噂は女の口から始まる【モブ視点】
王都近郊・セーフティゾーン。
巨大な水晶塔の影に広がる休憩エリアは、今日も賑わっていた。装備を整える者、露店を眺める者。それぞれの目的で人が集まる場所だ。
その一角、噴水のそばに三人の女性プレイヤーが集まっていた。
「ねえ、聞いた?」
薄桃色のローブを着た女が口を開く。
「ユキくん、またソロで裏ダン回してたらしいよ」
「え、マジで? あそこ推奨戦力もっと上じゃん?」
「うん。しかも無傷だったって」
小さくざわめきが起きる。彼女たちの話題は、ここ数日ずっと同じだった。
――ユキ。
ランキング9位。無口で穏やか。見え透いた下心もなく、無駄に絡まない。それでいて強い。見返りなしで親切。そして、なぜか女にモテる。
「ていうかさ、強いだけじゃなくない?」
別の女が頬杖をつく。
「話し方も優しいし、距離感うまいし。あれ反則でしょ」
「分かる。こっちの話ちゃんと聞いてくれるもん」
「普通さ、男って自分語り多くない?」
「それな」
くすくすと笑いが広がる。
そこへ銀髪の少女アバターが合流した。
「今ログ見てたけど、昨日もLaylaと長時間PT組んでたよ」
「え、また?」
「でも恋愛っぽい感じじゃないんだよね。不思議」
「逆にそれがズルいんだってば!」
女たちはユキの魅力を客観的に語る。男の優しさは一見無垢でも、どこか下心が滲むものだと、彼女たちは経験で知っている。
「……モユルさん、また貢いでるらしいよ」
その名前が出た瞬間、空気がわずかに止まる。
「え、装備?」
「うん。最高級素材まとめ買いして送ってたって」
「おっも……」
「でも分かるかも。あの人、ガチだもんね」
話題は自然に別方向へ流れていく。ユキを中心に、女たちの情報網は蜘蛛の巣のように広がっていた。
少し離れたベンチでは、男プレイヤーたちも同じ噂を耳にしていた。
「まーたユキの話かよ」
槍使いの青年が吐き捨てる。
「どこ行ってもあの名前だな」
「女連中、完全に囲ってるよな」
「つーか、何がそんなにいいんだ?」
男たちには理解できなかった。彼らの目には、男らしさも派手さもない、無害で地味な存在にしか映らない。だからこそ余計に腹が立つ。
「顔だろ、多分」
「いや、見たことねえし」
「雰囲気じゃね?」
苛立ち混じりの笑い。
酒瓶アイテムを振りながら、別の男が言う。
「強さも中途半端だしな。9位って」
「な。1位でもないのに」
「なのに扱いだけは勇者級」
誰かが舌打ちした。
「……ムカつくわ」
理由は分かっている。努力もした。課金もした。時間も使った。それでも注目されるのは、いつもユキだった。
「結局さ」
槍使いが言う。
「女に優しい男が勝つんだよな」
「はいはい、正論やめろ」
「いやマジで」
「俺ら、雑に扱われすぎ」
笑ってはいるが、空気は重い。羨望と嫉妬が、自尊心を静かに削っていく。
同じ頃、ユキ本人はその中心にいながら何も知らなかった。
セーフティゾーンの端、壁にもたれて装備の耐久値を確認している。
(今日も混んでるな)
ただそれだけを考えていた。近くで視線が交錯していることも、名前が何度も飛び交っていることも、本人だけが気づいていない。
「ねえ、ユキ見た?」
「さっき西門の方いたよ」
「ありがと♡」
女たちは探しに行き、男たちは舌打ちする。誰もが同じ一点を中心に動いている。本人の知らないところで。
噂は膨らみ、期待は歪み、感情は絡まり合っていく。まだこの時点では、それが修羅場の始まりだと誰も思っていなかった。ただの人気者。そう信じていた。
「ユキー、ちょっといい?」
――嵐の前の静けさだった。




