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遅くなった上にわかり辛いですごめんなさい

「その名で呼ばれなければ、きっと協力はしなかったわ」

ティアが不思議そうに首を傾げる。言われてよくよく思い出してみると、確かに名を呼んだ途端に協力してくれていた。

「小さい頃からよく見る夢で俺はお前をティアって呼んでいたんだ。だから知っていただけだ。…けど、なんで名を呼ばれた程度で?」

ティアはそんなに軽いものじゃないわ、と俺の言葉を窘める。

「私をその名で呼んだ人は数名に限られるの。その中でも男の人は一人だけだったから……ねぇ、夢の中の私は何をしていたの?」

「泣いていたな、確か…」

ーーどうして私が

この先に続く言葉はなんだったのだろう?

「………泣く…?」

ティアは暫く考え込んだ後、ふぅ、と息をついて暫し俯いた。心配に思い出した頃上げた顔には晴れやかな笑顔があって、俺はかける言葉を失う。

「わかったわ。それじゃあ、あんたにこの世界のこと、説明しようかな」

そう言って、ティアはこの世界のこと、自分のことを語り始めた。


この世界は争いが多い。多くの国と国が絶え間無く戦争を繰り返している。

数百年前ももちろんそうで、当時、各国の力関係は均等になってしまっていた。そうして戦局は動かない膠着状態へと陥った。

その折にどこの国だったのかが勇者召喚と言うものを編み出した。深い森でどの国の所有でもなかった地にある石段を錠、1人の生贄を鍵として異世界への扉を開くと言うものだ。その生贄として白羽の矢が刺さったのが、当時その国に住んでいたティアだった。

しかし、これは事実の全てではない。

あまり知られていないが、そもそも勇者召喚という異世界の者に頼ろうという考えが出た原因はその異世界人にあったのだ。

その初代勇者と言うべき人物は自力でこっちの世界に渡って来た。そしてその圧倒的力を見せつけた。

初代勇者と鍵であるティアが出会ったのは彼が渡って来たときであったが、その時には既にティアは鍵だった。もっと言えば、生贄にされる以前から既に。

鶏が先か卵が先か。その辺りの詳しい所は遠い昔のことだから、知っているものももういない上にティアもはっきりとは覚えていないそうだ。

とにかく、鍵となったティアは勇者のために存在する。そのためにティアと勇者は違う言葉を話していても意思を伝え合えた。初代勇者は膠着状態を抜けさせ、一時的ではあったが全世界を休戦状態へと落ち着け、その生涯を終えた。鍵であるティアもまた初代勇者の後を追うように死亡した。そうして戦力バランスを崩した要因は一旦世を去ったのである。


「…ちょっと待った」

「ん?なに?」

「今お前は生きているじゃないか。子孫とか、そんなのなのか?」

「…いいえ、さっきも言ったけれど、ティア本人よ。不運なことに鍵は生まれ変わるみたいなの。私は死後一年と置かずにこの世界に戻ってきた。赤ん坊としてね」

「産まれ直し…」

「そう。私たちを妊娠すれば、大抵の人はすぐに気づくわ」

「私たち?」

「…この嫌な運命を持つのは私だけではないのよ」

その説明はもう少し後ね、と言って、再び昔語りが始まった。


鍵であるティアももちろん人の子として産まれるため母体が必要となる。ティアたちは父親は必要としないため、出産可能な女性の身体にいきなり着床する。そのため、すぐにティアたちを妊娠したのだと理解できるのだ。

ーーちなみに、ティアたちを産んだ女性は聖母と呼ばれる。そうすることで、旦那や恋人に浮気を疑われて泣く女性は減ったそうだ。

そうして再び可能となった召喚だが、それにはいくつかのルールがある。

まず、世界で唯一召喚が可能なティアへの負担が異常に大きいということだ。身体の内側からガリガリとナイフで削られるような、形容し難い痛みと苦しみが必ず伴う。

そうまでして召喚できる勇者の数は1人だけだ。

召喚した勇者が死ぬか、送還するか、鍵が死ななければ次の召喚は不可能となる。

勇者はとても強いため殺すことは困難、そして国が保護しているから送還も困難ーー勇者は最初から送還方法はないと説明されているから向こうから来ることも期待出来ないーーなため、どうしても勇者を召喚したい国々はティアを殺害し、転生後に捕縛し召喚することとした。一方、勇者を獲得した国はもしも次の勇者が呼ばれるのなら対処できる勇者が生きているうちに、とやはりティアを殺害すると言う結論に至った。

そうして全ての国からその命を狙われたティアは逃亡生活を始めることとなったのだ。


「さっき殺されかけていたのはそう言うわけか」

「ええ、召喚後すぐに私を殺すことが常識になっているわ」

嫌な常識もあったものだな、と思いつつ湧いた疑問をぶつけてみる。

「殺さずに監禁した方がいいんじゃないのか?勇者と言葉が通じるのはお前だけなんだろう?」

現に、俺はティア以外が言っていることは何一つとしてわからなかった。直感的に悟りはしたが。

「昔、そう考えた国があったわ。何代前だったかな…その時に召喚した勇者が私が繋がれていた牢まで来ちゃったのよね。送還しろって言って。向こうに婚約者を置いて来たんだ、って言ってね」

勇者が全力でティアの元に行こうと思えば止めることは困難だった、ということらしい。実行するためにはティアを連れて錠である石段まで行かなくてはいけない。勇者はそれを実行しようとしたそうだ。

「無事に向こうに帰った勇者がいたことを聞いたのね。私も勇者たちは被害者だな、と思っていたからそれに異論はなかったの。だけど、結局は送還してあげられなかった」

「…どうしてだ?」

「…道中で殺されたからよ、私が」

「…………」

「その勇者は待ったらしいわ。私が転生して来るのを。そして運がいいことに同じ国に転生したの」

「じゃあ、今度こそーー」

言いかけた俺の言葉にティアはゆっくりと首を横に振った。

「転生した私は13歳ーーこの世界で成人したと認められる年齢までは記憶も能力もないのよ。13歳の誕生日にそれまで繰り返していた人生の記憶と、召喚する能力を発現させるの。でも、転生後は召喚する能力なのよ」

「?…つまり、送還は出来ない?」

「私にできるのは、その命の間に召喚した勇者の送還だけ。前の命の時に召喚した勇者は送還出来ないわ。そしてその勇者の所為というかおかげと言うか…折角召喚した勇者を失わないよう、即刻私を殺すことが常識になったのよ」

だからティアは会話の端々で一旦、一度などの言葉を使っていたのか。

「それに、勇者と言葉が通じるのは鍵だけじゃないわ。聖女たちもそうよ」

「聖女?」

「さっき言った、私と同じ運命を持つ人たちのことよ」

私も全員を把握しているわけではないのだけれど、と前おいて、

「聖女は鍵を守るのが仕事よ。初代勇者といた時は私も彼女たちと共にいたわ。さっき言った、私をティアと呼んだ数少ない人たちね」

そうなると、ティアを呼んだ唯一の男は初代勇者か。懐かしさから協力することにしたのだろうか。

「聖女と鍵は皆、固有の能力を持っているわ。私が覚えているのは何人かの分だけだけれどね。一番仲が良かった治癒の聖女と生命の聖女のものならよく覚えているわ。治癒の聖女はその名の通り治癒能力を、生命の聖女は植物を除く生き物全てを操作できる能力を持っているの」

「さっきお前が使ってたシンジュツは?」

「聖女と鍵が持つ能力全てを総じて神術と言うの。私の能力は植物を含む自力で動けないものを操作できるーー生命の聖女の反対の能力よ」

先ほど見た木が動く様を思い出す。便利ではあるが万能ではない。ティアはそんな能力だけを頼りに逃亡することが当たり前になった。どれほど大変だったのか平和な日本で生まれ育った俺には想像もつかない。

「私は転生しても容姿は変わらないから、今じゃ私の幼い時の姿を見られるだけでも気づかれるし、私を産めば国から多額の謝礼金が出るのよ。だから、産まれたのが(カギ)だとわかった途端に売る親も多いわ」

聖母なんて、名ばかりね、とティアは疲れたように呟いた。

「理解できたかしら?」

ティアが首を傾げる。俺は今聞いた情報を頭の中で整理した。

召喚のシステムについては、大体理解した。

これには二つの大きく分けてルールがあるようだ。

まず、1回目のティアがAの勇者を召喚したとき、Bの勇者を召喚するためにはA勇者を殺すか送還するか、ティアが死ななければならないこと。

二つ目に、A勇者を召喚した後に殺され、生まれ直して2回目のティアになったとき、A勇者を送還することが未来永劫不可能になったことを意味すると言うこと。

取り敢えずはそう認識していればいいだろう。

次に召喚は13年毎に行われているのだと言うこと。これは多分、竜から聞いた行方不明事件の正体だろう。話を全て理解したわけではないが、それはとても奇妙なことのように聞こえた。13年毎に召喚をしていると言うことはティアは一度も逃げ果せていないと言うことだ。魔法のない世界で特異な能力を持っているのにも関わらず。

「なんでお前は毎度毎度捕まっていたんだ?」

「それには二つ理由があるわ。一つは記憶を発現する前に売られて捕まっていたから、もう一つは私の能力では人を傷つけられないからよ」

そりゃ、戦えれば逃げられたわとため息交じりに言う。つまり、神術では人の進路を妨害することはできても擦り傷一つつけられないと言っているのだ。

「…それは…弱いな…」

俺もきっと人を殺すことは出来ないが怪我くらいはさせられるはずだ。そして、ティアはおそらく自殺も出来ない。ティアもまた人の勘定に入っているという証拠だが、なんだか、ティアが自殺出来ないようにこの能力があるようだ。

「まあ、その都度説明して、ちょっとずつ覚えて行きましょ。この世界の言葉もね」

「うぇ…俺英語が1番苦手なんだけど、異世界でも勉強かよ…」

しかし仕方が無いと言うこともわかっている。ティアは苦笑してまあ、気長にねと言ってくれた。優しい先生に当たって本当によかったと思う。

そこで漸く俺たちは洞窟の外に目を向けた。外はもう日が沈み空が紫色に染まっている。

「やれやれ、漸く日が暮れたわね…ユー、移動しましょ」

言って立ち上がろうとするもののどうも足がちゃんと動かないらしい。お姫様抱っこの要領で抱き上げてやると少しムッと悔しそうな顔をしたもののおとなしく腕の中に収まった。

「移動って、どこに行くんだ?世界中に追われてるんだろ?」

「私の今のお母さん、聖母の元に行くのよ」

ティアが洞窟の奥を指差すと足元にあった小石たちがガラガラと音を立てて移動した。一瞬の間に出来たその道を進めと言う意味だろうと推測し、奥に向かって歩き出す。

「聖母って、お前を売ったんじゃないのか?」

「大半の聖母は売ったけれど、今回の人は私を守ろうとしてくれたわ。人里離れた辺境に家を建てて、誰にも私を見せないように大事に育ててくれたの。まあ、結局は見つかっちゃったんだけどね」

「じゃあ、その人は今どうなってるんだ?」

金をもらって街に暮らしているのだろうか。俺が言わなかった言葉もわかったのかティアは苦笑して首を横に振る。

「あの人は私を捕まえてきた軍に向かって「この子は渡さない!」なんて言って、軍に攻撃されかけたの。だから今回は自分から捕まったのよ。結果的にあの人が怪我を負うことはなかったけれど、軍の仕事を邪魔しようとした犯罪人になっちゃった」

陰鬱そうにふっと息を着く。こいつにとってその聖母はきっととても大事な人なのだろう。だから、身を呈して守ったのだ。その人がそうしてくれたように。

「錠であるあの石段があるこの森はどこの国の所有でもなくて、酷く深く、迷いやすい。軽い気持ちで入ったらもう2度と出れない位に。まあ、その原因の一旦は私が木々を動かすからなんだけどね」

ペロッと悪戯が成功した子供のように舌を出して笑い、ティアはさらりと爆弾を落とした。

「だから丁度いいと思って、この森の何処かに逃がしたのよね」

神術を使って、と。

あまりにも軽く言われたため俺は一瞬理解出来なかったが、それは、つまりーー

「…それ、どれくらい前の話なのか知らないが…その人無事なのか…?」

ーーこの森を彷徨わせていると言うことではないのだろうか。ティアみたいな能力があるはずもないその人は果たして無事なのだろうか。

その問いにティアはなんでもないことのように答える。

「多分、大丈夫。今回は捕まったときすでに13歳だったからすぐに召喚に移ったの。だから、別れてから3日経ってないわ」

ティアは本気で大丈夫だと思っているらしい。目の前に現れた洞窟の際奥を封じている大きな岩を排除しながら答えた。俺は無理矢理に納得してその先に出来た道へ進む。

「なんで日が暮れるまで待ったんだ?」

ティアが言っていたように森は深かった。先の見えないハイキングに数分で飽きて適当な話題をぶつける。

「日が出ているうちは捜索が続いているかもしれないからと、夜の方が神術を使いやすいからよ。今日は召喚をしたからもうほとんど神気が残ってないのよね」

そこでチラリと俺の目を覗き込んでくる。俺が首を傾げるとティアは何とも複雑そうな顔をした。

「送還方法があるって聞いても送還してくれって言わないのね」

「え?…ああ…」

言われてみれば、確かに送還方法があるのなら帰りたいと思うのが普通だろう。俺だって向こうの世界で人間関係に疲れてたとかもう生きて居たくなかったとかそんな状況ではなかったのだから、馴染みのある向こうに帰った方が楽だろうな、とは思っている。けれど、

「ここにいないと、ティアといれないじゃないか。俺はティアといれるなら、向こうの全てを捨てたって構わないよ」

「…………」

ティアはポカンとした顔で暫く俺を見た後徐々にその表情を変え、すごい勢いでそっぽを向いた。熟れた果実のように赤い耳が月明かりに照らされて浮かび上がっている。しかし、今それを言ってやるのは酷だろう。

「ば…っかじゃないの…!?こっちの世界は殺伐としてて、全然楽しくないわよ!」

「それでもお前はいるじゃないか。それだけで十分だよ」

けど、これから行く先にいるのは聖母なんだよな…言葉が通じないのはやはり不便だ。歴代の勇者よりはマシな状況なのだと言い聞かせて頑張ろう。

ティアはなんとも言えない顔をしていたがやがておかしそうに笑う。

「変な人ね」

昔と変わらず。

続けて言われた言葉は木々が風に吹かれた音に紛れて聞こえなかった。

ティアは先を指差して言う。

「この先に、おそらくいるわ。おかしな人だから覚悟しててね」

「おう」

俺たちは深い森を迷いない足取りで進み続けた。

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