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第9話 全く、頭が痛い……

【1年A組担任・桜山春香──視点】


「佐野君。次の3限は家庭科室だって! 荷物持つよ」

「大丈夫、自分で持てるから。でも、ありがとね」


「はきゅん!? 男の子なのに優しい言葉を……(しゅ)き……]


「大丈夫⁉ 保健室まで運ぼうか?」

「はわわ! 私の身体を男の子が支えれくれて……。わが生涯に一片の悔いなし」


 授業間の10分休みに気になって自分のクラスの様子を見に行ったら、早速、クラスの男子・佐野清彦はクラスの中心に収まっていた。


 ここ、月詠学園の売りは何と言っても、希少な男子がクラスに1人は所属しているという点なので、男子が中心になっている事自体は別に珍しい事ではない。


 だが、佐野は普通の男子とは違う。


 大概の男子は、女子たちの熱に圧倒されて縮こまっているのが精々だ。


 例年、入学したての今の時分は、女子の新入生も過酷な入学試験をパスした開放感と高揚感で、クラスの男子生徒と是が非でも仲良くなろうと鼻息が荒い。


 故に、トラブルが起きないか、こうして担任教師は男子生徒の事を特に気にかけるのだが……。


「家庭科か。最初の授業は何をするんだろ? 俺、料理は出来るけど裁縫は苦手なんだ」


「え~! 佐野君、男の子なのにお料理できるの? すご~い!」

「うん、自炊はできるよ。けど、裁縫はてんで出来ないんだよね。シャツのボタンとか取れた時に困っちゃうんだ」


「私、裁縫得意です!」

「あ、ズルいぞ! はいはい! 私もソーイングセットを持ち歩いてます! ボタンが取れたら私に!」 


「アハハッ! そんなにボタンが取れちゃかなわないよ」


 佐野は、如才なく女の子たちを捌いている。

 フレンドリーでかつ、きちんとクラスの女子たちとの間に線引きをする巧みさもあった。


 これなら、このクラスは上手くいくかもしれない。


 担任教師としては一安心だ。



 ──『あ。顔が桜色になった。カワイイ』



 先ほどから、何度も反芻するように思い出される、男の子から掛けられた言葉。


 もちろん、分かっている。

 あれは、担任教師へのリップサービスのようなものだ。


 とは言っても、希少な男子生徒には学校の成績なんて関係はなく、高校卒業後の進路は、進学だろうが就職だろうが全てがフリーパスだ。


 故に、その他大勢の女子生徒のように内申点を稼ぐ必要は無く、別に学校の教師のご機嫌取りなんて必要はない。


 ──って事は、佐野は私の事を本当にカワイイと……。


 って、ダメだダメだ!

 さっきから、何度も同じ考えに至っては、それを否定するループに陥ってしまっていする。


 そんな訳はない。


 この世界の男は、どんな女だろうが選び放題の選り取り見取りだ。

 そんな環境で、わざわざ歳を取った私なんかを……。


「あ、桜山先生。見回りご苦労様です」

「んお⁉ おお、早見か……」


 突然、背後から声を掛けられて、つい変な声を上げてしまった。

 振り返ると、担任クラスの女子の早見がいた。


 入学初日から、色んな意味で目立っている生徒だ。


「大丈夫ですか? 変な声を出して」

「だ、大丈夫だ。早見の方こそ、体調不良は良いのか?」


「ええ、大丈夫です。体調不良って言っても、ちょっと清彦からの大きな愛を受け止めきれなくて、消化不良になっていただけなので♪」

「そ、そうか……」


 ──この子は、要チェックなんだよな……。


 入学初日からそうだったが、どうもマウントを取る癖が早見にはあるから、どうしたって他の女子との軋轢を生みやすい。


 素でやっている訳ではなく、意図してやっているから余計に始末が悪い。


 まぁ、佐野とはご近所さんで幼馴染という事だから、今までも色んな女子たちが群がってくるのを牽制して守って来た果てなんだろうなと思うと、頭ごなしに叱るというのもな……。


 とは言え、今後は早見が、このクラスでのトラブルの中心になりそうだというのが、私の教師としての見立てだ。


 全く、頭が痛い……。



(ピピピッ♪)



 ──ん? スマホが……。


 上着のポケットに入れていた鳴動するスマホを取り出し画面を見る。


「先生?」

「ん、ああ、済まない。家庭絡みでちょっとな」


 スマホを一瞬見て止まっていた私に、早見が声をかけてくる。


「大丈夫ですか? 娘さんの体調が悪いとか、学校から連絡が?」

「いや、そういうのじゃないんだ。それに、保育園や小学生の時分ならともかく、うちの娘は中学生だからな」


「そうですか? でも、無理せず休んでいただいても大丈夫ですからね」

「ああ、ありがとう。ほら、そろそろ次の授業が始まるぞ。次の授業は家庭科室だ」


「は~い」


 笑いながら私はスマホをポケットへ戻し、家庭科室へ移動する早見を見送る。


 ──そうだ……。私には娘がいるじゃないか。これ以上、何を望むって言うんだ。


 そう自分に言い聞かせて、私も踵を返して次の授業の教室へと向かった。

ママに秘密や苦労あり。


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