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修羅場。どうする、俺!


「ねぇ、だぁれ?その子」

「あの…さっき、会った…その…キミって子」

「キミ?名前が?へぇ、そう。さっき、ねぇ?あなた、戦争に行ってたんじゃないの?最前線じゃなかったとはいえ、そーんな、ちっちゃい子がいるかなぁ?」

「……………」


しかし、そう言われたところで、いたのだから仕方が無いとしか言いようがない。俺は視線を逸らし逸らし答えた。何故だろう。やましい事は何もないのに目を合わせられない。


「ねぇ、ユー?」

「あの、あれだよ、うん。迷子、とか」


俺の答えに嫁は鼻を鳴らし、残りのパーティーメンバーも各々の反応を示した。


「迷って戦場には行かないと思いますわ」

「悪いな、お前の肩を持つことは、少々、難しいようだ」


助けてくれないなら黙っててくれ、頼むから。


「カルラ、頭のいいお前でもこの状況からの脱し方は思いつかないのか」

「うん、少なくとも、わたしの立場ではどうしようもないな」


かと言って、代わってやることも出来ない。そう言って、カルラはすまんと言った。

こいつは何も悪くないけどな。

俺が俯いて必死に弁明を考えていると妻の軽やかな笑い声が聞こえてきた。


「ふふ、なんて、冗談よ」

「ハハ。その子はわたしらの仲間だな。キミ、というのか?何の能力を持っている?」


カルラがにっこりと微笑んでキミの前に膝を着く。俺は脳筋だが、その様を見てまだ理解しないほどのバカでは無い。

ため息を尽きながら三人に軽く避難の目を向ける。


「全く…ティアの悪戯好きは今に始まったことじゃないが……2人まで悪ノリしなくてもいいだろ」

「あら、わたくしは愛子が行うこと全てに乗りますわよ?」

「うふふ…愛が重い…」

「ハハハ、悪いな、ユー。だが、わたしらも面白いことは好きなんだ」

「カルラ、ビオラの変態もやっぱり今に始まったことじゃないが、俺の心臓に悪い遊びはもうやめてくれよ」


ビオラとティアが笑い、カルラも笑いながら謝罪する。キミが俺の服を引っ張った。


「…なんだよ?」

「…どんまい?」

「……………」


全く、聖女とは名ばかりだ。


***


「………今、すごく失礼な発言を聞きましたわ」

「まあ、そうだな。すごく失礼な発言をしたぞ」

「……今訂正するならば、その怪我を治して差し上げてもよろしいのですよ?」

「ん?ああ、これか?」

俺は腕に巻いていた制服の服片をとって腕を見せた。右腕にティアを抱えたままなので中々難しく手間取ったが、無事に晒されたそこはもう滑らかな皮膚で覆われて居た。耳元でティアが息を詰める。

「ユー…それ、どう言うこと?」

「あらあら、まあ」

ビオラは何故か驚いた様子もなくただ事実を確認為るような目を俺に向けてくる。そんなにおかしなことだとは思っていないので、俺は軽く首を傾げた。

「あなたたちはもうよろしいですわ。下がりなさい」

ビオラが手を払うとそれまでずっと控えていた数名の修道女たちが部屋を出て行った。机と椅子と大量の書物しかないただ広い部屋の中に俺たち3人だけが残される。

「あなた、名前は何ですの?」

「…朝比奈勇だけど」

「アサヒナユー…そう、ですか」

乱れて居た修道服を正し、俺の前に背筋を伸ばして立って、スカートの裾をつまみ、美しく礼をする。

「改めまして、ビオラ・ヴァイオル・リストレイションと申しますわ」

「…、なんだいきなり」

「全く、わたくしも運がない。せっかく、愛子から会いにきてくださいましたのに。いえ、あなたがいたから、来てくださったのかしら?」

ビオラが目配せをするものの、ティアは視線を逸らすだけで特に何とも答えなかった。今までは来たくても来れなかったんじゃないのだろうか。13で死んでるわけだし。けれど、それをそのまま親友に伝える気はないなら俺が言うことでもないだろう。

「…治療ももう宜しいみたいですし、わたくしの方も、もう本日の業務は終わってますの。もしよろしかったら、わたくしの家にお泊まりになる?」

ビオラも最初から答えが返ってくるとは思っていなかったらしく、そう切り出して来た。ティアを降ろしながらどうする、と云う視線を送る。

もう暗く、宿を取るのは少々リスクが高い。かと言って、野宿するのは少々不振過ぎる。

暫し考えた後ティアは酷く微妙そうな顔をした。

「…いいの?私たち、一応追われてるんだけど」

「あらあら、あなたはまた誰かに悪戯でも仕掛けましたの?仕方が無い人ですわね」

そう言って微笑む。全てをわかっている、と誰の目にも明らかに顔に書いてあるのにビオラはそれを口にせず、軽口に変えた。

「……………」

「構いませんわ。追われていようと、あなたはあなた、でしょう?」



さて、連れて来られたビオラの家ははっきり言えば豪邸だった。うん、まあそれはあの聖堂を見た時点でわかっていたわけだが。

聖堂の裏手にある橋を渡って行くその聖堂の半分ほどの広さの平屋はプカプカと水に浮いていたが、驚異の安定感で家の中に入ってみれば特に普通の土地と変わりない。そもそも、聞いた話ではこの国の建物は全てこうして水に浮いているそうだ。流石は水の都。住んでいる方からすれば、木材の腐敗などの問題が山積みで、結構な苦労らしいがたまに来る程度なら愉快以外の何物でもない。きっと平和な時代ならば外国からの観光客で溢れるだろうに、勿体無い。

お邪魔してまず連れて行かれたのは風呂場だった。曰く、「その血だらけの腕を洗ってきてください」だそうだ。その裏にティアと一緒のお風呂を待ちきれなかったなどの思惑があることは明確過ぎるほどに明確だが、昨日入っていないので正直かなり入りたい。夜通し歩いてきていたから、汚れているのも確かだ。

涙目で何かを訴えてくるティアに心の中で合掌しつつ、俺は風呂に入らせていただいたのだった。

因みにの話だが、男風呂女風呂で分かれていた。なんだこの家。


さてさて、話は変わるが、俺の語学力についてだ。

俺は現在、日本語しか話せない。単語単語でなら幾つか英語を知っているかな程度。中学から始めて、もう6年も英語を学んでいるのに、なんでこんなに覚えていないのか。それは、まあ、俺にそのセンスがないからだろう。こっちに来たので英語はもうどうでもいいーーと、初めは思ったのだが、存外、この世界には多々英単語が見受けられる。これはとても奇妙なことであり、そして、それ以上に困った自体だった。

得意…でもないが、日本語を話してくれる人間は一人もいない。

話が通じる人間は少なくとも17人、多くても30いないだろう。

それでは、何語を話しているのか。希望を言えば、英語を話していて欲しかった。そうであったところでさっぱりわからないのは変わらないが、そうであれば今よりも幾分か良かっただろう。

この世界にはこの世界の言語がある。

そして悲しいことに、それは英語とも日本語とも似つかないものだった。

それでは、この世界の言語は何ヶ国語あるのだろうか?

13国あるうち、皇国は現在住民はゼロ。ここはカウントしなくていいだろう。昔から争いが絶えなかったのなら、ここの国がここの言語を持っているのか。しかし、ティアやクルハ、それに猿女とミツキは周国、紀国と普通に、当たり前のように話していた。長き時を様々な場所で生きた彼女たちが全ての国の言葉を巧みに操れるのだと言われればそれまでだが、仮にその可能性を無視するならは答えは一つだろう。両国で話されている言語は同じで、四人が使う言葉も同じなのだ。そして四人はそれぞれ国を持っていた。ならば、四人が治めていた国も、同じ言語なのではないだろうか。つまり、13ーー12国全てが同じ言葉を話している…そういう結論だ。

あまりに突飛で、楽観的思考だろうか?俺の希望的観測だろうか?しかし、それなりに筋は通っているのではないだろうか。

だがまあ、俺はまだ話せないんだけどな、この世界の言葉。

そんなことを考えている間にそれなりに時間も経ち、全て洗い終えた俺は風呂を出た。

…ちょっと逆上せたのは湯が熱かったからだ。けして慣れない頭の運脳のために暑くなったのではない。


風呂を出ると服が置いてあった。黒いズボンに白いシャツという、俺が着ていたものに似ているのは偶然ではないだろう。わざわざ買って来てくれたのだろうか。俺がさっきまで着ていたものよりもずっと上等な、もしかしたら俺があっちの世界で着ていたものよりも肌触りがいいかもしれないそれを上機嫌に着ながら意外に面倒見がいいビオラに感謝した。

脱衣所を出ると前のホールのような空間にあるテーブルに突っ伏したティアと優雅に微笑んでいるビオラの姿があった。

「随分な長風呂でしたわね」

「そうか?ちょっと考え事をしててな……ティア、大丈夫か?」

ピクリとも動かないティアに多少不安になって声を掛けるとギギギと音が聞こえて来そうな動きで顔をこちらに向ける。その顔が湯だった蛸のようだったのは、おそらく風呂のせいだけではない。

「………ウラギリモノ…」

「…すまん、謝るから、正気に戻ってくれ」

そんな片言で裏切り者って言われたら、普通に怖いって。しかも、目、死んでるじゃねーか。

風呂で何があったんだろう。

知りたいようで、知りたくない。

俺の気持ちを読んだわけではないだろうが、ビオラが晴れやかな表情でパン、と手を叩き、話題を変えた。

「それでは、お食事でもしながら今後のことを考えましょう。時間は、長いようで短いものですわ」

文字通り無限の命を持っている奴が言うと、酷く説得力のある言葉だった。


連れて行かれた広い食堂にはやはり俺たち以外の人の姿はなく、ただ、20人くらいが同時につけそうな長いテーブルが三…本?個?あって、それに伴って椅子も20×3脚くらいある。そのうちの、真ん中のテーブルの上にたくさんの料理が並べられていた。ビュッフェスタイルのようだ。

「こっちの世界のーー普通の食事が、これか?」

「まさか。ここがヴァイオル家だからこんな食事なのよ。王家並みだと思ってくれたら大体正解ね」

「何代もかけてようやくこのくらいの家にできたのですわ。普通…ではないですわね」

俺の半ば呆然としたような言葉に2人が返す。ビオラは感慨深そうに、ティアは呆れたようだった。ティアの家の食事も美味かったが、やはりその食材の質も量も格段に違う。

「それでは、頂きましょう」

「何から何までお世話になって、悪いな」

「いいえ。見返りは、先ほど愛子から頂きましたので。ね?」

「……………。さぁ、食べましょ」

怪しげな視線を送られたティアは忽ち顔を真っ赤にしてそれを隠すようにそっぽを向きながら話題を変えようとする。全然変えれていないが、ここは乗ってやるべきだろう。

「そうだな、頂きます」

「頂きます…」

「ふふ。はーい、どうぞ召し上がれ」

そんなこんなで、ちょっと可笑しな食事会が始まった。

「言葉?」

「そう、この世界の言葉を覚えるにしても、何語あるのかも知らねーし、どれから覚えればいいのかもわからねーから、教えてくれないか?」

テラテラと赤茶色い肉汁とソースの噴き出す分厚い肉を一口サイズに切りながら問うとバーニャカウダ的な野菜スティックと戯れていたティアが紫色のスティックを齧りながら首を傾げた。その野菜はもしかして、八百屋で買わされかけていたものだろうか。

「何語って…この世界に言葉は一つしかないわよ。昔はいっぱいあったんだけど…ねぇ、今でも皇語だけでしょう?」

ティアが隣に座るビオラに話を振るとあーんを断られたところから少し拗ね気味だったビオラの機嫌がころっと簡単に直り、ええ、と頷いた。ちなみに、ビオラは優雅にスープなんぞを飲んでいる。

「説明するとね、ユー。この世界は昔初代勇者が統一したでしょう?」

「ああ、そう言っていたな」

「そのときに、彼が覚えていたこの世界の言葉だけに統一したのよ。ああ、いや、違うわよ?無理矢理とかそんなんじゃなくて…聖女たちだけが話せるんじゃ、具合が悪かったのよ。自主的にね」

「学校教育も皇語をメインに教えるようになりましたわ。今となっては昔あった言葉の解読の方が難しいくらいですわ」

「へぇ、なるほどな」

一度統一されていたらそう言うこともあるのか。初代勇者は一語しか覚えなかった、と。俺と同じで頭弱い系かな。

「ユーの言葉は私たちには意味を持って聞こえるけれど、どうしても、他の人には奇声に聞こえるから一緒に逃亡して行くのなら、なるべく早く覚えて欲しいところだわ」

一緒に逃亡。

つまり、俺が何処かの国に飼われる、その選択をティアはまだ捨てていないと言うことか。

「ああ、急いで覚えるよ」

そう答えると陰に隠した言葉通しの会話のせいだろう。ティアは酷く複雑そうな顔をした。

「ーー、それで、今後のことなのですけれど」

その後も食事は続き、いろいろな雑談をして皆が大体食べ終わった頃にビオラはそう切り出した。

「今日はわたくしの家に泊まってくださるようですが、明日から何処かへ行かれますの?」

「特に目的地はないのよ。目先上げているのは呪いの鳥居だけれど、あれも急ぎじゃないし、各地を回って開けないといけないから」

「あら、彼処に行きますの?最後に開けたのは何百年前ではございません?開きますの?」

「開くんじゃなくて開けるのよ」

ティアの言葉遊びのようなセリフに変わってませんわね、とビオラは何処か嬉しそうに微笑んだ。昔からこんなに自信を持ったやつなら、変わりようもないだろう。性格が変わるのは欲に塗れたやつと臆病者だけだ。

「呪いの鳥居ってのが例の呪いか?それを開けるのに各地を回る?」

「ええ、それ自体は皇国にあるのだけれど、幾つかロックがあって、聖女たちを訪ねて開けてもらわないといけないの。開け方、覚えていてくれてたらいいのだけれど」

「大丈夫でしょう。そんな大切なこと、早々忘れませんわ」

「カルラが忘れてそうだけれどね」

「ああ、彼女ならあり得ますわね。別の方法を編み出していそうですが…」

「カルラ?」

また聞いたことのない名前が出て来て俺は思わず訪ねた。恐らくは聖女の、それも、2人と仲が良かったようだから、生命の聖女の名前なのだろうが。

帰って来た答えは案の定、生命の聖女だ、と言うものだった。

「彼女は族化聖女じゃないから、名前はきっと変わっているでしょうけどね。すごく頭のいい子で、すごく変わった子だったわ」

「変わってるってそんなの、聖女全員なんじゃないのか?」

俺の言葉に異口同音に失礼な!と叫ぶ2人だが、十分に変わっていると思う。ミツキもクルハも猿女もな。

「カルラ、元気かなぁ。今何歳だろう?何処で何してるのかな」

ティアが懐かしそうに顔を綻ばせて呟く。ビオラも同じ顔をして頷いた。

「彼女の足取りは家の者に調べさせますわ。数日で見つかると思いますの。おそらく、向こうも常に愛子の足取りを追っているでしょうから」

「あら、もしかして心配してくれていたの?」

ティアが茶化すように言うとビオラは至極真面目そうな顔で返事をした。

「もちろん。わたくしも、彼女も。あなたのことを忘れた日なんて、一日だってありませんわ」

助けられなくてごめんなさい、とは、言えないのだろう。それは家のためだろうし、この世界の常識と照らし合わせて考えるならば、間違いなくそれが正しい選択だ。また、助けないことも、きっとそう。

だから、ティアは救いのない人生を繰り返すことになったのだ。

「だから、罪滅ぼしをさせていただけないでしょうか?」

こほんと咳払いを一つしてにっこりと微笑む。

「わたくしの家の者は鍵だから勇者だからと差別しませんの。ですから、行くところがお決まりでないのなら、暫くの間、こちらに滞在されては如何かしら?」

その言葉に居をつかれたのは俺だけではなかった。ティアも暫し口を開けて呆然とし、やがて慌てたように言い募る。

「え…それは嬉しいお誘いだけれど、私たちが長居をすれば、この家も国に睨まれるんじゃない?」

「それなら、大丈夫ですわ。今、この国はバタバタしていて鍵どころじゃありませんもの。それに、その程度でダメになるような立場じゃありませんわ」

「…っ、もしかしてーーいえ…ありがとう、ビオラ」

何処か含みを持たせたビオラの言葉にティアは何かに気づいたように息を呑み、暫く口を開閉させたがやがてふっと表情を緩めて頭を下げた。ビオラはそれをニコニコとして眺めている。

「これから暫く、厄介になるわね」


逃亡生活7日目

暫くの拠点が決まった。

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