第6話 私が見上げる側になってたんだ……
【引き続き、早見理恵──視点】
「……え⁉ 清彦君。どうして……」
「昨日は、きちんとしたお礼も出来ずに申し訳ありませんでした」
片膝をついていた清彦君が、ようやく立ち上がったかと思うと、頭を下げてくる。
──ちょ、ちょ! 男の子がそんな軽く頭を下げちゃダメだよ!
「っていうか学校は? 綾乃は学校行ったんだけど……」
「体調が悪いとウソをついて休みました。綾乃は看病のために、自分も休むと言って聞きませんでしたが、何とか宥めて行かせました」
「それはありがとう……って、清彦君。体調は大丈夫なの⁉」
「ええ、仮病なので。今日は理恵さんに会いたくて」
「私の……ために……」
「はい」
あ、これ夢だわ。
昨晩、深夜までの娘から聞いた恋バナと徹夜で仕事を仕上げたおかしなテンションが見せた幻想だわ。
作家は夢でも作品の事を見たりするって、大作家様が言っていたけど、とうとう私もその境地に至ったのか。
でないと、こんな年増のおばさんに都合の良い展開、あるわけが……。
「理恵さんの気高さや美しさには遠く及びませんが、この花を用意しました。陳腐なアイデアしか浮かばない哀れなボクを許してください」
「きゅ~~っ……」
「理恵さん⁉ 理恵さん!」
歯の浮くような甘い言葉に、私の意識は限界を迎えた。
さっきまで暴力的に降り注いでいたお日様の前で、私の目の前は真っ暗になった。
◇◇◇◆◇◇◇
(カチャカチャ)
「ん……うーん……」
あれ?
私、いつの間にか寝ちゃって……。
寝起きでボヤける視界と思考。
まず目に入ったのは、ソファに寝転ぶ自分と掛けられた毛布だった。
──ああ。綾乃が掛けてくれたのかな……。
眠かったので、また二度寝しようと毛布にもぐる。
(カチャカチャ。ザーッ)
キッチンの方から物音が聞こえる。
──そう言えば、修羅場ってたから、お皿とかの洗い物溜めちゃってたな。あれ? でも、もう綾乃が学校から帰って来てるなんて……そんな時間経ったっけ?
寝ぼけた頭で考えていると。
「あ、起こしちゃいました? 理恵さん」
「…………ふぇ⁉ 清彦くん⁉」
急に声を掛けられて、心拍数が跳ね上がり、瞬時に意識が覚醒する。
多分、今のでちょっと寿命縮んだかも。
心臓に悪い。
だって、私の家に男の子がいるんだから。
「あ、キッチン勝手に使っちゃってゴメンなさい。洗い物が溜まってたみたいなので。あと、床に落ちてた服も洗濯して畳んで、掃除機もかけちゃいました」
──あああああああああ‼
み、見られた……。
娘の幼馴染の男の子に、荒れ果てた家の中を⁉
そもそも、貴重な存在の男の子に水仕事をさせちゃうなんて考えられない。
色んな事が頭の中を巡ったが、何よりも……。
──私の格好がヒドイ!
思わず呻き声を上げてしまうくらい、私の格好は酷かった。
メガネにヒッツメ髪。
2日以上着ちゃってる部屋着Tシャツと毛玉が出始めてるスウェット。
終わった……。
「ご、ゴメンね、おばさん寝ちゃってて……」
「お仕事大変だったんですね。お疲れ様です」
「はうう⁉」
か、感謝……男の子から……。
男の子って、女の、しかも年増の女なんて最早同じ人間としてすらカウントしているかどうかすら怪しいのに、あ、ありがとうの言葉を、私なんかに……。
「今日はお疲れだったみたいなので、デートはまた出直します。それでは、ゆっくり休んでくださいね理恵さん」
「え⁉ あ、うん……」
──もう、帰っちゃうんだ……。
さっきまで寝ていた私が悪いんだけど、まるで本当に夢だったのかのように一瞬だったな……。
なんで寝てたの私のバカバカバカ!
男の子が家事をしてくれるなんていう貴重な瞬間、目に焼き付けて、心のネタノートに書き留めなきゃいけなかったのに!
なんて事を……。
悔恨の念が頭の中をぐるぐる回っていた私。
だから、気づかなかった。
清彦君が近くに来ていたことを。
「また来ますね。綾乃の居ない時に」
耳元に吐息がかかった瞬間。
私の身体に電流が走った。
清彦君の微笑する顔を見上げる。
──いつの間にか、私が見上げる側になってたんだ……。
綾乃と遊んでいた、あの小さな子が……とキュンとし、しばし茫然としていた。
「ただいま~ママ。あれ? お部屋片付いてる」
「……あ! 綾乃。お、おかえりなさい……」
「徹夜明けだからてっきりまだ寝てるかと思ったのに、家事片づけてくれたんだ。シゴデキだねママ」
「え、ええ……」
実は、清彦君が家に来て家事をしてくれたのと言えばいいのに、私は何故かそれを娘にも隠した。
「ママ、顔赤いよ。大丈夫?」
「え⁉ べ……別に何ともないわよ。本当に何も……」
「無理しないでねママ。もう若くないんだから」
「そ、そうね……」
何気ない娘の言葉だが、何故かチクリと胸の奥が痛んだ。
「わっ! 凄いバラのお花。我が家に花瓶なんてあったんだ」
「あ、それは!」
ダイニングテーブルの上に飾られたバラの花に感嘆の声を上げる綾乃に、慌てふためく私。
母と娘の女だけの生活で、わざわざ花を飾ろうなんて発想は出てこない。
これじゃあ、綾乃にバレて……。
「ああ。出版社さんから、先週の単行本発売のお祝いでお花が届いたんだね。ちゃんと直ぐに花瓶に生けて偉いじゃんママ」
「え、ええ……。そうなのよ」
綾乃が勝手に想像してくれたのに、適当に乗っかってしまう私。
何故か、本当の事は隠してしまう。
「じゃあ私、清彦の家に行ってくる。今日、体調悪いって学校休んじゃってたの。ちょっと看病してくるね!」
「そ、そう。いってらっしゃい」
弾んだ声で家を出ていく娘の後姿を見ながら、私は胸に手を当てた。
先ほど胸に走ったキュンとした気持ち。
それが、子の成長を喜ぶ母親代わりとしてではない不浄なものである事に、他ならぬ私が気づいていた。
だから今の私には、その気持ちを見て見ぬふりする事しか出来なかった。
己の欲望に忠実な主人公である。
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