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麗やかな日差し差し込む昼下がり。健全な高校生たちならば学校で勉強でもしているかと言う時間帯に彼は薄暗い部屋で隣のマジックミラーで覆われた部屋を退屈そうに足を組んで眺めていた。周りに侍るのは可愛い女の子たちーーなどではなく、白衣を来た怪しげな男たち。
「如何でしょうか、総統」
「さぁね。いいんじゃないの?これ、何番?」
「341〜370でございます」
「へぇ。結構行ったね。前の奴らは?」
「200番代でしょうか?」
「うん、そう」
「ご命令通り、284番を除き全て処分致しました」
「…まさか、普通に処分したんじゃないだろうな」
「…は?」
急に声のトーンが落ちた上司に間抜けな声を上げた白衣の男の一人は哀れにも次の瞬間にはその顔面を原型を残さないくらいにめちゃくちゃにされていた。
「俺……僕がヤりたかったのに、何普通に殺してんの?」
「も、申し訳ーー」
「見苦しい」
ドカッと大きな音を立てて壁に叩きつけられる。そしてシッシとまるで犬でも払うかのように彼は手を振った。それだけで周りの哀れな男の同僚たちは意味を察し男に同情することもなく男の身体をマジックミラーの中に叩き出した。
「餌だ。そいつをーー喰え」
愉快そうなその声に歓喜の声を上げて群がる室内にいる一人の男たち。そして、彼はその様子をニヤニヤとしながら眺めている。完全に狂った光景を。
「お。357番、顔を顰めて群がってないじゃん。あいつ、隔離しといて」
「は、畏まりました」
「ん、僕の部屋に連れて来てくれる?この僕が直々にたっぷりと教育してあげるからさ」
「仰せのままに」
頭を深く下げる男たちに見送られながら彼はその部屋を後にした。
「あーぁ。16番もさっさと教育すればよかったなぁ。あいつを一番狙ってたのに」
ニヤリとした笑みで舌舐めずりをする。頭の中ではその16番を捕らえてやるときの妄想が留まることなく流れていた。
「ま、今は仕事だな」
お預けお預け、と彼は楽しげに凄惨に笑って自室に戻って行った。
***
改めて止血した左腕と背中はやっぱり置いておいて俺は次の質問を繰り出すことにした。
「それで、治癒の聖女の件なんだけど」
「ええ、そうね。説明しましょうか」
モンスターのスピードも乗ってきたところで俺がそう切り出すとティアは一つ頷いて説明を始めてくれた。
「そうねぇ…まずは、彼女本人の話からにしましょうか。
ビオラの名前はビオラ・ヴァイオル・リストレイション。彼女の一家はヴァイオルの名を名乗っているわ。リストレイションは彼女固定の名前なのよ」
リストレイションってなんだろう。リストラだろうか?あれは会社改善のためのものだから、意味は改善?回復とかだろうか。
「彼女は薬学にも明るく、医学の分野でもトップクラスの知識を持っていたわ。そして、医者の旦那と結婚して子を作って病院を始めたのよ」
あ、もちろん平和になった後の話ねとティアは付け加えてから少し真面目そうな顔になる。
「聖女は子を産めるけど能力の継承はほとんどないわ。ただ、ごく稀に銀髪赤眼の子が生まれるの。これが新たな聖女の誕生ね。そのために私は聖女全員を把握できていないのよ。ちなみに、初代勇者死後に生まれた聖女たちに能力制限はないわ」
呪う人がいないからだろう。魔法のないこの世界で何をどうやったのか甚だ疑問だが。
「じゃあ、クルハは初めの聖女なのか」
「ええ、初源足る聖女は全部で17人いるわ。初源聖女と呼ばれる彼女たちは後で生まれた聖女たちとは比較にならないくらいの力を持っているわね。だからまあ、呪いがなくっても初源聖女じゃないならあんまり関係ないのよ」
それで、お母さん達だけど、と何か思い出すような間があってからティアは続ける。
「お母さんは…麩国を、カラーさんとミツキさんは創国治めていた初代国王よ」
「……………………………………は?」
たっぷり間を取ってから俺が問えばそんなに驚くこと?とティアが首を傾げ、新たなる爆弾を投下する。
「私だって皇国の王妃だったのよ?」
「え、ちょ、待った。この世界って、いくつ国があるんだ?」
ああ、そこを説明していなかったわね、と言ってティアは近くの木に手を伸ばした。忽ちその木の一部が切り離されて柔らかそうな板と固そうな鋭い棒が産み出される。それを木から受け取ってティアはガリガリとその板を棒で削り始めた。例えるならばちょうど鉛筆と紙のようだ。
「この世界は一枚の平面の上にあって、その端から外へは原則的に行けないわ。それを可能にするのが、私。その外って言うのが異世界に繋がっていて、そこを開けられる鍵ってわけね。異世界が幾つあるのかは誰も知らないわ。それで、その内部、平面の区分だけど、」
ティアは板の真ん中に一つ大きな丸を描いてその四方に三角を四つ描く。真ん中の丸の中には中心部くらいに半分の半径くらいの円が描かれていて、その小さい円周から大きい円周に向かって線が8本描かれている。円と円の間を8つに分けているわけだ。これで板の上には13の区分されたスペースが出来上がった。
ティアは今度はその中に文字を書き入れて行く。それは俺の知らない字だった。流石に文字ばかりは鍵相手でも伝わらない。
「この板がこの世界そのものとして、五つの島があるのよ。真ん中の大きなものに九国、四つの島は一つずつ全てが一個の国。真ん中にあるこれが皇国。初代勇者が治めた地よ。正確には彼はこの板、世界全土を治めたのだけれど彼の目が届く範囲には限りがあるから彼は自分が信頼する13人の聖女に統治を頼んだのよ。国が13に分けられたのはそれが理由」
「ん?ちょっと待った。それだと、勇者が治める国がなくなるんじゃないか?」
13人の聖女に、勇者を合わせると14人。治める国が一国足りない。
「さっき言ったでしょ?カラーさんとミツキさんはニコイチだから引き離せなかったのよ。だから、統治者は14だけど、統治する国は13であっているわ。さっきも言ったけれど、彼が治めたのは真ん中の皇国。大陸内なら大抵のフォローはできるから、問題は外側の四つの国だったのよ。私が一国持ってもよかったのだけれど、彼は初源聖女の中でも特に信頼している四人がいるからって言ってその四人に頼んでいたわ」
ティアは左上にある島から順に反時計回りで指を指しつつ書いた文字ーーおそらく国名ーーを読み上げて行く。
「陰国、蜜国、恵国、檎国。これが四つの島国につけられた名前よ。大陸の国は、」
ティアはやはり左上から順に反時計回りで指差して行く。
「夢国、祈国、麩国、冬国、紀国、奏国、創国、周国」
それで、真ん中が皇国、これで13国ってわけか。
「治めていた聖女は族化聖女もいるし、そうじゃない人もいるわね。今も継続して国を治めている人はいないわ。一度目の人生を終えた折に権力を奪われているからね。その頃から、彼が作った平和な世が崩れたのよ」
「ふぅん…それで、残り四人は?」
初源聖女は17人。ここで出てきた聖女達は13人だ。差し引き四人、信頼されていないことになる。
「違うわよ」
ティアはそう言って笑い始めた。何事だろうと首を傾げていると、彼女達も信頼されていたわ、と言う。どうやら思考を読まれたようだ。
「彼女達は特筆した才能があったから、彼は別のことを頼んだのよ。…いえ、違うわね。聖女達皆それぞれに才能があるのだけれど、彼女達はそれに特化しすぎてて、協調性の類が一切なかったのよ。だから、彼女達には国を任せられなかったのね」
専門家は何を言っているのかわからない、変人が多いみたいなことだろうか。
「だから彼女達はその道に進んでいる人間をまとめる人になったわ」
ティアは書いた地図のうち、幾つかの国に四つ印をつけた。全て大陸にある国だ。
「夢国には吟遊詩人ギルド、祈国には職人ギルド、創国には戦士ギルド、紀国には商人ギルドがあるわ。それぞれのギルドマスターがその四人の聖女達よ。彼女達は少し特殊で永世聖女って言うのよ。転生しないの。不老不死って言ったらわかるかしら?」
「不老不死…管理人?」
「そう。呼び名は永世聖女でいいのだけれど、私、何度か彼が彼女達を管理人って呼んでいるのを聞いたことがあって、私はその意味を知らないのだけれど、自然とその呼び名も広まっているわ。実際、彼の死後、何度かあった彼女達本人が言っていたわ。私たちは管理人だって」
何を管理してるのかしらね、とティアは少し不機嫌そうに言った。初代勇者に何度か聞いたのに答えてくれなかったのだろう。隠し事はムカつくよな。
「今、俺たちはどこにいるんだ?」
俺が空気を変える様に板を指差して言うとティアはああ、と言ってから板の中心、皇国を指差した。
「私と彼の国よ。今ここを治めているものはいないわ」
「なんでだ?」
「ここ、ちょっと変わってるのよ」
と言って皇国のさらに中心にくるくると円を書く。
「そもそも、彼がここに国を作ったのはこの錠があるからなのよね。当時、まだ鍵ってものに慣れてなかった私はあんまり錠から離れられなくて、この皇国の国境は私が離れられる限界の距離で決めているのよ」
くるりと指でその国境をなぞる。それを決めたときのことでも思い出しているのか随分と嬉しそうだ。
「じゃあ、どうやって戦争なんかしたんだ?」
「錠を砕いて、持ち歩いたのよ」
「え!アリなの!?」
「なんて、冗談よ。パーティーが遠出するときは私が離れられる限界の期間で帰って来る様にしていたから、永住する場を決める以外ではあまり問題はないのよ」
つまり、一定期間なら別に大丈夫と言うことか。
「何度も転生してるうちにどんなところでも全然大丈夫になったんだけどね」
それで、この国が誰も治めてない理由だったかしらねとティアは辺りを指差した。
「ここ、酷い森でしょ?ここの木は私の持ち物だから切っても切っても切れないのよ。違うわね、切っても次の日には元通りなのよ」
「…伐採できないから誰も治めないのか?」
「それと、呪いがどこにあるかわからないからね」
「?」
「勇者の呪いには2種類あって、どちらも皇国内に収められているの。一つは聖女の力を制限するもの、もう一つは、」
「もう一つは?」
変なところで切って言葉を詰まらせたティアに問いかけるがティアフルフルと首を振ってなんでもないわ、と言った。俺が重ねて問おうとするとその前に言葉を紡がれる。
「どう?大体わかったかしら?」
そう確認の目を向けて来るので仕方なく先の疑問は先送り、俺は復習がてら聖女について尋ねた。
「当時13国を治めていた聖女はみんな知り合いなのか?」
「まあ、一応全員と数回の面識はあるわ。ただ、それは治めていた頃じゃなくて、例えばお母さん、スペーシックに会ったのはこの人生で初めてだし、イマジネーターやインオーガニックと会ったのも、お母さんの紹介からだからこの人生からよ」
聖女同士の交流はあまりないらしい。おそらくだが、パーティーで遠出しない場合、つまり個人で何処か遠くに行く場合は必ず勇者だったんじゃないだろうか。だから初源聖女全員と面識があった。その性格を理解し、信頼できるくらいに。
「誰がどこの国を治めてたかとかって覚えてるのか?」
「え?ええ、覚えてるけれど…今は違うわよ?」
「うん、まあ、初源聖女にどんな人がいるのか知りたいだけだから、教えてくれないか?」
「そう?別に私は構わないけれど」
んーと頤に手を当ててティアは順に言ってくれた。それを先の情報と合わせて纏める。
島国
・陰国
陽陰の聖女
天候操作を行える聖女
現在住所は不明
・蜜国
食の聖女
食べられないものを食べ物に変える謎チート能力
現在住所は不明
・恵国
知恵の聖女
全知。物事が起こると同時にこの聖女の知識になる
ティアも面識は一度しかなく、顔を隠していたために見たことはない。クルハ等もなかったらしいので、この聖女の名と顔を知っているものは初代勇者とこれを生む聖母だけだと言う
もちろん現在住所不明
・檎国
生命の聖女
ティアの親友その2
勇者パーティの一人
現在住所は不明
もふもふパラダイスな島
大陸の国
・皇国
勇者とティアが治めた地
錠がある
呪いもある
・夢国
夢の聖女
予知夢を見る聖女
双子の妹
現在住所は不明
吟遊詩人ギルドがある
そのギルドマスターは唄の聖女
・祈国
祈の聖女
祈祷によりランダムで自然現象を起こせる
双子の姉
現在住所は不明
職人ギルドがある
そのギルドマスターは針の聖女
・麩国
空間の聖女→クルハ
なぜに麩?
ティアの聖母、さっき別れた
・冬国
熱の聖女
一定範囲内の気温などを弄れる
現在住所は不明
なんか攻めてきてミツキに硝子にされてた奴らだと思う
・紀国
記憶の聖女
人の記憶を読める。その人が忘れてることも読める
現在住所は不明
商人ギルドがある
そこのギルドマスターは金の聖女
・奏国
治癒の聖女
この国にいる
現在向かっている国
・創国
猿女(想像の聖女)とミツキ(無機の聖女)
なぜにニコイチ
さっき別れた。ミツキはともかく猿女にはあんまり再会したくない。無事であっては欲しい。後味悪いから
なぜだか2人は転生してもすぐ会える
戦士ギルドがある
そこのギルドマスターは剛の聖女
・周国
憂の聖女
人の精神状態を勝手に変更できる
一番弱い
なんかあれ、攻めてきてた
エレミアがいるとこだと思う
俺を呼んだ国
「…って、現住所わかってんの、治癒の聖女だけじゃねーか!?」
「…まあ、そうなるわよね」
「しかも、なんだこの聖女!知恵の聖女かなり中2臭いぞ!」
「中2?」
首を傾げるティアは放置して俺は頭を抱えた。ギルドマスターたちは確実にギルド本部にいるとしても、ティアはあまり面識がない上にどんな能力なのかさえ知らないと言う。逃亡のためには絶対に聖女の協力が必要だと思っていた俺は殆どエンカウントすら難しそうな状況に半ば愕然とした。この知恵の聖女とやらに会えたら全員と会えるんだろうけどな。
「ビオラは何か知ってるかもしれないわよ?私は長いこと俗世と関わってないから…」
「俗世って…まあ、そうだな。今はとにかくそのビオラさんに会わないとな」
流石に腕も痛いし、と零しかけてギリギリで堪える。ティアが気にする様なことは言わない方がいいだろう。
そんなこんなをしているうちに早くも森を出ようと言うところに差し掛かっていた。逃亡生活一番初めの国だ。どんなところなのだろうという期待と捕まらなければいいがという不安を胸に俺は森の先へ視線を飛ばした。