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ずっと歩きた続けていると徐々に木が疎らになって来て、目の前に開けた空間が現れた。

小さな丘のようになっているそこの頂上まで進み、立ち止まる。

「? 誰も、何もいないぞ?」

「いいえ、ここにいるわ。…お母さん!聞こえてるでしょう?!」

ティアが目の前の空間に向かって叫ぶ。半信半疑で見ていると突然ブンッと言う風を切るような音と共にすぐ前に小屋が現れた。家…と言うよりも小屋の表現が正しいだろうそれのドアが目と鼻の先にあったので嫌な予感がして俺は一歩後ろに下がった。次の瞬間、

「クルア!!」

バン!!と大きな音を立ててそのドアが開かれた。予想通り、あそこに立ったままだったら顔面にドアを受けていたことだろう。

「お母さん!」

ティアが俺の腕から飛び降りる。大丈夫かと少し慌てたが、見事に着地して現れた二十代後半くらいの女性に抱きついた。

「帰って来たのね!無事なのね!」

「うん!まだ生きてるよ!」

良かった!と何度もティアの頭を撫でて涙を流す。本気で心配していたようだ。やはりいい母親だったらしい。

一頻り抱き合った後、家の中に招かれた。

家の中はやはり小さく、一部屋とバストイレしかなかった。入り口から見て西側の壁に窓があり、その側にベッドが横に並んで置かれていて、その隣の空いたスペースには棚があった。中に入っているのは瓶や草なので薬棚とかだろうか。食材らしきものもあるので冷蔵庫のような使い方なのかもしれない。部屋の真ん中にはそれなりの大きさの机があって椅子がなぜか四脚あった。東側の壁には簡素だがキッチンがあり、はいってすぐ右手には服などを入れる棚があった。それで全ての、全体的にRPGの村人の家感がする場所だった。俺はテーブルの椅子にティアと向かい合って座っている。聖母今、お茶を入れてくれていた。

ーーあ、そう言えば豆腐と白菜…いつまで持ってんだ俺…

すっかり忘れていた豆腐と白菜の入ったスーパーの袋を少し目の前まで持ち上げて、床に置いた。背負っていたそれなりに重いリュックも下ろす。なんでこんなに重いんだっけ…ああ、今日教科書販売で買ったやつ全部入ってるのか…やっぱり、買った日に持って帰ればよかった。

あまりに今更な後悔をし、担任の「教科書を置いて帰ってみろ。全て捨ててやる」という言葉を怨みつつ、俺は聖母がお茶を入れ終わるのを待った。

「んー…あれ?これってお茶っ葉かしら?え、あれ?どうして真っ赤な液体が…あら、これ血だわ」

「「…………」」

すっごい不安になる言葉を吐き続けているのだが、大丈夫だろうか?というか、誰の血?

「はーい、お待たせ」

と言ってにこやかに俺たちの前に置かれたのは紫色のよくわからない液体が入ったカップ。

ーー赤ですらねぇ!?

さっと血の気が引くのがわかった。ティアの方を見ると小さく首を振っている。俺とティアは今日会ったばかりだが、目線だけでの会話が出来た。

ーーダメよ。絶対に飲まないで

ーーもちろんだ!

聖母自身もなぜか口を付けず、取り敢えず自己紹介をすることと相成った。

「えっと…紹介するわね、こちら私の今回の母のクルハ・スペーシックです」

「こんにちわぁ」

にっこりとしたのんびりそうな女性だ。ティアとは本当の親子ではないはずなのに、ティアと同じく銀色の髪だった。クルクルと癖のあるその髪は肩口までの長さに見えるがおそらくストレートにすればもう少し長いのだろう。目もティアほど鮮やかではなかったが薄い赤だった。ティアに何処と無く似た顔立ちで本当の親子に見えなくもない。端的にこの人を表現するなら、美女という言葉が当てはまるだろう。

「それで、お母さん、こちら、今回召喚した勇者のアサヒナユー」

「初めまして」

軽く頭を下げる。クルハは俺のことを興味深そうに見つめていた。

「アサヒナユー?ふぅん…初めましてかなぁ?」

「お母さん、失礼よ」

テーブルに身を乗り出して俺の顔を至近距離から見つめるクルハをティアが窘める。ごめんごめんと席に戻る。その拍子にクルハがカップを倒してしまった。

ジュッ!

「「!?」」

「あー、零しちゃった」

雑巾雑巾〜とクルハが席を立った。中の液体が零れたところには煙が立っている。俺は反射的にティアの方を見た。

ーーどういうことだ?

ーー………お母さんは薬学に教養が…あったはず

ーー過去形!?

確かに薬棚らしきものはある。薬学に教養があったというのは事実だろう。しかし、木製のテーブルをジュッ!と音を立てて溶かす液体ってなんだ?

混乱している間にクルハが後始末を終えて再び席についた。そこであっと手を叩く。

「お腹空いたでしょう?何か作りましょうか!」

「お母さん!私が作るからユーと話してて!」

間髪いれず立ち上がったティアがキッチンに向かう。えー?そうー?と残念そうなクルハには悪いがもう2度とキッチンに立たないで欲しい。

俺と話していろと言われたからかクルハがにこにこと話しかけてくる。

「ねぇ、ユーくん。ティアって言葉に聞き覚えはなぁい?」

「…あいつの名前ですよね?」

聞き覚えも何も、こっちのことはその名しか知らない。

「やっぱり知ってた!本当にユーくんなのね!」

「? どういう意味ですか?」

俺が問うとクルハはにっこり笑って答えかけた。が、その瞬間に俺の足元にあるものに気がついたらしい。

「それはーーあれ?それなぁに!?」

「え?ああ、豆腐と白菜です」

俺がテーブルの上に置くと目を爛々と輝かして手に取る。

「食べ物!?」

「はい、そうですよ…ああ、何か料理にしましょうか?」

「本当!?お願い!!」

嬉しそうに笑う顔はもしかしたらティアよりも幼いかもしれない。そう思いながら何を作ろうかと思案する。

「クルア!ユーくんが料理してくれるってー!」

「そうなの?良かったわねーーあ!お母さん!触っちゃダメよ!」

ゴウッ!という音にキッチンの方を見れば火の柱が高々と立ち上っているところだった。

…何やってるんだ。

ティアがそれを収め、真っ黒になった食材たちを捨てながら叱責する。

「もう!お母さんは火と刃物を持っちゃダメって言ってるでしょ!」

「ご、ごめん…びっくりしたぁ…私、火炎の聖女になったのかと思った…」

「火炎の聖女?……ああ、ソレイユさんね。彼女は炎じゃなくて熱でしょ?」

呑気に会話をしているところを見ると日常なのだろう。放っておくことにする。

「なぁ、ティア。これだけじゃ料理にならないから何か食材くれないか?」

「ああ…それなら、外にあるはずよ。お母さん、案内して」

「はーい」

行こーと腕を掴まれながら俺はクルハと共に家を出た。

家の外って…森だろうか?山菜とかなら旨そうではあるが、帰って来れるのか…



家の裏手の何もない空間に向かって歩く、クルハについて行く。そうしていると不意にとある疑問が湧いた。今更すぎる疑問だが。

「クルハさん」

「はあい?」

「あなたは聖母なんですよね?」

「うん、聖母でもあるね」

「どうして俺の言葉がわかるんですか?」

「えー?当たり前じゃない?」

なんか、既視感(デジャブ)

クルハは立ち止まり、俺の方を向いてにこりと笑った。

「あれ?もしかして聞いてない?あの子微妙に完璧じゃないのよね…私、聖女だよ」

「…は?」

「私は聖母で聖女。空間の聖女だよ!」

改めてよろしくねぇ〜と笑って再び歩き出す。空間の聖女、クルハ・スペーシック、ね。

なるほど、そう言われるといろいろと納得出来た。ティアがこの森にクルハを逃がしても大丈夫だと判断した理由は空間の能力を持っているからなのだ。おそらく、家を何処へでも出現させたり人の目から見えなくしたり出来るのだろう。あの家が出てきたときはティアの能力かと思ったが、クルハの能力だったわけだ。そしてーークルハがティアを守ったわけも理解できた。

聖女としての仕事だからか。

「…クルハさんはティアのことが大事なんですか?」

「え?そりゃあ、もちろん!私の大切な一人娘だよ!私処女だけどね〜」

あははと楽しげに笑うその姿はとても母親には見えない。

「何歳の時に産んだんですか?」

「14かなぁ。13の時に妊娠して、親に怒られて、勘当されたの」

まあ、親って言ってもたまたま私を身籠っただけの血のつながりのない人たちだけども。と酷く楽しげに話す。しかし、聖女や鍵を妊娠すれば喜ぶものではないのだろうか。特にティアを妊娠すれば国がお金をくれるらしいのに。

「私はね、処女だって言わなかったんだよ」

「え…どうしてですか?親に怒られたんでしょう?」

俺の考えていることを見透かしたようにクルハが言った。立ち止まり、しゃがみ込む。やはり何もない空間だ。

「だって、お腹の子が聖女ならいいけれどもしも鍵だったら…って思うじゃない?私は鍵に何も出来なかったからさぁ…」

クルハが手を触れるとブンと風を切る音と共に畑が現れた。これが食材だろう。

「私ね、初代勇者パーティーに入らなかった聖女なんだぁ。だから、鍵との面識はなくて。でも、殺されてるって聞いてた。他の聖女に相談して助けようって言ったんだけど、聖女の仕事じゃないよって言われて…悩んでた時に妊娠したの」

適当に畑を見て回りながらクルハが話す。その表情はさっきまでと一変して酷く大人っぽかった。

「チャンスだって思った。鍵にお詫びする、大事な機会。きちんと寿命で死なせてあげるのが私の仕事だと思ったの」

結局は守れなかったけれどね、自嘲するようにそう締めてクルハは再び元気な声を出した。

「そんなことより、ユーくん!ここの好きなの使っていいよー!だから!トウフとハクサイで美味しいの作ってね!」

そのあまりの切り替えの速さに苦笑して答えた。

「きっと美味いのを作りますよ」


いつくかの食材を収穫し、家に保存されていたものも使って料理を始める。

「何を作るの?手伝おうか?」

「そうだな…じゃあ、その肉を適当に切ってくれるか」

「はーい」

「ユーくん!私も何かーー」

「「じっとしてて!」」

落ち込むクルハは置いておき、俺は豆腐の水を切る。重しを乗せてしっかりと抜く。ここにはキッチンペーパーはないので布をお借りした。

白菜と適当に拝借してきた筍っぽいのとかさやえんどうっぽいのとかキクラゲっぽいのとかを適当な大きさに切る。

「お肉どうするの?」

「酒と…これをかけて置いてくれるか?」

さっき確認したスパイス類から生姜に近い味のものを渡す。ティアは知らない料理が楽しいのか嬉しそうな顔をしていた。

「卵とかあるか?」

「ん?始祖鳥の卵でいい?」

「ああーーえ?始祖鳥?」

何か聞き捨てならない単語があった気がするがここは流そう。渡された卵を茹でて殻を剥く。この世界の始祖鳥はどんな生き物なのか、大きさが様々な卵からうずら位のものをいくつか選び茹でる。たまたま同じ名前なのだと思っておこう。

「なんか、とろみを付けられる調味料ないか?」

「あー…半水魚の骨かな」

「……半水魚?」

とにかく渡された白い粉ーー多分、骨を砕いたものーーを肉にまぶしてさっと炒める。ガスコンロなどあるはずもなく、円柱の中に炭を入れたまさかの炭火である。俺のいた世界との共通点が幾つか見られる理由は多く召喚されたという勇者のおかげだろうか。

それからは簡単だ。火の通りにくいものから順に炒めて適当に調味料をかけていく。最後にまた半水魚の骨を溶かしたものをかけてとろみを付ける。

大きい皿に乗せた豆腐の上にかけて完成だ。

「できたの?」

「ああ。多分美味いと思うんだけど」

テーブルに運ぶとティアとクルハが同じくらいキラキラした顔で俺の作った料理を見た。

向こうの世界で言う八宝菜だ。ご飯の代わりに豆腐にかけたので味を濃くしている。味見したときはまあ大体再現できていたが異世界人たちの口に合うのだろうか。

「「いただきますっ!!」」

全く同じ動きで2人が食べ始める。その顔が徐々に輝いていくのが見えた。

「美味しいっ!」

「ユーくんすごーい!!」

「そうか、それはよかったよ」

ホッと息を着く。多分母さんは鍋のつもりでお使いを頼んだのだろうけど。

俺も食べようと思ったが、海鮮なしの八宝菜をひどく嬉しそうに食べている2人を見ているとその気も失せた。あまり料理をしたことはなかったがこんなに旨そうに食べてくれると嬉しいものだ。

代わりにティアが料理したものを頂くことにした。

「ティア、これ食べていいか?」

「え?あ…ええ!いいわよ!」

ティアが作ったのは様々な野菜を煮たものだった。甘い匂いのするそれはかなり美味しそうだ。いろいろあってずっと感じていなかった空腹が今更のように主張する。

「いただきます」

一口食べて、驚いた。

「…どう?」

ティアが嬉しそうに問いかける。悪戯な笑みは俺が今驚いている理由も全部分かっていると言いたげだ。

「…これ…どうやって作ったんだ?」

「ふふ。初代勇者の大好物だったのよ。チクゼンニって言うんでしょ?」

美味しい?と問いかける顔がとても嬉しそうで、寂しそうだった。なぜそれを作ってくれたのかはわからない。けれど、俺は今とても懐かしく感じている。異世界の食材で作った筑前煮風のそれに母さんを思い出したとかでは決してない。俺は、この味を知っていた。

「…美味しいよ。流石ティア」

「何言ってるの?知り合ったばかりでしょ?…でもま、ありがと」

そう言って笑い合う。

俺たちは今この世界全てから追われているけれどもう少し平穏なこの生活が続くと根拠もなく、そう信じていた。


逃亡生活、一日目。

空間の聖女の飯は殺人級。

もうちょっと平穏に過ごして欲しい…と作者も思っております

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