表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

10水の都

「あら大変、お怪我なさってますわよ」

「…は?」


とても戦場の最前線で聞くような台詞ではないその声に俺が間抜けにも振り向くとそこには修道服を着た白銀の髪の女が赤い目を細めて笑って立っていた。手に持っているのは紙とペン。驚くほど場に似合わない女だった。


「あら?聞こえませんでしたか?それは大変!聴覚までダメになられていたのですね!」

「いや…聴覚が生きているからこそ俺はこうして振り向いているんだが…」


会話中だと言うのに構わず突っ込んでくる敵を片手間に片付けつつ俺が呆れながら言うとあらあら、まあ!なんて言ってコロコロと笑い始めた。まるで戦場なんて目に入っていないかの様なこの女の周りだけは異空間の様なそんな違和感を感じた。

うがー!!みたいな掛け声をカエルの潰れる声に変えていく哀れな男たちの、俺がつけた怪我は少しも目に入らないのかそいつらには何も声かけをしない。そんな女はやはり何故か俺に怪我をしておりますわよ、と繰り返した。


「そりゃ、怪我もするだろうよ。ここどこだと思ってるんだ」

「あら、何処ですの?最近はどんどん新しい国ができてなくなっていっているから、全然わかりませんわ」

「…いやまあ、俺もここが何処の国かはイマイチわかんねーけどよ…」


戦場に身を置く俺でも少し離れれば今何処がどうなっているかなどわからない。それくらいに戦局は巡るましく動いていた。


「あらあら、そうですの?それは結構。そんなことよりも、お怪我してますわ」

「そんなことって…大体、大した怪我じゃねーだろ?」

「あら、そんなことありませんわ」


女はスルッと俺の背中に腕を回しちゅっと音を立てて口付けた。先ほど斬られた為に剥き出しになって居た皮膚の部分に。


「っ!?な、にやってんだよ!?」

「? 治療ですわ」

「はぁ!?」

「治りましたわ」


意味がわからず背に手を回すと確かにそこにあった切り傷は綺麗に消えていた。傷がないのに服が破けているのも滑稽だな、なんて下らないことを考える。


「お前が治してくれたのか?まあ、礼を言っておくが…」

「あらあら、お礼なんていりませんわ」


そうして女はスカートの裾をつまみ、とても優雅に頭を下げた。


「わたくしは愛しの君に頼まれてやって来ただけのことですもの」


その愛しの君とやらのことでも考えているのか何処か恍惚とした表情でそう言い放った女に俺はこう判断を下した。

ーー変人だ…


***


奏国は水の都なんだそうだ。

文明レベルは大体中世。伊国(イタリア)のベネチアを想像してくれたら大体正解だ。まあ、俺いったことないがな。

蜘蛛の巣の様に複雑に入り組んだ水路が国全体を覆い、徒歩もしくはゴンドラ以外での移動は原則的に禁止らしい。紀国、創国との国境はさながらナイアガラの滝の様に指し渡し数十メートルの極太水路が流れ、攻めて来られない様にしている。そこを渡れるのは普段からゴンドラを扱っている奏国の人間だけだろう。

皇国ーー様はあの森ーーとの間には特に何があるというわけでもなく、降りてみてわかったのだが皇国自体が一つの大きな山になっているらしくて、それを下山すればすぐに国に入ることができた。嘘だ、すまん。理想が入った。

「…国に入れねーな」

「そうね」

奏国は国境沿いに大きな塀を築いていた。いや、奏国だけではない。こう見れば圧巻なもので高さ五mはあろうかという塀がどこまでも続いている。おそらく、全ての国がこうして塀を築いているのだろう。その塀には厳重そうな扉がつけられ、すっごい怖いガチムチのオッさんが2人立っている。繰り返す、すっごい怖い。

俺たちはどうしていいかわからず、ベアデラと一緒に森の茂みに身を隠して様子を伺っていた。

「どうすんだ?というか、なんでこうなってるって予想つけなかったんだろ…」

戦争してんだから警戒してるに決まってるのに、と俺がため息をつくとティアが申し訳なさそうな微妙そうな顔をした。

「んー…私、国を抜けるとき基本的に鎖に繋がれてたからなぁ…髪染めて来るわ」

は?髪を染める?

俺とベアデラがぽかんとしているとティアは手早く辺りから草を摘み、逃げるとき家から持ち出した鞄から擂り鉢と擂り粉木を取り出しゴリゴリとすり潰す。

「…って、その鞄どうなってんだよ」

俺が持ってきたリュックの中身は川へのダイブで殆どダメになっていたのだが、擂り鉢と擂り粉木は少しも濡れている様子がない。そもそも、その二つが出て来るほどの大きさの鞄ではない。

「この鞄はお母さんの異空間に繋がってるのよ。そんなに多くは取り出せないんだけどね」

事前にクルハに了承を得た物しか取り出せないそうだ。あいつと別れたため追加することはできない。

しばらくゴリゴリとすり潰したあと、鞄から取り出した水をそこに混ぜた。ぐちやぐちゃと混ぜると徐々にそれは水を吸い、ペースト状になった。

「…それを塗るのか?」

「うん?いけない?」

それは黒々としたまるで闇をぎゅっとした様な色合いでなかなかにグロい。それをその綺麗な銀髪に塗り込むというのか。

「黒髪の方がいいでしょ?あなたも黒髪なんだから」

「別の色にもできるのか」

「できるけど、銀を綺麗に隠すにはこれが一番よ?」

そういうなりティアは迷いなくその黒々とした半固体を手に取り髪にすりつけ始めた。ものの数分でティアの麗しき銀髪はペーストと同じく黒々とした色に染まってしまった。しばらく乾燥させている間に擂り鉢と擂り粉木を洗って鞄にしまい、これまた鞄から取り出したブラシで固まった髪をカラカラと梳く。繰り返す度余計な部分が落ちて行き、サラサラとブラシを流せる様になる頃には艶やかな黒髪が完成していた。

「…すごいな」

一房掬って触ってみるも元の銀髪と変わらぬ、寧ろ艶艶してなめらかな触り心地だった。

「ふふん。何回調合したと思っているの?私何度もこうやって髪を染めているのよ。トリートメント効果だってあるんだから」

自慢気なその様子に見合うだけのものだった。正直、売ればいいと思う、

「これで私の方は大丈夫ね。あとは、あなたよねぇ…」

「俺も髪染めるのか?」

「あなたの髪色を変えたら私がこうした意味ないでしょ」

言いつつゴソゴソと鞄を漁り、出して来たのは黒縁のメガネ。透明なレンズに度は入っていないらしい。俺は首を傾げつつ尋ねる。

「? それをかけるのか?」

「ええ、そうよ?」

「…何か意味あるか?」

「これ、カラーさんとミツキさんの共同制作なの。カラーさんの想像をミツキさんの硝子で閉じ込めるのね。彼の呪いも同じ原理でできているわ」

だからニコイチなのよと説明する。つまり、あの二人がいれば魔法の様な力のあるものを作れるということだろうか。

「赤色の目を想像して、かけてね」

「あ、ああ、わかった」

俺はメガネを受け取り言われるままに赤い目を想像してそれをかけた。しかし、自分でかけている感じだと変化はない。レンズ越しに見える世界はどこも変わらず赤みが勝っては見えなかった。

「はい、鏡」

と渡された鏡を覗き込むと、そこには。

「おお!すげー…黒目じゃなくなってる…」

「ふふ。眼鏡は昔彼が作って広めたからそうおかしくもないでしょ?お母さんと一緒に逃亡してたときにあの二人がくれたものなのよ。残しててよかったわ」

そう言えばあの2人はティア親子の逃亡に協力をしてたんだったな、と思い返しながら俺はずっとの疑問を口にした。

「けど、なんで黒髪赤目なんだ?この世界は金髪碧眼が多いんじゃないのか?」

「ええ、そうね。金髪碧眼が一番多いかしらね。けれど、それじゃあ私たち、2人ともどっちも変えないといけないでしょ?」

「え。そんな理由からだったのか?」

「それが大きいってだけでそれだけじゃないわよ。黒髪赤眼は金髪碧眼ほどじゃないけど多いいの。赤髪緑眼とかもいるけどね」

「あぁ、それなら納得…」

「それに、同じカラーリングじゃないと言えないしね…」

ボソッと言った言葉の意味を尋ねられたくないのか少し慌てた様子で立ち上がり、ティアは奏国の門を指して言った。

「とにかく、さっさと入国しましょ!」

かくして俺たちは世話になったベアデラと別れ門の側に立つ門番の元に向かった。


黙っててというティアに従い交渉はティア一人に任せて俺はさも何か考えていると言った顔つきで黙っていた。ティアが笑顔で一人の兵士に近づき甘えるような声音で話しかける。

「こんにちは。私たち、遊族の兄妹なんですけど、こちらの国に入れてもらえないかしら?」

ユウゾク、という聞きなれない言葉も気になるが、それ以上にティアの主張が気になる。兄妹で押すのか?

「遊族…それが兄か?あまり似ていないな」

何を言っているのかわからないが、不審そうな目を向けられている。おそらく、似ていないと思われているのだろう。そりゃそうだ。兄妹じゃないし、そもそも産まれた世界が違うのだから似ている方がおかしい。しかしティアは狼狽えた様子もなく当然だと言うように頷きかける。

「ええ。兄とは母親が違いますので。お互い、母親の方に似たようなのです」

あまりに自然に言うものだから兵士の方もなるほどな、と神妙な感じで頷いてしまっていた。大丈夫かこいつ。

「ふむ…お前、妹ばかりに交渉させて何か言うことはないのか」

おっと…俺に振られた気がする。俺は仕方がなく悠然とした動きで首を横に振った。するとすかさずティアから助け舟が出された。とても悲しそうな声音で力なく答える。

「すみません、兄は声を発せない病にかかっていて。だから、ヴァイオル家のビオラ様にお目通りしたくてこちらに来たのです」

「そうか。遊族にとって声は命だからな…お前達、ギルドカードは持っているのか」

「それが…私も兄もまだギルド入会年齢に達したばかりでして、まだ入れていないのです」

ギルドには入会年齢があるのか。なんだか始めて聞く情報ばかりだな。

「む…それは困ったな…」

「入れませんか?もうここしかないんです…兄の美しい歌を、もうどこにも届けられないなんて……そんな悲しいことはありませんわ」

そう言ってティアは両手で顔を覆い、ユルユルと力なく首を振る。兵士2人は美少女のその悲しげな様子に胸を打たれたか少し動揺した様子でティアの肩を叩いてやったりしだした。

「そう気を落とすな…そうだな、吟遊詩人達の歌は素晴らしいからな…だが、お前達が本当に遊族かどうか、確かめる意味でもギルドカードは必要なんだ」

「そうですよね…わかってはいるのですが…ここに来るまでに山賊に襲われて、兄の腕も、もう奪われてしまいましたし…どうして生きて行けば良いのでしょう?」

弱々しく震えるような声で言うと忽ち兵士たちの顔が険しくなる。

「なっ!山賊に!おい、お前。腕を見せてみろ!」

ティアに腕を、と言われて服で隠していた腕を示す。ちなみに、今来ている服は制服なのだがなんやかんやあるうちにボロボロになってほとんど原型をとどめていないからそんなに違和感はなくなっていた。ティアもボロボロだしな。ユウゾクが何かは知らないが、こんなみすぼらしい様子でもおかしくないものたちなのだろう。

「これは…酷いな…」

「病の上にこんな怪我を…このままにしておいたら、こいつら死んでしまうぞ!」

「ああ…しかし、どうするか…」

「ようは吟遊詩人であることがわかれば良いのだ。妹に歌わせればよいだろう」

「ああ、それはいい考えだ。お前、一曲歌えるか?」

「…!そんなことでお通し頂けるならば何曲でも!」

何か急に話が進み始めている。俺の怪我は何故か異常な回復力でもう半分くらい治っているのだが、それでもなお兵士2人を焦らせるほどの怪我だったらしい。これはエレミアに感謝するべきか?

「では。♪〜」

ティアは兵士2人に声をかけてからゆっくりと、柔らかく優しい歌声で不思議な曲を奏で始めた。俺にはわからない言葉の歌詞が高く、低く、交互に滑らかに変わる音で紡がれる。柔らかい毛布で包まれるような安心する歌だった。

数分間かけてティアが歌い終えると男たちは涙の滲んだ目を擦り、感動した様子で話し始める。

「……素晴らしいな…」

「…ああ、そこらの吟遊詩人じゃ、この歌は歌えないぞ」

「…涙の鍵に、か……お前、よくそんな難しい歌を、それも、未完の歌を歌えたな?」

「私も他の吟遊詩人の方々同様、自作しておりますわ。自作ならば、これほどにありふれた曲はありませんでしょう?」

確かにこんな兵士でも曲名を特定できるような歌ならばポピュラーであるとは言えるだろう。自作だったとは驚きだが…何分歌詞がわからなかったからなんとも言えない。

「自作…いや、素晴らしい。曲のお礼にここを通してやろう」

マジか。こいつ通すとか言ってないか。

「いいんですか!」

パアッと顔を明るくしてティアは信じられない!と言った具合に確認する。

「ああ、あんないい曲を歌える子が悪い奴なわけあるか」

グズっと鼻を啜りながらもう一人の男も通すとか言ってそうだ。もう一度言う、マジか。

「ありがとうございます!」

ぺこりと頭を下げるティアに合わせて俺も頭を下げると兵士2人は俺の方に同情の目を向けてきた。

「お前、声を失い、山賊に襲われと大変だったな。それでも、妹を守ったのはすごいことだぞ」

「ビオラ様ならきっと治してくださるさ。声が戻って、機会があったら歌を歌ってくれよ」

「…はぁ…っ!」

言葉がわからない、と答えかけた俺の足をティアが全力で踏みつける。見事に兵士の死角で行われた所業のあまりの痛さに悶絶しその場にしゃがみ込んでしまった。

「どうした!腕が痛むのか!」

「おい!早く通してやれ!」

何をどう勘違いしたか兵士2人は慌てて門を開き、俺とティアを奏国内に入れてくれたのだった。

なんと言うか…まあ、悪い人間ではないのだが、ユッルユルの警備だったな。

無事に入国!

新章も始まりましたしテストも終わったのでまた頑張って執筆しますよー!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ