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第二話 カルソ村

 翌朝。眼を覚ました俺は、家の食堂へと向かった。裕福な村の村長だけあって羽振りはいいらしく、我が家はちょっとした屋敷ぐらいの広さはある。日本風に言えば、一階と二階を合わせて10LDKといったところだろうか。飾られている調度もそれなりに質が良く、掃除も行き届いている。


 長い廊下を進み、西側の突き当たりにある食堂の扉を開ける。するとすでに、他の家族は席に座って食事を取り始めていた。彼らは俺の姿を見ると、あっと驚いた顔をする。


「ラルド、あんた大丈夫なの?」


 最初に声をかけてきたのは、母のラーニャ。村長夫人というにはあまり似つかわしくない、小太りのおばさんである。性格は豪快で、まさに肝っ玉母ちゃんそのもの。旦那を尻に敷いているこの家の最高権力者だ。


「うん。もう具合はいいかな」

「そうかい。ならたんと食べな」


 そういうと彼女は、自身の皿に残っていたソーセージを俺の皿に追加してくれた。表面にこんがりと焼き色が付いていて、香ばしい脂の匂いが漂ってくる。記憶があるのでまずくはないとわかっていたが、この世界の食事は俺の想像より旨いのかもしれない。


「では行ってくる」


 熱々のコンソメスープをふうふう冷ましながら飲んでいると、すでに食事を終えた父のカスターが立ちあがった。それに続き、兄のルースも席を立つ。二人は毎日、こうして一緒に仕事へと出かけていく。我が家は村の郊外に広い畑を持っており、そこで働く小作農たちの現場監督が彼らの仕事だ。カスターは他に村長としての仕事もこなしており、ルースはそのカバン持ちもしている。


「いってらっしゃい。晩御飯は何がいい?」

「うーん、俺は特に何でもいいな。ルースはどうだ?」

「俺も別に」

「あんたらはもう、いつも何でもとか別にとか……。分かった、魚があるから今日はムニエルにするわ。早く帰ってくるんだよ!」


 二人は「はーい」と返事をすると、早々に部屋を出て行った。母さんはやれやれと息をつくと、父さんたちが置きっぱなしにしていった皿を姉さんと一緒に片づけ始める。食べるのが少し遅れていた俺は、一気にスープを飲み干すと空いた皿を母さんの方に差し出した。


「それじゃ、俺ちょっと出かけてくる!」

「はいよ! あんまり遅くならないようにね」

「わかってるよ。いってきます!」


 家事をする母さんと姉に見送られ、俺は部屋を後にした。仕事を与えられていない俺はこれから日没までフリータイムである。ちなみに、この村では一日二食が普通なので昼飯の時間はない。お腹が空けば小さいパンをかじる程度である。


 さて、時間も出来たことだしさっさと鍛錬を始めなければ。早くしないと、村の子どもたちが俺を誘いにやってきてしまう。幸い、ラルドはそれほど社交的な子どもではなかったようなのでそれほど強く遊びに誘われることはないだろうが――わざわざ断るのは気が引ける。二度の生を経験しているが、俺のメンタルは内向的な引きこもりニートだった頃からさほど成長しては居ないのだから。


「よし、まずは召喚術を習わないとな」


 この村で召喚術を使える人間はただ一人。ここ一か月ほど村に逗留している、旅の召喚士だけだ。何の目的でこの田舎に滞在しているのかは分からないが、大人たちの話によるとかなり高位の召喚士様らしい。召喚術を習うとしたら、この人物しかないだろう。いきなりお願いに行ったところで受け入れてもらえる可能性は正直低いが――今の俺は五歳児だ。手ひどく追い払われるようなこともあるまい。


 家の門を抜けると、通りをまっすぐ南へと進む。召喚士が泊まっている宿は、村の通りの南端に位置する。村の北部に位置する家からは、今の俺の足で大体十分ほどの距離だ。俺は道行く村人たちに軽く会釈をしながら、目抜き通りを小走りで進んでいく。


 そうして五分ほども走ると、宿屋の前へと到着した。周囲の建物より二回りほども大きい立派な宿屋で、赤いスレートの屋根が特徴的だ。ベッドのマークの上に「白雲亭」と書かれた看板を掲げている。村で唯一の宿屋だけあってそれなりに繁盛しているらしく、酒場兼エントランスとなっている一階からは、まだ朝だと言うのに騒々しい声が響いてくる。


「すいませーん!」

「ラルドじゃねえか。どうした、ジュースでも飲みに来たのか?」


 扉の向こうから姿を現したのは、四十がらみの中年男。この宿を切り盛りしているベントさんである。筋骨隆々として褐色に輝く肌が眩しい、なかなかのナイスガイだ。頬に傷があり、凄みのある顔をしているのだが、いつもジュースを奢ってくれるいい人でもある。ただし、最近頭髪が薄くなりつつあるのが玉にキズか。


「今日はそうじゃないんだ。レフィールさんは居る?」

「あん? あいつなら、いつものようにここで飲んでるが……何の用だ」

「ちょっと教えてほしいことがあって。ねえ、呼んでくれる?」

「……いいぜ、ちょっと待ってな」


 何故かあまり乗り気でないような雰囲気のベントさん。彼は肩をすくめると、やたら重い足取りで宿の中へと引っ込んでいった。そして数分後。両開き扉を乱暴に押し開けて、一人の女が出てくる。深い紫の髪を長く伸ばし、胸元に剣と天秤のエンブレムが刻まれた厚手の黒いトレンチコートを着た若い女だ。肌の色は白く艶があり、やや眠たいような眼をしているが顔立ちも非常に整っていた。口には煙草を咥えていて、どこか退廃的な雰囲気を纏っている。


「レフィールさん、ですよね?」

「ええ、私がそうよ。で、あんた誰。新手の借金取り?」


 煙を吹かしながら、荒っぽい口調で尋ね返してきたレフィールさん。俺は今日、彼女に初めて会ったのだが――思った以上に厄介そうな人物だ。けれど、いまさら引き返すわけにもいかない。


「その……召喚術を習いたいなって」

「あん、召喚術? なんで私があんたに教えなきゃいけないのよ」

「無茶なお願いだってのは、僕もわかってます。でも、どうしても知りたくて……」

「ふーん……」


 レフィールさんは露骨にめんどくさそうな顔をした。彼女は軽く腕を組むと、困ったような眼で俺を見下ろしてくる。帰れと言わんばかりの眼差しに、チキンな俺の身体はたちまち震え上がる。だがここで目を逸らしたら負けだ。召喚術を知っているのはこの人だけ、ここで決めねばならない。


 そうしてしばらくすると、急にレフィールさんの顔が変わった。何か思いついたらしい。彼女はニッと底意地の悪そうな笑みを浮かべると、俺の方に顔を寄せてくる。


「召喚術ってのはね、座学だけじゃダメなの。あんた、厳しい修行にも耐えられる?」

「もちろん、頑張る!」

「そう、じゃあ付いて来なさい」


 彼女の手招きに従い、俺は宿の中へと入った。旅人達が談笑する酒場を抜け、奥の階段を上る。そうして辿り着いた、二階の一番奥にある角部屋。レフィールはポケットから鍵を取り出すと、その黒い扉を開ける。すると――俺の目の前に、腐海が現れた。服がそこら中に脱ぎ捨てられており、散乱した本と渾然一体となって床を埋め尽くしている。さらに魔物の素材と思しき毛皮や得体の知れない薬の入った瓶、明らかに踏むと痛いであろう鉱物までもが部屋中にぶっ散らかっていた。毎日利用しているはずのベッドの上だけは綺麗な状態に保たれているが、そのほかはまさにゴミ貯め。生ゴミがない分臭いはしないが、直視できないほどの惨状だ。


「最初の修行はこの部屋を掃除すること。鍵は置いていくから任せたわ!」

「えッ!?」

「頑張って今日中にはなんとかしといてよ。私、清潔な部屋が好きだから」


 そう言うと、レフィールさんはすぐに一階へと降りて行ってしまった。あんたが掃除してないんだろと、突っ込む暇さえない。信じがたいほどの駿足。気が付いた時には、彼女は廊下の端に居たのだ。


 こうして一人取り残された俺は、汚部屋を前に茫然と頭を抱えたのだった――。

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