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「だーかーらー!!」


人里離れた山奥にある小さな家から鈴を転がした様な高く澄んだ…しかし、怒気が多分に含まれた声が響いていた。


「好い加減にしろって言ってんでしょーが!」


感情のままに振り下ろされた腕から暴風が巻き上がる。家具や調度品の類は荒れに荒れ、外に多く生える木々はザワザワとその葉を鳴らし、寒くなり僅かに枯れていた草花は急速に元気を取り戻し瑞々しい色合いを取り戻した。

しかし、最も影響があったのはその感情をぶつけられた相手だった。


「おおおお落ち着けってティア!マジでお前の力だけはやばいから!」


ごうごうと音がするほどの風をその身に浴び、それでも何事もないかのように少女にそう訴えるその人物はこの世界に存在するほぼ全ての聖女と知り合いだった。世界で最も多く異能の能力を見た男だと言えるだろう。その人物が胸を張って言える。1番チートな能力はこの目の前の、世界に唯一の存在が持つものであると。


「これが落ち着いていられる!?何度言えばわかるの!?ねぇ!!」


叫ぶように少女が言うたびに、その長い髪が散るたびに周囲への影響が大きくなって行く。どこか遠くで鳥が鳴きながら飛んで行く声がした。


「わかった!わかったから本当に一旦その手を止めてくれ!危ないか、ら!?」


男が少女の手を掴むと五月蝿いっ!と振り払われる。その拍子に何かが発動したのか台所の刃物類が一斉に浮き上がった。流石の男も血色の良かった顔を月明かりの下の雪のように青白くさせてふるふると首を横に振る。その顔は必死そのものだ。


「ティア、よく聴け!…俺も怪我くらいするんだぞ」

「そう。世界最強のあなたに怪我をさせられるなんて、自慢しなきゃ」

「そう言う問題じゃないだろ!?下手したら死ぬ!本当に死ぬから!」


至極真面目なーー命がかかっているためかなりガチなーー顔で言ったのにも関わらず、じゃあ治癒の聖女に連絡を取ればいいじゃない!と叫ばれまた感情的に腕を振り下ろされる。その行為の結果、浮き上がっていた刃物たちが一斉に男に向かった。


「わぁあ!?…っ!!」


一瞬慌てた男はしかしすぐに腹を括り葉を食いしばった。ここで逃げようとしないのは、その刃物たちが少女によって完全に制御されていると知っているからだ。要するに動かなければ致命傷は負わずに済む。


「…った〜。本当に痛いから。悪かったって、落ち着いて?」


脚と手に複数の切り傷を作りつつも男はケロリとした顔で少女に笑いかけた。男の血を見て少し冷静さを取り戻した少女がふらりとその身体に近づき自身の体重を預ける。男はふわりとそれを受け止めた。見る見る塞がる人の怪我が治る様を何倍速にもしたような傷口はある意味でかなりグロテスクではあったが、2人にとっては見慣れたものだ。


「もうほんとやだ…お願いだからやめてよ…」

「うーん…お前が言うほど危なくないよ?」

「…ばか…危険性も感じ得ぬなんて生物としての本能まで捨てちゃったの」

「酷いなぁ」


少女の頭をふわふわと撫でる手つきはどこまでも甘くて、喧嘩してるんだかいちゃついているんだかわからないこの空気は2人がここに住み始めてからずっと変わらないものだった。

そんなバカップルが住まう家に、落ち着きを取り戻した森から優しい風が入り込む。

今日も世界は平和だった。


***


さて、話は変わるが俺はここ数日間でティアに様々な話を聞いていた。

この世界のことや聖女たちのこと、この森や動物、或いはモンスターのことなど本当にジャンルは様々だ。

どれも特筆したくなるほどに面白くはあったが今はそれは置いておこう。ここで話したいのはティアの話の中で唯一と言っていいほど面白くない不愉快な話だ。

聞いた俺が言うのだから間違いない。何度でも言うが、最高に不愉快な話だ。聞き終えるまで我慢して、あまりに酷い苛立ち取り敢えず森の木を殴って発散したら何本か一気に折れてしまった…くらいには、不愉快で面白くない。

じゃあ、俺はちゃんと注意したからな?話を始めるぞ。


ことの始まりは、食後の会話の種として俺が撒いてしまった一言だった。

「ティアって、前の人生はどんなだったんだ?」

その言葉にクルハは苦笑を、ティアは不思議そうな顔を返した。小首を傾げつつ、ティアが語り始める。

「どんなも何も、召喚して殺される人生が延々と続いていただけよ?」

「いや、末はわかってるんだけど、その途中とか」

ティアの答えは予想通りと言えばそうだった。13になるなり殺される。そのことも俺の中ではかなり腹の立つことだが、そこは割り切って、ティアの前の人生の話を聞きたかった。

「前にも言ったと思うけれど、私は売れば高いのよね。だから、物心つく前から国に売られることが多かったわ」

多いというか、ほぼ全てそうね、とティアは苦笑して見せた。クルハも苦笑する。どのような人生だったのか知っているのだろうか。

「じゃあ、城とかで育つのか?」

「いいえ。…ああ、でもそうね。城の中と言えば中よ。地下の薄暗い湿った空気の漂う牢獄の中。ほとんどの場合私はそこで13まで育てられたわ」

「牢獄…でも、能力とか使えば逃げられたんじゃ?」

「そうね。みんなそう考えるわ。だから、私は言葉を発せないのよ」

えっとね、とティアは少し辺りを見て手近な紙とペンを持ってくる。そこに描いたのは何処かの牢屋の絵だ。ティアはかなり絵心があるのか酷く鮮明にその凄惨な光景が描かれる。牢屋の中には一人の少女。やはり服は着ていなくて、両手を頭の上で鎖に繋がれ両足はない。口には綿が詰められ、それを吐き出せないように布で覆われていた。

「どこの国も大体こんな感じね。舌を抜く国もあったけれど、それをされると死んじゃうことの方が多くて、ここ数十回はずっとこれよ。足は売られた時に切られて、手も吊るされたままだから血が下がって13になる頃には木の棒のように痩せ細っていたわ。時々、口を外されて栄養を流し込まれるんだけど、本当に稀。死なない程度のことよ」

「…なんで服を着ていないんだ?」

俺はこの時点でかなりイラついていた。あまりのことをなんでもないようにさらりと言う。そうなるまでにこの少女は何度それを経験したんだろう。

堪忍袋の緒がもう細くなっているところに、ティアがそれを切る一言を告げた。

「そんなの決まっているじゃない。あなたは鍵に服を着せたりしないでしょう?」

「…カギ」

カギ、かぎ、鍵。たった二音の、完結なる答え。

「そう。鍵だから、服なんて着せないわ。時々栄養を与えるのは錆びないように気を使う程度のこと。鍵なんだから動く必要だってないわ。足も、手すらいらない。それがあったのはただ引っ掛ける取っ手が必要だっただけのことよ。その証拠に、手も切り落として首に鎖を付けて吊るされたこともあるわ」

あの時は窒息死だったかしら、とティアは愉快な思い出を語らうように話す。

「でもね、私はこの対応、あまり嫌いじゃなかったのよ」

「……え?」

今すぐにでもキレ散らかしそうな俺にティアが柔らかい笑みを向けた。そして笹くれた気を沈めさせるようにそっと頭を撫でる。

「辛くなかったのか?」

「辛いって…」


そんなの、いつの頃からか抜け落ちたわ

辛いと感じるのは幸を知るものだけよ

まあ、けど、私にだって、幸せな思い出はあるわ

…幸せなことに


そう言って笑う顔はどこまでも清らかで、心の奥底までも見通せそうなのにその先は見てはいけない気がして、深い慈愛と暖かい寂しさがある気がして、俺は目を逸らした。途端に聞こえてくるのは堪えるような楽しげな笑い声。

「目を逸らすことないじゃない?」

「あ…悪り…」

「まあ、辛いとかは置いておいて。私はこの対応じゃなく、人間ーー女として扱われた時の方がよっぽど嫌だったわ。それはもう、」

這いつくばって、殺してって祈願するくらいに。

歌うようなこの声を頭が認識するまでに俺は数秒間を要した。理解するなり、先ほどまでとは比べ物にならないほどの怒りが沸く。

ティアが言っていた、ほとんどの場合。その例外は幸せな話なのだと解釈していたが、逆だった。そちらの方が辛かったのだ。

今までに感じたことのないほどの憤り。人はここまで来ると行動できなくなるらしい。カタカタと握りしめた拳が震える。それをティアがそっと両手で包み込んだ。

「そんなに怒ることじゃないわ。私は気にしていないのだから」

ね?と囁くような柔らかい声を聞いた後すぐに俺は森へ行って木を殴ったのだ。


とまあ、こんな話を聞いたわけだ。

ではなぜこの話をしたのか。そこに繋げようか。その理由はクルハとティアの家に帰り、猿女(カラー)とミツキの話を聞いたからだった。


「冬国の宰相がここに来ているぞ。早く逃げろ」

「…協力はする」


冬国の宰相。そう聞いた途端にティアが不快そうな顔をしてビクリと肩を震わせた。俺以外の三人は気遣うような色のある目を向ける。それに、ティアはぎこちなく笑って返した。

「あの助平爺が来てるのかぁ…あ、けど、代替わりしてるんじゃ?」

「残念だが、代替わりしていても奴は生きている。その上、あれの息子だぞ?まともだと思うか」

「……はぁ…紀国ならどれだけ良かったことかしら…両腕両足が飛ぶだけで済んだのに…殺されるだけだったのに…」

ティアが重いため息をついて両手で顔を覆う。両腕両足を切られるのも殺されるのもまともなやつがすることではないと思うが、それよりも嫌なのだろう。冬国はティアに何をしたんだ。おそらく先の話の例外がその国なのだろう。

「…大丈夫」

ミツキがやはり何を考えてるのかよくわからない無表情でティアに頷きかけた。その言葉を補うように猿女が続ける。

「今はミツキが硝子に変えてるから大丈夫だ。だが、このまま像にしてしまったら犯人もろばれなミツキが犯罪者になってしまうからあと数刻しか硝子のままにはできない。早急に逃げるぞ」

ミツキは長時間そのままにしておくと本物の硝子に変えてしまう能力だ。確かに、一国の王やその召使たちを全て硝子に変えるわけにはいかないだろう。

「けど、現時点でもそれなりの犯罪にならないのか?」

完全に変えなくても一時とはいえ変えているのだ。そもそも、多額の金まで払って手に入れる鍵を逃がすという行為そのものが犯罪になりそうなものだが。

猿女は俺の問いにニヤリとした笑みを浮かべてチッチッチと人差し指を振った。幼子のその仕草は何かよくわからない気分にさせるものがある。

「いいか、失礼男。よく覚えておけ。犯罪ってのはバレなきゃ問題ねーんだよ」

「……………」

お前のその数年の人生で一体何があったんだよ。

ついそう突っ込みかけて、見た目と実年齢は違うことを思い出して堪える。猿女の発言はどうかとは思うが、そんな法があることの方が道徳に反しているのだし今回の件に関して言うならば俺も同罪なので黙っておこう。

…俺の方が罪重いか。

「しかし、聖女は人間に危害を加えられるんだな」

ティアみたいに無理なんだと思っていたのだが、ミツキが硝子に変えれたということは問題なくできるのだろう。なぜ鍵だけそんな制限があるのだろうか?

しかし、そうではなかったらしい。俺の言葉の意味をしっかり理解した猿女がバツが悪そうに頭を掻きながら答えた。

「あー…できるのは一部聖女だけだ。あたしは無理」

「そうなのか?」

「…アンチエイジング」

「は?ミツキ、もう少し言葉を足してくれないか」

「ミツキの能力は若返り効果があるって人気なんだよ。そんな、人々にプラスの方向で受け入れられている能力だけは使用可能なんだ…って、ミツキは言ってる」

「あの一言にそんなに意味が…」

ミツキの無口さ加減は一旦置いて、俺は猿女に疑問をぶつける。

「しかし、なんでそんな変な制限があるんだ?」

その問いにその場の全員が少しだけ気まずそうな顔をした。少しの沈黙を経て、ティアが答える。

「これはね、呪いなのよ」

「クルア!」

思わずと言った具合に声を上げたクルハにまあまあと声をかけてから、ティアは困った表情で言った。

「初代勇者の忘れ形見なのよ」




「あーあ。忠告したのに」

誰もいなくなった教室の机の上に座り足をプラプラさせて片手でケータイを弄る少年が半ば笑うようにそう呟く。

「あー、もしもしー?俺俺。あー、うんうん。今聞いたし。…はぁ?バカにしてんの?もう学校なんかやめるに決まってるじゃん」

少し苛立った声で電話の向こうの相手に言う。相手はその少年よりも格下と言うことだ。

「16番がもういないんだよ?いる意味考えろよ。俺が納得する理由があんだったら聞いてやるよ」

電話の向こうから謝罪の言葉。それに一気に機嫌を直した少年がカラカラと楽しげな声を上げる。

「おっさん、高校生にへこへこして、情けなくねーの?まあ、いいけど。じゃあ、俺は」

トンと机から飛び降りてニヤリと不敵に笑う。


「本部に戻ろうかな。幹部として」


本来、その少年がつくはずがない観察任務を終えた解放感から高笑いをしながら少年は教室を出て行った。

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