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ミツキの服装を追加しました
「結婚しよう」
月見散歩をしよう、と誘われて、見晴らしのいい処で休んでいるときだった。彼がいきなり私の手を掴み、真剣な顔でそう言った。それがあまりに真剣だったものだから、私は思わず吹き出してしまった。
「ふふっ。本気?私なんかと?」
随分可笑しげに笑っていたのだろう。彼は態とらしく傷ついたような顔をして頬を膨らませた。
「お前だからいいんだろ?折角いろいろ計画練ってのプロポーズだったのに、笑うなよ」
そんな子供みたいな顔があまりに可愛くて、ごめんごめんと頭を撫でた。彼の髪はふわふわで、私よりも質が良くて、いつまでも触っていたくなる。
ここは彼が気に入っていた場所だった。そして、私も好きな場所だった。彼を初めてここに連れて来たとき、彼は今座っているのと全く同じ石の上で綺麗だ、と呟いたのだ。その時は桜と桃の木がたくさん生えた、ひどく美しい天上の世界のような場所だった。彼に言わせれば、桃源郷の様らしい。私はそれを知らないけれど、彼の世界の逸話に出てくる美しい場所の名のようだ。
今ここには美しい桜の花弁など舞っていない。香しい桃の香りもどこにもない。見渡す限り荒れ果てた地が広がるのみだ。
けれど、彼はプロポーズするならここしかない、と思ったらしい。その理由もわかっている。わかっているからこそ、可愛くて可愛くて。私はいつまでも頭を撫で続けた。
「ちょ…今俺真剣に話してるんだけど」
「うん、真剣に聞いてるよ♪」
「…聞いてないだろ」
彼は呆れたような声でそう言って、けど口元には笑みが浮かんでいた。それに私も笑みを返す。
「…返事は?」
「…ふふ」
息を着いてから緊張した面持ちになって、そう問うてくる彼に私は撫でる手を止めて返事をした。
………………
…………
……
朝起きる。この家には洗面所がない上に水道の類もなく井戸もない。顔を洗うためには川まで行かなくてはいけないのでそれが酷く億劫だ。
なぜならば、この家の周りの森は一度入ったら2度と出て来られないほどに深い。
なぜ顔を洗うという日常の一場面を達したいがために命をかけなければいけないのか。そんなことを考えて俺は床から起きれずにいた。
「…んん…」
ポス、と肩に何かが当たる気配。横向きから仰向きに寝直し、肩に乗っていたものを掴むとそれは人の腕だった。真っ白く柔らかいそれの持ち主は隣に眠る少女。
「…んー……ユー…」
名を呼ばれたが別にこいつが起きているわけではない。こいつはときどき寝言で俺の名を呼ぶのだ。
腕を布団の中に入れてやり、上体だけを起こして俺はその美貌を眺めた。
この家にはベッドが二つしかない。故に俺たちはそれをくっつけ3人で川の字になって寝ている。
壁際がクルハ、真ん中がティアその隣が俺。
クルハもかなりの美貌を持っているが寝ているときはヨダレを垂らしてかなり幸せそうに眠るので27歳とかなり年上なのにも関わらずこの中で一番お子様に見える。故にその美貌も霞んでしまうわけだが、ティアはその例ではない。
キャミソール型ワンピースを寝間着としているティアはあまり幸せそうではない。いつもだ。眠っているときの方が酷く憂鬱そうで、寂しそうな顔をする。それがその美貌を引き立てていて御伽噺のワンシーンのように見えるのだが、クルハを見ているよりも辛い。いつまでも見ていたくなる美と目を逸らしたくなるような哀愁を兼ね備えた寝姿だった。
「…………」
その頬をぷにっと押し、摘まむ。むー、と唸って幾分かの哀愁が減った。それに少し安堵の息を着いてから起き上がる。朝食を作るにもやはり水は必要だし、ここ数日この家で過ごして風呂の水を取りに行くときや料理のときに一応川の位置は知っているのだからここに置いてもらっているお礼に行動をすべきだろう。
まあ最悪迷ってもティアが迎えに来てくれるだろうし、となんとも情けないことを考えて俺は家を出た。
森の中は静かだ。鳥の鳴き声と木が風に吹かれる音、さやさやと通る風は熱くもなく冷たくもなく、花の香りを乗せて俺の身体を通過する。何度か通った道のはずだが、そのとき見た限りでは花などどこにもなかった。だが、よく見ていたわけではないし、どこかに花畑的なものがあるのかもしれない。ティアなら咲けと言うだけで咲かせそうだが。
俺は適当に折った木の枝で土の地面をガリガリ削りながら歩いている。この跡を辿れば帰られるだろう。ヘーゼルとグレーテルもこうすればよかったのだ。いや、まあ、あれは夢オチな訳だけれど。
暫く歩くが水のせせらぎは聞こえない。木の葉の音と鳥の鳴き声、俺が地面を削る音がするだけだ。家から川まではそんなに遠くなかったはずだし、ティアが森を作り変えていたという覚えもない。それに、そんなことをするメリットもないだろう。あれには神気というMP的なものがあるらしいし、数日前にした召喚で殆どを消費してしまっていたはずだ。
ガリガリガリガリガリガリ…
嫌にこの音だけがよく響く。そう言えば、俺の足音は聞こえない。
ガリガリガリーー
俺は立ち止まり、振り返って足元を見た。
「……影がない…?」
俺が歩いて来た道には俺が引いたはずの線は愚か木々の影さえなかった。もちろん、俺の足元にも影はない。自分は太陽の下に立っているはずなのに影がないというのは酷く気持ちが悪かった。
道と言っても道無き道を来たのだからグニャグニャと曲がりくねっている。線がないのでもはやどこをどう通ったのかはわからないがそれがわかったところでどうにもならなかっただろう。
俺はおそらく、同じ場所をぐるぐるとループして歩いていたのだ。
近くの木に手を伸ばす。触ると硬質な硝子のような感触が伝わってきた。気味が悪い。見た目は確かに凹凸があるのに、撫でてもつるりと滑るだけでどこにも凹凸はなかった。
「…これは…一人で出るんじゃなかったな…」
ティアかクルハを起こしてくればよかった。しかし、この森が迷い易いのはティアが作り変えているからのはずだ。こんな事態になるなど説明されていない。
ーーその原因の一旦は私が木々を動かすからなんだけどね
「…………」
ーーその原因の一旦は
ーー一旦は
「………あ、別の理由もあるのか」
俺は数日前に受けたこの森の説明を思い出して一人納得した。なるほど、ちゃんと人の話は聞かなきゃダメだなーー
「ーーじゃねぇ!どうすんだ!?この事態の解明は結局で来てねーじゃん!!」
あーもう!と俺はその場に頭を抱えてしゃがみ込んだ。ティアがああ言ったときに尋ねればよかったのだ。他の原因はないのかと。そしてその対処法を。そもそもこれはなんだ。この森の特性なのか?魔法なのか?
「ん?いや、魔法はないのか。じゃあこれは?呪い…も魔法だよな?じゃあーー」
この世界には科学で証明できないことが少なからずある。それがティアやクルハなような鍵や聖女の持つ異能の能力だ。では、このやはり科学で証明できない事態は彼女らによるものと考えるべきだろうか。
鍵はティア一人のはずだ。そしてあいつの能力はこんな異変を起こす類のものじゃない。と言うことは聖女だと言うことか。説明はされていないが何度か目撃したクルハの能力もやはりこんなものじゃなかった。では、2人目の聖女?
この世界がどれくらいの大きさなのかは知らないが世界として成立するのだからそれなりにはでかいのだろう。その世界に聖女が何人いる?ティアも把握していないと言っていたがそう多い数ではないだろう。多くとも三桁はいくまい。そんな存在がポンポン近場に現れるだろうか?何か特別な場所ならまだわかる。大きな街や国の焦点が並ぶ場ならば何人かいると言うこともまああるだろう。だが、こんな錠があるだけの迷い易い森にやってくるだろうか。
「…いや…違う」
今この森はただ錠があり迷い易いだけではない。今ここには鍵がいる。鍵と聖女がこの近くにいるのだ。
ティアは聖母なんて名ばかりだと言った。それは必ずしも聖母だけに限ったことではないだろう。聖女だって、何度も何度も繰り返し殺されるティアを放置した、救おうとしなかったのだ。
「まさか…何処かの国が聖女を使って捕まえに?…いや、もう既に召喚能力は失われている……転生させることが目的か!?」
聖女の能力はティアも把握していない。その中にもしかしたら人探しの能力もあるのかもしれない。金に目が眩んで何処かの国に着いて働いている聖女だっているだろう。ティアは人を傷つけられない。俺は仮にも勇者としてここに来ているのだから、もしそばにいればあるいは逃げられたかもしれない。だが俺は今ここに閉じ込められて帰る方法もわからないのだ。ティアを捕縛する絶好の機会だろう。
「〜〜っ!!くそっ!やっぱり離れなければよかった!」
俺は怒りに任せて目の前の硝子のような木を殴りつけた。どうせ何にもなるまい、と思っていたのだが予想外にその木はピシッと音を立ててヒビを入れた。
「…え?」
もしかして、殴ったら壊せるのだろうか。そんなに簡単な話ならここを文字通り蹴破って脱出してしまえばいいんじゃないだろうか。
「…よし!とにかくやって見るしかないよな!」
俺は右足を引き、腰を落として腕を構えた。ふぅーと長く息を着いて体重を右足一本に移動させる。
「…ハッ!」
短く息を吐き体重を一気に前に移動させて右手を突き出した。木に当たる、その寸前。
パシッ!と渾身の力で打ち出した拳を掴まれた。驚いて体勢を崩し尻餅を着く。そんな間抜けな体勢の俺の頭上から不快そうな低めの女の声。
「っち。痛ー。マジやめろよ。あたしの幻想世界を壊そうとするとかあり得ないんだけど」
てか、マジでこの威力なら壊れたんじゃねーのと言って再び舌打ち。驚き半分呆れ半分で顔を上げた俺にその女がやはり不快そうな視線を寄越した。
まず目に入ったのは長い、ティアくらいの長さのやはり銀の髪だった。ティアのそれよりも青みが勝っていて、冷たい印象を受ける。それに反して目は深すぎる赤だ。マグマをそのまま入れたような美しくも手を出し難い色。そして、次に目に入ったのはその女の顔だった。かなりキレている。マジギレだ。全てのパーツが整っているだけに超怖い。ティアやクルハとは微塵も似ていない美人で髪を切れば男でも通用しそうだ。
「なに?なんか文句あんのかよ?あんたもあたしが男か女かわからねーとか言いてーの?マジ殺すぞ」
「言わねーし殺すな。文句は別にねーよ。いや、あるか。でもまあ、今考えてたのはクレームじゃねー」
「んじゃなんだ」
「いや…本当、聖女って名前だけだなとーー」
そのあと、俺はカエルが鳴くような声を上げて吹っ飛び、木にぶつかって数分間気を失った。
バシャ!と顔に冷たい水をかけられ俺は意識を取り戻す。目の前にはやはりかなり不機嫌そうなさっきの女の顔。
「おい起きたか失礼男」
「なんだよ猿女」
「あ?もっかい殴ってやろうか。今度は冥界行かせてやんよ」
「…せめて天国に行きてーよ」
起き上がり適当に服を整える。というか、あんまりなんも考えてなかったけど制服ってこの世界じゃ目立つよな。さっさとこっちの服を買いたいものだ。
俺は痛む鼻を抑えながらその女をもう一度よく見た。そして、納得。
「なるほど、胸がないから男に間違われーーぶへっ!」
「あんたはマジで死にたいらしいな」
「いや、勘弁」
また構えを取る女から距離をとって俺は両手を上げた。こんなところで無駄な争いをしても意味がない。予定外ではあったが顔を洗うと言う目的はこの女によって達せられたのだし、さっさと帰らなくては。
俺はその女に対する文句をぶつけることにした。
「お前がこの空間作ってんだろ?さっさと出せ」
「あ?なんであんた如きに命令されなくちゃーー」
猿女の声はしかし言い終える前に、高く澄んだ、昨日一日ですっかり耳に馴染む声によって止められてしまった。
「ユー!ユー!どこー!?」
「…ティア」
ホッと息を着く。どうやら俺の予想は斜め上を行っていたらしい。嬉しい誤算とはこのことだ。
かけて来たティアの前の木々が動く動く。この空間でも能力の行使ができるのは鍵の方が強力だからなのだろうか。
「もう、探したじゃない、ユー。一人で出歩いちゃ危ないでしょ?」
「ああ、ごめん」
困ったような顔に幾分かの安堵を混ぜて息を整えるティアは大体整ったところで俺を猿女から庇うような位置に立った。そして、厳しい声。
「随分と派手に開きましたね、カラーさん」
「…クルア…13になったのか」
「ええ」
「…なぜまだ生きている?」
「この人のおかげかしら。もっとも、13まで親元で暮らせたのはカラーさんたちのおかげだけれど」
ティアは急にフッと厳しい気配を鎮め、柔らかい声に変わった。
「ミツキさんもいるのでしょう?うちへご招待致します」
「ああ、もちろん。あたしらはいつでも一緒だからな。ミツキー!」
ドヤ顔をしてから猿女改めカラーはガラスの様になった森に向かって叫んだ。木々が音を吸収することもなく、その声は遠くまで響く。そして、程なくしてガサガサといや、キンキンと硝子のぶつかる音を立てて一人の少女が現れる。先ほどの口ぶりから察するに恐らく聖女だろう。肩まであるかないかくらいの銀髪のショートカットの無表情な少女だった。赤い目は今まで見た誰よりも薄く、ピンク色に見える。一言で言えば黒頭巾ちゃんみたいな服装で首から何かを吊るしている。透明な玉の中に青い花が浮いたデザインのビー玉のように見えた。だが、ビー玉がこの世界にあるとも思えないしそもそも元の世界でもビー玉は衰退した文化だ。俺だって教科書でしか見たことがない。何か別のものだろうと俺は思考をやめた。
「……それ」
「ん?ああ、失礼男か?」
カラーの側までやってきたミツキというらしき少女の短過ぎるオノマトペが指したのは俺らしい。猿女の通訳が必要の様だ。
「……外の人。無理」
「…ああ、見かけない服だとは思ったんだ。なるほどな。けど、あたしでも無理なんて軽く言うなよ、ミツキ」
「気づいてなかったのか。流石さーー」
「歯ぁ食いしばれ!」
「断る!」
俺の台詞の途中で放たれた左ストレートを後ろに飛んで回避し、距離をとって睨み合う。猿女が威嚇する猫か何かの様にフーフーと腰を落とした体勢で息を吐いていた。マジで聖女じゃねー。何が乙女のしとやかさ(カラー)だ。傲慢の方があってんだろ。
「はぁ。もう、何やってんのよ2人とも」
そんな俺らを見てもミツキは表情を変えない。反して、ティアはため息をついた。そして、木よ、と小さく呟く。
「はっ!?ちょ!クルア!!」
「なっ…ティア、やめてくれ」
近くの木々の枝が伸びてしなり、俺と猿女の両手首を拘束する。それに猿女は戸惑った声を上げ既に色々理解している俺はやめるように声をかけた。しかし、ティアは俺たちを見比べてふん、と鼻を鳴らす。
「そのままでも歩けるでしょ?外したら喧嘩するだろうから、暫くそうしてなさい」
「「ええっ!?」」
「ミツキさん、行こう」
ティアに手を取られてずっと静観していたミツキが小さくコクリと頷く。続いて俺たちを拘束する木が動き、止まった。
「あっ!ミツキ!効果切んの忘れてた!」
「ああ…まだあなたたちの空間だったわね。ミツキさん、切ってもらえますか?」
猿女が声を上げるとティアも立ち止まり何やら納得顔でミツキにそう声を掛ける。ミツキはやはり黙って頷き、小さく口を動かした。
「…リリース」
途端にピシッとどこからともなく、いや、この場のもの全てから聞こえだし、見えない何かが崩れ去る。そこで俺はティアが言っていた初めの言葉を思い出した。随分と派手に開きましたね、それはきっとこの空間を指していたのだ。つまりは、ミツキは空間系の能力。
「終了だ!終われ!」
俺たちを拘束する木が硝子から普通の木に変わっている最中、隣で猿女がそう喚き出した。うるさいやつだと呑気に考えれていたのも束の間のことで、俺は目を剥いて猿女を見ることになった。
猿女の身体がどんどん小さくなって行くのだ。それはもう、力強く逞しかった筋肉がなくなったとかのレベルではなく、本当に言葉通りに縮んで行く。まるで退化するように。終了、と叫んでいたがこいつは何をしていたんだか。
事が収まったとき、その場には普遍的などこにでもある木々と退屈そうなティア、無表情のミツキ、そして、
「あ?なんだ!文句あんの!?」
「…いーえー」
両手首を拘束されぶら下がった状態のどこからどう見ても小学校以下な幼女だけが残された。
青みが勝った髪、マグマの様な目、その口調。どれをとっても猿女であることは間違いないのだが、先ほどの二十代くらいの女性と目の前の幼女を同一視するのはかなり困難なことだった。
というか、ぶっちゃけ誰?
「うん、その状態なら問題なさそうね。解いて上げるわ」
ティアがついっと指を動かすと腕に絡んでいた木の枝がスルリと解け、元に戻って行った。やはりかなり万能な能力の様だ。が、今はそっちよりも気になることがある。
「………猿女」
「あ?」
「…お前、何て名前だ?」
「はぁ?!人に名を聞くときは自分からだろーが!…だが、まあ、いい。あたしの名前はカラーだ」
「ちげーよ。続く名があんだろ?聖女の名」
「イマジネーターだ」
猿女はない胸を張って答える。イマジネーター、想像する者、か。
「お前は想像の聖女だな?…ある一定の条件下でなら、身体を変化させるほどの想像ができる…想像というよりも、創造の能力だ」
俺が言うとティアとカラーが目を剥いた。大体当たりと言うことだろう。ミツキに動揺が見られないことが少々気にはなった。いや、ミツキの名の方が気にかかる。どう考えても猿女の一定条件を満たさせているのはミツキだからだ。空間系とは読んだがどのような能力なのだろうか。
「…カラー・イマジネーター。ユーが言う通り、想像の聖女よ。常に発動が無理わけではないけれど、条件によってその効果に差が出るの。辺りに生き物がいないほど、彼女の意思が優先されて効果が高まるわ」
ティアが猿女を指して説明する。それはつまり、先ほどのあの強さや身体はこいつの想像なわけで。
「…想像なんだったら胸足せばいいのに」
「やっぱり殺す!」
うがーと喚いているがその身体は子供そのもの。ただの駄々っ子にしか見えなかった。
「聖女は3歳で記憶と能力を発現するから、こんなでもカラーさんは能力の扱いに長けているのよ?あんまり喧嘩は売らないで。…うるさいし」
「クルア!ボソッと言った言葉もみんな聞こえてるからな!全然隠せてない本音も聞こえてるからな!」
なるほど3歳で発現なんてルールがあるからこんな残念幼児が生まれるわけか。気の毒に。
「なら、さっきのは成長したお前ってことか」
「その通りだが何が言いたい!?言ってみろ!」
「いや…幼女を傷つけるような言葉は流石に…」
「うがー!幼女扱いすんなー!何回転生してると思ってんだー!」
顔を真っ赤にして足でだんだんと地面を踏みつける様はお子様にしか見えない。俺とティアが居た堪れない目を向けているとカラーの身体がひょいと抱き上げられた。
「…子供」
無表情に抱き上げたままそう呟くのはもちろんミツキで、味方がいないと悟ったカラーの目に徐々に大粒の涙が溜まり始める。
「…ぅ…うぁーん」
ポロポロと泣き出したお子様にため息をついて、俺はミツキに下ろすように言った。ミツキは素直にそれに従い、ポツリと独り言のように呟く。
「…ミツキ・インオーガニック」
「…へ?」
一瞬その言葉の意味を図り兼ねて素っ頓狂な声を上げてしまう。それにティアが救いの手を差し伸べてくれた。
「無機の聖女よ。一定の範囲内の生物を硝子に変える能力。長い時間そのままにしているとそれはミツキさんでも戻せなくなるわ」
さっき見た木が元に戻って行く光景はミツキが能力を返したものだったらしい。確かにその能力と猿女の能力なら相性はいいだろう。本人同士の相性はわからないが。しかし、それならば。
「それって、俺も硝子になる可能性あった…とか、言わないよな?」
「「……………」」
ミツキとティアは物凄い勢いで目を逸らす。ティアはともかく、無表情なミツキがその反応をするのが何処か恐ろしかった。
「…それよりも、急を要する話がある」
「それよりも?俺の命の危機がそれより?」
「わかったわ。とにかく私の家に行きましょう」
「え?スルー?」
「ミツキのスルースキルは限界突破だ。諦めろ失礼男」
「……マジか…」
とにかく、俺たちは一度クルハが待つ家に帰ることになった。