿女の視線の先には、もともと白い肌を病的なまでに白くし、肩で息をしているクルハの姿があった。クルハの口元にもまた、笑み。

「…なんて、めちゃくちゃなことを…」

隣でティアがため息混じりに呟いた言葉に俺は全力で同意した。


目の前に、川が現れた。

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